異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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早くも?最強の竜王が登場します。


#81 黒と白金

「……!」

 

 とある洞窟の中で微睡んでいたツァインドルクス=ヴァイシオンは、ある気配を感じ取って大きな頭を持ち上げた。

 

 ドラゴンの知覚は非常に優れており、遥か離れた場所であっても、たとえ眠っていようとも鋭敏に気配を察知する事が出来る。

 

 竜王ともなると更にその感覚は鋭く研ぎ澄まされており、これを掻い潜って接近する事が出来るのは、同格の竜王達、或いは隠密を得意とした〝イジャニーヤ〟というかつて共に旅をした仲間くらいしか覚えがない。

 

 今回は感知を掻い潜られ、接近を許したというわけではない。むしろ彼が感じ取った気配は遠くに感じる。しかし、それが問題であった。

 

「間に合ってくれるといいんだけど……」

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の二つ名を持つ〝真なる竜王〟が、焦っているようには聞こえないような口調でそう呟くと、傍らに転がっていた鎧がひとりでに動き出し、猛烈な勢いで飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 アーグランド評議国────

 

 リ・エスティーゼ王国の北西に位置する評議国は、多くの亜人が暮らす多種亜人国家である。

 

 複数の亜人達の共生する国家であり、政治体制は各種族から選出された評議員達による議会制を採っている。時折種族間で軋轢が生じないではないが、それでも国家として共同体を形成できるのには、永久評議員として君臨する竜王達の影響があるだろう。

 

 亜人達の半数近くは、腕っぷしの強さを重要な価値判断基準としており、自分よりも弱い奴の下に付く事を良しとはしない。そんな弱肉強食を信条とする連中が、弱者を甚振ったり感情のままに力を振るう事が少ないのは、皆が理性的な竜王達を盟主とする一つの共同体だという認識を持っている為であった。

 

 亜人は人間という種族に比べ、身体能力において格段に優れている。小鬼(ゴブリン)であればまだ弱小な種族だが、一般人からすればそれでも危険であり、人食い大鬼(オーガ)蜥蜴人(リザードマン)などは、戦闘訓練を受けた人間でなければ抵抗することさえできない強者と言える。

 

 それが森で原始的な生活をしているのではなく、国家を形成して生活を送っているのだから、その脅威度は王国で見掛けるような野良のモンスター扱いのそれらとは段違いとなる。

 

 故に、文化レベルに然程大きな差はないとしても、武力においては間違いなく上位。近隣の人間国家を複数相手取ったとしても、その武力的優位性が変わることはないだろう。更にその頂点に君臨するのは、ドラゴンという世界最強の種族。大陸最強と目されるのは至極当然の事であった。

 

 街からは少し離れた荒野。

 高さ三メートルを越える、巨大で異質な赤い全身鎧。空中に浮かぶそれが、手に持った筒状の道具をボウガンのように構え、指の先ほどの小さな何かを豪雨の如く射出する。

 

 高速で射ち出されたそれらは、およそ人間の反応出来る速度を越えている。その一つ一つが凶悪な破壊力を秘めており、地面に撃ち込まれる度、派手に砂埃を巻き上げていく。

 

 朱い鎧が追い立てるように攻撃を仕掛けているのは、一人の男。斜めに流した長い黒髪で左目を隠し、右の目には黒いレンズを嵌め込んだ、銀縁の単眼鏡(モノクル)をかけている。

 

 その装いは、はっきり言って戦闘に向いているものには見えない。それは執事の着る燕尾服に似た、仕立ての良い衣服で、〝すうつ〟と呼ばれる、遥か南方の国で見られる民族衣装に酷似していた。肩からは黒い外套をなびかせている。

 

 これは旅人が使用するような、全身をすっぽりと被うものではなく、背中側を隠すような形のもので、旅の道中に汚れや陽射しなどの環境要因を遮断する目的というよりも、王侯貴族のように見映えを重視した代物に見える。

 

 体躯も別段逞しいというわけではなく、むしろ細身に見える人間大の男。高速で飛んでくる飛礫の一つでもかすろうものなら、その衝撃で肉体が千切れ飛びそうなものだが、黒ずくめの男は尋常ならざる速度で、弾幕の嵐を顔色ひとつ変えずに躱し続けていた。

 

 背中から光を噴出し、それが尾を引くように飛翔しながら、上から飛礫を降らせる朱い鎧。その飛翔速度は尋常ではないが、黒服の男はそれを苦にした様子はなく、一定の距離を保ちながら絶妙な立ち回りを続けている。

 

 弓兵など飛び道具を使う者を相手取るのであれば、身を隠す遮蔽物を利用するなどの動きをするべきなのだろうが、それがない。しかし攻撃を食らいはしていないものの、弾丸の雨から身を躱すばかりで、一向に反撃に出る様子はなかった。いや、傍目から見れば、そのような余裕などないと思うのが普通であろう。

 

「やはり彼か……」

 

 ツァインドルクスはその光景を遠隔操作する鎧越しに眺めつつも、すぐさま介入しようとはしない。不用意に飛び込むのは危険なのだ。何らかの罠という可能性もある。

 

 厄介な相手と言わざるを得ない()とは、この鎧で正面からやり合いたくはない。お互い全力でやりあったことはまだないが、少なくとも()()でなければ分が悪い事くらいは分かっている。

 

 今は自身が簡単に出歩くわけにもいかないため、代わりに動かせるこの鎧を壊されては堪らない。注意深く周囲を見渡すと、二人から少し離れたところに倒れ伏している数名の人間を発見した。全員意識を失っているだけで、命に別状は無さそうだ。

 

 一体どういった狙いがあるのかとツァインドルクスが思案していると、今度は朱い鎧が魔法を放つ。のたうつ二匹の()のような雷光が襲い掛かるが、黒ずくめの男は腰に佩いた剣を抜く事なく、右腕を振り払うような仕草でそれを掻き消した。

 

 流石に驚いたのか、朱い鎧の方は一瞬動きを止める。その一瞬が命取りであった。黒ずくめの男が突如姿を消す。実際に消えたわけではないが、朱い鎧の方からはそう見えたのだろう。

 

 標的を見失った朱い鎧は、周囲を見回すが見付けられない。一瞬で背後に回り込み、朱い鎧の背に乗っていた黒ずくめの男は、朱い鎧の背中にある噴射孔のような部分を踏みつけるように蹴りつけた。

 

 朱い鎧は高度十数メートルの高さから大地に叩き付けられ、周囲に砂埃を舞い上げる。濛々と立ち上る砂埃の中、立ち上がろうとするが、しかし脚をガクンガクンと痙攣させ、再び膝を付く。黒い男は背の外套を翻しながら、優雅な姿勢で着地すると、朱い鎧の方へ歩みを進めながら、遂に腰の剣に手を掛けた。

 

「……っ!」

 

 ここまで静観していたツァインドルクスは、それを見て焦りを覚える。()()()()を振るったら相手は一溜りもない。

 

「光衣」

 

 瞬間、けたたましい金属音が鳴り響く。二人の間に転移して、振り下ろされた剣を、大剣と刀の二本を使って受け止める事に成功した。わりと力を込めた一撃だったようだ。始原の魔法の一つ〈光衣〉で強化していなければ危ないところだった。

 

「黒騎士……これはどういうつもりだい?」

 

 ツァインドルクスは苛立ちを抑えて静かに言ったつもりではあったが、滲み出た圧力はとても穏やかなどとは言えないものになってしまう。しかし、この程度の威圧で縮み上がるような相手ではない。彼はやはり全くたじろぐ事なく、つまらなそうに剣を引く。

 

「……御挨拶だな。久方振りに再会して第一声がそれか?」

 

「再会を喜びあうような仲でもないと思うんだけれどね。それで、今のはどういうつもりか説明してくれるかな?」

 

 互いに牽制し距離を測るような言葉の応酬。およそ二百年以上ぶりの再会ではあるが、それを喜ばしいと思う気にはなれない。恐らく彼は自分の存在に気付いていて、ツァインドルクスが介入することを予想していたのだろう。

 

「いつまでも高みの見物を決め込んでるからだ」

 

「……やっぱり」

 

 朱い鎧を着込んでいた────()()というより()()()()と言った方が近いかもしれないが────男が、巨大な鎧から這うように出てくる。全身を震わせ、意識を保っているのがやっとの状態らしい。

 

「それで、何のためにこんなことを?」

 

「……さてね」

 

 彼はやはり答えてはくれない。最後の一撃を除けば、彼にしては珍しくかなり手加減していたのも関係があるのだろうか。

 

 それでも折角の協力者と、()()()()を危なく壊されるところだ。自分が止めに入らなければ彼は鎧ごと両断されていてもおかしくはなかった。

 

「そういう問題じゃないと思うんだけどね。無闇に力を振るわないと以前約束したじゃないか。忘れたのかい?」

 

「あったな、そんな約束も」

 

「……」

 

 四六時中監視しているわけではないので実際のところは分からないが、あれ以来、多分彼は本気で力を振るってはいないはずだ。贈った単眼鏡(モノクル)を今も壊さず使ってくれている。

 

 彼は昔からこういう男だった。わざと相手の神経を逆撫でするような言動をして相手の心を乱そうとする。一緒に旅をした仲間達とも、折り合いは決して良くなかった。

 

 一応の協力関係を築いてはいるが、最初の出会い方は良くなかったし、今協力を得られているのは奇跡的と言って良いかもしれない。しかし腹の底を誰にも見せようとはしない彼を、今でも完全に信用出来たわけではない。

 

「ま、待てツアー!ぐぉ、いてて……俺達が頼んだんだ」

 

「アズス、無事だったのかい!?ええと、頼んだっていうのはどういうことかな?」

 

「俺達の方から手合わせ願ったんだ。……くっ、ごほっ……」

 

「あぁ……」

 

 そういうことか。ツァインドルクスは冒険心が人一倍強いアズスなら然もありなん、と納得して呆れてしまった。彼は冒険者として大成しているらしいし、仲間からの信頼もあるようだが、時々独断で行動をしてしまうのが玉に瑕だった。

 

 今回はチーム全員で挑んだようだが、やはり結果は……予想していたよりはマシだったというべきか。黒騎士がかなり手心を加えてくれたおかげで。

 

(それにしても……)

 

 こういうやり方が出来るのなら、()()()はどうしてそうしなかったのか、という疑問が湧く。だが、それを追及しだすと長くなりそうなので、アズスの前では止めておく事にした。

 

 アズス・アインドラは、リ・エスティーゼ王国の最高位冒険者だ。しかし、如何に人間国家で伝説扱いされているアダマンタイト級冒険者とはいっても、黒騎士の相手は荷が重過ぎる。彼とまともに戦えたのは、真なる竜王を除けば数えるほどだ。

 

「アズス。あまり気を悪くしないで欲しいんだが……彼には君の仲間と、その鎧の全ての力を出しきったとしても、とても勝てる相手じゃない。僕でも()()()()では勝ち目が薄いんだ。さっきのように止められるとは限らないよ」

 

「そうか。まぁ、もう挑んだりはしないさ。伝承は小耳に挟んだ程度に知っていたが、男なら実際確かめたくなるだろ?世界の高みってやつを。ツアーは頼んでも相手をしてくれないしな」

 

「まぁ、そうだね……」

 

 正直この好奇心はどこから湧くのか、ツァインドルクスには理解できない。一歩間違えれば────間違えなくてもかなりの確率で────死ぬというのに、ただの好奇心で黒騎士に挑むだなんて。

 

「アズスと言ったな。あまりこいつを信用しすぎるな。今もお前の無事より、貴重なその朱い鎧が壊されなかった事に安堵しているような奴だ」

 

「む……。そんなことはないよアズス。彼の言葉に耳を傾けてはいけない。彼は君を惑わせてからかおうとしているんだ。本当に悪趣味な事にね」

 

 余計なことを言ってくれるとツァインドルクスは舌打ちしたい気分を抑えながら、アズスに弁明する。確かに鎧の方も心配していたが、当然アズスの事も気遣っている。彼自身の実力は然程ではないが、鎧をかなり使いこなすことが出来る人材なのだから。

 

「アンタら昔は一緒に旅した()()なんだろ?」

 

「それは……どうかな?君は僕の事を仲間だと思ってくれているかい?」

 

 アズスの言わんとした事は分かる。端から見れば随分と険悪に見えるのだろう。問われたツァインドルクスは黒騎士に水を向けた。

 

「寝言は寝て言え。お前は俺を憎んでいるはずだろう?」

 

「思うところが無いわけじゃないね。でも、()()は仕方がなかった。多分。今ではそう納得できているよ」

 

「それはお前の勝手な解釈だろう。何をどう解釈納得したつもりか知らんが、見当違いも甚だしい」

 

「……そうだったね」

 

 黒騎士の言う通りだ。彼が真実を話してくれたわけではない。様々な情報や状況から、そうかもしれないと仮説を立てたに過ぎない。しかし確信めいたものはある。

 

「君は昔から大事なことを何も話そうとしないね。彼女の事も。()()()にも本当は何か隠して────」

 

 ツァインドルクスが言いかけた言葉に反応し、途端に黒騎士を取り巻く空気がずしり、と重くなる。単眼鏡(モノクル)の下からは刺すような視線が向けられているのが分かる。余計なことを話すな、ということだろう。

 

「下らん詮索はよせ。……事実は変わらん。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「それでも、事情を知っているのとそうでないのとでは違うんじゃないかい?君が周りをもっと頼れば、仲間だって出来たろうに」

 

「ほぉ?その張りボテで正体を偽り、何食わぬ顔で仲間面していたヤツが言う事とは思えんな?」

 

 急に黒騎士が口の端を吊り上げる。悪意に満ちたような不敵な笑みだ。

 

「あれは、仕方がなかった……というのは言い訳にしかならないね。でも()()()()怒るとは思ってもみなかったんだよ」

 

 共に旅をした仲間に、隠していた自分の正体を明かしたときは「裏切られた」とかなり憤慨されたものだ。

 

「クク、あの時のお前は笑えたぞ。デカイ図体してあれほど繊細だとは」

 

 クックッと邪悪な笑みを浮かべる黒騎士。そういうところが本当に悪趣味だと思う。割と本気で落ち込んでいるところを、盛大に馬鹿にされ鼻で笑われたのだ。彼らを少なくとも心を通わせた仲間だと思っていたからこそ、落ち込んでいたと言うのに。

 

「あの時は流石に腹が立ったね」

 

「だが結局あいつらの怒りは収まっただろ?俺のお陰で」

 

 黒騎士が高笑いしながら散々小馬鹿にしてくれたお陰なのか、憤慨していた彼等は早々に怒りを収めてもらえた。あの言い方はヒドイと今でも思う。だから素直に感謝などする気にはなれないのだ。

 

 ツァインドルクスは、最強の種族を自負し誇りを抱いている他の竜王たちとは違って、好感を得るためなら弱者である人間に頭を下げることも厭わない。だが、そんな彼でも、変な同情をされるのにはなんだか釈然としないものがある。

 

「それに、未だに会うとチクチクと言われるよ……もうそろそろ勘弁して欲しいのだけどね」

 

「何にせよ、知らない方がいいこともある。お前も身をもって知っただろう?真実を知ることが、正しいというわけではない」

 

 黒騎士がそう言ったきり、長い沈黙が流れる。

 

「……白金(プラチナ)。何か情報は握っているか?動き出してはいるんだろう?」

 

「成る程、目的はそれだったんだね」

 

 先程の一撃も、互いの実力が落ちてはいないかの確認だったということか。そう思えば、少々回りくどいとは思うが合点はいく。

 

「他に俺がお前に会う理由があると思うのか?それくらいは初めから察してほしかったがな。あぁ、アレか?竜も一人で隠っているとボケるのか?」

 

「……」

 

 相変わらず一言も二言も多い男だ。内心で溜め息をつきながら、ツァインドルクスは偶然遭遇した吸血鬼の情報を伝えた。アズスには聞かせる内容ではないかもしれないと思ったが、幸い疲れて眠っているようだったので好都合だった。

 

「……そいつとはやりあったのか?」

 

 黒騎士の態度が硬いものに変わる。発見した吸血鬼について、かなり警戒心を抱いているようだ。

 

「邪悪な存在だとは思う。割と近くを飛んでみたけど、こちらに気付くそぶりもなくてね。奇襲するには好機だったんだけど、こちらから仕掛けるのは止めておいたよ」

 

「……」

 

 ぷれいやーとおぼしき存在を発見しても、相手が仕掛けてこない限り、自分から手出しはしない。その約束を(たが)えていないことを伝えたが、彼の態度は軟化しない。言葉の真偽を見極めるためか、じっとこちらに視線を向けてくる。

 

「……そうか。それが正解だろうな。一人で無防備に突っ立っているなんてのは、どう考えても罠でしかないだろう。俺が動く事にする。お前は手出しするなよ」

 

「君が自分から動く気になるなんて珍しいね。……まさか、()()()()()()()例の?」

 

 少し思案を巡らせたツァインドルクスが、心当たりを見つけて驚いた声を出す。黒騎士はそれを否定しなかった。

 

「大丈夫なのかい?君は今〝魔剣〟を持っていないんだろう?」

 

「情報は既に仕入れている。問題はない。精々、自分の出番が来ない事を祈っていろ」

 

 

 

 

 

「わかった。ツアーの頼みなら御安いご用さ。何か分かったら連絡する」

 

 ぷれいやーとの戦いに備え、ユグドラシル産の武器や防具を探して欲しいと頼むと、アズスは快く引き受けてくれた。

 

「ありがとう、アズス。そうだ、王国に戻るならリグリットにも会うかい?冒険者をやってると風の噂に聞いたんだけど」

 

「いや、もう冒険者は引退したよ。あの婆さんが今何処に居るのか、俺にもわからないんだ」

 

「そうかい。もしも会うことがあったら、僕が会いたがっていたと伝えてくれないかな」

 

「ああ、わかった。必ず伝えるよ。黒騎士にもまた会うかも知れないが、彼に伝え忘れたことはないか?」

 

 アズスが目を覚ました時には黒騎士はこの場を去っていた。彼はまたいずれ会うかもしれないと期待した様子だが、先程の彼とのやり取りについては告げずにおいた。

 

 彼を信用していないわけではない。黒騎士の言葉を借りるならば、知らないほうが良い事もあるということだ。戦力としては心許ない彼を、自分の親の尻拭いのために巻き込む気にはなれない。どう答えるのが適切だろうかと少し思案する。

 

「そうだね……ん?もしかして、魔剣の所持者は王国に?」

 

「ああ、何でか知らんが俺の()が持ってるよ。大人しく屋敷でお嬢やってりゃいいのに、おかしな所で俺に似てしまってな。婆さんのいたチームで今リーダーをやっているよ」

 

 それは御愁傷様。黒騎士なら迷わずそう言うことだろう。そんなことを考えながら、リグリットの情報をそれとなく尋ねる。

 

「リグリットが抜けたとなると、チームとしては少し戦力ダウンだね。姪御さんはやっていけそうかい?」

 

「それが、後釜に入った子供みたいな魔法詠唱者(マジックキャスター)がまた強くてな。婆さんが居た頃と比べても遜色ないかも知れん」

 

 リグリット・ベルスー・カウラウ。かつてツァインドルクスと共に旅した13英雄に数えられる女性である。それは二百年も前の話になる。暫く顔を合わせていないが、彼女は息災だろうか。

 

「それは凄いね。リグリットの抜けた穴を埋められるなんて、その魔法詠唱者(マジックキャスター)は一体何者なんだい?」

 

 リグリットに匹敵する人間などそうは居ない。アズスの話に乗りつつ、もしやぷれいやーなのではないかと内心に警戒心を抱く。最悪の場合は────しかし、アズスから返ってきた言葉は意外なものだった。

 

「俺も詳しくは知らないんだが、何でも婆さんの知り合いらしい。確か『泣き虫』とか呼ばれていたが……」

 

「そ……そうなのかい?」

 

 動揺が声に出てしまうほど驚いた。まさか()()()がリグリットの後を引き継ぐだなんて。よく引き受けて貰えたものだ。

 

「なんだ、心当たりがあるのか、ツアー?」

 

「まぁ、ね……そうか、あの娘が……」

 

 何とも言えない不思議な気分だ。あの頃は確かによくリグリットに泣かされていたが、当然普通の人間が敵うような娘ではない。鎧を着たアズスでも一対一では厳しいだろう。

 

 しかしそうなると心配事も浮かんでくる。あの娘は黒騎士とはただならぬ因縁がある。会えばどういう反応を示すだろうか。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「いや、何でもないよ。少し懐かしい事を思い出していただけさ……」

 

 ツァインドルクスがそう言うと、アズスは意外そうな表情を見せる。爺臭いとでも思われたかもしれない。

 

「ツアー。俺ではどれだけ力になれるか分からんが、出来る限り協力はさせて貰うよ」

 

「ありがとう。恩に着るよ」

 

 爽やかに挨拶を交わし、アズスは待たせていた仲間のもとへと戻っていく。

 

「よーし、王都に戻ったらさっそく良い女を抱くとしよう。良い酒も飲みたいな」

 

「お前はいつも変わらんな。ある意味ソンケーするぞ。俺は最近ちょっと元気がなぁ……」

 

「なぁに言ってるんだ。命の危機に直面すると、子孫を残そうっていう生き物の本能がだな────」

 

 仲間たちと楽しそうに軽口を交わしながら、アズスは去っていく。残されたツァインドルクスも鎧を本体のもとへと帰還させながら、思案を始めた。

 

 黒騎士とは古い付き合いだが、未だにその出自も、行動原理も分からない。仲間と肩を並べて戦ったのは一度きりで、悪辣で凄惨な彼の戦いぶりを嫌ってか、皆距離を置いていたため、誰も深くは知らない。

 

 黒騎士は自分勝手で協調性がなく、一人で戦う事を好む。そしてひとたび戦いが始まれば苛烈に、残虐にして残忍な殺戮を繰り広げる。嗜虐的で悪魔的な漆黒の憎悪に取り憑かれた男。それは仲間の間での見解だ。

 

 しかしツァインドルクスの見解は少し違う。種族の違う仲間達が力を合わせて強大な魔神に立ち向かう裏で、黒騎士がただ一人、それより強い敵と壮絶な戦いをしていた事は、ツァインドルクスだけが知っている。

 

 口では弱者のうすら寒い友情ごっこに付き合うのはゴメンだ等と言っておきながら、彼等では苦戦するような強敵を人知れず倒してくれていたようにも思える。時折あの娘を虐めに来ていたのも、本当は、ただあの娘の事を気にかけていただけなのかもしれない。本人達は絶対に認めないだろうが。

 

 ツァインドルクスの父が原因で、およそ百年周期で異世界からこの世界にやってくる〝ぷれいやー〟という存在。それは時に友となり、時に危険な存在として排除しなければならない敵となる。八欲王の時には大陸中を震撼させ、世界の法則をも歪められ、そして少なくない竜王達の血も流れた。

 

 今回もあの時のような、悪い予感めいた胸騒ぎがする。黒騎士が動くとはいえ、警戒するに越したことはないだろう。

 

 黒騎士はぷれいやーについて、どういうわけか色々と知っている。彼自身は〝ぷれいやー〟ではないにも拘らず、だ。最初は彼もぷれいやーの一人であると考えていたが、位階魔法を使わない。

 

 武技ともユグドラシルの特殊技術(スキル)とも違った、始原の魔法(ワイルドマジック)にも匹敵する独自の能力(ちから)を使うのだ。

 

 彼の名付けた〝四大暗黒剣〟を手に入れてからは、その能力を振るうことは滅多になくなったが。

 

 かつてリーダーと呼ばれたぷれいやーも、彼の能力をユグドラシルのそれとは少し違うと言っていた。

 

 しかし、ぷれいやーでないとしたら、一体何者なのか。

 

 彼は何故ツァインドルクスに協力してくれるのか。

 未だ黒騎士には謎が多い。ただ、口も態度も悪いが、悪を演じているだけで、本質的には邪悪ではない気がしている。

 

 そんな彼の先程の態度は、どこかおかしかったように思う。高揚しているようで、何かを思い出して悔いているような、その内心に様々な感情が複雑に渦巻いていたように見えた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンか。確かリーダーも何か言っていた気がするけど……伝説の……〝どんが〟……だったかな?」

 

 なにしろ二百年も前に一度だけ聞いたきりだ。記憶を辿って思い出そうとツァインドルクスはしばし唸っていたが、結局思い出すことは出来なかった。




拠点防衛時の一部は動画になり、プレイヤーの間では伝説として世間に知られているはずだと思い、13英雄のリーダーも伝説を知っているという想像です。
どういう話の流れでアインズ・ウール・ゴウンが出てきたかは今のところ不明です。

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