異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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ああでもない、こうでもないとやっていたら、思いの外期間が空いてしまいました。
茶釜さんの相談というお話です。


#82 相談事

 床には淡い桃色の絨毯が敷かれ、その上には精緻な刺繍が施されたカバーを被せた大きなソファーが鎮座している。

 

 ぶくぶく茶釜の私室は、全体的に白系統を基調としながらも、随所にピンクや赤のリボンと可愛らしい小物が並ぶ、如何にも女子っぽい部屋に仕上がっていた。

 

 二十代という実年齢を考えれば少しばかり子供っぽい気もしないでもないが、今の見た目には不思議とマッチしている。

 

 テーブルやソファー、照明など、基本的な家具調度品と間取りはアインズの私室と同じはずなのだが、コーディネート一つでこれ程に雰囲気が違うものかと感心させられた。

 

 アインズは自室の内装にはこだわっていなかったため、割り当てられたデフォルトの状態から殆んど弄っていない。しかしこの部屋を見ればわかる。自分の部屋のはずなのに落ち着かなかった理由は()()だったのだ。一般のサラリーマン感覚に馴染んできた彼に取って、豪奢なロココ調だのでふんだんに飾り立てた部屋は華美に過ぎる。

 

 人払いをしてアルベド達も退室しているため、現在部屋には二人きりだ。アインズは女子の部屋に初めて上がり込むというシチュエーションにドギマギしつつ、先程のアウラ達の姿を思い返す。

 

(やっぱり茶釜さんのセンスは半端じゃない。あの二人もホントに嬉しそうにしてたしな……)

 

 着替えが終わったあと、モジモジはにかみながら披露してくれたアウラとマーレ。アウラは普段履かないスカートに、顔を赤くして恥ずかしがっていたが。

 

 アウラが着ていたのは柔らかい質感の、清楚な白いワンピース。素足にミュールを合わせ、瑞々しい褐色の肌と白のコントラストが、将来約束された美貌を予感させ、アインズは期待感に胸を踊らせた。

 

 そしてマーレは白のフリフリのついたブラウスと蒼色のスカート、白いニーハイソックスと短めのブーツ。やはり女装なのだが、それはもう完全無欠の女の子、いや()()()に仕上がっていた。

 

 二人がそれぞれクルリとその場で回ると、裾がフワリと舞い上がり、スカートの中が見えてしまうのではと一瞬焦ったが、実際はそうはならず、まるで計算し尽くされたかのような、見えそうで見えない絶妙な太腿のチラリズムを演出した。

 

 流石に二人は子供なので変な気は起こさなかったが、もう少し大人だったらドキッっとしてしまったかもしれない。

 

「二人とも本当によく似合ってましたよね」

 

「着こなしには自信あるんだよね~」

 

 鮮やかな蒼玉(サファイア)のドレスに身を包み、得意げな表情で「えっへん」と胸を張るぶくぶく茶釜。その仕種があどけない外見と相まって、本当に少女のように見えてくる。

 

 彼女の言う通り、コーディネートの腕前は確かなようで、豪奢な装いも然ることながら、シンプルであってもそれがかえって着用者の魅力を引き出しているような気がした。雰囲気をガラリと変えても違和感なく、アウラを可憐な少女にして見せたのも見事としか言いようがない。

 

(確かに、俺じゃあとても真似出来ない)

 

 アウラ達の姿を思い出しながら、そんなことをしみじみと思う。ただ身嗜みを整える事とお洒落は違うのだ。アインズはビジネスシーンに合わせた着方は出来ても、お洒落でハイセンスな着こなしとなると、全くもって自信は皆無だ。

 

 ぶくぶく茶釜の非凡なセンスを目の当たりにして、憧れの念を抱くと同時に、自分のセンスとの格差を意識してしまう。

 

 自分が作成したあの埴輪野郎(パンドラズ・アクター)にひきかえ、彼女が作った双子の、なんと素直でかわいらしいことか。

 

(いいよなぁ、茶釜さんは……)

 

 自分が黒歴史をほじくられるような恥ずかしい思いをしているというのに、彼女はとても楽しそうだ。アインズは僅かばかり抱いた嫉妬心を打ち消す。

 

(まぁ、軍服は今でも格好良いと思わなくもないんだけど。あのオーバーアクションを見るたび、周りの視線がなぁ……)

 

 みんな頼むから俺の黒歴史を冷たい目で見ないでほしい。そして出来れば仲良くしてやってくれ。アインズは内心で切実に願った。

 

「あ、そう言えば……マーレは今後もずっと女装なんですか?たまには男らしい格好も見てみたい気が……」

 

 マーレにはいつまで女装させる気なのだろうか。アウラには女の子の格好もさせているのにと、ちょっとした興味が湧く。

 

「あー、うん……それが1つ目の相談なんだけどね……」

 

「え……?」

 

「もうゲームの世界じゃないんだし、「男の娘」じゃなくて「男の子」らしい格好させてあげなきゃって思うんだけど……」

 

 マーレを女装させる事に、彼女も思うところはあったらしい。少なくとも卒業させる気はあるようだ。相槌を入れつつ、アインズは安堵する。

 

「それなら、早い方が────「でもでも、カワイイ服を着せられるのは今しかないじゃない?モンちゃんもこの気持ちわかるよね?ね?ねぇ?」

 

「あー、ええっと……」

 

 ぶくぶく茶釜は顔を近付けて強引な勢いで同意を迫ってくるが、アインズはそれに同調はしない。しかし態度では冷静に受け答えしているように見せているが、実際には内心で焦りまくっていた。

 

(ちょ、茶釜さん……顔近いから!)

 

 惚れている女性から急に顔を近付けられて、ドキドキしないわけがない。見た目が少女になっているとはいえ、童貞のアインズには破壊力抜群である。しかし、それを表には出さないように、表情が崩れそうなのを根性で持ちこたえる事に成功していた。

 

「まぁ、その……言いたいことはわかりますよ?実際、可愛いとは思いますしね」

 

「でしょ?うぅ~、そのせいで、ついついカワイイの着せたくなっちゃって、気づいたら……」

 

 女装をさせてしまう、ということらしい。確かに「男の娘」のマーレは可愛いとは思うのだが、将来を考えると、そこはかとなく心配になる。

 

「アウラには女の子の格好もさせているのに、マーレはどうして……」

 

 そんなアインズの当然とも言える疑問の答えは、すぐに返ってきた。

 

「別に女の子は大人になってからでも男装出来るのよ。でも逆は……デミウルゴスとかがスカート履いたって似合わないし、ちょっとヘンタイっぽいでしょ?」

 

「うぁ、それは……確かに……」

 

 つまり、マーレが「男の娘」でいられるのは幼いうちだけの期間限定であり、男らしく成長したら似合わなくなる。彼女の理論にアインズはデミウルゴスの女装を想像して納得してしまった。

 

 確かに一般メイドやプレアデスがセバスのような執事服を着てもそれなりに似合いそうだ。だが、あのデミウルゴスがメイド服を着た日には、アインズもドン引きする自信がある。

 

(すみません、ウルベルトさん……)

 

 額に手を当てながら、勝手な想像で変態っぽいと思ってしまったことを、創造主(ウルベルト)に心の中で謝っておいた。

 

「マーレもあと二、三年もしたら男の子っぽく成長しちゃって、似合わなくなるのよね。で、そのうち反抗期が来て「姉貴ウゼー」とか生意気な事言い出して……」

 

 脳裏に弟との思い出を浮かべているんだろうか。ぶくぶく茶釜は寂しげに目を細める。アインズはあえて明るい声で彼女に声をかけた。

 

「あー、まだ二、三十年は大丈夫だと思いますよ?闇妖精(ダークエルフ)は人間より寿命長いんで」

 

「えっ、あ……そっか、そうだった!てことは……もうしばらくこのまま様子を見ようかな。そのうちズボンを履きたいって言い出したら、その時にでも……」

 

「……ですね」

 

 どうやら、マーレはまだしばらくの間「男の娘」でいることになりそうだ。アインズもそう急ぐような問題でもないだろうと頷く。マーレ本人に不満が無いようなら、彼女の言う通り、今のところは様子見でいいだろう。こうして解決が難しいデリケートな問題が一つ先送りになった。

 

「それはそうと……小さいうちから経験を積むということは、将来立派な大人になるために必要でしょう。どんな大人に育ってほしい、とか考えたりします?」

 

 新たな魔法や特殊技術(スキル)を修得するといった、ユグドラシルの法則に縛られるような部分での成長は望めないかも知れないが、新たな知識や経験を得る事により、内面的な成長は出来る。その点はナーベラルを通じて手応えを感じていた。

 

 しかし、創造主であるぶくぶく茶釜の意向があるなら、それを聞かずに勝手に進める訳にはいかない。

 

「どうして?なんか、保護者面談みたいなんだけど?」

 

「アルベドは守護者統括、セバスは執事兼家令。皆何かしらの役割を担っているように、あの二人には第六階層守護者という役職があります。ただ、茶釜さんが産みの親みたいなものですから、あまり本人達や、創造主の意向に沿わない事を無理にさせるというのは抵抗があるんですよ」

 

 アインズは二人に限ったことではないですけど、と付け加える。きっと部下達は個人的に嫌だと思うようなことでも、至高の御方の命令ならばと無理をしてしまう。求めに応じようと頑張ってくれるのは嬉しいが、アインズが気付かないところで無理をさせてはいないかと不安に思うのだ。

 

「うん、なんかゴメンね…」

 

「え?」

 

「モンちゃんが私やマーレを気遣ってくれてるのに、私、パンドラズ・アクターに感情的になって、結構ヒドイ事言っちゃったかも……」

 

 申し訳なさそうな表情でそう言うが、アインズもそんなことはパンドラのヘコんだ姿を見ているので想像くらいはついている。

 

「まぁ、大丈夫ですよ。多少ヘコんではいましたけど、茶釜さんから叱咤激励を受けたお陰で一皮剥けたみたいですし……。因みに何て言ったんです?」

 

「あ、あの怒らないでね……?は、ハニワヤローとか……身振り手振りがダサいとか」

 

「……デ、デスヨネー」

 

 聞くんじゃなかった。アインズは身悶えしたいような羞恥に襲われつつ、興味本位で聞いたことを後悔する。

 

「でも、設定された通りに振る舞ってるだけだもんね。だからパンドラズ・アクターに罪はないっていうか、それに文句言うのはちょっと筋が違うよね……」

 

「ぐふぅっ、そ、そうですね。アイツのオーバーアクションは、俺がそう設定したせいですからね……っ」

 

 更に強烈なボディーブローを受け、精神がゴッソリと削られる。もう息も絶え絶えなくらいに精神的ダメージを受けてしまった。想い人に「ダッサーい」と直接言われているようで、これは想像以上にショックが大きい。

 

(やっぱアイツダサいよなぁ……。……そう言えば、今は普段の死の支配者(オーバーロード)と同じ神話級(ゴッズ)のローブ着てるけど、それはどうなんだ?似合ってるのか?)

 

 アカデミックガウンを思わせる漆黒のローブ。アンデッドの姿ならば如何にも邪悪な魔法詠唱者(マジックキャスター)という雰囲気で似合っているという自信はある。だが、元の冴えないサラリーマン当時の顔には似合っているかと言われれば、分からなかった。

 

「ところで……茶釜さんの目から見て、今の俺はどうですかね?」

 

「…………えっ?えと……え?」

 

 妙に驚いたような声を上げるぶくぶく茶釜。急に目が泳ぎだし、ソワソワと指を動かす。

 

(つまり、コメントに困る程似合わないってことか。まぁ、わかっちゃいたけど……)

 

 内心ショックで泣きたい気持ちになりつつ、それを表には出さないよう肩を竦める。

 

「やっぱりアンデッドの姿じゃないと、この格好は似合わないですよね?でも、折角の神話級(ゴッズ)装備を着ないというのも勿体無い気がして……着こなし方次第で何とかなりませんか?」

 

 アインズはぶくぶく茶釜が得意分野だという着こなしについて、思い切って助言を乞う事にした。彼女に処置なしと言われれば諦めもつきそうだし、彼女の好む服装の参考になるかもしれない。

 

(転んでも只では起きないぞ)

 

 失敗から学ぶことは多い。実際PVPでも勝った時より負けた後の方が多くを学び成長できた気がしている。

 

 それは勝てばどうしても気が緩みがちなのに対し、負けたときは悔しさから「どうすれば次は勝てるか」を必死で考えるからだ。アインズ自身もそうだった。

 

 約一名、既に強いのに常に強さを磨くことに余念がなかった公式チート(たっち・みー)がいたが、彼のようなタイプは例外である。

 

「あ、あぁ……そういう……。えっと、じゃあ、フードは取った方がいいかな?」

 

「……ん?そ、そうですか……?」

 

 一瞬何かに違和感を感じて首を傾げかけたが、ぶくぶく茶釜に言われた通り、被っていたフードをバサリと後ろに脱ぐ。顔を出したところで見れる顔はしていないと自覚しているので、それくらいで何か変わるとも思えないが、彼女の言うに任せてみる。

 

「うん、その方が絶対良いよ。あと、マントっぽく前を開けて、中に服を合わせるとか」

 

 人の姿を取っている時は、前のボタンをしっかりと閉め、胸元をはだけていない。骨の身体ならば何とも思わないのだが、肉があると事情が違ってくる。

 

「成る程……」

 

 職業(クラス)の違う装備が扱えなかったように、ユグドラシルの法則を考えれば、同じ装備を重ね着することは出来ないという仮説が立つ。

 

 まだ実際に検証したわけではないし、何か抜け穴的なものが存在するかも知れないが、それ以上に急いで確認すべき事がたくさんあったため、仮説のまま先送りにしていた。

 

(そういえば、アルベドは()()()()よな?だったら……)

 

 その時点で、やはりユグドラシルとは仕様が部分的に変わっている、という事かもしれない。そんなことを考えながらローブに手をかけようとして、はたとその手が止まる。今この場で前を開けるのはまずい事に気付いたのだ。

 

 ぶくぶく茶釜に目を向けると、対面のソファにちょこんと座って、こちらの様子を窺っている。

 

「ええっと……後でじっくり試してみますね……」

 

「え、うん……?」

 

 ポカンとした表情のまま頷く彼女に、苦笑いを返して誤魔化す。現在一枚のローブの下は生まれたままの状態なのである。このまま前を開けようものなら、変態の烙印と共に例のOHANASHIが待っていることだろう。

 

 しかしこれは何も好き好んでそうしているのではない。ユグドラシルの法則の関係で、重ね着装備はできないはずなので仕方なくだ。勘付かれる前に別の話題を振ってしまおうと考えていると、彼女が先に口を開いた。

 

「モンちゃん……あのモモンガおにいちゃん、なのよね?」

 

「はい?そうですけど……え?どういう意味ですか?」

 

 何を今更、と思うような質問だが、彼女の目は冗談を言っているようには見えない。一体どういうことなのだろうか。

 

「だ、だって、なんか外見変わったし、指示出す時の態度とか本当に偉い人みたいだから……。実は中身も別人に入れ替わってるとか……」

 

「いやあれは、仕事モードっていうか、ロールプレイっていうか……。でも今の見た目は元通りじゃないですか?」

 

「はっ?」

 

「えっ?」

 

 何故か驚いたような、呆れたような顔をされ、アインズの頭の周りを疑問符が回り出す。生死反転を会得し、今は人間鈴木悟の姿に戻っているはずだが。

 

「何か、おかしいですかね?」

 

「…顔っ!鏡で自分の顔見てっ」

 

「え……っ!」

 

 そういえば鏡を見て自分の顔を確認していなかった。手足に肉がついたので、てっきり顔も鈴木悟になっていると思っていたが、もしかしたら別人の顔になっているのかもしれない。

 

 慌ててインベントリを漁り、鏡を取り出す。遠隔視(リモートビューイング)で使う、大きめの鏡だ。もしも死の支配者(オーバーロード)の骨格の上にに肉付きしたのなら、全く別人の顔になっている可能性もある。嫌な不安感に焦りを覚えながら鏡を覗き込んだ。

 

「あれ……なんだ、ちゃんと戻れてるじゃないですか。……ん?」

 

 そこには黒髪の青年の顔が映っている。顔立ちも髪色も日本人のそれで、懐かしい自身の、鈴木悟の顔に見える。しかし、そこはかとなく、何かが普段とは違うような気もする。

 

「うーん、何かこう……雰囲気が違う気はするんですけど……一体何が……」

 

「いやいやいや、よく見て!?」

 

 具体的に何が変わったのかはっきりとはわからず呟くと、ぶくぶく茶釜から素早く突っ込みが入った。

 

「ほら、ね?」

 

 全然違うでしょ、と言いたげな彼女の言葉に戸惑いつつ、鏡に写った自分の顔を改めて観察する。まじまじと自分の顔を見つめるなんていつぶりだろうかと思いながら鏡とにらめっこをしていると、ようやく決定的な変化に気づく。

 

「あっ……!()だ……」

 

 サラリーマンとして働いていた頃は、疲労を湛えた色濃い隈が目元にあったが、今はそれが跡形もない。その上、肌も荒れていたあの頃とは違い瑞々しく健康的な張りつやをしていた。

 

「以前より健康的で、若返ったような気さえしますね……」

 

 アインズは鏡を見ながら、そんな感想を洩らした。今なら二十歳とは行かないが、二十代前半位なら通じそうだ。ぶくぶく茶釜もそれには同意を示す。

 

「うん、ちょっとイケメン顔になったって言うか……で、でも調子に乗ってナンパとかしちゃダメだからね。見た目だけで女子にモテたりしないんだからっ」

 

「はは、そんなことする気も起きませんよ」

 

 この世界は何故か皆平均して顔立ちが整っている者が多い。ナザリックのメイド達もかなりレベルが高いが、もし鈴木悟がそのままでこの世界に来たならば、三枚目どころか四枚目、五枚目くらいになってしまうだろう。

 

(見た目の問題以外にも、アルベド達で慣れてきたとはいえ、未だに女子との会話は何を喋れば良いか分からないし……)

 

 イケメン顔だと言って貰えたことに、正直かなりの嬉しさはあるが、この歳まで貫いてきた筋金入りの童貞が、それだけで女性に対して積極的になれるワケがない。彼女の言う通り、調子に乗ったりしたら大火傷する事は想像に固くない。

 

 ふとテーブルに視線をやると、器に盛られたまま手付かずの黄色いものが目に入る。

 

「えっと……食べていいですか?」

 

「あ、うん」

 

 クリスタルを思わせる輝きを放つ透明な器。外側には精巧な模様が彫り込まれており、上質で涼やかな高級感が漂う。そこに収まっている薄色の物体をスプーンでつつくと、プルルンっと揺れる。

 

「これがプディング……初めて見ましたよ」

 

「えへー、これ私が頼んで作って貰ったの♪」

 

 言いながら、彼女もプリンを手に取って器を軽く揺らし、プルンプルンと揺れる様を楽しげに観察している。

 

「へぇ……?」

 

「前にシュナちゃんが作ってくれてね?超美味しかったのよ~」

 

「あー、確か薄桃色の髪をした鬼姫さん。いつの間にそんな仲良くなったんですか……」

 

 やはりアインズとはコミュニケーション能力が違うということだろうか。ライブで一緒に演奏をしたメンバーと、あの短期間ですっかり仲良くなっていたということか。

 

 彼女は迷宮攻略のために修行する傍ら、バンドの練習にも励んでいた。かなりタイトなスケジュールをこなしていたはずだが、その忙しさのなかでも友達を増やしていたようだ。

 

「そういえば……迷宮のあと、皆がお店で打ち上げしに行ってたよね~?」

 

「……ソ、ソンナコトアリマシタネ~」

 

 アインズは冷や汗をだくだくと流しながら、震え声になる。あの時はお咎め無しだったが、今更になってお説教でもされるんだろうか。

 

「まぁ……男の子だもんね……」

 

「あ……ええと、その」

 

 その言葉に余計に恥ずかしさが込み上げる。理解を示していただけているようだが、あえて堂々と触れて欲しくはない話題である。しかし彼女の追い討ちは続く。

 

「モモンガお兄ちゃん、やっぱり大きいのが好きなの?」

 

「ファッ!?いや、そそそ、それは……」

 

 まさかの突っ込んだ質問が飛んできて、アインズは変な声を出し、忙しなく目を泳がせる。

 

(そう言えば、ペロロンチーノさんも、根掘り葉掘り聞かれてたって言ってたな……)

 

 まさかそれが自分にまで向けられるとは思っていなかった。これは思った以上に恥ずかしい。聞いてどうしようというつもりなのだろう。

 

(くっそ、わからんっ!ここでもしも「はい」と答えたら、どうなるんだ?)

 

「べ別に大きいのが良いというわけでは……。大きくても小さくても、それぞれに異なった魅力があるわけですし……大きさはそれほど重要じゃないと思います……よ?」

 

「うーん、そうなんだ……」

 

 彼女は咥えたキャンディーの棒を弄りながら、何かを考え込むように目を瞑る。

 

(もしかして気にしてるのかな……?女性は気にする人が多いって誰か言ってた気がするしなぁ)

 

 ナザリックの女性陣は総じて胸が豊かな女性が多い。アウラのような子供や一部の例外を除けば、大抵は彼女より大きいだろう。

 

(……特にユリとかソリュシャン、アルベド辺りは上位に……違う違う違う!何てことを考えてんだ!)

 

 アインズの脳内で、不意に『ナザリックおっぱいランキング』が繰り広げられそうになるが、そんなことを考えていた事がバレたらただでは済まない。危険な思考を振り払うべく、別の何かに気を逸らそうとプリンを口に運ぶ。

 

(おー、甘い……)

 

 プルンッと、とろけるような柔らかさ。そして滑らかな舌触りと共に濃厚な甘味が口に拡がる。初めて味わうプリンの甘さに、頬が緩んだとき、不意にぶくぶく茶釜の呟きが耳に入ってくる。

 

「ストライクゾーンが広いってことかな……?それとも形や触り心地……?」

 

「んぐっ、ごっほぉ!」

 

「うわっビックリしたぁ。どしたの?」

 

「ゴホッ、ゴホン……んんっ。ビックリしたのはこっちですよ、もう。いきなり何を口走ってるんですか」

 

 折角のプリンで噎せてしまった。聞き間違いでなければ、随分とおかしなフレーズが聞こえた気がするが────。

 

「ん?気にしないで?」

 

(いや、気になるでしょ……)

 

「そ、そうですか……?それより、相談事は他にもありますか?時間も無限というわけではないので、そろそろ本題を……」

 

 アインズは無理矢理に疑問を放り投げ、他にも有るであろう相談を促す。かなり自然に話ができるようになった気がするし、こうして彼女と取り留めなく話を続けるのも悪くはないのだが、それは我が儘というものだろう。

 

「うん。これは相談っていうか頼み事なんだけど。……私ね……!」

 

「……!」

 

 彼女の顔つきが真剣なものになり、アインズも気を引き締めて言葉の続きを待つ。重大な案件ということは雰囲気から察しがつくが、わざわざ人払いまでして、一体何を頼もうと言うのか。

 

「働こうと思うの!」

 

「……え?」

 

 握り拳を胸の前に作って立ち上がるぶくぶく茶釜。その表情は強い決意を感じさせる。

 もっと重くて厄介な案件とか無茶振りをされるかと思っていたが、至極真面な内容だ。社会人として働かずに過ごすことに罪悪感のようなものを覚えたのかもしれない。

 

「なによぅ、私が働くことに()()()()()()反対なの?」

 

「いえいえ、それ自体に反対はしませんが……すぐに賛成もできないですかね。少なくとも安全面やメリット、デメリットを考慮した上でないと」

 

「うっ……」

 

「その様子だと、アルベド辺りに猛反対されたみたいですね」

 

「う、うん……。なんかもう、泣きながら必死に反対されちゃって……ていうか、働いたりしなくていいとか言われちゃった。私、要らない子?」

 

「いや、そうじゃないんですよ。シモベ達は……」

 

 目を潤ませるぶくぶく茶釜に、ナザリックのシモベ達の基本的な考えを説明しつつ、やっぱりなと思う。アインズもそういった事態は予想していた。アルベドは彼女が外に出ることに強い不安を抱いている。

 

 アインズが冒険者になると言い出したときも、アルベドには相当駄々を捏ねられたが、100レベルプレイヤーのアインズでさえそうだったのだ。アルベドでなくとも、プレアデスよりも戦闘能力に劣るであろうぶくぶく茶釜が外界へ赴くとなれば心配するだろう。

 

 それに、彼等の感覚では『至高の御方』が外界で働くというのは受け入れがたい事なのかもしれない。アインズのように情報収集という目的の為のアンダーカバー作りというならまだ納得は出来るかもしれないが。

 

 しかし、ユグドラシルを引退してしまったメンバーが残してくれた子達だ。その気持ちにも理解は示してやりたいが、かといって彼女をいつまでもナザリックに閉じ込めるというわけにもいかない。

 

「強引に反対を押しきる、という事も出来なくはないでしょうけど……俺としては、皆には納得して茶釜さんを送り出して欲しいと思っています。それにはまず、課題を洗い出す必要がありますね。皆がどう考えているのか、どうすれば安心できるか。それを知る必要があります。早速会議を開いて、アルベド達から意見を聞きましょう」

 

「う、うん……!」

 

 アインズは時間をかける方法をあえて選んだ。強引に押し切ろうとしなかったのは、部下達と話し合ってちゃんと納得させたいという事以外にも考えがあってのことだ。

 

 例のミラージュの調査には時間がかかる。アレが正体不明のままである以上、どんな対策を講じても完全に安心はできないのだ。内部でじっくりと説得するのと平行してそちらも進め、外の安全を確保しようという算段である。

 

 こうして守護者たちが召集される事になったのだが、会議が混迷を極め、アインズが早速投げ出したくなったのは言うまでもない。




人間のぶくぶく茶釜さんが外で働くとなると、色々心配や反対はされそうです。それらを説得して解決しようとしたら、かなり時間はかかりそうですね。少なくとも1ヶ月はかかるかなぁと……。
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