異世界に転移したらユグドラシルだった件 作:フロストランタン
閑話でかぜっちの冒険の一部を描きましたが、意外な反響を頂きました。スピンオフで続きを描こうかな、と思いましたが、本編を進めなくては……。
というわけで、ここからは本編に戻ってテンペストの続きからです。
『────というわけなの。我ながらよく生き延びたと思うわ。もう何回死ぬと思ったか……』
かぜっちがこれまでの旅路を語ってくれているが、声が出せるようになったわけではなく、思念リンクの中でならイチイチ筆談することなく意志疎通が可能なのだ。改めて非常に便利な能力である。
レオンはかぜっちと俺の関係がただの友人だと確認したら、用は済んだとばかりにさっさと帰って行った。クロエは残るつもりだったようだが、今は構ってやれないと言ってレオンに一緒に連れ帰ってもらう事にした。ウルウルと涙目になるクロエを慰めながら、去り際にレオンが良い笑顔で「急かす気はないが、待たせすぎるなよ」なんて言い残して行った。
よく意味はわからないが、急かす気はないというんだから今は置いておいても問題ないだろう。俺だって忙しいのだ。何しろ、モモンガの調整が終わったら今度はシャルティアの洗脳を解く為の具体的な作戦を考えなければいけない。
《それについては既に構想が出来上がっています》
さすがは先生である。俺の考えを先読みして既に大まかな作戦は立ててくれているらしい。じゃああとはモモンガと詳細を詰めていくだけだな。
……ひょっとしてシエルが居れば俺って要らない子では?
かぜっちはここに辿り着くまでに色々と苦労してきたらしい。筆談は大変そうだったので、思念を繋げて説明してもらったのだが、一発でこの世界に来られたわけではなく、幾つもの世界線を巡ってようやく辿り着くことができたらしい。異世界を又にかけた彼女だけの冒険譚である。
これだけで一冊本が書けそうなのだが、本人はあまり思い出したくなさそうだし、出す気にもなれないだろう。
「色々と苦労したんだな……」
『そうよ、初めて行った世界で初対面の男の子にパンツ盗まれて人前でブンまわされるわ、そいつブン殴ったらショック死されるわ。で、女神が大笑いしながら生き返らせるわ……。もう付いていけないと思ったわ。
次に行った世界なんか、いきなり軍服着た子供に銃殺されそうになったのよ?そんで服を取られて拷問っぽいことまでされて……。まぁ、結局あの娘が色々と助けてくれたから感謝してなくはないんだけど、ひと月の間に、一歩間違ってたら死んでたと思う場面が一日三十回はあったし、そもそもあんな子供が軍人なんて、あの世界はイカれてるわ』
思念の中で怒り顔で捲し立てたり、涙を流したり、途中遠い目になって「さらば乙女の私」とか呟いたり。一体何があったのかは知らないが、思念を具現したイメージだというのに彼女も中々の自由人だった。
ただ、文字通り命懸けで俺を訪ねてきた事は間違いない。よくまあ此処まで辿り着いたものだと感心させられる。
彼女の状態を解析鑑定した結果にはこれまた驚いた。命に別状は無いのだが、彼女の声帯がなくなっていた。
人間は声帯という器官を震わせることによって声を出す仕組みになっている。これがなければ声は一切出せないのだ。
しかし不可解なのはその声帯があったはずの喉の状態であった。手術によって取り除いたのであれば、取り除いたあとにも声帯が僅かに残っていたり、声帯のあった場所が少し変形して窪んでいたりと、形跡が何らか残っているものなのだが、それが一切ない。
まるで
試しに
そうなると何かのスキル、或いはそれに準ずる何かということだろうか?本当に微かにだが、それらしい痕跡はあったようなので、可能性は濃厚である。
かぜっち自身はその時の記憶は全くないらしく、目覚めたら病院で、そのときにはもう今の状態だったらしい。そのため誰の仕業かまでは分からないが、どうやらリアルにはそんな事ができる危険なヤツが居るらしい。そうなると、会っていたという御曹司が真っ先に怪しいと疑ってしまう。
ソイツが犯人でなくても、問い質して実行犯を見つけ出せれば、かぜっちが声を取り戻せる可能性はあるのだが、手掛かりを探そうにも俺は
というわけで結局のところ、これも一時保留するしかなかった。
実は他にも判明したことがあるのだが、それについては触れるべきなのかどうか……。
ん、先生……?
《…………》
先生はシリアスな雰囲気で沈黙を貫いている。かぜっちからの有力な証言もあるし、もしかしなくても先生は
おそらく、何か大きな懸念があるが、確定事項とはなっていないのでまだ言えない、ということなのだろう。昔から慎重というか、完璧主義だからな……。
いずれにせよ、すぐには手を付けられないということがわかったくらいで、俺に出来ることは殆んどなかった。
そこで、とりあえずモモンガに調整のために迷宮深層へと入ってもらっている間に、俺はかぜっちにこれまでの経緯を話した。
『なによそれ。折角ここまで来たのに……なのに、苦労して、死ぬ思いして、やっと会えたと思ったらなに?なんでんなことになっちゃうのよ……戻してよ。元に戻してよ!』
かぜっちはユグドラシルが現実化したということへの驚きよりも、モモンガが人間に戻るのではなく人間を捨てたという事実に、大きなショックを受けていたようだった。
モモンガに人間やめさせたのは、ちょっと早まったかな?と思った。今さら元通りにはならないのだ。
「もう後戻りは出来ないし、モモンガもそれを望んでる」
「そんな……」
「出来るならかぜっちもリアルには戻らない方がいいんじゃないかと思ってる。声が出ないままじゃ、生活にさえ困るだろ?」
このまま日本に帰ったところで、声が戻らなきゃ声優業も続けられないどころか、日常生活にも支障が出るかもしれない。そんなかぜっちを日本に帰らせるのは正直気が引けた。声を奪ったやつがまた何かしてこないとも限らないしな。
それならこの世界に残ってもらうのもいいかもしれない。歌は歌えなくても楽器の演奏とかは出来るし、作曲やプロデュースなんかもやれるかも知れない。当然だが、ただの善意でこの世界に招いて養うわけではなく、あくまでもWin-Winの関係である。善意でイチイチ人助けしてちゃキリがないしな。
他にもモモンガと一緒にナザリックに行くという選択肢もあるが、NPC達がどんな反応をするか未知数なため、現段階ではおすすめ出来ない。いきなりかぜっちを命の危険に晒すリスクはモモンガも避けたいだろう。
かぜっちはすぐに返事はせず、迷っている様子だった。
「まあ、強制するワケじゃないけどな。返事はすぐじゃなくて良いから、ちょっと考えてみてくれないか」
そう言って俺は話を打ち切り、かぜっちに時間を与えた。
モモンガの調整を待つ間、俺は執務を幾つかこなして過ごした。その間、レオンが連れられてきたかぜっちを偶然目撃したらしく、ユリウス達学生数名が訪ねてきていた事を知った。
どうも俺ではなくかぜっちに会いに来たようだ。アイツら、いつの間にかぜっちの追っかけになったのやら。その時はシュナが一緒に応対してくれて、筆談で意志疎通は問題なく出来たらしい。
かぜっちの姿を見た時は、彼女の妹か親戚だと思っていたらしく、かぜっちも一緒かもしれないと思って訪ねてきたそうだ。だがかぜっち本人だと分かり、声を失っていると知ると、ロザリーがその場で泣き崩れて号泣したらしい。マグナスも彼女の大ファンだったらしく、悲しげにしていたとか。それでも口説く事は忘れなかったというのだから、アイツらしいというかなんというか。
かぜっちはもしまた声が戻ったら、ライブがしたいと伝え、そしていつかきっと一緒にライブをしようと約束した。一緒にってアイツら、ミュージシャンを目指すつもりか?
まあ、もし本当にそのときが来たら俺もバックアップしてやろうかな。いや俺も歌ってみるってのもアリか?
かぜっちと一緒に来たシュナの報告を聞きながら、そんなことを考えていたら、モモンガがやって来た。三日間でもう調整は完了したんだろうか?
「クックック……」
漆黒のローブを纏った
「やけに機嫌が良いな」
「ああ、実は見せたいものがあってな。フフ……"生死反転"!」
俺たちの目の前で人間の姿になり、腰に手を当てて思い切りどや顔された。アダルマンの"聖魔反転"を応用した"生死反転"である。さりげなくイケメン化してるし、勝ち誇ったようなどや顔にはイラッときたが、これには俺も驚いた。
かぜっちはというと、真っ赤に赤面して顔を背けていた。シュナも頬を赤らめて顔を手で隠していたが、空いた指の隙間からはしっかりと見ている。
「前閉めろ、前!」
「あっ……しまった!!うおハズカシー!」
恥ずかしいもなにも、自分で出したんだろ……。羽織っているローブは元々前がガバッと開けっ広げの状態である。骨の時は肋骨が露出し、腹に収まったモモンガ球も見えていたので、当然受肉?すれば胸元どころかがへその下の際どい所まで丸見えだった。
「見せたいものとはその、は、裸ではありませんよね?」
「そ、それはモチロンです……すみませんでした」
シュナが唇を尖らせて文句を言っていたが、お前の兄貴も夏場は似たような格好だったのでは?だが無粋な突っ込みは入れない。かぜっちに怒られたばかりだしな。口は災いの元なのだ。
しかしモモンガが前を閉めてもかぜっちは目を泳がせ、モモンガの顔をまともに見れない状態だった。エロゲにも声を当ててるはずなのに、意外とウブだな。もしかすると、二次元のエロいシーンには慣れていても、生身の裸には耐性がないのかもしれない。
「でも、これでまた食事ができるはず……!」
そうだった。アンデッドになってしまったモモンガは、俺とは違って食事を楽しめなかったのである。ナザリックでも香りを楽しむだけで実質お預けだった。だが今ならそれが出来るはずだ。両手を前で握り締めてガッツポーズする姿が、その苦痛と喜びを物語っている。
「おお、やったな!」
嬉しそうなモモンガを見て、俺もなんだか嬉しくなる。もし俺が食事出来なくなってしまったら、ストレスで暴れだしたに違いない。その点、モモンガはよく耐えたものだ。
(実はさ……
「なん、だと……!?」
小声で囁いてきた言葉に、俺は驚愕した。解せぬ……俺には復活しなかったってのに……。途轍もない敗北感を感じてしまったが、もし俺が息子を取り戻してしまったら、
「で、シャルティアの洗脳解除だが……」
モモンガの準備が出来たところで、先生が用意してくれた構成を元に、作戦を擦り合わせていく。それも数分で終わったので、あとは実行するだけだ。
「俺たちはそろそろ行くけど、かぜっちはもうどうするか決めたか?」
俺の問いかけにかぜっちはコクンと強く頷いた。どうやらモモンガと一緒にナザリックに行くと決心したらしい。俺は本人が希望するなら止める気はないが……。
「俺は反対です」
突然のモモンガの言葉にかぜっちは瞠目し、表情を凍らせる。
「リアルはどうするんですか?仕事は、すぐには出来ないかもしれませんが……。それに、スポンサーの御曹司とは……その……」
モモンガは言葉を詰まらせながらちょっとデリケートな質問を投げ掛けた。そう言えばそんなこと言ってたな。彼女は勝ち組に見初められて、そのままいけば玉の輿に乗れそうだったはずだと。
だが、今となっては御曹司に関わるのは危険な予感しかしない。かぜっちも俯いて首を振っていた。リアルに帰る気はないということらしい。俺は御曹司は危険かもしれないという推論をモモンガに説明した。
「……成る程。そういうことなら、リアルへ帰すのはまずいか。しかし、かといってナザリックへ行くというのは……」
モモンガはそれ以上リアルの事は追及しなかったが、ナザリックへ連れていくことには消極的だった。少しでも危険があるなら、そこへ連れていくのは躊躇われるんだろう。俺もかぜっちを連れていくのは時期尚早かもしれないとは思っている。
「うーん……どうしても行くんですか?危険かもしれないですよ?
モモンガは妥協案を提案するが、かぜっちは頑として譲らない雰囲気を醸していた。
こういうときは思念リンクだな。というわけで繋いだら、かぜっちが盛大に本音をぶちまけた。
『……に決まってるでしょ?気付いてよモンちゃんのバカァ!……はっ!?』
「は?え?」
突然罵倒され、モモンガが本気で焦っている。いきなり思念リンクしたせいで、かぜっちは内心で叫んでいたはずの想いの一部を自ら暴露してしまったようだ。
『ギャー!何してくれてんの!やるならやるって言いなさいよぉ~!』
かぜっちは顔を真っ赤にして涙目で訴えるが時既に遅しである。口から出た言葉はもう戻らない。いや、正確には思念だから口からは出てないけど。
「茶釜さん」
『はっ、ひゃい!?』
変な声を出し、真っ赤に熟れたトマトみたいになっていくかぜっち。アレ?この反応はまさか……かぜっちってモモンガのこと?いつの間に……。
《……》
おっと、先生の呆れたような雰囲気が漂ってくるぞ?てことは、結構前から好きだったってことだな。でなきゃわざわざ危険を犯してまで自力で俺を訪ねて来ないだろうしな。
つまり、さっきの言葉は『好きだからに決まってるでしょ』ということか。まあ、途中からしか聞こえなかったから肝心な部分は聞こえてなかったが、モモンガも察してしまっただろう。
「……気が付かなくてすみません」
『あ……っ、ううん、そんなこと……』
うんうん、やっぱり気づくよなぁ。モモンガはどう答えるんだ?ドキドキしてきた。
「そんなに会いたいんですね?」
『うん。……え?』
あれ?会いたい、ってなんだ?
「そうだよ、あの二人ならカルマも中立だし、案外大丈夫なんじゃないか?そうやって前例を作ることができれば……。よし……わかりました、そこまで言うなら何とかしましょう。なぁに、アウラとマーレならきっと喜んで受け入れてくれますよ!やっぱり気になりますよねー、自分で作ったNPCが意思を持って動き出すなんて」
一人で何やらブツブツと呟いていたが、自己完結してかぜっちにサムズアップしながら良い笑顔でそう言い放った。
『……は、はい?』
どうやら、かぜっちの熱い想いは伝わらず、モモンガの中でかぜっちがマーレ達に会いたくて仕方がないと解釈しているようだな。機嫌良さげに残念な見当違いをしてるモモンガに「そうじゃねーよ」と全力で突っ込んでやりたい。
だが、かぜっちが余計なことを言うなと目で訴えているのに気づいたのでやめておいた。ともあれ、モモンガはかぜっちも一緒に連れて行く気になったようだ。
「よ、よかったな、かぜっち」
『う、うん……』
かぜっちは安心したような、ガッカリしたような、微妙な表情をしながらも、頷いた。これから大変だな、何しろ俺もびっくりする程にニブいやつだ。一筋縄ではいかないだろうな。
こういうことに関しては、周りは余計なことはせず本人達に任せる主義だ。だから、俺は変に手出しはせず見守る事にしよう。
こうしてナザリックの宝物殿にかぜっちも連れてきたわけだが、いきなりシモベ達の前にいきなり晒すのは流石に勇気が要る。一部の例外を除き、人間蔑視の思想がナザリックでは標準なのだ。多くの異形種達の敵意にさらされるのは精神衛生上よろしくないだろう。
ということで最初は宝物殿に連れて来たのだ。宝物殿なら会う奴もかなり限られてるし、人間嫌いなアルベドが居るはずだけど、分別は弁えてるからまあ大丈夫だろうと判断した。
本当はあの時点でアルベドにかぜっちの正体を明かすと言っていたはずなのだが、モモンガは先送りにした。
今思えばその方がよかったのかも知れない。万一正体を明かしたその場でアルベドがかぜっちに刃を向けたりしたら、アルベドを取り押さえるしかなかっただろう。
そうなると、最悪ナザリックに統括が不在の状態でシャルティアのもとへ向かわなければいけなかった。デミウルゴスやコキュートスを説得するのに手間がかかっていたはずだし、不在時の防衛面にも不安を残していただろう。
モモンガがその辺りの機微を察していたのだとしたら、良い判断だったと思う。ちゃんと支配者らしくなってきてるじゃないか。
最重要の庇護対象に指定したことで、アルベド達も下手な刺激は出来ないはず。ディアブロも戻らせるし、最悪かぜっちの正体がバレても止めてはくれるだろうと踏み、俺達が戻ってくるまでは問題ない予測していた。してはいたが……。
「ん……?」
「あっ、おかえりなさいませ、アインズ様、リムル様も……」
「ただいま。……えーと………………取り込み中だったかな?」
モモンガが躊躇いがちにアルベドに訊ねる。シャルティアの洗脳を解いてナザリックに戻って来たら、膝立ちになってかぜっちとアルベドが抱き締め合っていたのだ。もしかしてアルベドのやつ、
「こ、これはその……違うんです!」
二人して慌てた様子で手を振って否定するが、なんだかアルベドの頬が赤いので余計に怪しく思えてしまう。
どうやら今回はただの思い過ごしで、アルベドにはかぜっちの正体がバレてしまった事がきっかけだったらしい。
先生によれば、パンドラズ・アクターは既にギルドメンバーの正体にも気付いていて、アルベドも気付いてしまう可能性はあったらしい。
パンドラズ・アクターの場合は宝物殿にいたので、モモンガが足繁く霊廟へ通い、一人で色々と口走る姿を見かけているはずだ。それを聞いていれば答えに辿り着くのは当然かもしれない。
俺も後で気付いたが、宝物殿で会ったとき、本当はかぜっちに気付いてテンション爆上げだったのだ。
しかしあえてその事には全く気付いていないかのように振る舞っていたのだから大したものだ。
まぁ、オーバーアクションの設定だから、テンションが普段より上がってても元々こんなものかと思って気付かなかったかも知れないが。
ただ、アルベドは可能性を疑いはしても確信を得る事はできず、正体を明かすまで静観する可能性の方が高いと予想していた。
彼女がかぜっち、つまりぶくぶく茶釜だと気付き確信を得るには、NPCが越えなければいけない幾つもの壁がある。その壁を乗り越えない限り、真実に辿り着くことは出来ないはずだったのだ。
因みにディアブロの話によれば、デミウルゴス達はまだ感付いた素振りは見せていないらしい。
デミウルゴスも頭の回転ではアルベドに遅れを取るわけではない。では何が両者を分ける差になったのだろうか。
しかしアルベドが自分の推理から確信へと至るには相当な覚悟が必要だったはずだ。ギルドメンバーの正体がそれまで下等と見下し、嫌悪して来たはずの人間だった事、そして
俺達はモモンガの執務室でアルベドと話をすることにした。勿論人払いをし、かぜっちの事も他にはオフレコだ。
パンドラズ・アクターが戻って来たら全員を集めるとして、それまではまだ時間があるので、先にアルベドだけでも情報を擦り合わせておいた方が良いだろうと思った。つまり、アルベドの推理の答え合わせだ。
守護者統括とは重要な立場だ。守護者を束ねる彼女が肝心なときに揺らいでしまっては、他の守護者達にもそれが波及してしまう。ナザリックのNPC達はギルドメンバーによって創造されたからそういう意味では上下などない。とは言っても、組織を統べる者は相応の重責を背負うものなのだ。
最初二人が抱き合っていたのは、アルベドが真偽を確めるために、ペロロンチーノは死んでいるのかと訊ね、かぜっちが首肯した事で、アルベドは自分の推論が全て間違っていなかったと覚り泣き崩れたのを、かぜっちが抱き締めて慰めようとしてそうなったようだ。
「ではやはり、タブラ・スマラグディナ様も……お亡くなりに……」
「……ああ、そうだ」
抑揚の少ない声でモモンガは静かに肯定する。タブラ・スマラグディナの死については、かぜっちもまだ知らなかったので、モモンガの説明で初めて知る。アルベドも覚悟は出来ていたのだろう。悲しげに眉根を寄せているが、泣き出したりはせずグッと我慢している。
(それにしても、やけにくっついてるな。まあ、変な意味合いはないんだろうけど……)
今のアルベドは、かぜっちと手を繋ぎ、ピッタリとくっついて離れようとしない。俺の転移で部屋を移動したため、その間もずっとくっついている。そう言えば、アルベドの設定には甘えん坊ってのもあったっけ……。
かぜっちも嫌がってはいないが、若干戸惑いは感じているようだ。見た目が少女のかぜっちに、大人の淑女に見えるアルベドが親に甘える子供のようにくっついているのだから、確かに妙な絵面ではある。
元の設定をいじったことはまだかぜっちには白状していないが、なまじ設定を弄ったとか弄ってないとか気にするからいけないのかもしれないな。最初からこうだったと思えば自然に……受け入れられるのか?
《…………》
おっと、先生が何か言いたげだ。今は話を進めよう。
「お前の推論は大筋で合っているが、やはり抜けている部分があるな」
「抜けている事、とは?」
モモンガの言葉にアルベドが訊ねる。情報が欠如している状態で、アルベドは良くここまで推理できたと思うし、勇気の居る事だったと思う。だが、真実とはそれすら凌ぐほどに残酷かもしれない。
「主にリアルの事、そしてユグドラシルという世界についてだな。真実はお前の想像を越えるほどに残酷で非情だ。もしかしたら、全てを知らない方が幸せなのかもしれん。それでも……お前は私の知る真実の全てを知りたいか?」
数瞬の迷い。しかし、アルベドはその数瞬で覚悟を決めた。
「はい。どのような辛い事であっても、私は受け入れる所存にございます。僭越ではございますが、アインズ様とぶくぶく茶釜様が背負われている痛みを、私にも分け与えて下さいませ。たとえ身を裂くような痛みであっても、お二方のお心を知る事が出来るのならば、私は喜んで受け入れられます」
「そうか……。お前の想い、ありがたく思う。では私の知る全てを語ろう。リムル、アレを頼む」
モモンガはアルベドには全てを伝える決心をした。リアルについて、ユグドラシルについて。ギルドメンバーの正体とその死について。モモンガの身に起きた事も全てだ。
俺は思考を30倍程に加速して、この場に居る全員の思念をリンクさせた。何故か魂の力が弱まっている今のかぜっちでも、30倍程度なら数時間は問題なくついてこられるだろう。
「お願いします」
アルベドの心の準備も出来たところで、モモンガはリアルの事から話し始めた。
「────これが私の知る全て。お前達が知り得なかった真実だ」
「う……うううっ」
「アルベド……」
モモンガは全てを伝えた。
アルベドにとって、それまで信じて疑わなかった事が覆されるのは、想像を絶する苦痛だっただろう。自分達は仮想の存在、娯楽の為に作られた箱庭の中に作られただけの、オモチャのような存在だったと告げられたのだ。彼らが住む
堪えきれず膝をついて嗚咽するアルベドにモモンガが気遣わしげに声をかけ、かぜっちが寄り添うようにアルベドの肩を抱く。
「も、申し訳ありません……守護者統括たる私がこのような……」
『いいじゃない、泣いたって。辛いときは思いっきり泣いた方がスッキリするよ』
「ぶくぶく……茶釜様……ぅ、あぁぁああぁあああ!」
かぜっちに抱きついて涙するアルベド。ある程度内容を予想して、心の準備をしていた彼女でさえこの有り様だ。何の下準備もない他のシモベ達はもっとひどい事になるだろうな。一体何人が受け止められるだろうか。
『ま、待って、アタシ死んじゃう……』
「あっ、申し訳……!」
かぜっちが苦しげな思念でSOSを出す。加減をしてるつもりでも、アルベドのパワーでは殺人鯖折りになってしまうのだ。
アルベドが手を離したのはいいが、今度は次の標的を探し始めるアルベド。モモンガは危険を察知したのか然り気無く逃げている。ディアブロはアルベドに嫌われているみたいだし……仕方がないので俺が身代わりにされた。
「結局こうなったか……」
俺はスライムボディになってアルベドの腕に収まり、タメ息を吐いた。うん、強く抱き締められて二つの豊かな感触が伝わってくる。ううむ、悪くないな。
「リムル様は
「あれ?まだ言ってなかったっけ?」
「あ、はい……」
すっかり言ったつもりになっていたが、まだだった、アルベドが知らないということはナザリックのNPC達は誰も知らないってことだな。
「しかし、やはり他の者にも真実を告げるべきか躊躇ってしまうな……。アルベド、お前はどう思う?私は皆に、真実を突き付けるべきなんだろうか?」
少し落ち着きを取り戻したアルベドに、モモンガは訊ねた。アルベドも居ずまいを正して、シリアスな雰囲気で答える。
「……遅かれ早かれ、いずれは知らなければならないことだと思います。ならば早い方が傷も浅いかと。個々人の意識も、大きく変わってきます。このまま何も知らずに行動すれば、真実を知った時後悔する者が多数出る事でしょう。動揺は避けられませんが、それも一時的なもの。敵に回るようなものが居たとしても、全力で私が御守り致します」
「そうか。だが、私達は元々人間だぞ?お前達が思うような、至高と呼ばれるような存在じゃないんだ……お前はそれでもいいのか?」
モモンガは正直に心情を吐露した。だがアルベドはにこやかに微笑む。
「あなた様は最後まで残って下さったではありませんか。あなた様がお残り下さらなければ、私達は永遠に主を失った迷い子でした。それに、私達を創造してくださったのは紛れもなく至高の、ギルドの皆様なのです。たとえ皆様が人間であろうとも、私達の創造主に違いはありません。私にとってはそれが全てです」
そう言った彼女の微笑みには悲愴も迷いもない。それは表面を取り繕った仮面ではなく、心からの笑顔だった。