異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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例のアレのお話です。


#80 アレなアレ

 ナザリック地下大墳墓。

 

 鏡のように磨き上げられ、塵一つ落ちていない廊下を、人間姿のアインズはのんびりとした歩調で歩く。

 

(着く頃には丁度良い時間かな)

 

 パンドラズアクターに命じたマジックアイテムの開発は、数日前無事に最終確認を終えていた。

 

 念じた言葉を発する効果を持つマジックアイテム。彼女はそれを使うことで音声による会話が出来るようになったのだ。

 

 パンドラが作成したアイテムは、発する言葉の自由度もさることながら、彼女の要望を反映して声の大きさやトーン、声色まで別人のように変化させられる機能まで備えていた。

 

 例えば、アインズのような低い男性の声、アウラやマーレのような子供っぽい声、アルベドのような大人びた女性の声など、声から受ける性別や年齢的な印象までもが変幻自在なのだ。サイズは口内に入れて使うことができるよう、手頃な飴のようになっている。

 

 作成したパンドラ自身が、史上最高傑作と称するこれの開発────これしか作ったことはないはずだが────にはちょっとしたドラマがあった。

 

 声を再現する方法は幾つか考えついていたが、まず試そうと思ったのは口唇虫。生物の喉に寄生する蛭のような見た目のモンスターで、宿主の声帯を食らうことで同じ声が出せるようになる。

 

 勿論デフォルトの声もあるので、それを喉に入れれば喋れるようになるのではないか。そう思ったのだが、即座にNGが出た。見た目が問題らしい。

 

 確かに人の唇のような形の頭で体は蛭という見た目は少々グロテスクかもしれない。自分のアバター(ピンクの肉棒)をキモカワと言っていたくらいだから、もしかしたらイケるかも知れないと思っていたのだが。

 

 アインズは基準がよくわからないなと思いつつ、本人が無理と言うならばと断念した。

 

 用意してくれたエントマはションボリとしてしまったが、代わりにアインズが声を偽装する目的に使いたいと言ったことで、エントマはアインズに似合う声を選りすぐると嬉しそうに張り切っていた。

 

 次に考えたのはリムルに協力を仰ぐ事だったが、生憎と帝国に出掛けている。

 

 普段は魔物の国(テンペスト)を治める支配者として忙しく働いている……かは分からないが、折角ミリムと一緒に貴重な学園生活を楽しんでいるはずだから、邪魔するのは悪い気がした。彼を頼るのは自分達で色々と試した上で、どうにもならないと分かってからでいいだろう。

 

 そこでパンドラに御鉢が回ってきたわけだが……最初から順調にはいかなかった。

 

 ユグドラシル時代はマーレのスカート丈をミリ単位で調整させるなど、かなり外装担当泣かせだったぶくぶく茶釜。彼女の要求には、パンドラも度々泣きそうになっていた。

 

(────いや、多分涙が出ないだけで、あれは多分本気(マジ)で泣いてたよな……)

 

 二重の影(ドッペルゲンガー)という種族は変身を解くと皆凹凸のないツルッとした卵のような頭に孔を開けただけのような顔をしているのだが、見事なまでの挫折のポーズを見て、その落ち込みようが分かってしまった程。

 

 叩き台とも言うべき試作品第一号はかなり酷い出来だったらしく、けんもほろろにされたようだ。異形のパンドラズ・アクターが人間のぶくぶく茶釜にド叱られて、怯えたように震えていた。

 

 そんなパンドラを見兼ねたアインズが慰めの声をかけたのだが、振り返ったパンドラの目に彼女が投げつけたであろう宝珠型のマジックアイテムが嵌まっていて、アインズは思わず吹き出してしまった。

 

 その後、いちいち大袈裟な身ぶり手振りがつくヤツを慰めるのに苦労したのは云うまでもない。

 

 製作期間は5日間程度だが、アインズの励ましを受けたパンドラズ・アクターは一切休むことなくひたすらアイテム開発に明け暮れた。その開発総数は実に五十を越える。

 

 試作を重ねるにつれ、性能面に文句が出なくなると、今度はサイズや機能性、デザイン性に至るまで細かな注文が為されたのだ。そこからもまた大変だった。時には形状サンプルや色違いの外装サンプルだけ十数種類を用意した事もあった。

 

 そうした苦労の果てに、遂に彼女を満足させる物が出来上がったのだった。

 

 結局決まった見た目は、ピンクと黄色のマーブル模様をした棒つきキャンディで、アインズは目が点になっってしまった。あれだけこだわってたのだからもっと凝った見た目になるとばかり思っていたのだが、案外普通である。

 

 ともかく、それがあれば筆談や身ぶり手振りよりも意思疎通は格段に容易になるのだが、同時にそろそろ外にも興味を持つ頃だなとアインズは考えていた。

 

 いつまでもナザリック内に籠りきりというのは精神衛生上よろしくないと考えているし、外の世界に興味を持つのは仕方がない事だとは思う。

 

 しかし、やはり戦う力を持たない彼女が外を出歩く事に不安を感じてしまう。ゲームとは違い、現実のこの世界では本当に死んでしまう。ここは普通の人間からすれば脅威となる危険生物が多数存在するのだ。

 

(出来れば武装は伝説級(レジェンド)以上で固めたいところだ。護衛は不可視化出来る事が必須か。となると……ハンゾウ・フウマ・カシンコジ辺りを召喚するか)

 

 ハンゾウをはじめとしたそれらのモンスターは、ナザリックでは自動湧きしない、レベル80台の高レベル帯に位置する忍者系統のヒューマノイドタイプモンスターだ。それぞれに得意分野は違うが、隠密性が極めて高く発見されにくいという共通点がある。

 

 但し、ハンゾウ達は書籍型の召喚用アイテムとユグドラシル金貨を消費して召喚しなければならない。最古図書館(アッシュールバニパル)にまだ在庫は沢山あるとはいっても、召喚アイテムに限りはある。アインズはそれらを使用してでも必要な事だと判断した。

 

 その理由は二つ。防衛的な観点と、彼女の精神的負担面だ。

 

 危険からは護らなければならないが、あからさまに護衛を連れていてはそれだけで目立ってしまう。「通り抜け無用で通り抜けが知れる」という通り、「いかにも護衛を付けています」という状態では、そこに重要人物がいると宣伝しているようなものだ。だから周囲には気付かれないように隠密性の高い者を付ける必要がある。

 

 それと、本人が精神的苦痛を感じないように配慮もしなければならない。彼女は気さくに誰とでも仲良くしたがるタイプのはずだ。そうなると、SP付きの人物にも気軽に接してくれる相手は限られてしまうし、それは彼女のストレスにもなるだろう。自身も息が詰まる思いをしたからこそ、この点は非常に重要だと理解していた。

 

 本当はアウラとマーレも一緒に行かせてやりたいが、今任せている仕事もあるので、四六時中一緒にいるというわけにもいかない。他にも、見た目が人間と大きく違う者────例えばコキュートスなどは人間の町を出歩くのは諦めてもらうしかないだろう。

 

 アウラがリザードマン(蜥蜴人)の集落を発見したとアルベドから報告があったので、其方に使者として送ってみるのも良いかもしれない。人間よりは亜人の方が異形への忌避感が薄いかもしれないから、上手く対話できれば友好関係を築くことができそうだ。

 

 ナザリックの戦力強化のため、アンデッド作成の実験に使うという案も出たが、それはどうしても互いが相容れないとわかったときに考えれば良いと言ってある。

 

(ずっと待機ばかりで暇なのも辛いだろうし、部下のモチベーション維持も考えて、バランスよく仕事を振ってやるのは上司の務めだからな)

 

 そんなことを考えながら目的地まで来たのだが────

 

「な……!?」

 

 アインズは驚きのあまり立ち尽くす。

 

 ぶくぶく茶釜の私室。その扉の前まで来て、中の異常事態に気付いたのだ。

 

「そ、そんなに締め付けたら……ダメですぅ」

 

「くふふ、もう少しよ、もう少しで()()()()わ……!」

 

 扉の向こうからマーレの苦しげな声と、アルベドの艶かしい声。アインズは自身がいじったアルベドの設定を思い出す。

 

(嘘だろ……?まさか……まさか()()なのか?)

 

()()()()のせいで、マーレのアレが今まさにアレな事になっているのではと想像し、嫌な汗が流れるような感覚を覚える。

 

(いや、だけど子供だぞ?いくらなんでも…………可能性はゼロとも言い切れないか?くそ、茶釜さんは部屋にいないのか……?ああでも、もし茶釜さんに見つかったら……!)

 

 彼女の事だ、可愛がっているマーレとアルベドがアレな事をしているなんて知れたら、当事者だけでなくアインズまで巻き添えでお説教コースもありうる。

 

(じょ、冗談じゃない!)

 

 彼女に叱られるのは死の支配者となった今でも怖いし、シモベ達の居る前でやられると思うとかなり恥ずかしくもある。経験上、その場で説教が始まる事は間違いないのだ。どうにかアルベド止めて、彼女にバレる前に事実を隠蔽しなければ。しかし、どうやって止めれば良いか。下手をすれば自分まで巻き込まれてしまう。

 

「アルベドさん!も、もう、()ちゃいそうですぅ~!」

 

「くふふ、もう少し……もう少しよ」

 

(うわああっ!まずい、まずいぞ……!と、とにかくマーレの救出だ!)

 

「マーレ!大丈……夫……か」

 

 淫魔(アルベド)の魔手からマーレを救い出すべく扉を開けると、アインズの目に飛び込んできたのは────

 

「な、()()があぁあぁ~」

 

「くふふふ、やっと全部入ったわ。あら、アインズ様」

 

 お着替え中のマーレと、それを手伝っているアルベドの姿だった。彼は今コルセットをアルベドに締めてもらっている最中だった。

 

「……あー、着替え中に失礼したな……」

 

 顔を青くして助けを求めるような視線をマーレに向けられるが、アインズは気付かないふりをしてそっと目を逸らす。

 

 部屋には今日の至高の御方付き当番のインクリメントと、確か翌日当番予定で、今日は休みになっているはずのデクリメントが大量の服を抱えて立っている。

 

「あ、あのその、アインズ様……!」

 

「アウラも居たのか。ん……どうした?」

 

 デスクの方から、一瞬マーレかと思ってしまうようなオドオドとしたアウラの声が聞こえてきた。しかし彼女の姿はない。一体どうしたのかと思っていると、デスクの影から出てきたその装いを見て驚いた。 

 

「ぁ……」

 

 普段の男子っぽい白いベストとスラックスではなく、袖口やスカートにふんだんにフリルがあしらわれた、フワリと裾の広がったドレス。

 ゴシック、というやつだろうか。アインズには詳しい女性ファッションなどよく分からないが、西洋のお姫様が舞踏会なんかで着そうな、可愛らしい桃色のドレスだった。腕には白いロンググローブを填め、小さな白薔薇をこしらえた金色の髪飾りで前髪を留めている。

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

 頬を赤らめ、モジモジと恥じらうアウラは、普段の少年のような快闊さはなりを潜め、可憐な少女そのものであった。

 

「あ……ああ、とても良く似合っている。正直見違えたぞ」

 

 驚きで一瞬言葉が出てこなかったアインズだが、いくらなんでも子供に動揺などしてはその手の趣味を疑われかねない。苦心しながらも不自然でない程度に言葉を返すことができた。

 

「エヘヘ……ぶくぶく茶釜様が選んで下さったんです」

 

 顔を赤くしたアウラのはにかむ様子を見て、アインズも微笑ましい気持ちになる。

 

(しかし、マーレの方は男の娘のままなんだな……)

 

 マーレも姉とお揃いの、淡いブルーのドレスを着せられていた。今のアウラと並ぶと、まるで姉妹のようだ。一見すると二人とも可憐な女の子のようであるが、マーレは確かに男の子である。

 

 しかし、胸の前で手を組み合わせる仕草を見ていると、本物の女の子のようにしか見えない。もしかして体は男でも中身は女の子なのではと別の心配が浮かんでくるが、多分まだ性の主張に目覚めていないだけだと思うことにした。

 

 ともあれ、危惧していたような事態ではないとわかり、アインズは心底安堵した。

 

 冷静になって考えてみれば、ペロロンチーノ(エロゲマスター)の設定したシャルティアではないのだ。アルベドがいかに()()()()()いようと、流石にマーレは守備範囲外なのだろう。

 

(はぁ、良かった……)

 

 アインズが密かに脱力していると、奥の方からドタドタと走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「アウラ~!次はコレ!これにしよぉ!」

 

「わっわっ、ぶくぶく茶釜様~!?」

 

 奥から別の服を持ったぶくぶく茶釜が登場し、アウラを後ろから抱き竦める。アインズの事は目に入っていないらしく、瞳をキラキラと輝かせながら、アウラに清楚な白いワンピースをあてがう。

 

 二人の頬がむぎゅっと触れ合い、アウラが赤面しながら慌てたような表情を浮かべているが、ぶくぶく茶釜はハイテンションのまま絡む。

 アルベドや一般メイドも、それを微笑ましい目で見ていた。

 

「どぅふふ、じゃあ早速いってみよー!」

 

 ぶくぶく茶釜がそのままアウラの服を脱がしにかかろうとすると、いよいよアウラの顔が燃えるように赤く、熱くなっていく。

 

「ちょ、待、待って下さい、アインズ様、見ちゃダメですぅ~!」

 

「えっ?あっ、モンちゃんいつの間に?来るなら言ってくれればいいのに~」

 

 ようやくアインズの存在に気付いたぶくぶく茶釜は、あっけらかんとした態度で聞いてくる。

 

(いや、茶釜さんが呼んだんじゃないですか)

 

 心のなかでこっそりと突っ込みを入れつつ、アインズは愛想笑いを返す。マジックアイテムの力で元気に喋れているのは何よりだが、今の声はあの腕時計と同じくエロゲの幼女キャラを彷彿とさせ、否が応にもあのネタを思い出してしまう。

 

(くっ、動揺しちゃダメだ……)

 

「えーっと……もう少し後に出直しましょうか?」

 

「うん?……あっ、あー、あー。待って!えっと……二人が着替え終わるまでちょっと待ってて!」

 

(あ、こりゃ完全に忘れてたな……)

 

 自分で呼んでおきながら、完全にそれを忘れていたようだ。別に文句を付ける気はないが。そして着替えはさせるんだ、と思いつつ、アインズは大人しく部屋の外に出て待つことにした。

 

 まだ子供とはいえ、アウラは女の子だ。男の前で着替えるのは恥ずかしいだろう。

 

「じゃあ外で待っていますので、終わったら声をかけてくださいね……」

 

「あ、うん、わかったよー」

 

(茶釜さん、随分楽しんでるみたいだな。声も戻った、と言って良いかわからないけど、喋れるようになったし。アウラとマーレとは本当に仲がいい姉弟みたいだ。いいなぁ、俺なんかちょっとした黒歴史だもんな……)

 

 あのハイテンションでオーバーアクションの埴輪顔を思い出し、じんわりと恥ずかしさが沸き上がる。

 

「結構、スカートってスースーしますね……なんだか落ち着かないです」

 

「あら、似合うわよ、アウラ」

 

「うんうん、カワイイよぉ。慣れれば平気になるって」

 

 中から楽しそうな女子の会話が洩れ聞こえてくるが、極力意識しないようにしながら、相談内容の想定をしておく。

 

「いやーん、マーレ~!良いじゃない、凄く似合ってる~」

 

「エヘヘヘ……あ、ありがとう、ございます……」

 

(うーん、まさかとは思うけど……)

 

 やや苦しげながらも、嬉しそうなマーレの声を聞きながら、かつての友人(ペロロンチーノ)女装(こういう)経験をしたんだろうか。そんなことを考えてしまうアインズだった。




マーレ「出ちゃう~」(内蔵が)
アインズ「出るだと?まずいっ!」(別の意味)

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