異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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色々書き直しているうちに更新が遅くなってしまいました。

絶望に染まるシャルティアが齎す驚愕の事実とは?


#77 どの時だよっ

 玉座の間を後にしたシモベ達が各々の持ち場へと戻って行く。皆の胸中には喜びと悲哀が入り交じり、皆悲喜交々(こもごも)といった面持ちであった。しかしながら、その足取りはしっかりとしている。

 

 アルベドはそんなシモベ達の姿を玉座の段上から見送る。至高の御方々の死は重く、自分を含めたシモベ達の心の傷は深い。だがそれでも、全てを喪った訳ではないのも事実であり、確かに希望は残っているのだ。

 

 彼等にそれをもっとも強く実感させてくれたのは、ぶくぶく茶釜の帰還。アインズを除く40人のうち、帰還を果たせたのはたった一人だが、それでも嬉しいことだ。

 

 リアルと呼ばれる世界の住人達にとって、自分達はただの玩具に過ぎなかった。飽きられれば容易く捨てられ、忘れ去られるだけの、実態のない儚い幻。自分達が自我と実体を持ってこの世界に生きているなど、リアルの住人達は知る由もないだろう。

 

 だが、たとえ創造主にはもう会う事が出来ないとしても、ただの玩具以上の愛着を持ってもらえていたと皆が信じている。それはアルベドも同じであった。

 

 タブラ・スマラグディナは引退前、アルベドのいる玉座の間へと足を運んでくれたのだ。アルベドにはそれが堪らなく嬉しかった。病に犯されていながらも、最後に会いに来てくれたのだ。

 

 それでも、もう会う事が叶わないという事実は悲しいし、寂しい。

 

(……駄目ね、いつまでも感傷に浸っていては。御方々から賜った守護者統括としての使命を全う出来なかったら、顔向け出来ないものね)

 

 アルベドは寂しい気持ちを押し込め、いつもの微笑を浮かべる。妙なものだ。実態のない亡羊たる幻のはずのユグドラシルの住人達が、実体と生命を得てしまうとは。改めて考えるほどに不可思議としか言い様のない状況である。

 

 それにしても、タブラ・スマラグディナが最後に日に言い残した言葉。あれは何を何処まで見通しての事なのだろうか。ただの偶然にしては、まるで未来を予知していたかのような意味深な言葉の数々。智者と定められたアルベドにさえ予測不可能な事態を、一介の人間に予想出来るとは思えない。

 

 否、プレイヤーは皆人間だというアインズの言葉をそのまま受け取るべきではないのだろう。リアルの人間を、この世界で見かけるような矮小な人間と同列に考える事自体、間違いなのだ。実態を持たぬ仮初めの世界とはいえ、ユグドラシルという広大な世界を創造した存在が、この世界にもいるような取るに足らない矮小な人間と同じ程度であるはずがない。

 

 もしかしたらタブラ・スマラグディナには、この世界でいうところのタレントのような特異な能力が有ったのかも知れない。その能力で未来を見通していたのでは。アインズがこの世界に転移するという事も、その時には自分が生きてはいないであろうことも。

 

 だから一緒に居続けられない自分の代わりに、アルベドに役割を与えた。再びこの地に帰還する彼女を何があっても守れと。それが病に侵され余命幾ばくもない彼が、アインズの為に出来る精一杯だったのだろう。

 

(あの日、私の思い違いでなければアインズ様は────)

 

 泣いていた。ナザリック地下大墳墓の最高責任者、至高の御方々のまとめ役であるアインズが、ひっそりと。その辺りの記憶はボンヤリとしていて、何やら胸元をじっと見つめられていた気もするが、やがてポツリと「愛される人はいいな」と寂しそうに呟いたのだ。

 

 それは寂寥感に耐えきれず、愛されたいと訴えているように見えた。

 

 元々彼をオナペ……彼とのめくるめくラブシーンを色々妄想はしていたが、恋が始まったのはいつかと問われればやはりこの時この瞬間であろう。完全無欠と思っていた御方が不意に見せた〝弱さ〟は痛たましくもあり、愛おしくも思った。

 

 早い話がアインズが不意に見せたギャップにズキューンときてしまったのだ。

 

 アルベドは自らがアインズの寂しさを埋めようと考えていたが、至高の41人の一人がそのアインズに恋慕を抱いているならば、自分の感情を最優先させるわけにはいかないだろう。

 

 悔しい気持ちが全く無いわけではないが、正妻の座は彼女に明け渡さなければならない。しかしこれで、誰かに愛されたいというアインズの思いは満たされるのだから、自らを納得させるしかないだろう。

 

(きっとアインズ様は皆様から愛されていたのね、ご自身が思われているよりずっと。タブラ・スマラグディナ様も、あの日()()()()と楽しげにお話をされていたもの)

 

 あの人物とタブラ・スマラグディナの会話は断片的な記憶しかないが、度々玉座の間でモモンガの名を口にして談笑していた。真なる無(ギンヌンガガプ)をアルベドに持たせた彼は今、何処でどうしているのだろうか。

 

 思い出を懐古していたアルベドだったが、そろそろ頃合いのようだ。目の前の問題に対処しなくてはと気を引き締める。

 

 既に殆どのシモベ達が玉座を後にし、まだ残っているのは至高の41人の二人と、客将の二人。そして階層守護者達である。その中でシャルティアは今、白蝋じみた白い顔を絶望に染め上げていた。守護者と御方々が揃っているこの機会に、彼女の処分は早急に決めておくべきだろう。

 

 個人的にはシャルティアを気の毒に思わないでもない。創造主ペロロンチーノの訃報は、彼女にとって己が身を裂くよりも辛いはずだ。その点アルベドは直接別れの挨拶をされただけ、恵まれていたと言えよう。

 

 だが間の悪いことに、シャルティアは何者かの手によって精神支配に遭い、その挙げ句至高の御方に刃を向けるというとんでもない失態を犯している。自分が同じ立場であったらと思うとゾッとする。

 

 アインズはすべてを許すと言ってはいたが、信賞必罰は世の常であり、何か罰を与えてやらねばシャルティアも自分を許せず、後悔が刺のように残り続けるであろう。罰を与えることはそういった意味では許しであり、救いでもあるのだ。

 

 しかし、妙な違和感を覚える。今のシャルティアは何かに怯えているかのように見えた。アルベドがその視線の先を追うと、そこにはぶくぶく茶釜の姿。直接刃を向けたアインズに対して申し訳なく思っているのはわかるが、彼女に激しく怯えているのは一体何故なのか。

 

(もしや……成る程、そういうことね)

 

 アルベドは思考を巡らせ、最も可能性の高い理由を導き出す。アインズに刃を向けてしまった件については、彼自身は全てを許すと言っているし、ぶくぶく茶釜も恐らくそれには賛同しているだろう。それをシャルティアが知っているかは分からないが、仮に知っていたとしても、畏怖の念が本能に刻まれているのであればどうしようもない。

 

 つまり、シャルティアは根源的な部分でぶくぶく茶釜に対して畏れを抱いている。その理由は恐らく創造主同士の関係性であろう。

 

 自分達はどこか創造主達に似ている所があるとアインズは言っていた。アウラとマーレの関係から鑑みるに、創造主ペロロンチーノと、姉であるぶくぶく茶釜との関係も……。至高の御方の間にもパワーバランスというものは多かれ少なかれあるのだろう。その被造物であるシャルティアがその影響で彼女に対して特別に畏怖の感情を持っていたとしてもおかしくはないのだ。

 

「ちょっとシャルティア?」

 

「え?アレ?あ、あの……大丈夫ですか?」

 

 アウラがその場にへたり込むシャルティアに声をかけるが、本人はまるで気にかける余裕がない。ボンヤリしていたマーレも心配げにシャルティアの様子を窺う。ぶくぶく茶釜も心配になって段を降りていく。アインズ達も彼女の後を追うようにシャルティアのもとへと歩を進めた。

 

 近付いて来るぶくぶく茶釜の姿を見て、いよいよ涙目で震え出すシャルティア。何で自分がそんなに怯えられるのかと内心モヤモヤしたものを感じつつ、ぶくぶく茶釜は努めて恐がらせないよう笑顔を作る。

 

「ももも申し訳ございませんでしたああぁ!!」 

 

 突如として床に額を擦り付け、謝罪の言葉を叫ぶシャルティアに、ぶくぶく茶釜は思わず一歩後ずさる。目の前で床を割りそうな音を響かせて地面に頭突き、いや土下座をされれば驚きもする。

 

(ちょ、ええええー、どうなってんのよぉー?)

 

 困惑したぶくぶく茶釜が助けを求めるようにアインズを振り返ると、彼も困惑の表情を浮かべていた。

 

「あ、()()()()はその……ま、まさかぶぶぶくぶく茶釜様だとは露知らず────」

 

 シャルティアが必死に絞り出すかのような声で意味不明な言葉を口走る。その途端、何かやらかしたと敏感に感じ取ったアウラが鬼の形相でシャルティアを睨んだ。

 

「ちょっとアンタ、ぶくぶく茶釜様に何か不敬を働いたんじゃないでしょうね?」

 

「申し訳……申し訳有りません!!死んでお詫びしますうぅ!」

 

「ま、待て待て!はやまるんじゃない!」

 

(オイオイ、一体何やらかしたんだ?)

 

(し、知るかっ)

 

 どうにかアウラとシャルティアの二人を落ち着かせたものの、困り顔で視線を交わすリムルとアインズ。何か仕出かしていたようだが、アインズも何も思い当たる事は無かった。しかし内容がわからないでは対応しようもない。まずは聞き取りをしなくては。

 

「あーっと……あの時って?」

 

「そうでありんす」

 

()()時、とはなんだ、その……」

 

「はい、あの時でありんす」

 

(((いや、どの時だよっ!)))

 

 二人がそれぞれ訊ねるが会話が成立せず、あの時がどの時であるか、具体的な答えが反って来ない。リムルとアインズ、そしてぶくぶく茶釜の心の叫びが一致した。シャルティアは狼狽しているせいか、とにかく震えながら謝罪を口にするが、何の事を謝っているのかも分からない状況。そこへ助け船が出される。

 

「アインズ様もぶくぶく茶釜様も、『あの時』という一言だけでは心当たりが多すぎて迷っておられるご様子。シャルティア、もう少し具体的に説明してくれないかね」

 

 デミウルゴスが状況を素早く理解して適切な助言をしてくれた。そのお陰でシャルティアは自分の過ちを悔いるように表情を歪めながらも、順を追って経緯を説明し始めた。

 

 自害を踏み留まっているのはひとえにアインズの言い付けだからであり、許されるならば今すぐにでも死んでしまいたいと顔に書いてある。

 

 シャルティアから齎された内容に皆が瞠目する。セバス達と別れてシャルティアが向かった盗賊の塒で、なんとぶくぶく茶釜に出会ったらしい。しかも至高の御方だと全く気付かず刃を向けてしまったというのだ。当然ながらシャルティアの話はアインズ達の知る時系列から考えれば矛盾していて、人違いだろうと予想がついていた。

 

 しかしアウラを初め守護者達はシャルティアの言葉に驚愕し、そしてそれが怒りに変わっていくのに時間はかからなかった。皆どうにか堪えては居るものの、滲み出る感情が空気の重さとなって表れている。

 

「それ別人じゃね?」

 

「ふぇっ?」

 

「え、スライムが喋った!?」

 

 重い空気の中、不意にぶくぶく茶釜が抱えるスライムが声を発し、シャルティアとアウラが驚きの声を発する。他の守護者達も驚いたような表情を見せていた。

 

「ん?俺だよ、俺。分からないか?」

 

 更に馴れ馴れしい口調で話し掛けてくるスライムに、怪訝な表情を浮かべるアウラ。シャルティアも何処かで聞いたような、と首をひねる。

 

「リムル、なんなんだそのオレオレ詐欺みたいな台詞は……」

 

「「「えぇー!?」」」

 

 アインズの溜め息混じりの言葉に、マーレも一緒になって驚きの声を上げた。スライム形態だったリムルが中空へと飛び上がり、人型に戻って着地する。そしていつものように美女の顔には似合わない笑みを浮かべる。

 

「いや、何でシャルティアが驚いた顔してんだよ?お前にはスライム姿も見せたろ?……で、さっきも言ったけど、お前が会ったのは別人だ。人違い」

 

「いやでも、だって……お会いしました、よね?」

 

『……?』

 

 別人だとあっさりと断じたリムルの言葉に、シャルティアは混乱した様子で本人に訊ねる。だが、全く心当たりのないぶくぶく茶釜も小首を傾げ、お互い見つめあったまま数秒間、微妙な沈黙が流れる。

 

「世の中にはソックリな人間が三人はいると聞いたことがあるが、まさか本当に居るとはな……」

 

「そ、そんな事が……?でも確かに同じお顔で……いや、()()()の方が今より少し年増に見えんしたが……じゃ、じゃあ、本当に別人……?」

 

 アインズの言葉を聞き、シャルティアは記憶を思い返しながら驚愕の表情を浮かべる。

 

「かぜっち……ぶくぶく茶釜がこの世界に来たのは、お前が洗脳にあったより後だ。お前が会ったっていう時間にはまだこの世界に居なかったんだから、偶然にも出(くわ)すはずがないんだ」

 

「……えぇ~」

 

 リムルの推論に全身の力が抜け、溜め息を吐くシャルティア。未だ信じられないという面持ちだが、本人も知らないというので、本当に別人なのであろう。

 

「そ、そんなに似ていたのか?」

 

「あ……は、はい……」

 

 アインズの問いに、シャルティアは顔を赤くして恥ずかしそうに、小さく小声で答えた。至高の御方の顔を他の誰かと見間違うだなんて、と恥じ入っているのだろう。

 

「なぁんだ、シャルティアの勘違いだったんだ?至高の御方を見間違うだなんて、とんだ節穴(ふしあな)ねぇ~」

 

 人騒がせな、と呆れたように肩を竦めるアウラ。デミウルゴスも頬をひきつらせていたが、怒りより呆れの方が勝っているといった様子だ。

 

「うっ……冷静になって考えてみれば髪の色とか違いんしたが……で、でも、チビすけだっていきなり会ったら絶対そっくりそのまま、おんなじ顔だって思うでありんす!」

 

「バーカ、もしホントにソックリだとしても自分の創造主を見間違うワケないじゃん!」

 

 一時はどうなるかと思ったが、どうやら誤解も解けていつもの調子でじゃれ合い始めた二人。そんな二人の様子を見て、アインズもホッと胸を撫で下ろした。

 

「よ、よかったですね、人違いで」

 

 マーレが安堵しながら声をかけるが、人違いされた側からすればいい迷惑である。

 

「しかし、操られて主人に刃を向ける羽目になろうとは。もし相手を侮り慢心していたのだとしたら、許されざる失態ですが。どうなんです?」

 

「うぐっ……。アインズ様、本当に、本当に申し訳ございませんでした。敵を侮るようなつもりはありんせんでしたが、自分の方が格上だという慢心がありんしたのは事実です。愚かな私にどうぞ何なりと罰をお与えください」

 

 ディアブロの辛辣な追求に反論できず、そのままアインズに頭を下げて謝罪を口にするシャルティア。ぶくぶく茶釜は人違いであったため実際には刃を向けてはいないが、アインズに刃を向けたことは事実である。慢心したツケがどれほど大きかったのか、シャルティア自身、深い後悔と共に身に染みて感じていた。

 

「先にも言ったが、今回の件でお前を責めるつもりはない。お前の全てを許そう」

 

 デミウルゴスとコキュートスも、彼女の失態に思うことが無いではなかった。だが本人の様子を見て、あえて追及はしない。本人が十分に反省している事は分かったし、何よりアインズが全てを許すと決めたのだ。ならば彼女を責め立てるのはそのアインズの意に背く事となってしまうだろう。

 

 しかしアルベドは少し違った。意を決したように真剣な顔つきでアインズに話しかける。

 

「アインズ様、よろしいでしょうか」

 

「ん?ああ、なんだ?」

 

「アインズ様の決定に意見を差し挟む事は恐縮ですが、やはり何かしらの罰を与えてやらねばシャルティアの気が済まないかと。信賞必罰は世の常と言います。守護者が何の罰も受けないままでは他の者にも示しがつきません」

 

 アルベドの言は尤もであった。守護者だからといって、いや、だからこそ失敗を簡単に許されるべきではない。立場あるものは職務に相応しい責任を負ってこそ、その権能を認められるべきなのだ。

 

「いや、しかし……」

 

 アインズは少し渋い顔をして考えていたが、それが本人の為になるならばと自らを納得させる。

 

「……分かった。何らかの相応しい罰を考えておくとしよう」

 

「私如きの意見を聞き入れてくださり、ありがとうございます」

 

「いやいや、私は元々完璧な存在などではないのだから、今のお前のように率直に意見をくれた方がむしろ助かる。流石は守護者統括だな」

 

「勿体無いお言葉、恐悦至極にございます」

 

 アインズの言葉に穏やかな笑顔を浮かべるアルベド。少し綺麗すぎて守護者達からすれば違和感がすごいのだが、ぶくぶく茶釜はそういうものかと思って感心したような眼差しを向けていた。

 

「……しかしそうだな。今回の件は、私に最も責任があると考えている。世界級アイテムやプレイヤーの存在を懸念しながらも、具体的な対策を講じなかった。その結果がこれだ。よって一番責められるべきなのは私という事だ。何か罰を受けるべきだと思うが……」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 その言葉に驚愕したのは階層守護者達である。アングリと口を開けて、あたふたと慌て出す。まさかそんな話に発展しようとは、アルベドも想定外である。

 

「ア、アインズ様がそのような……」

 

「罰をお受けになるなど!」

 

「どうかご再考を!」

 

「ナレバ私ガ御身ノ身代ワリニ……!」

 

「そっ、それはむしろご褒美でありんすっ!私が代わりにぃ!」

 

「あ、あの、その……ええっとぉ……」

 

 口々に反対の声をあげるが、中にはおかしなのも混じっていた。

 

(うーん、俺こそ何もお咎め無しじゃみんなに示しがつかないと思うんだけどなぁ。でも俺が罰を受けたら受けたで、逆にみんなにストレスを与えてしまいそうだ……)

 

「うーむ、では罰ではなく、お前達のために何かこう、奉仕活動でもしようか……」

 

「「ア、アインズ様のごごご、ご奉仕!?」」

 

 瞬間、アルベドが内股をモジモジと激しく擦り寄せ、シャルティアも鼻息を荒くし始める。例によって何か良からぬ誤解をしているようだが、とにかく目が怖い。

 

 アルベドもシャルティアも、ともに相当な美貌の持ち主である。せめて頬を羞じらいに染めているとか、眼がキラキラと言える程度に輝いていたのならば、アインズも多少の鼓動の高鳴りを覚えたのかもしれない。だが、ギラギラとした欲望に染まる血走った目で()()部分をロックオンされれば、感じるのはただの恐怖であった。

 

「くっふぅー!」

 

(く、喰われる!?)

 

 二人の肉欲に染まりきった視線に貞操の危機を察知し、アインズは背中に冷たいものが走る。

 

(ああ、男からいやらしい目を向けられる女性は、いつもこういう感覚なのかな……)

 

 アインズは内心でそんなことを考えながら逃げる算段を取ろうとしていたのだが、その必要はなかった。

 

「はぅあっ!?」

 

「ど、どうした!?」

 

 突然血相を変えて叫んだアルベドに、アインズも思わず声が大きくなる。

 

「ぶくぶく茶釜様、こ、これはその……」

 

「えっ?あ……!あわわ、どうかお許しをぉ!」

 

 ぶくぶく茶釜が発情した二人をなんとも言えない表情でじっと見つめていた。アルベドが借りてきた猫のように縮こまっていく。シャルティアもその態度を見て本能的にヤバいと察したのか、白い顔を更に青ざめた。

 

(え、アタシ!?今度は何よぉ?)

 

 何故か目の前で平伏する二人に戸惑いを隠せないぶくぶく茶釜。シャルティアばかりか今度はアルベドも間違いなく彼女の前では恐縮してしまう。たとえ人間だと知っていても、彼女達の忠誠心に変わりはないようだ。平伏されるぶくぶく茶釜の背中をアインズは頼もしく感じた。

 

(た、助かった……。茶釜さんにもちゃんと忠誠心を持ってくれてるようだし、心配はなさそうだな。それにしても流石は茶釜さんだな。ペロロンチーノさんにもそうだったけど、こういう事には厳しいから……)

 

 エロゲ好きな弟の行動を厳しく叱っていた彼女にかかれば欲情した守護者もカタナシだなどと、身の安全を確認したアインズは暢気にそんな事を考えていたが、ぶくぶく茶釜に平伏する二人はそれどころではない。

 

「アルベド、()()()()()なら何で教えてくれないでありんすか。まさかぶくぶく茶釜様がアインズ様のこと……」

 

「し、仕方ないじゃない、伝える時間なんてなかったんだから」

 

 頭を下げながら、何か小声で言い合う二人。するとぶくぶく茶釜が何故か慌てた様子でリムルを手招きし、二人に顔を近付ける。リムルを介して思念を繋ぎ、三人だけで会話しているのだろう。数秒もするとアルベドとシャルティアはぎこちなくひきつった表情を浮かべていた。

 

「茶釜さん……?」

 

『うん、ちょっと後でOHANASHIをね……』

 

 アインズを振り返らずそう答えた彼女は、微かに肩を震わせ顔を赤くしている。表情が見えないので予想でしかないが、怒りをこらえているように見えた。アインズは下手に首を突っ込むのは危険であると判断し、それ以上突っ込んだことは訊かない。それで過去にも痛い目を見ているのだ。

 

(……スイッチ入った茶釜さんには俺も逆らえないからなぁ)

 

 後で叱られるであろう二人は気の毒だが、怒りモードに入った暴君(パワーガール)とも言うべき彼女を止めるのは不可能だということは、魔物の国(テンペスト)で証明済みである。だが、自分の迂闊な発言さえなければ二人の暴走もなかった。可哀想な部下のために何らかの措置は取るべきだろうとアインズは一計を案じた。

 

「ま、まぁ折角の機会だからな。ゆっくり茶釜さんと女性同士で語らうといい」

 

「あっハイ……」

 

「だがその前に、だ。シャルティア、お前が出会ったという人物と、精神支配に遭った件について、覚えていることを忘れないうちに教えてくれないか。今後の行動方針を考える上でも()()()重要な情報となるだろうからな。勿論思い出せる範囲で構わないぞ」

 

「は、はいっ喜んで!」

 

 アインズにそう尋ねられ、天の助けと言わんばかりにシャルティアは目を輝かせる。かつてペロロンチーノと育まれていた()()()()()()の連携は、シャルティアにも根付いているようである。

 

「そういうわけで、茶釜さんもOHANASHIは聞き取りの後、ということでいいですかね?」

 

 ぶくぶく茶釜もコクリと頷く。怒りというものは時間が経つと緩やかに落ち着いていくものだ。シャルティアから聞き取りをする間に怒りも鎮まってくれればいいが。

 

(うーん、何となく茶釜さんに避けられているような……?)

 

 彼女が顔を赤くしている理由には気付かないまま、アインズは内心少しだけセンチになった気持ちを引き摺りつつも、それを口には出せないまま守護者達達と共に会議室へと足を運ぶのだった。




茶釜さんの言うOHANASHIをアインズ様はお説教だと思っているようですが……。
リムル様は恋愛に関して放任主義なので干渉しません。
そして影のように黙って成り行き見ているパンドラズ・アクターは何を思うのか?
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