異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
読まなくてもストーリーには特に影響しない内容なので、閑話としました。
午前中モンちゃんにユグドラシルで会ったのは覚えてる。
スポンサーの御曹司に食事に誘われたって言ったら、妙なハイテンションで「応援しますよ」なんて言われちゃった……。やっぱ脈なしっていう事なのかなぁ、最近ちょっとは距離を縮められたって思ってたのに。
このまま接点が無くすわけにはいかないと思って、会う約束を取り付けたけど、その場で思いついた口実は「相談に乗って欲しい」というひどい理由だった。振り向かせたい相手に恋愛相談に乗ってもらう
でも、モンちゃんって案外押しに弱いのよね。案外強引に押せば倒れてくれるんじゃ……?べ、別に物理的に押し倒すとか、そういう事じゃないんだけど……。
夜は、スポンサーの御曹司にお食事をご馳走になったあと、正式に交際を申し込まれた。
イケメンだったし、情熱的な感じで甘い言葉を囁かれれば、そりゃあ世の女子は嫌な気はしないんじゃないかなぁ。けど、私は丁重にお断りした。好きな人がいなければOKしてたかも知れない。でも私にはモンちゃんがいる。今はまだ片想いだけど、振り向かせてやるんだから。
御曹司の彼は気分を悪くした様子はなくて、それどころか帰りも親切に送ってくれた。それで車に乗せて貰ったところまでは覚えてるんだけど……。
いつの間にそうなったのか、目が覚めたら見覚えのない天井が見えてて、その前の記憶はすっぽりと抜け落ちてた。
寝てる間にヘンなコトとかされてないよね?不安になって体を確認したけど、何もされてないみたい。多分……。
私の意識が戻った事に気付いたナースさんが、医師を呼びにいってくれた。ここって病院だったんだ……。
問診をされたとき、声が出せなくなっている事に気付いた。質問に答えようとしても口が思うように動かなくて、声をあげようとしても、息を吐くような音が微かにするだけ。私は失声症と診断された。
髪も髭も真っ白なお爺ちゃん医師が、私の名前を聞いてきた。普通ならナノインターフェースを繋ぐだけで分かるハズなんだけど、ナノマシンが不調なのか、上手く認証できなかったみたい。渡された紙に名前を書くと、何故か眉をひそめるお爺ちゃん。
「うん、嘘はいけないね」
え、意味分んない。自分の名前を書いただけなのに……。
「
(ますます意味分かんないんですけど?家族じゃなくて本人だし。このお爺ちゃんモーロクしてるんじゃ?それで、何?髪?)
髪がどうかしたのかなって意識したその時、私は視界に入る白い何かに気付いた。さっきからチラチラと見えてたけど、何なの?摘まんでみると、自分の頭に繋がってる。あれ?もしかして……これって、私の髪の毛?
ウソ、ナニコレ?
真っ先に思い浮かんだのは、いきなり悪い魔女にお婆ちゃんに変えられた帽子屋の娘が、家を飛び出して若いイケメン魔法使いの掃除婦を始めるという、昔のアニメ映画。
(これじゃモンちゃんにBBA扱い……あっ!?)
忘れてた!会う約束してたんだった。こうしちゃいられない。慌てて鞄をひっくり返し、取り出したスマートフォンを見て、驚愕した。
(ふ、2日も経ってる……!)
完全に約束をすっぽかしちゃってるじゃない!ヤバい、モンちゃん怒ってるかなぁ?なんて言い訳しよう……?
電話の一つでもくれればいいのに、彼からは着信の履歴もない。代わりにあったのは、仕事関係の着信が山のように。どうしよう、仕事も穴開けちゃったよぉ……。
私が頭を抱えて半泣きになっていると、おじいちゃん医師がじっとこっちを見ているのに気付いた。私の慌てようを見て、微笑ましいものを見るような視線を向けてきている。
「うん、まぁ外傷は特に無いようだし、そこそこ元気もあるね。声の方はひとまず通院で様子を見るとしようか。そういうわけで、あとは頼んだよ。アタタ、腰が……」
ナースさんにそう言い残しておじいちゃんは出ていった。腰をさすりながら出ていく彼の背中には貫禄というより哀愁のようなものが漂っていた。
「先生、腕は確か
まあ、しわくちゃのお婆ちゃんだったら別にメイクとか要らないかも知れないなぁ……。混乱する頭でボンヤリとそんなことを考えながら荷物を確認していると、ナースさんが手鏡にしては大きめのものを持ってきてくれた。
私は恐る恐る、鏡を見る。
すると、そこには予想外の姿が写っていた。
(あ、あれ?若い……)
髪は綺麗に根元から毛先まで真っ白になってるけど、顔はお婆ちゃんじゃなくて、むしろまだ十代くらいに若返って見える。それはそれで嬉しくないかと言われれば嬉しいんだけど、何だか釈然としない。一体どうなってんの?困惑する私にナースさんが声をかけてくれた。
「あなた運が良かったわね。あの日病院に運ばれた人は他にも沢山居るみたいで、その殆どが意識が戻る可能性は絶望的らしいのよ。うちは小さな病院だから、受け入れたのは数人だけどね」
暗い話題のはずなのに、あっけらかんとした明るい雰囲気でナースさんは話し始める。私に気を遣って、わざと明るく振る舞ってくれてるのかな?
「あなた、『ユグドラシル』っていうオンラインゲームを知ってるかしら?」
ナースさんの言葉に、心臓がドキリと跳ね、背中に嫌なものが走った気がした。私が小さく頷くと、彼女は言葉を続けた。
「結構有名だったものね。つい一昨日ゲームがサービス終了したらしいんだけどね?その日、サーバーダウンする瞬間まで遊んでいた人がいたのよ。思い出深いゲームの最後の瞬間を、ゲームの中で過ごそうとした人は多かったみたい。でも、その人達の半数以上が、意識不明のまま未だに目が覚めないらしいの……」
え、あれ……?どういうこと?
嫌な想像が脳裏をよぎった。
(ううん、きっと、きっと大丈夫……)
私は最悪の想像を振り払うように自分に言い聞かせる。
「何だかそういうの聞くと誰かの陰謀みたいなのを勘ぐっちゃうわよね。実は何かの実験に使われたとか、支配者層が定期的に事故を装って人口を調節してるとか……。だとしたら、連続爆破事件もその一貫なのかもね。他にはオカルトな儀式の生け贄にされたんじゃないかっていう噂もあるみたいよ?」
よっぽど話し相手が欲しかったのか、彼女は一人で延々喋り続ける。噂話が好きみたいだけど、そういう話題は勘弁してほしい。それよりも、さっきから嫌な予感が頭から離れない。
「一人で勝手に話し過ぎちゃったわね。……もしかしてお友達がやってたりした?どこかへ運ばれてないか、調べてあげるわ。本当はこういうのはダメなんだけど……名前は?」
私の不安を察してそう言った彼女の表情は、単純な心配だけじゃなくて、好奇心も覗いて見えた。だけど私は彼の名前を書いた紙を渡した。不安がただの取り越し苦労に終わる事を願って。
「……いらっしゃい」
受け取った紙を見てピクリと眉を動かしたナースさんは、それだけ言って私に付いてくるように促した。
不安に押し潰されそうになりながら、彼女についていった。隣の病室のドアを開けて、入った先にあったのは────
気が付いたら、また天井を眺めてた。ショックで倒れちゃったみたい。
思い出して涙で視界が滲む。
病室のベッドには、モンちゃんが寝かされていた。きっと、ユグドラシルに最後まで残ってたんだ。
(どうして……どうして……?)
どうして、私の周りの人は居なくなっちゃうの?
家族を亡くして、支えてくれてた
そして今度は好きになった人まで……私を置いていこうとしている。
(こんなの、嫌だ……みんな、みんな私を置いていかないで……)
悲しくて、寂しくて。でも、頼れる相手は誰もいなくて。私は声もなく泣き続けて、いつの間にか泣き疲れて眠っていた。
(またこの天井か……)
もう何度目かの病院の天井の景色。身体はまだ睡眠を欲しがってるけど、部屋がやけに明るくて寝つけない。電気が付いてるわけでもないのに、あり得ないくらい部屋が明るい事に違和感を感じて窓の方に目をやると、閉められたカーテンの向こうから光が洩れ込んでいた。
その光に吸い寄せられるように、窓に歩み寄ってカーテンを開けると、眩しい太陽の光が射してきた。記憶にあるなかで、リアルでこんな光景を見たのは初めての事だった。
(空が────)
空が、あんなにも青い。スモッグで殆ど一日中曇り空だったのに、青い空が広がっている。
「起きてたのね、おはよう」
入ってきて挨拶してくるナースさんに、会釈を返す。
「昨日はごめんなさいね、まさか倒れちゃうとは思わなくて。でも、驚いたわよね。まさかこんな青空が見れる日が来るなんて」
驚きはしたけど、嬉しさはない。彼がこの空を見ることはもう、出来ないのかな……そう思うとまた涙が……。
ナースさんがそっと私を抱き締める。しばらく感じてこなかった人肌の温もりがじんわりと伝わってきた。
「私は巻き込まれた身内がいるわけじゃないし、今のあなたの気持ちはわかってあげられるわけないけど……何があっても、生きてるうちは希望を無くしちゃダメよ」
月並みな言葉だとしても、きっとこの人なりに、私の事を励まそうとしてくれてるんだっていうのは分かった。
不意に、小さくお腹が鳴った。
「お腹が空くということは、生きてるってこと。生きてるっていうのはそれだけで凄い奇跡なのよ。何億という細胞が、今この瞬間も、生きようと戦い続けてるの。あなたの体は、生きたがってる」
言葉や態度は違うけど、山ちゃんと同じ感じがする。暖かい体温に抱かれて、凍えて震えてた私の心が少しずつ暖まる気がした。
あのときはモンちゃんと朱雀さんが、山ちゃんと一緒に押し掛けてきてびっくりしたなぁ。男子二人はすぐ出ていったけど、山ちゃんに抱き締められて、張り詰めてたものが一気に決壊して……山ちゃんの胸で大声で泣いちゃったんだっけ。で、急にお腹が鳴って、山ちゃんと二人で笑って。
少しは気持ちが前を向けた気がする。これからの事を思うと不安に思う事は色々あるけど、黙って泣いてたって奇跡なんて起きやしない。今何も行動しなかったら、きっと後悔する。
まだモンちゃんは死んだ訳じゃない。それなら────アイツなら、何とかしてくれるかも。いつ来るかわからないのを待ってるくらいなら、自分から会いに行ってやる。うまくいくかはわからないけど、やれるだけやってみよう。泣くのはそれからだって出来る。
出来ることがあるって凄い。やると決まったら、なんだか気力と闘志が湧いてきた。美味しくはないけど栄養価だけはバランスの良い食事を採りながら、考えを巡らす。
(日本に帰ってきたときは確か魔法陣が浮かんでた。あれが再現できれば……)
きっと異世界に繋がって、大魔王リムルに会いに行けるはず。必要なものは……魔力か。
シエルちゃんに貰った箱の中身はさっき確かめたら、大分小さくなってた。
(なんでだろ、急に小さくなっちゃったけど……これでなんとかなるかな?)
数日かけて記憶を掘り起こした私は、
最初に目に飛び込んできたのは、
(成功、したんだよね……?でも、ここはどこ?)
全く見覚えのない景色。陽が少し傾いてきてるけど、活気がある人々の往来。髪色や顔立ちは日本人ぽくない。それでいて、話してる言葉は理解できる。どうやら異世界へは無事に来られたみたいだけど、いきなり迷子だった。
(どうしよう……声は出ないし、文字も読める人が居るかどうかわからないよ)
リムルンに会うことだけしか考えてなかったから、そこまでは気が回ってなかったなぁ。いきなり雪山とか砂漠とかじゃなくてよかった……。
「カズマさぁ~ん!」
不意に聞こえてきた女の子の声にビックリした。声のした方を見ると、青い服を着た水色の髪の女の子が、凄い量の荷物を背負って、情けない声を上げながら歩いている。
(うわ、凄い荷物。ていうか、カズマって……日本人?)
動きやすそうな軽装をした茶髪の少年。背は男にしてはちょっと低いかな?三角帽子とローブという如何にも魔法使い風の格好をした女の子、腰に剣を挿した騎士風の女性も一緒だった。女の子二人は外国人ぽいけど、カズマっていう男の子の顔立ちは確かに日本人っぽい。
「ほら早く来いよアクア。ジャンケンで負けたやつがみんなの荷物持ちするってお前から言い出したんだろ?」
(あー、そういう罰ゲーム的なやつかぁ)
一瞬カズマと呼ばれた少年が女の子を奴隷のようにコキ使う鬼畜野郎かと疑ったけど、そういうわけじゃないみたいで安心した。
「アクア、なんなら私が変わってやろうか?私の事なら馬車馬のようにコキ使ってくれてかまわないぞ?」
気遣わしげにアクアちゃんに声を掛ける騎士が、途中からなんだか息が荒くなってる。もしかしてあの人……。
「やめろダクネス、それってお前がただ悦びたいだけだろ?コイツは甘やかすとすぐに付け上がるからこれくらいでいいんだよっ」
「それはそうかもしれませんが……この量は流石に無理があるのでは?」
「言い出しっぺはこいつだぞ……。まったく、めぐみんも甘いな。じゃあそこの角でもう一回ジャンケンな。しょーがねーから一定距離ごとに仕切り直す事にしてやるよ」
ふーん、優しいところもあるじゃん。ポンポンとテンポ良く進む会話の成り行きを見守りつつ、彼らを観察する。安全な連中とは限らないから、慎重に頼るべき相手は見極めなきゃ。
「なぁああぁんでよぉおお!!?私女神なのにぃ~!!」
またしてもジャンケンで負けたアクアちゃんが子供みたいに泣きながら文句を垂れる。自称女神様はジャンケンは弱いみたいで、泣きの一回も一人負け……。
「負けたんだからつべこべ言わずさっさと荷物持って来いよ」
爽やかな笑顔でヒドイ言葉を放つカズマ君。そんなことを平然と出来るなんてやっぱり鬼畜かも。
「何で女神である私がこんなヒキニートに一回も勝てないわけぇえ!?チートよ、反則よ!」
「なぁぁにがチートだ!こんなんでどうやって魔王を倒すってんだよ!この駄女神様は全然使えねーし。今すぐ返品して別の特典に変えてほしいくらいだねっ!」
「うえぇええん、カズマがまた言っちゃいけないこと言ったあああ!」
(なんだか声かけづらいけど日本人っぽいから、とりあえず道を訊くだけ訊いてみようかな……)
号泣しまくる自称女神様は可哀想だけど、かまってる余裕なんてない。モンちゃんを助けてもらうために、リムルに会わなきゃいけないんだから。でも……
(いま、魔王を倒すとか言ってなかった?)
声かけて大丈夫なのかな?魔王に会いたいなんて言ったら、問答無用で襲って来たりしないよね?かといって、魔王に敵対する一味だと認識されたらそれはそれでヤバい気がする。迷うなぁ……山ちゃんなら「とりあえず一発殴って……」とか言い出しそうなシチュエーションだけど。
(う~、迷ってても仕方ないかぁ)
多分、いや間違いなく頭の悪い残念な集団だと思うんだけど、他に日本人はいないかもしれないんだから、背に腹は変えられない。私が諦め混じりに彼らの方に向かって足を踏み出そうとしたその時。
「何かお困りですか?」
突然後ろから声をかけられ、振り向くと眉目秀麗な青年が爽やかな微笑を湛えていた。
「俺は
(やだイケメン!じゃなかった、日本人!カズマ少年よりこっちの方がずっとまともそうだわ)
はやまらなくてよかったと思いながら、彼に相談を持ちかける事にした。
「転移魔法でこの世界に渡って────女神様に転生させてもらったんじゃなく、リムルという異世界に住む友人を探しにこの世界に来たっていうのかい?そして、帰る手段も失ってしまったと……」
彼は驚きと憐憫の眼差しを向けてくる。リムルが魔王だっていうのは伏せてるけど、アレが消えてなくなってしまった以上、もう自力じゃ帰れないのは事実だった。
女神と聞いてさっきの水色の髪をした女の子を思い出した。そういえばあの後どうなったんだろ?
「僕は水の女神であるアクア様のお力によって、この世界に生前の姿のままで転生させてもらったんだよ」
女神……?偶然にしては出来すぎてるような気がする。でもあれが女神だとしたら残念としか……。ちょっと頭悪そうだったし、少年にコキ使われてたっぽいし。目の前のキョウヤ君は彼女をやけに慕ってるみたいだけど。
「そうだ、カズマには会ったかい?彼も日本からの転生者だったはずだよ」
カズマ……って、あの少年だよね?なんかダメ男っぽい感じがするんだけど、やっぱり日本人だったのかぁ。
「彼と一緒にいるアクア様なら、お力になって下さるかも知れない。大丈夫、アクア様は優しい方だから、君のように困ってる人を見捨てるような事は決してしない」
というわけで彼等がよく居るという酒場に向かう事になったけど、なんとなーく嫌な予感がするなぁ。
もう陽が沈んで暗くなった頃に向かった酒場は、ドンチャン騒ぎしてるみたいで、喧騒が外まできこえてくる。
こんなところに女神が?やっぱりカズマって小僧が無理矢理連れてきてるんじゃないかと疑ってたら、彼女は楽しそうに笑顔で宴会芸を披露していた。
(……宴会芸の女神?)
「スティール!」
不意に何かが聞こえ、あるものが無くなったような感覚。声のした方を見ると、そこにいたのはカズマ少年。彼が握りしめた拳の中身を拡げ──
(あれはっ!?)
「「「「うおおお──!!」」」」
周りの男衆の大歓声と共に、彼の手の中にあったものは私のパンツだった。
鼻を膨らませて、下卑た笑いを浮かべながら彼はそれを高らかに掲げた。そして────
「ヒィヤッハーーー!」
ゲスな雄叫びを上げながらブン回し始めた。
「なっ、カズマ!君ってヤツはまた!それをすぐに返すんだ!」
「へへーんだ、返して欲しけりゃ、実力で奪って見せろよぉ~」
キョウヤ君の抗議にゲス顔で挑発して見せるカズマ少年。やっぱりコイツはゲスなエロガキだった。
(こ……んのクソガキがぁあ!)
プッツンした私は
(ヨッシ、一丁あがり!)
と思ったら、ピクピクと体を痙攣させながらもカズマの視線は私のスカートの方に。いい度胸してんじゃない……っ。
キョウヤ君の立派な剣を拝借して、全力でカズマの股間めがけて振り下ろし、ギリギリ当てないように床に突き刺した。流石に潰したら死んじゃうかもしれないから止めておいてあげた。
(これでどうだ!)
股間からホカホカと湯気をあげて気絶した
「大変だ!カズマが息をしていない!!」
「ええっ!?カズマ、しっかりしてください!」
(え……?)
ヤバい、死んじゃった──?
やり過ぎた?脅しのつもりが、ショック死なんて、シャレにならない────
「ぷーっクスクスクス!カズマったらマジ受けるんですけどぉ~!女の子にぶっ飛ばされて、挙げ句失禁して失神!そのまま心臓マヒで……アッハハハハ、流石カズマだわ~!」
私が殺人を犯してしまった事に戦慄していると、軽快な笑いが聴こえてきた。
(え、何?なに爆笑してんの?この駄女神様は……?死んじゃったんだよ?)
「しょうがないわねぇほら、このアクア様が蘇生してあげるから感謝しなさいよ?リザレクション!」
ひとまず、蘇生した彼に頭を下げたら、カズマ君以外の三人は笑って許してくれたけど……アクアちゃんは終始笑ってた。カズマ君が股間を潰されたと勘違いして失禁したままショック死したのが、彼女のツボにはまっちゃったみたい。
彼は恥ずかしくて暫く外を出歩けないって半泣きで文句言ってたけど、仲間から自業自得だと言われて、それ以上は何も言わなかった。
それからキョウヤ君がアクアちゃんに頼み事があると言ってくれて、アクアちゃんが相談に乗ってくれることにはなったけど、日は改めることになった。
とりあえず寝泊まりする場所を確保したいと伝えたら、キョウヤ君が宿を手配してくれた。イケメンは誰かさんとは違うなぁ。
私はさっきの甦生を見て、アクアちゃんを連れ帰る事が出来ればモンちゃんももしかしたら、と思った。
(でも、今のところ自力で帰る方法がないんだよね……。やっぱりリムルンを探しだすしかないかな)
翌日冒険者組合っていうところでアクアちゃんに会った。キョウヤ君には声が出せない私の筆談の通訳として一緒に話を聞いて貰っている。ちなみにカズマ君は家から一歩も出たくないと言って現在絶賛引きこもり中だって笑いながら教えてくれた。
最初に聞いたのは、倒そうとしているらしい魔王について。それがリムルンだったら色々とマズいし、彼女を頼るのは諦めようと思ってた。でも教えてもらった名前は、私が知ってる八星魔王達八人とは違っていた。そしてこの時点で、私はある可能性に気が付いた。
次に聞いたのは、異世界が他にもあるのかどうか。もし異世界がいくつもあるとしたら、ここはアイツの居る世界じゃないかもしれない。
(だとしたら、また別の異世界に行く方法を見つけなきゃいけないってことに……)
彼女はいくつもの世界があるということを教えてくれた。その中に魔王が複数居る世界なんてのもあるのかって聞いてみたけど、流石にそこまでは知らなかった。女神はそれぞれに担当で受け持ってる世界があって、それ以外は殆んど知らないみたい。
「成る程ねぇ。私の力なら、貴女の大事な友達を助ける事は出来るけど、行くことは出来ないわ。私、魔王を倒さないとこの世界から出られないのよ、カズマのせいで……」
女神にそんな事情が……。まさか異世界転生特典として女神を連れていく事を望むなんて、前代未聞じゃない?
アクアちゃんを連れていけないなら、やっぱりリムルンを探すしかないけど、さっきの話からすると、この世界にはいなさそうだなぁ。
私が友人に会うために別の世界へ行きたいと伝えたら、難しそうな顔で悩んだ後、知り合いがやってるっていう魔道具店に連れていってくれた。女神でも異世界に自由に人を行き来させることは出来ないみたい。そこで魔道具店に異世界へ行けるような代物がないか探すということらしいけど……。
「客として来てあげてるんだから茶くらい出しなさいよ」
「は、ハイ、ただいま」
アクアちゃんの店主さんに対する態度が妙に冷たいのが気になるけど、それは置いておこう。突っ込むと長そうだし。探した結果、とりあえずそれらしいものを見つけることが出来た。仮面を着けた男の店員さんが、「ポンコツ店主が仕入れたものが初めてまともに売れるとは」って言って驚いていた。店主さんもなんか泣いてたけどそんなに売れないの、この店?
「さあ、これであなたも晴れてアクシズ教徒の一員ね。異世界に行っても私の偉大さを広めてちょうだい!」
なんか勝手に教徒にされちゃってるけど、まあいいか。多分もう会わないし、適当に合わせておけば大丈夫よね。頷いて手を振る。キョウヤ君には感謝を紙に書いて告げた。
「無事に友人に会える日が来る事を願ってるよ」
イケメンは最後までイケメンだった。
魔道具に魔力が流し込まれ、その効果が発動する。バチバチと稲光が疾って空間に亀裂が出来、向こう側には全く違う雰囲気の景色が見えていた。
今度こそ、目的の異世界へ行けるかな。
今は信じて進むしかない。違ったらまた、方法を探そう。
(絶対に捕まえて見せるんだからね!)
「ほう、白昼堂々スパイとはいい度胸だ」
(ひぃ?)
亀裂へ飛び込んだ先で、いきなり背後から声をかけられて振り向けば、軍服を着込んだ小さな女の子が銃剣を突き付けてきていた。
「ようこそライヒへ。パスポートはお持ちですかぁ?」
(あ、これ、絶対ヤバいやつだ……抵抗したら死ぬ!)
両手を上げて冷や汗を流しながら、私は必死で生き延びる方法を考えるのだった。
前半は悲しい展開になってしまいました。リアルが関わってくると暗い話になりがちです……。
後半はギャグありの展開です。大魔王リムルを訪ねる彼女の旅も、決して楽なものではなかったのです(笑)
絶望の闇が深いほど、希望の光は強く照らしてくれるはず。そう信じて前向きにいきたいですね。