異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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時間軸は少し戻って、二人がリアルへ行ったときの出来事です。


#73 リアルの懸念と意外な再会

『まだ声が戻らず、仕事に復帰できません。ご迷惑をお掛けしますが、暫く休養を取らせていただけませんか』

 

 私は手短にメールを送ると、スマートフォンを鞄に仕舞う。声が出なくなってから一週間近く経っていた。

 疲れが原因の一時的なものかもってことで、通院して経過を診ることになっている。プロダクションには説明をメールでして休ませて貰ったけど、正直無事に復帰できるかどうか……。

 

 今のところ回復の兆しっぽいものは何もない。全身に、言葉には言い表せないような、じっとりとした嫌なモノがまとわりついてくる感じがする。

 

 声優にとって声とは大切な仕事道具であり生命線。その声が出なくなってしまった今、非常に分かりやすい失職の危機だった。その先に待っているのは明るい未来じゃない事は誰にでも分かる。

 

 本当なら頭を抱えて転げ回りたいくらい焦っててもおかしくないんだけど、今はそれどころじゃなかった。

 

 世界は突然に、劇的に変わった。

 分かりやすいところを挙げれば、景色。上を見上げれば青空が広がっていて、太陽が散らばった雲間から覗いていた。汚染されていたはずの大気は、今はガスマスクなしで外を歩ける程きれいになってる。

 

 ニュースでは世界各地で奇跡が起きたと連日話題は持ちきり。海や土壌についても汚染は嘘のようになくなっているみたい。先進各国が保存していた生物の種子を持ち寄り、第一次産業の復活を目指して、近々に討論を始めると報じられた。

 

 世界の全てが変わり始めたその境の日は、奇しくもユグドラシルの最終日だった。

 

 あの日以来、世間では明るいニュースが流れ始め、希望の芽が育ち始めているけど、私は一緒に浮かれている場合じゃなかった────。

 

(やるしかない……私が、私が何とかしなくちゃ……!)

 

 私は彼の横たわる病室で、必死で思い出した異世界への門(ディファレンシャルゲート)の魔法陣を描いた。まじまじと眺めてた訳じゃないし、正直うろ覚えで細かいところは殆ど覚えてない。それでも何とかそれっぽい感じには出来てる。私は祈るように手をかざした。

 

(お願い、繋がって────)

 

 願いが通じたのか、魔法陣が光を帯び始める。どうにか異世界に繋がったみたい。

 

(や、やった……?よ、よーし、きっとアイツを連れて来てみせるわ。だから、それまで待っててね……)

 

 私は決意を胸に、震える足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 シャルティアの精神支配解除は、まだアフターケアの面で課題は残るものの、ひとまずは成功を納めた。これには俺もモモンガも内心ではかなりホッとしていた。

 これから配下を集めて話す内容を考えれば、まだ安心出来る段階とはいえないが。

 

 あの時────日本へとモモンガを連れていった時、俺はまだあんな事になるとは思っていなかったのだ。

 

 人々の運命はそれぞれの努力で切り開いていくことができる。確定などしていないと、そう思っていた。

 

 俺はモモンガを連れて日本へと転移したあの日を思い出す。

 

 

 

《……》

 

 ん、先生?どうした?

 

《……何でもありません》

 

 シエルが何かに驚いているような気がして訊いてみたのだが、俺の気のせいだったか?

 まあ、今黙っているということは、何か気になる事はあっても確実な情報ではないのだろう。取り敢えず俺はモモンガと話を進める事にした。

 

 ここは最初に俺がモモンガ達を魔物の国(テンペスト)へ連れていったときの、あの廃ビルだ。これから話す内容は、アルベド達の前ではまだ話せないからな。

 モモンガは少しの間周りを見渡して、リアルに戻ってきた事を懐かしんでいるようだった。

 

「ここから魔物の国(テンペスト)へ行ったんだよな……それで?わざわざここへ連れてきた理由を聞こうか」

 

「ああ。率直に言って今のお前は危険な状態だ。お前自身の魂の力が弱まっている」

 

 俺は宝物殿で気付いた事を伝える。先生によれば、異世界で再会した時点で、元々人間だった時よりも魂が小さくなっていた。

 

 正確には千切れた欠片のようなモモンガの魂に、何か別のものが補完するように混ざり合っていたのだ。そしてモモンガ自身の魂は現在進行形で徐々に弱まっている。混じっている何かが、モモンガの魂を呑み込み始めているのだ。このままモモンガの魂が弱まり続ければ、モモンガはモモンガでなくなってしまうらしい。

 

 そうなったらもう元に戻ることはないだろう。

 

「魂の力?それが弱まると、どうなるんだ?」

 

「お前魔物の国(テンペスト)で覚えたスキルが使えなくなってるんじゃないか?あと、最近心境に変化はなかったか?例えば、感情の働きが急に鈍くなったとか……」

 

「…!それは」

 

 スキルは転移して早い段階で試そうとしたが、使えなくなっていた。それはユグドラシルにはない能力だから使えないのかと思って納得していたらしい。

 感情についても、どうやら自覚症状があったようだ。モモンガは数日で起きた心境の変化を語る。

 

 最初はちょっとした事で精神が強制的に抑制されていたようだが、次第に平静でいられる事が多くなっていき、ナーベラルが血塗れの姿を見てもショックは殆んどなかった。それだけでなく、時折人間に対して形容しがたい妙な感情が沸いてきたことが何度かあるという。

 

「やっぱそうか。恐らく、このままじゃお前は自我を失っていき、最終的には……」

 

「ユグドラシルの風味付け設定(フレーバーテキスト)通り、全ての生者を憎む、か?」

 

「わかってたのか……」

 

「なんとなく、そうじゃないかとは思っていたよ。そしてそれを恐れるでも抵抗するでもなく、自然に受け入れている自分がいる……」

 

 今はまだ正気でいられるようだが、それもいつまで保つかはわからない。いっそ異世界への転移を無かったことにして、人間のままで暮らすという道もあるにはあるが、NPC達との事をなかったことにはしたくないというモモンガは素直に受け入れないだろう。

 

「いつか……ギルドの皆と一緒に暮らせる日を期待してたけどな。いずれみんなの事も分からなくなって、憎しみを向けるようになるのか。なら、せめてそうなる前に世界を整理して、磐石な体制を築いてしまいたい。……俺が居なくても大丈夫なように」

 

「モモンガ、お前……」

 

 モモンガは自分が自分でなくなる前に、ギルドの仲間が幸せになれる場所を作るという。あの異世界の人間達を滅ぼそうとか言い出したのは、時間がないと焦りを覚えたからというのもあるだろう。まあ、人間そのものに同族意識がなくなっているのもあるけど。

 

「皆そこで平和に暮らすんだ。汚染され尽くした暗い世界なんかじゃなく、自然豊かな美しい世界で」

 

 モモンガはそう言うが、俺は納得いかない。大事に思っている仲間のために頑張ろうっていう気持ちはわかるが、結局自分はそこに居られないってことだろ?コイツ自身は本当にそれでいいのか?

 

「いくらギルドメンバー達がそこに移住して、NPC達もそれを受け入れてくれて、皆が平和に暮らすことが出来ても……そこにお前が居なきゃ意味ないんじゃないか?」

 

「それは……」

 

「お前が自分を犠牲にしてまでそんなことやって、誰が喜ぶんだ?お前自身、納得してるのか?俺だったら自分がなるのも誰かにやらせるのも嫌だぞ?」

 

「そんなの……ただの我儘だろ……」

 

 モモンガの言う通り、ただの我が儘だ。だが反論する声には元気がない。やっぱり本当は嫌なんだろう。自己犠牲なんて、心から望んでない奴がやってもただの悲劇にしかならないと思うのだ。

 

 そんなの望む奴はイカれてるとまでは言わないが、俺は共感出来ない。聖騎士みたいに、本気で人々のために命をかけて戦って死ぬことに自分の存在意義を見出だすヤツもいるが、そんなのは一握りの人間だろう。モモンガは普通の一般人の感性の持ち主だ。そんなのは似合わないんだよ。

 

「要は人間(ヒト)の心を取り戻せればいいんだろ?」

 

「え……そんなことが?」

 

「出来るさ。ま、失うモノが無いとは言わないけど……今ならまだ間に合うぞ、どうする?お前の人生だから、何を選択してもお前の自由だけどな……」

 

 もし全てを諦めるというなら、そのときは完全に化物になってしまう前に、全ての苦悩から解放してやる。そんなことにはならないと思ってるけど。

 

「じゃあ……ホントに、諦めなくていいのか……?」

 

 恐る恐る確かめるように呟く。希望が目の前にぶら下がっていることが、逆に慎重にさせているんだろう。俺はそんなモモンガを安心させるように肩をポンと叩く。

 

「そういうことだ。よし、じゃあまずはお前の魂の力を取り戻そうぜ」

 

 これから向かうのはモモンガの家。そこにはこっちに残されてる肉体があるはずだ。読みが正しければ、まだ肉体の方にも魂が残っている。それを融合させれば、人であった頃の心を取り戻せるはずだ。

 

 果たして、モモンガの家には問題なく転移できた。個人情報云々はもう今更だろう。

 

 普段ゲームをしている居間のドアを開けると、置いてきぼりにされたモモンガの肉体が……なかった。

 

 な、なにぃ、ないだとぉ?肉体がなきゃ始まらねーじゃねーか!

 

 一体どうなってんだと俺が混乱していると、先生が説明してくれた。

 

《時間がずれているのです》

 

 ん?どういう意味?

 

《この世界に転移したときに時間座標が目標から大幅にずれました。現在はユグドラシル終了日から10日程経過しています》

 

 そんなことありえるのか?だって億を越える年月を遡っても数分のズレもなく出来たはずだ。次元の違う未来の日本とはいえ、百年そこそこの時間軸移動でそんなにズレるのは異常に思える。

 

《この辺りの時空間は原因不明の異常な歪曲を示しています》

 

 成る程、そんな状況だから先生の演算力をもってしても必ずしも狙い通りにはいかないってことなのか。これまで当たり前のようにやってくれてたから深く考えてなかったけど、時空を越えるのって、とんでもない事なんだよな。

 

《ユグドラシルに似たあの世界でもそれは言えますので、時空間の歪曲だけならば大した問題ではないのですが……ここはそれ以上に厄介な状態と言わざるを得ません》

 

 付け加えるようにシエルがもたらした情報は、かなりヤバい内容だった。まだ確定したというわけではないが、もしそれが本当なら……俺がギルドメンバーの救出するのは不可能かもしれない。

 

 いずれは事の詳細が判明し、対策を講じる事も出来るかもしれないが、現状不確かなことをあれこれ考えて心配しても仕方がなかった。一旦この件は保留にして、今はモモンガを探し出す事が先決だ。

 

 それにしても、10日後ってヤバいんじゃ……身体はどこへ行ったんだ?ユグドラシルのサービスが終了したあと、こっちの世界のモモンガが意識を取り戻しているかはわからない。死んで火葬とかされて無いだろうな……?

 

 俺はまさかの事態にちょっと焦ったが、どうやら肉体は病院に搬送されているらしい事がわかった。俺はモモンガに状況を説明し、病院を目指す。

 

「ここだな……」

 

 俺とモモンガは完全不可視の状態でこっそり病院に侵入する。鈴木悟の肉体は、意識不明の状態で運ばれて来ていた。

 これは誰かが通報したのではなく、どうやらネットワークの安全装置が作動したということみたいだ。モモンガがうろ覚えながらそんなことを言っていた。

 

 長時間ネットワークに繋ぎっぱなしでいると本人に警告が出され、更に時間が経過すると、バイタルを確認して意識の有無を自動的に検出。生命に何らかの危険が迫っているとAIに判断された場合には、救急に通報するシステムになっている。お陰で一命は取り留めたというわけだ。

 

 ところで、病院の個室って高いんじゃないのか?ま、共同部屋だと人がいて邪魔だから、個室の方が都合は良いんだけど。

 

 俺たちは病室のドアを、音もなくすり抜けるように転移する。そこにはベッドに寝かされたモモンガの肉体が寝かされていた。

 

「人間の肉体から残りの魂を回収し、そっちに移す。確認するが、逆にこの肉体に魂を移せば、お前は人間に戻れるはずだ。だけどその気は無いってことでいいんだよな?」

 

 人間に戻るとしたら今が最後のチャンスになるので、一応意思を確認しておく。魂を抜き取るということは、人間鈴木悟はこの世界では死亡するのだ。

 

「勿論だ。早くやってくれ」

 

「わかった。じゃあ始めるぞ」

 

 どうやら本当にこの世界には未練が無いようだな。まぁ、引き摺ってしまうのも良くないか。俺は鈴木悟の肉体ごと吸収し、そこから抜き取った魂をモモンガの──死の支配者の──肉体へと移す。正確には骨しかないから肉体と言っても肉なんて全く付いてないけど。

 その後の魂の再融合など細かい調整はいつも通り先生に任せた。

 

《……魂の融合が完了しました。融合させた魂が馴染むまでにはまだ時間を必要としますが、これで人間性(こころ)は取り戻せるでしょう。人間鈴木悟の時に獲得していたスキルも使用できるようにしておきました。全てご主人様(マスター)の狙い通りです》

 

 ん?スキル?俺はモモンガが心を取り戻す事だけを考えていたつもりだったんだが……。

 差し詰め今のコイツは、死の支配者モモンガと人間鈴木悟のハイブリッドみたいなものか。なんか先生に任せるとみんな魔改造になってしまうんだが、まぁいつもの事である。

 

「さて、ここでの目的はひとまず終わった。馴染むまで一旦魔物の国(テンペスト)へ行って調整をしてもらうつもりだけど……」

 

「……だけど?」

 

 モモンガには話しておく必要がある。ギルドメンバーの救出は雲行きが怪しい。俺は事情を説明した。

 

「なんだよ、それ……。じゃあなにか?誰も助からないっていうのか?」

 

「いや、まだ確定じゃない。ただ、思っていた程簡単じゃないって事がわかった。代替案は追々考えるけど、今のところは下手に手出しはできないってところだ」

 

 現在、この世界には正体不明の力が働いていて、過去への時空間転移が上手く出来ない。先生曰く、その時代の世界が俺の存在を弾き出そうとしているらしい。やろうと思えば強引にそれを突破する事は出来るんだが、そうしてしまうと世界に甚大なダメージを与えてしまう可能性があるそうだ。

 人助けに行ってその世界をぶち壊してしまいましたでは、元も子もないだろう。

 とはいえ、誰でも彼でも俺と同じようになるとも限らない。もしかしたら俺以外は大丈夫かも知れなかった。かといってモモンガは(アンデッド)だから、この世界じゃ目立ちすぎるし、まだこれも確かな情報でもない。情報が確定していない段階で話しても混乱を招くだけだ。

 

「折角、折角皆助かると思ったのに……!くそ……くそ……!」

 

 モモンガは悔しげに呟きを溢す。まだそうと決まったわけではないが、期待していただけに落胆の度合いは大きいだろう。なら、まず今生きてるメンバーだけでも探し出して異世界へ誘う事は出来ないだろうか?

 

 と言うわけで先生のお力で探して貰ったが、結果は誰も見つけられらなかった。生きてるやつは、だが。

 

 かぜっちも、ウルベルトも、たっち・みーも、生きてるはずのメンバーはこの世界で見つけ出すことができなかったのだ。逆に、新たに死亡が確認されたのは、ヘロヘロ。病院のデータバンクに死亡という記録だけが残っていた。

 

 死獣天朱雀もだが、死亡者以外は生死不明のまま行方もわからない。シエルがそう言うんだから間違いはないはずだが、何か引っ掛かるような……?

 

()()()()()()()()生存を確認できる対象はいませんでした》

 

 そうか。いまこの世界には生きてるギルドメンバーはもはや一人もいないということなのか。

 モモンガに今伝えるのはやめておこう。早めに言っておいた方がいいけど、タイミングは考えないとな。

 

 そんなことを考えながら、モモンガを連れてテンペストに戻ったら、シュナがモモンガを見て目が点になっていた。そして困惑した様子で来客を告げてきた。

 

 客は魔王レオンとクロエ、そしてもう一人いるらしい。八星魔王の一角であるレオン・クロムウェルと、真なる勇者クロエ・オベールは元々異世界人で、二人は幼馴染みなのだ。

 レオンはこの世界に来て以来、数百年ずっとクロエを探し続けていたが、俺が預かった教え子の一人がそうだったとは、世間は狭いものである。

 しかしクロエは単独でちょくちょく遊びに来ているが、レオンも一緒に来るのは珍しい。俺は一旦モモンガを別室に待たせて、応接室に向かった。

 

 

 

「先生!こんにちはっ」

 

「遅いぞ」

 

 クロエはにこやかに挨拶をしてくれるが、レオンはぶっきらぼうな態度である。クロエも正妻争いに参入してる一人だが、レオンはそれに嫉妬しているというより、クロエを泣かせたら許さん、的な心境らしく……。まさか今回業を煮やしたレオンが俺に決断を迫るために?

 そんなこと言われたって困るんだがなぁ……。

 

ご主人様(マスター)相棒(正妻)は私ですから!》

 

 シエルがそこは譲れんと云わんばかりの勢いで告げてくるが……俺はひっそりとため息をつきたくなるのだった。

 

 いざレオン達に話を聞いてみると用件はそんなことではなく、会わせたい誰かを連れてきたってことらしい。レオンの横にいるのがそうなのか。白老もビックリしそうなくらいに見事な純白の髪を腰元まで伸ばした、()()()

 顔立ちは日本人ぽく見えるな。はて、どこかで見たような……?

 

「先生、この娘……一体どういう関係なんですか?」

 

 あ、目が……クロエの目が座っていらっしゃる……。いや、知らないよ?こんな娘、初めて……会うハズだ。

 

《告。彼女は個体名『梧桐悠子』────別称『かぜっち』です》

 

 ん?かぜっちはもっと大人だったハズだろ?髪だって黒かったし、今目の前にいる彼女はどう見ても十代半ばくらいだ。確かに顔はそっくりだけど、他人のそら似か、よくて妹じゃないのか?

 

《間違いありません》

 

 断言されちゃったよ。まあ、シエルがそう言うなら、間違いはないんだろうけど……。

 

「ええっと……かぜっち、なのか?」

 

 俺が戸惑いがちに訊ねると、白髪の彼女が目を輝かせて嬉しそうにコクコク頷いた。それとは対象的に目付きが鋭くなる隣の二人。コワいんですけど?

 

「先生?」

 

「どういう関係か、説明してくれるよな……?」

 

「わ、わかった……」

 

 表情はにこやかだが目は全く笑っていない二人に、俺は彼女達を日本から連れてきて、やって貰った事をかいつまんで説明するのだった。ユグドラシル云々とかは長くなるので割愛した。異世界で遊んできたとか言ったらなんとなく呆れられそうな気がした、などという理由ではない。断じて違う。

 

 

「──というわけだ。こないだ二人は来てなかったから知らないかもしれないが、ここら辺じゃ、結構有名人なんだぞ。それで、元の世界に帰ったハズのかぜっちが、なんでお前らと一緒に?」

 

 日本に居るハズの彼女が、何故ここにいるのか。それが最大の疑問だった。

 

「どうやら俺の国に()()界渡りしてきたようだが、声が出せないようでな。こちらの言葉は理解できるようだったから文字を書かせてみたが、俺の知らない文字だった。

 そこへたまたま通りがかったクロエに聞いたら、お前のところでこんな文字を見たことがあるという。この女もお前の名前が出た途端会いたそうな反応があったからもしやと思ったんだが……」

 

「な、成る程……」

 

 俺に会いたそうにしているかぜっちの事が気になって、連れてきたということらしい。時間軸が違うから、普通に界渡りしただけじゃこの時代には来れないハズなんだが、そこはレオン達も知らなそうだ。あとはかぜっちに聞いた方が早いかな?

 

「で、俺がまた日本に送ってやればいいのか?」

 

 かぜっちは事前に紙に書いて用意していたらしく、返事の代わりにそれを渡してきた。声が出せないってのは本当なのか。気にはなるが、先に内容を確認する。

 

「えー何々?

 前略、親愛なるリムル陛下。以前は格別のご愛顧を頂き────

 って堅くね?」

 

 普段のフランクな彼女の態度からは想像できないような硬い文章に思わず顔をあげて見れば、声に出して読まれるとは思っていなかったのか、かぜっちが赤面して手で顔を覆っていた。声を出してはいないが唇の動きを読んだら「もぉ、バカじゃないの?」だった。

 

「ああ、ス、スマン……」

 

 デリカシーのない行動だったな。気を付けないと……。

 俺は改めて黙読する。内容はモモンガが意識不明になってしまったのを助けて欲しいというものだった。

 

「あー、かぜっち……モモンガは俺がこっちに連れてきた」

 

「!?」

 

 はぁ?と言わんばかりの驚愕の表情を浮かべているが、連れてきちゃったもんはしょうがない。まさか自力でこちらの世界に渡ってこようだなんて誰が予想できようか。とにかくここで出会えたのは幸運だった。

「動物……?」とか呟いてるクロエはどうやら()()()のモモンガを想像してしまったようだが、とりあえずモモンガをここに連れてくる事にした。

 

「え、魔王の一人が来てるんだろ?会うの緊張するなぁ」

 

「俺も魔王なんだけど……」

 

「あっ……いや、お前の場合は特別、そう、特別だから。なっ?」

 

 なんか腑に落ちないが、まぁいい。親しみを持たれてるんだと前向きに捉えておこう。

 

「え?あれ?茶釜さん……ですよね?」

 

 正直驚いた。年齢とか髪色とか色々と突っ込みどころ満載のはずだが、モモンガはかぜっちを一目見てすぐに気付いたようだ。かぜっちも感極まったのか、勢いよく立ち上がり、涙を浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。

 

 かぜっちはモモンガの顔を見つめ、ボロボロと涙を流す。感動の対面だな。

 

 そして────俺の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶりだした。何でだよっ?

 それにしても、なんだろうこの既視感(デジャビュ)は?最近何処かで……あ、シャルティアか。既視感の正体がわかってスッキリしたところで、俺はかぜっちを止める。

 

「お、落ち着け?話せばわかる、な?」

 

 そういえば、モモンガは今アンデッドになっているんだった。彼女にしてみれば、友人のためにはるばる異世界まで来たら、そこで再会した友人は変わり果てた姿になっていた、というわけである。かぜっちはどうやらそれが俺の仕業だと思っているようだ。それは誤解……ともいいきれないか?

 

「ええっと、とにかく……色々と複雑な事情があってこうなったんであって、決して俺のせいじゃないんだ」

 

 手を放してはくれたが、胡乱げな目でじっとりとした視線を向けてくるかぜっち。そこへクロエは気になる事をズバリ聞いてきた。

 

「それで、先生とはどういう関係なんですか?」

 

「友達だよ。な?」

 

 そう、教え子であるクロエに対して疚しいことなど何もないのだ。

 

「…………まぁ、そう言うことです」

 

「なんだよその間は?」

 

「いや別に?リア充だからって別に嫉妬とかはしないぞ?俺達は友達だからな」

 

 いや、絶対嫉妬してるだろ……。

 かぜっちはというと、ご丁寧に紙にデカデカと書いてくれていた。

 

「いや、『多分』て!」

 

「ふっ、どうやら君達は色々とリムルの我儘に振り回されているらしいな。苦労は察するよ」

 

「あー、分かっていただけます?」

 

 レオンが苦笑しながらそう言うと、モモンガもそれに同意し、かぜっちまでウンウンと頷いている。ちょ、酷くない?いかん、泣きたくなってきた。

 

「大丈夫です。私はいつだって先生の味方ですよ」

 

「あぁ、クロエ、ありがとうな……」

 

 俺は励ましてくれる教え子に力なく微笑みつつ、何だかやるせない気持ちになってしまうのだった。

 

《いつだって私がついていますから!》

 

 シエルにまで慰めの言葉を掛けられ、本当に泣きたくなったのは誰にも内緒だ。

 

 


 

キャラクター紹介

 

レオン・クロムウェル

八星魔王(オクタグラム)の一柱。異世界人で、元勇者でもある。人間から魔人(デモノイド)を経て半神(デミゴッド)となっている。離ればなれになって行方が知れなかったクロエを召喚術によって見つけ出そうとしていたが、数百年間失敗を続け、ひょんなきっかけで魔王を倒し、自身が魔王の一角となる。以降もひたすらクロエを探すために尽力した一途な男で、ラミリスにも力を借りようとしたが、クロエとの再会は成らず、涙を見せたらしい。以来彼女に陰で泣き虫呼ばわりされている。

長い金色の長髪と甘いマスクを持つ。態度は素っ気なく口も悪いが、本当は優しい隠れいい人。最古の魔王ギィ・クリムゾンには「抱かれてやってもいい」と言われる程に気に入られている。

神聖属性の猛烈な攻撃手段を得意とし、究極能力"純潔之王(メタトロン)"の使い手。

 

クロエ・オベール

魔王レオンとは幼馴染みで、歴代最強の真なる勇者。最古の魔王ギィ・クリムゾンを始め、覚醒魔王達とも渡り合える実力を持つ()()。かつてヴェルドラを無限牢獄に封じたのも、坂口日向(ヒナタ・サカグチ)の魂と共に過去へと修行の旅をしていた時の彼女である。

幼少期に召喚されたがスキルを獲得できず、自身の体内に籠った魔素によって崩壊の危機に陥っていたが、リムルによって救われた。その後勇者として覚醒する為に、過去へと戻って経験を積み、魔人となった伊沢静江(シズエ・イザワ)を救ったり、暴風竜ヴェルドラを封印したりした。当時ヴェルドラに国を吹っ飛ばされた折に助けた関係で、魔王ルミナス・バレンタインには恋人のように慕われているが、本人はリムルに思いを寄せている。

時を渡る究極能力時空之神(ヨグ・ソトホート)の使い手。




再会した彼は変わり果てた姿に……というわけで、かぜっちさんはお怒りです。
何故彼女が声を失い、少女化しているのか?それはまだ謎のままですが、いずれまたわかる時が来ます。

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