異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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新章の始まりは王国からです。


黒騎士編
#79 宮廷会議


 王都リ・エスティーゼ。その名が指す通り、リ・エスティーゼ王国の首都である。

 その最奥に聳える王城ロ・レンテは、二十もの円筒形の塔を城壁が結ぶ広大な敷地を擁する巨大な城である。その敷地内にあるヴァランシア宮殿には、華美さよりも機能性を重視した一室があり、幾多の大貴族や重臣達が集まって宮廷会議が行なわれていた。

 

 無事王都へと帰還を果たしていたガゼフ・ストロノーフは王の前に跪き、辺境を荒らしていた賊の討伐について、事の顛末を報告していた。その内容はこうだ。

 

 開拓村の多くは既に賊により壊滅。見つけた生き残りを保護し、エ・ランテルへと移送しつつ、隊を分けて賊の足取りを追った。

 賊を追い続けて辿り着いたカルネ村で、旅の剣士と魔法詠唱者(マジックキャスター)、そしてその護衛兵士が帝国の紋章を着けた鎧騎士と交戦中であった。そこへ戦士団が乱入し、鎧騎士を全て討ち取った。

 その直後に謎の魔法詠唱者(マジックキャスター)集団が現れるも、王国に害為す賊として戦士団が全員誅殺した。

 

 ガゼフは私見を入れず淡々と事実だけを告げるような口調で続けた。これらはすべてアルベドとの話し合いの時に予め決めたものだ。その為事実と違う点が幾つもある。

 

 本当は真実を、事実を報告したい。村を救ったのも、法国の特殊部隊を倒したのもサカグチ殿やゴウン殿だと。

 ガゼフは思う。主君ならばきっとあの御仁の人柄を理解してくれるはず。たとえ人ならざる存在だと知ってもだ。

 

 本当は彼らこそ称賛を受けるべき英雄であり、戦士団の命の恩人だというのに、その事実をも隠さなければならないのは何とも歯痒い。だが知らせてはならない。あくまでも戦士団が自力で解決したことにしておかなければならないのだ。

 

 自分よりも遥かに聡明なアルベドから、それが国の、引いては主君のためでもあると言われれば、引き下がらざるを得なかった。

 

 武芸に殆どを費やしてきたガゼフは腹芸が得意ではない。普段から貴族達の前では言葉尻を取られないよう、極力発言を控えている。

 この場においても、最低限報告に必要な情報だけを発言していた。

 

 満足な武装もさせられずに戦士長を送り出したことに胸を痛めていた国王ランポッサⅢ世は、ガゼフの無事帰還とその報告を聞き、安堵の表情を浮かべていた。

 

 件の賊の話に不穏な空気を察してはいた。あるとすれば帝国による肝計か何かだと。だというのに、満足な装備もさせてやれずにガゼフを送り出してしまった。だが彼は全てを片付け、こうして無事に舞い戻ってきてくれた。

 

 もし今回周辺国家最強の戦士を失っていれば、王はその失策の責任を取り退位するつもりでいた。王国にとってはそれほどに重要な戦力であり、王にとっては篤い信頼を寄せる忠臣である。ただでさえ派閥争いによる内部分裂の危機を、薄氷を踏むような繊細さでバランスを取り、帝国との毎年の戦争にもまた頭を悩ませている。

 

 そんなときにガゼフという精神の支えを失ってしまったら、それらに向き合う気力など欠片も湧く気がしなかったのだ。戦士長の帰還は王にとって何より頼もしく、嬉しい知らせであった。逆にそれほどに王自身が弱っているとも言えるが。

 

 ただ、戦士長が無事帰ってきたとはいえ、問題が解決したわけでも、状況が好転したわけでもない。内部の派閥争いは無くならないし、帝国との戦争も終わりを迎えたわけではないのだ。根本の解決には何もなっていない。だがそれに向き合う気力だけは取り戻すことが出来た。

 

 例年の戦争では帝国の最高戦力、逸脱者フールーダ・パラダインが顔を見せることはなく、騎士が軽くひと当たりだけする程度で、互いに大きな被害を出すことなく毎年引き分けとしてきた。

 

 その理由の一つは、兵の人数差である。

 

 王国の兵は主に平民を徴兵するため、精鋭揃いではないが人数は帝国に倍する程居る。帝国騎士が如何に戦闘訓練を受けた職業軍人であろうとも、数の上で大きく上回る王国軍と本気でぶつかり合えば無事では済まないのだ。

 軍を育てるには手間も時間もかかり、皇帝がその損失を惜しんでいるのも確かだろう。

 

 だが、帝国には策略があった。多くの貴族達は皇帝の真の狙いにも気付かず、腰抜けだなどとふんぞり返って揶揄し、嘲ってきた。しかし王国の国力は年々衰退しているのが実情だ。

 

 帝国は専業兵士の数が圧倒的に少ない王国の収穫時期を狙って戦争を仕掛ける事で、王国に平民を徴兵させて生産力に打撃を与え、王国の力を低下させようと目論んでいたのだ。

 

 文字通り刈り入れ時となる遅麦の収穫時期に働き盛りの男手を駆り出されては、収穫量がガタ落ちになるのは自明の理。

 そして領主である貴族達は例年通りの税をかけ、納める側の負担を顧みることはない。伝統的な封建社会である王国に於いて、民を労り税を優遇する貴族は極めて稀な部類であった。

 

 収穫が減っても納める税負担は軽くならない。引き下げられない時点で負担割合は多くなるばかりなのだから当然だ。

 その結果、農民達は自分達が食べていくのにさえ困窮し、生産力は疲弊する。帝国は労せずして王国の力を削ぎ落としていく事ができる。

 

 帝国はただ兵士を列べて向き合っているだけで相手に打撃を与えられるのだから、無理に戦う必要など初めから無いのだ。軍備費用も逆らいそうな貴族達に出させ、帝国内で歯向かう力を抑える事にも繋がる。あとは王国が押せば倒れるところまで弱るのを待てばよい。

 

 そんな皇帝の悪辣な策略に気付いたのは、問題が顕在化し始めた近年になってからであり、その時既に王国には手の打ちようがない状況であった。

 

 戦争に民を徴兵すれば収穫はさらに減り、逆に兵を減らせば帝国に攻めこむ隙を与えてしまう。

 

 しかし王国の貴族達は、自分達が追い詰められている事に気付いていないのか、まるで問題だと捉えていないらしい。相も変わらず、ゴマすりのおべんちゃらや、国内での立ち位置を確かなものにせんが為の腹芸の応酬が会議に蔓延している。

 

 帝国との戦争を楽観視する、現実が見えていない者が多数を占めていた。

 

 自分が直接戦うわけでもない癖に、夢見気分で戦争を語るな。この場でそうはっきり言ってやれればどんなにいいか。ガゼフは黙して目を閉じ、怒りを封じ込める。

 

「顔を仮面で隠すなど、その旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)とやらは素顔を晒せぬ後ろ暗い事情でもあるのか? この度の賊騒ぎは実はそやつらの自作自演ということも疑うべきやもしれん」

 

「然り。そもそも胡散臭い旅人や魔法詠唱者(マジックキャスター)なぞ信用ならぬのです」

 

(知りもせずに好き放題……。ゴウン殿やサカグチ殿の助力のお陰で死人も出なかったのは幸運だったとしか言いようがないな。もしそれが無かったなら、戦士団もカルネ村も誰一人として生き残れなかっただろう)

 

 彼等こそ弱者が思い描く真の英雄だ。彼らが如何に強く、素晴らしい人物であったか、滔々と語って聞かせてやりたい。

 

 だがそれは思うだけにとどめなくてはならない。口惜しいことこの上ないが。

 

 剣では王国最強であろうとも、貴族達を口で説得する事は出来ない。平民の出身で戦士長の位に就いているガゼフを、貴族達がどう思っているかは概ね理解しているつもりだ。ガゼフが下手に口を開くよりも、黙っていた方がまだましなのである。

 

 ここに居る者達は皆、生まれながらに国家の中枢を支えるべく高等な教育を受けてきた、生まれも育ちもエリートである。例え性根が腐ってはいても能力面で無能と謗られるような者などそうそういない。

 

 そんな彼らの幼少から積み上げた努力を飛び越えて、腕っぷしだけでのし上がってきた生まれの卑しい者が自分よりも重用されるのは、彼らでなくとも自尊心を傷つけられる。

 

 とはいえ貴族というものは見栄や体裁を重要視するため、大抵は迂遠な言い回しで然り気無くそれを示す者が多く、面と向かって露骨に罵倒したり揶揄してくる者は少ない。

 

 だが彼らに対し、ひとたび迂闊な言動をすればどうなるか。ガゼフの言葉尻を取り、あっという間に悪者にされてしまう。それが恩人であるゴウン殿達にまで及びかねないし、厚かましくもガゼフを戦士長に取り立てた王の任命責任を問い譲位を声高に叫ぶかもしれない。

 

 だから発言を求められたとき以外は沈黙するしか、ガゼフに取れる手段はなかった。

 

「それで、自称旅の者共は何か言っていたかね? 自分を売り込む機会だ、さぞかし声高に恩を売ろうとしてきたであろう」

 

「ふん、そのような無頼の輩が王国内に居ること自体、気色が悪いのです。もしそのような厚かましい要求をしてきたのならば、即刻捕らえて処断すべきでしょうな」

 

 恩人たる人物達に向けた罵倒とも取れる言葉が幾つも飛び出し、ガゼフの胸中には申し訳なさと怒りが渦巻いていく。しかしここで不用意な発言をしては、彼らにまで迷惑が及ぶ。そう考え、慎重に言葉を探す。

 

「それは……」

 

 言い淀むガゼフに周りは不審がりざわめきが起こる。先の予想が当たっていたと勘違いし、それみたことかと得意気な顔をする者も居た。

 

 王が手を差し上げ、ざわめきを静める。

 

「戦士長が到着するまで、彼等は賊を相手に応戦してくれていたのだろう? ならば村の民にとっては恩人だ。その人物を信用しようではないか。して、何と?」

 

 王はしわがれた張りのない声でガゼフに問うと、その声に目線を上げ、窺うように王を見上げる。彼の目が何かを訴えているようにランポッサには感ぜられた。

 

「……」

 

 二人の間に沈黙が降りる。目は口ほどにものを言うとは言う。言いたくてしかたがないが、それを口にして良いのか。彼のそんな苦しげな胸の内を読み取る事が出来た。

 

「勿体ぶらずに早く言え、戦士長。国王陛下に隠し立てする気か」

 

 業を煮やした貴族達から苛立ち混じりの声が飛ぶ。ガゼフは声のした方を一瞥すると、再び王に視線を戻す。

 恐らく貴族達を刺激しかねないような内容なのだろう。

 

(すっかり衰えてしまった私への負担を慮って言いたくても言えないといったところか……)

 

 (よわい)六十。大きくなった子供も居る。本来ならばとっくに次代に位を譲り、隠居していてもおかしくない。それが出来たら苦労はないのだが。

 

 今も賊の討伐に送り出した戦士長の身を案じて夜もろくに眠れず、手足は枯れ木のように痩せ細っている。だが年寄り扱いされるほど耄碌などしてはいないぞと、ランポッサは精一杯元気に見えるよう笑顔を作る。

 

「忌憚なく話すがよい。私が許す」

 

「は、では……。彼らにはまず、賊の討伐に協力頂いた事に感謝を示し、陛下に是非謁見して欲しい旨を伝えました」

 

 場が俄にざわめく。見知らぬ旅人を王に謁見をさせる事に反感を抱いているのだ。ガゼフはそんな周囲の反応を確認しながら、言葉を続ける。

 

「しかし……断られました。彼らが言うには、自分達の身の危険を退けただけであって、国から礼を言われるような事をした覚えはない、と」

 

 果たしてこれにはどの様な反応を示すか。せっかくの厚意を踏みにじったなどと文句をつけてきそうだとガゼフは不安な面持ちになる。

 

「まぁ、当人がそう言うのであれば、謝礼を無理強いする訳にもいきますまいな」

 

「そうですな。そもそも、どこの馬の骨とも知れん連中に陛下が態々時間を割き謁見を許すなど、おかしな話ですし」

 

(アルベド殿の言っていた通りだな……)

 

 最初は何らかの文句が出るのではと思っていたが、どうやら無駄な銭を出さずに済んだと考えているようだ。表立って批判する声は驚くほど少ない。では更なる一手だ。

 

「代わりに彼等から一つ頼み事をされました」

 

「ふむ……頼み事とな?」

 

 王は少し不思議そうな顔をしただけだが、重臣達は無理難題でも言ってきたのではと疑いの目を向けてくる。

 

「そもそも彼等が辺境の村付近を通っていたのには都市を通る時のような通行税を払わずに済みそうだと思ったからだそうで……礼をしたいといわれるならば、今回の通行税を免除いただきたい、と」

 

 周囲からは失笑の声が洩れ聞こえてきたが、構わずガゼフは台詞を言い切った。

 

「ふんっ、ケチな商人辺りか、忌々しい。やはりそのような卑しい者が父王に謁見などありえん。あまつさえ通行税を踏み倒そうなどと考えるとは」

 

 案の定、聞いていた第一王子が不快を示す。

 

 バルブロ・アンドレアン・イェルド・ライル・ヴァイセルフ。王位継承権第一位の彼は、体が頑健で武芸は得意であるが、頭脳の方はからきし駄目。思慮も浅く、自尊心だけは異様に強い、いわゆる()鹿()()()だ。

 

 彼は父ランポッサと違い、民草を慈しむ心も持ち合わせていない。馬鹿で世間知らずなボンボンがそのまま大人になったような性格で、王国民は全て次期王になる自分に勝手に平伏して付いてくるだろうと、全く根拠も何もない自信を持っているようだ。

 

 父から未だに王位をなかなか継がせて貰えない一因はそこにもあるのだが、今のところ本人がそれに気づく様子は欠片もない。

 

 先の発言も、単に相手を気に入らなかっただけで、貴族達のような打算さえないのだ。それもまた王の悩みの種の一つである。

 

 しかし貴族達はそんな第一王子を次期王に担ぎ上げようとするものが多い。決して人望があるというわけではないが、順当にいけばやはりこの馬鹿が次期王なのだ。

 

 ゴマを擦る貴族達も、彼を心から慕っている訳ではなく、恐らく自分達に都合良く御するのに、賢い王子より愚かな方が扱いやすいというだけだろう。今譲位すれば派閥争いの均衡が崩れ、王国は内部分裂を起こしてしまう。だからこそ王位を譲るに譲れないのだが、その親心に彼が気付く日は来るのだろうか。

 

「陛下、それくらいでよいなら目を瞑ってやってはいかがでしょう? こちらまで出向かせる事を考慮すると、彼らにはそれが最も益あるように思えます」

 

 口を開いたのは、金色の髪をオールバックにした、線の細い男。血色がやや悪く白い肌と独特の目付きが蛇のような印象を与える。

 

 侯爵位を持つ四十過ぎのこの男の名は、エリアス・ブラント・デイル・レエブン。六大貴族筆頭にして、王派閥にも大貴族派閥にも顔が利く。ガゼフは彼を、利によって両派閥を渡り歩く蝙蝠のような男だと評していた。

 

 彼の言葉には誰も反対を唱えるものはいない。六大貴族の中でも最も権力のある彼を敵に回したがる者は王国内には居ないのだ。

 

 カルネ村の辺りは王の直轄領。その税は王家の財産に入る。少しでも王家の力を削ごうという目論見なのかもしれない。ガゼフはレエブン侯の言葉を聞いてしまってからその事に気付き、ジワリと後悔の念が沸く。

 

「うむ……本来ならば謁見して謝礼を払うのが礼儀なのだが。しかし侯の言う通り、旅人は礼よりも実利を優先するものなのかも知れんな。で、あれば、先方の提案を受け入れよう。……戦士長も、それで良いな?」

 

「は、寛大なお心、彼らに代わり感謝申し上げます……もし彼らが王都を訪れた際には────」

 

「これ以上そんな者の話はどうでも良いだろう。どうせ小者だ。王都に立ち寄っても陛下への謁見など許されん。どうしてもというなら代わりに戦士長が相手でもしてやれ!」

 

「殿下のおっしゃる通りですな」

 

 不機嫌を隠しもせず、馬鹿王子(バルブロ)が横槍を入れ、他の貴族も追随の声を上げる。

 

「は、そのように……」

 

(言質は取れたな)

 

 これで、もし彼等が王都に訪れた折りに、貴族達に煩わしい挨拶などさせなくとも良くなった。会う気がないと自分で言ったのだから、文句を言われる筋合いはないし、ガゼフが個人的に歓待することにも許可を貰えたと思っていいだろう。

 

 その後、皆の興味は完全にアインズ・ウール・ゴウンという人物から離れ、議題は例年の帝国との戦争へと移っていった。

 

 

 

 

 

 

 宮廷会議は恙無く終わり、王に追随して回廊を歩くガゼフ。王は杖を突き、その足取りは危うさがある。しかし手を貸したり体を支えたりしてはならない。それは王の矜持を汚すことになるからだ。それに、周囲の者がそれを目撃すれば、王が一人では歩行も困難だという口実を得て、堂々と譲位を迫るだろう。

 

「……戦士長よ」

 

 王が振り向くことなく、呼び掛ける。語気には僅かな失望を滲ませていた。

 

「は……」

 

「何故本当の事を言わなんだ。もっと他に言いたいことがあったのではないのか」

 

 ガゼフが戦士長として王に仕えた期間はまだ数年だが、信頼は決して浅くはないはずだった。だが、ランポッサはガゼフの報告を聞いて残念な気持ちになった。彼の言葉には嘘があることに気付いたからだ。

 

「私が老いて弱ったと、お前までそう思っているのか?」

 

「その様な事は…………その、アルベド殿の頼みでして……」

 

「アルベド……?」

 

 ガゼフは咄嗟に彼女の名を出してしまった事に罪悪感を抱きながらも、隠していたことを少しだけ打ち明けることにした。

 

「アルベド殿は、ゴウン殿の護衛でして……一連の賊の事件について、後詰めが待ち構えていた手際の良さから、内部に手を回した者が居る事を即座に見抜いた聡明な人物です。後に敵の証言から裏は取れました」

 

「っ! ……成る程、あの場では言えぬわけだ。しかし戦士長に嘘をつかせてまで何を……」

 

 他の貴族達がガゼフの話を耳にしたならば、激昂して即座に兵を差し向けようとしたかもしれない。無礼者を手打ちにすると言って。ランポッサも怒りはしないが、目を閉じてため息をつく。内部にその様な手段に出る者が居ると思いたくはなかったのだ。

 

「それは分かりかねますが……今顔を合わせることは互いに益がないと言っておりました。彼女は強く美しく、聡明な人物ですので信用でき────」

 

 正体だけは隠し通さねばならない約束だが、せめて自分の感じた印象だけでもと思い、ガゼフは印象を伝えようとしたが、それが不味かった。

 

「ほほう……()()()、か」

 

「え? ええ。あっ、いやその……」

 

 振り返ったランポッサは、なんとも言えない視線を向けてくる。しまったと思ったがもう遅い。老王は瞳に好奇の光を灯し、嬉しそうに口許を吊り上げていた。

 

 そろそろ身を固めてはどうかと何度か王に言われたことがあったが、ガゼフは王に仕える事を優先したかったため断っていた。優しき王の大恩に報いるために、もとより己の人生の全てを捧げるつもりなのだ。女嫌いというわけでもないが、そんな事にうつつを抜かしている暇があったら、王の為に剣を振るい役に立ちたい。

 

 しかしその考えを伝えても、王は納得はしてくれなかった。それどころか、見合いの相手を見繕おうとまでしてくれる。厚意はありがたかったが、やはり自分は王の剣として忠誠を捧げ続けたい。そこで、今は良いと思う相手がいないと言ってみたりもしていた。

 

 そんな頑なな男の口から女性を誉めるような言葉が出てくれば、そういう相手が見つかったかと期待してしまうのも無理はないだろう。

 

 まるで息子から「気になる女性が居る」と聞いた時の父親ような、優しげな表情を見せるランポッサ王。

 

「して、お前の心を射止めた女騎士とは些かか気になるな。年の頃は? 髪は長いのか短いのか」

 

 既に惚れたことを前提にして、矢継ぎ早に飛んでくる質問。些かどころか興味津々であった。やってしまったかとガゼフは頭を抱えたくなる。

 

 王がこういう時はまるで少年のように好奇心旺盛で、もはや根掘り葉掘り、全て聞き出すまで解放してくれそうにない。ガゼフへの厚意による部分が大きいというのもまた困る。

 

「お父様」

 

「おお、ラナー」

 

 声のした方から少女がてててと駆け寄ってくる。絹糸のような美しい金色の髪を揺らす、まだあどけなさを残しつつも絶世ともいうべき美貌を備えた若い少女。

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフである。

 

 王国内では『黄金』と称される第三王女は、その二つ名の由来でもある母親譲りの美貌と、父親譲りの民を慈しむ心優しい美姫である。そんな彼女が花の綻ぶような笑顔で向かってくる姿は一枚の絵画のようでさえあった。

 

 その後ろを固い表情を変えないまま付いてくるのは、彼女に拾われた浮浪児だった少年。表情を全く変えず、王に臣下の礼を取る。

 

 ガゼフは正直、彼を少し苦手としていた。あのいつ会っても酒臭い()()()()()のような、「早く童貞捨てろよ」と女をあてがってくるようなタイプとは真逆で、何もかもが真面目すぎる。

 

 もう少し肩の力を抜けと言ってやりたいが、周りに一分の隙も見せることが出来ない彼の立場を思えば、それも仕方ない事なのかもしれない。

 

 平民どころか名すらなかった彼に『クライム』という名を与え、護衛騎士として選んだ王女殿下の恩義に報いるため、努力という一言で片づけるには失礼な程の修練を積んできた純粋すぎる少年。今は少年と青年の間くらいの年頃か。

 

 クライムは剣の才も、魔法の才も、体格も、何もかもが恵まれていない。にも拘らず、宮廷内の騎士の中でも指折りの実力にまで上り詰めていた。それはひとえに、彼女への忠義の為せるもの。彼がたった一つの想いをダイヤモンドのように磨きあげ、自らを救った王女殿下に相応しい騎士を目指してきたのだ。

 

 それを快く思わない者も一定数いるし、どの派閥にも属さない彼を腫れ物を見るような目を向ける者も居るのは知っている。他の騎士連中の中で異質な彼は孤立していたが、本人はまるで気にした様子はない。それも表に出していないだけかもしれないが。

 

「今日はお父様にお話ししたいことがあってお待ちしていましたの」

 

「おや、それはすまなかった。会議が長引いてしまってな。それで、話とは何かな?」

 

 年齢差のある父と娘。末の娘というのも手伝って、王はラナー王女には甘い顔をする。彼女の前では陛下も下世話な話など出来ないはず、とガゼフは気付かれないように内心で安堵する。

 

「あ、でもそろそろお散歩の時間なんです」

 

「そうか。では後で私の部屋に来ると良い」

 

「はい、それではまた。戦士長さまもごきげんよう。行きましょ、クライム」

 

 そういって振り返った姫君が彼の裾をそっと摘まむ。恐らく無意識なのだろうが、それを見て見ぬふりをする王とガゼフ。ついでに鉱石のように堅くなった彼の表情にも。

 

「し、失礼いたします」

 

 楽しげに歩いていく無邪気な少女と、カチコチに固まった少年の背を、ランポッサは微笑ましいものを見るような目で見送っていたが、やがて悲しげに表情を曇らせた。

 

 如何にクライムが努力を重ねても越えられない壁というものは存在する。彼がどんなに努力したとしても、英雄の領域に届かせることは叶わないのと同様に、生まれながらに定められた身分の壁は越えることが出来ないのだ。

 

「儂は……私は、あの娘も不幸にしなければならぬのかも知れないな。せめてあの娘だけでも……いや、それでは他の娘達に恨まれるか」

 

 天井を睨む王に、ガゼフはかける言葉が見つけられない。王の睨んだその先に、正面から監視の目が覗いていることに誰も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

『アインズ様! 遂にっ! 遂っにっ! 例の物が完成致しました!』

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で王城内の戦士長を覗いていたアインズは、パンドラズ・アクターから伝言(メッセージ)を受け取り、脳内にビリビリと響き渡った大音声に眩暈を覚えた。

 

(相変わらずテンション高いなコイツ。伝言(メッセージ)を通すと、耳元で叫ばれてるみたいだ……)

 

「そうか。使用に耐えられる物なんだろうな?」

 

 浮かれ気味に思えるパンドラに、慎重に確認を取る。完成と思ったら想定外の欠陥が見つかった、なんてぬか喜びはしたくない。

 

『勿論ですとも! つきましては、ぶくぶく茶釜様に最終確認をお願いしたく』

 

「わかった。では彼女を連れて宝物殿に向かうとしよう。ではな。……もう出来たか。思ったより早かったな」

 

 伝言を切り、そう一人言ちるアインズ。部屋に控えるシクススに鏡の片付けを任せ、彼女の居場所を推測する。

 

(茶釜さんは……この時間なら第六階層かな?)

 

 ギルドの指輪の力を発動し、アインズは第六階層へと転移した。




戦士長の苦労話でした。
ナザリックではアレが完成した模様です。
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