異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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#83 夢か現か

「ち、が……ちが……っ!」

 

「見損なったわ! サイテー!」

 

 反論を許さぬ剣幕でそう言い放ったぶくぶく茶釜は、一般メイドの手を引き、足早に出て行く。

 

 去り際に振り向いた彼女は、うっすらと涙を浮かべて言い残した。

 

「信じてたのに……」

 

 バタンっと乱暴な音を立ててドアが閉まる。

 

「そ……そんな………………」

 

 一人、部屋へと残されたアインズが、蹲ったままドアに伸ばしかけた右手を力無く垂れる。彼女の言葉が胸を軋ませる。

 

 いったい、どうしてこうなってしまったのか。

 

 

 

 

 

(あー、疲れた……)

 

 自分の私室へ戻ってきたアインズは声には出さず心の中でため息をつく。肉体的には疲労していないが、精神的疲労は中々のものだ。

 

 原因は守護者達を集めて行った会議。ぶくぶく茶釜が外部に出て働くという事に、最初は全員が難色を示したが、何とか説得の甲斐あって、皆の協力を得られる事になった。だがその道のりは険しいものであった。

 

 まずアルベドとデミウルゴスの智者二人がタッグを組み、あらゆる理屈を捏ねてそのデメリット、主にそのリスクを提示して来たのだ。この二人にタッグを組まれたら、頭脳では勝てる気がしない。

 

 ぶくぶく茶釜とアインズは早速助っ人を呼ぶ事にした。

 

「貴方のお声に即参上!!」

 

(あ痛たたたぁ!)

 

 のっけから思いきり痛いオーバーアクションで登場したのは、パンドラズ・アクター。最近また調子に乗っているように見えるが、それを差し引いても、やはり周囲の視線が冷たい気がする。ぶくぶく茶釜だけは生温い視線だったのは唯一の救いだろうか。

 

 パンドラズアクターを味方に引き入れた事でどうにか議論は成り立ったのだが、アインズの精神疲労の半分くらいはコイツのせいである。無事説得には至ったものの、早々にヤツの敬礼を封印しなければと密かに誓ったのだった。

 

 その後も武力で町を制圧だの、眷属に変えてしまおうだのと、議論はあらぬ方向へ向かいそうになるのを何度も修正し、様々な紆余曲折を経た末、ぶくぶく茶釜がモモンの冒険者チームに仲間として加入する事に決まった。

 

 パンドラズ・アクターの出した意外な提案にやけにアルベド達がアッサリと引き下がった気がするのが少し引っ掛かるのだが、気のせいだろうか。

 

 だがアインズとしても、彼女が目の届くところに居てくれた方が安心できるので(いや)はない。

 

 残る問題は、モモンが既にエ・ランテルではかなり有名になっている、ということだった。

 

 墓地のアンデッド事件をはじめ、強大なアンデッド捕縛や、戦士では討伐不可能と言われたギガントバジリスクの討伐等、数々の依頼を破竹の勢いでこなすチーム〝漆黒〟のリーダーモモン。名乗った覚えはないが、気付けばいつの間にか、周囲にはそんなチーム名で呼ばれるようになっていた。

 

 そんな〝漆黒〟は、あっという間にオリハルコン級にまで出世を果たし、現在は王国三組目のアダマンタイトに最も近いと言われるまでになっている。そこへいきなりレベル差がある人物が加入するのは、元々の知人だと説明したとしても、少々無理がある。

 

 そこで、彼女のパワーレベリングと、武装を鍛冶長に新調してもらう事になった。

 

 アウラの見立てによれば、現時点でぶくぶく茶釜のレベルは20に届くかどうからしい。冒険者なら白金級かミスリル級にも匹敵する。

 

 とはいえ100レベルからすれば、ちょっとしたことでうっかり大怪我を追わせかねない。事故を避けるため「一般メイドと変わらない」と言っておいたのはある意味間違ってはいないのだ。

 

 武装が整うまでは少し時間がかかるだろうし、それまでには多少レベルが上がっていれば儲けもの。あとは伝説級(レジェンド)で武装すれば、十分にオリハルコンの実力に届くだろう。

 

 ニグンとの顔合わせも済ませてある。出会った途端に涙を流しながら祈りのポーズで拝んできたのには流石の彼女も引いていたが。

 

(結局、アレはなんだったんだ……? まぁ、いいか。茶釜さんが言ってた重ね着を試してみるか)

 

 私室のクローゼットから適当に服を見繕おうかと考え始めて、今日の〝至高の御方当番〟である一般メイドの姿が目に留まったアインズは、少し考えてから退室させようとしたのだが────

 

 これこそが事件の始まりである。

 

「んんっ、インクリメント。これから試したいことがあって、服を替えようと思うのだが……」

 

 この世界に転移してからというもの、着替えは全てメイド達のなすがままに任せていた。しかしその時はアンデッドの姿だった。今後は人間姿の時もあるだろう。そうなるとまず喫緊で見えてくる問題がある。

 

(今更だけど、メイドはみんな女子だからな。生身の人間の、しかも男の着替えを手伝わせるなんて、セクハラだよなぁ)

 

 一般メイド達は人造人間(ホムンクルス)。外見だけでなく貞操観も人間と似通っているかもしれないと予測していた。彼女達が骨の体に対しては感じなかった羞恥の感情が沸き起こる可能性も十分にあった。

 

「お召し替えでございますね」

 

 御方のお着替えならばメイドの出番だと、前へ歩み出すインクリメント。

 

 彼女もまた、一般メイドのご多分に漏れず、心持ち嬉しそうな表情を浮かべていた。茶髪のおかっぱ頭で伏し目がちな彼女は、インテリと言うよりも控えめで大人しい文学好き少女といった雰囲気だ。

 

「ではすぐにお召し物を準備致します」

 

「いや待て。それには及ばない」

 

 クローゼットへ向かおうとしたインクリメントをアインズは呼び止めた。

 

「私は自分で着替えるつもりだ」

 

「っ!? わ、私は……不要、でしょうか……?」

 

「あ、いや……」

 

 アインズの言葉にショックを受けたインクリメントは顔を青ざめて震えている。

 

(うわー、早速か……)

 

 アインズは自分の失態に気付き、ため息を吐きたくなった。インクリメントに限らず、皆そうなのだ。

 

 メイドがいるのに自分で何でもやってしまおうとすると、結果的に彼女達の仕事を奪う事になる。メイドの職務は彼女達にとっては生き甲斐であり、自らの存在意義といっても過言ではない。

 

 その仕事をさせてもらえないということは、言外に「お前は不要だ」と、その存在意義を否定されたも同然、ということらしい。

 

 この前なんかドアを自分で開けようとしてドアノブに手を掛けたら、ボロボロと涙を溢すフォスと目が合ってぎょっとした。

 

 不要な存在と看做(みな)されたと勘違いし、絶望を張り付けた表情のフォスを慰めるのに、どれだけ精神を削ったか。正直、これくらいの事でこの世の終わりみたいな顔をするのはやめて欲しいと思わなくもない。

 

 いちいちドアの前に立って開けてもらうのを待つよりも、自分で開けた方が早いし、急いでいるときや忙しいときには煩わしくさえ感じる。しかしメイド長のペストーニャからそれが主人として相応しい振る舞いだと言われれば反論できない。自分でドアを開けてもアインズはアインズだと思うのだが。

 

 いっそリムルのように我儘放題言えれば気が楽かも知れないなと思いつつも、言い出す勇気はなかった。大事な仲間の忘れ形見を無闇に傷付けたくはない。自分が我儘を我慢すればいいだけだ。

 

「あー、インクリメント。今私は人間の姿だぞ? この状態で着替えるという事はつまり……分かる、な?」

 

 人間ということは肉が付いている。当然復活したものもだ。アインズは男の着替えを手伝うということはどういうことか伝えようとした。

 

「……はい。何も問題はございません。お任せください」

 

 アインズの言葉の意味がうまく伝わらなかったのか、一瞬キョトンとしたインクリメントが、クールな表情で返事を返してくる。これに焦ったのはアインズだ。

 

(マズいぞこれは。やる気満々だ。けど露骨にハッキリ言っちゃうのはセクハラっぽいし……)

 

 この期に及んでセクハラを危惧し、はっきりと言葉に出来ないアインズ。

 

「いや……もう一度よく考えてみろ? このまま着替えると……アレだぞ? 本当に大丈夫か?」

 

「えっ……?」

 

 アインズの言葉に、インクリメントは目を泳がせ始め、次第に頬を赤らめた。こうやって誘導してやれば、危険なワードを口にせずとも自ずから気付いてくれるのだ。

 

「インクリメント……無理しなくていいんだからな?」

 

 アインズは畳み掛けようとしたが、インクリメントは何かを決意したように真剣な表情で答えた。

 

「か、覚悟の上です! 何が有ろうとも私は職務を全うしてご覧にいれます!」

 

(えええ!? 何でそうなるんだよっ)

 

「あー」

 

 甘く見ていた。頬を染めながらもやる気を前面に出してくるインクリメントに、アインズは思わず天井を見上げる。見上げたプロ根性である。

 

 そしてそれを了承の合図と受け取ったインクリメントが、ローブに手を掛け────

 

「ちょm」

 

 止める間も無くスルリとローブは脱げ落ち、少し腰を屈めたインクリメントの視線の先に────

 

「…………っ!」

 

 インクリメントは実際に初めて見る……を凝視したままどんどん顔を赤く染め上げていく。

 

「ぬおぉぉっ!?」

 

 一拍置いて悲鳴を上げながら飛び退いたのはアインズ。

 

(みっ、み、見られた! 見られたあああ~! うぉぉ最悪だ! 死ぬ! マジで恥ずか死ぬぅ!)

 

 かつてない羞恥に身悶えしたいところだが、裸で床を転げ回ったりすれば、文字通り恥部をさらけ出してしまう。腰を思いきり引いて両手で覆い隠し、インクリメントを見ると、真っ赤になって硬直したままだった。

 

 放心したように動かないまま、再起動するまでに数秒を要したようだ。ハッと我に返ってアインズと目を合わせ、顔面にボンッと小爆発を起こし。アインズもそれを見て羞恥に耐えられず目を逸らす。

 

 このハズカシルーティーンを数度繰り返したのち、アインズがようやく言葉を紡ぎ出すことに成功する。

 

「インクリメント。パ、パンツだ……パンツをくれ」

 

 俺のパンツを持ってきてくれ。アインズは亀のように防御を固めながら、インクリメントに命じた。

 

「あ……はい…………た、只今……」

 

 インクリメントも漸く思考が正常に再起動したらしく、おずおずと返事を返す。アインズは再び羞恥が沸き上がり、背を向ける。前屈みになりゴソゴソとスカートの後ろ側に手を持っていくインクリメントには気付かないまま。

 

(ああぁ、なんて事だ。どうする? 魔法で記憶を消すか? とりあえず時間停止(タイムストップ)を……いや、ここで時間を止めると気付いた誰かが異常事態だと思って駆け付けて来るかも知れないな)

 

 激しい羞恥と焦燥感、そして罪悪感が胸中に渦巻く中、どう対処したものかと思考を巡らすが、焦る余り考えが纏まらない。ともかく、こんな事故は二度と御免だ。今後は何を差し置いてもパンツ穿くぞと誓った瞬間である。

 

「ア、アインズ様」

 

 少ししてアインズの方へ歩いてくるインクリメント。

 

(まだ考えが纏まりきっていないけど、ひとまず穿くものを穿いて落ち着こう)

 

「どうぞ……」

 

「あ、ああ………………ん?」

 

 インクリメントから、小さく丸められたようなそれを受け取ったアインズは微かな違和感を覚える。柔らかく滑らかな触り心地の、淡い黄色の生地。色はちょっとアレだが、サラリーマンの頃には穿いたことも無いような高級感が漂っている。

 

 リアルの裕福層はこんなのを穿いているんだろうか。そんなことを思いながら、丸まったそれを拡げてみる。

 

(………え、なんだこれ? 女性用か? 心なしか、ちょっと湿っているような……?)

 

 もしかしたら男性用が無いのかとも考えたが、セバス以外にも男性使用人達だって居るのだ。無いハズがない。仮に無かったとしても、アインズはその手の変態ではない。女性用を穿くというのはかなりの抵抗を感じる。というか、いくらなんでもこの面積では()()()()()()

 

 他にはないのかとインクリメントの方を見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。

 

 その表情。すべらかな生地。それから微かに感じる温もり。アインズは事態を察した。

 

「…………うわあっ!?」

 

 思わず叫びながら下着を放り上げ、動揺の余り、勢い余って後ろにゴロンと転がる。

 

「アインズ様!?」

 

 その後の事は気が動転していて、よく思い出せない。急に視界が回転したかと思ったら、アインズは仰向けに床に転がっていて、顔の上にパンツがぱさりと落ちてきた。

 

 そして最悪な事に、ここでぶくぶく茶釜の入場である。彼女はノックもせずいきなり入ってきた。

 

「モンちゃん、どうかし……っ!?」

 

 室内の光景を見て誤解するなという方が無理だ。それでもひきつった笑顔で説明を求めた彼女は、寛大だったのかもしれない。

 

「それ……誰の? ………どっちでもいいから答えて?」

 

 ハイライトが消えた瞳で、抑揚の無い静かな声を響かせるぶくぶく茶釜。それは嵐の前の静けさを思わせ、アインズの背に冷たいものが走る。

 

「わ、私の……穿いていたものです。アインズ様が、パパ、パンツを……ご所望でしたので……」

 

「……!!」

 

 およそ考えうる限り最悪の台詞を、インクリメントの唇が紡ぎ出していた。まるで冤罪の被告人が嵌められる時のような絶望感。

 

(話せばわかる。きっと分かってくれる……)

 

 アインズは勇気を振り絞って弁明を試みる。

 

「ち、が……ちが……っ!」

 

 早く、誤解を解かなければ。でなければ、取り返しがつかない事になる。だというのに何故か、声が、言葉が上手く出てこない。

 

 そして────

 

『イヤらしい……』

 

「う、うわあああああ!?」

 

「ひあ!?」

 

 気付くとアインズはベッドから飛び起きていた。

 

「…………夢……か……」

 

 記憶を辿り、眠る前の行動を思い出す。

 

(そう言えば、会議のあとはベッドに横になってたんだっけ……)

 

 どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。夢で良かったと心から安堵し、視線を巡らすと、今日の御方当番であるインクリメントと、何故かぶくぶく茶釜の姿があった。

 

「……茶釜さん?」

 

 何故ここに? 困惑するアインズ。

 

「えっと……」

 

 何やら気まずそうな表情を張り付けているぶくぶく茶釜。寝ている間に、何かあったのだろうか。そもそも何故彼女がここにいるのかと疑問に思っていると、その理由はすぐにわかった。

 

「なんか……(うな)されてたみたいだったけど、大丈夫?」

 

「急に押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした。私、心配で居ても立ってもいられず……っ」

 

 インクリメントはそう言うと恥ずかしげに、ぶくぶく茶釜に頭を下げた。どうやら魘されるアインズを心配して、しかし誰に相談すべきか分からず彼女を頼ったようだ。リアルの人間の生態に詳しいのはやはり彼女だと考えたのだろう。

 

「何やら心配を掛けてしまったようで、申し訳ない……」

 

「いいえ、アインズ様がご無事で何よりでございます」

 

 アインズが詫びると、涙ぐみながらインクリメントがそう答えた。余程酷い魘され方をしていたのだろう。確かに酷い悪夢だったが。

 

「茶釜さんも、お休み中にすみませんでした」

 

「いいんだけど……モンちゃんて、はっきり寝言言っちゃうタイプなんだね」

 

「え"っ…?」

 

 まさか自分が寝言を言うタイプだったとは。無意識に発した言葉を聞かれていたと思うと、急に恥ずかしくなって来た。まずい事を口走っていないと良いが。

 

「な、何か、変なこと言ってましたか?」

 

 ぶくぶく茶釜とインクリメントが顔を見合せ、インクリメントが何故か急に赤面する。

 

(俺、一体何を口走ったんだ?)

 

「再現するとね……あ、あー。テステス……」

 

 ぶくぶく茶釜がマジックアイテムを弄り、アインズの声に変える。ニヤニヤとし出す彼女を見るに、既に嫌な予感しかないが。

 

「インクリメント。パンツだ、パンt「わあああ!」」

 

 どうやら一番恥ずかしい場面で寝言を洩らしていたらしい。わざわざ声から再現する辺り、彼女も中々に(たち)が悪い。インクリメントはもう耳まで真っ赤だった。

 

「モモンガお兄ちゃんはぁ、夢の中でインクリメントをどんな姿にしてたの?」

 

「い、いやー、どんなでしたかね……は、はは」

 

 鼻に掛かる甘いロリ声で訊ねてくるぶくぶく茶釜。完全におちょくられているのだが、腹を立てる気にはならず、むしろ安堵してしまっている自分がいる。

 

(夢の中のみたいに「見損なった」なんて言われなくて本当に良かった)

 

「まさかしないとは思うけど、現実にやったらセクハラだからね? だけどこのコ、寝言を真に受けて本当に──」

 

「ぶ、ぶくぶく茶釜様、それは御内密にして下さると……!」

 

「あっゴメン!」

 

 インクリメントは恥ずかしさに耐えられず、涙目で顔を覆ったのだった。現実の彼女もおかしな勘違いをしていたらしい。

 

(夢の中で欲しかったのは俺が穿くための男物(トランクス)だったんだけどな……)

 

 今後はもしアインズが寝言を言っていても、無視するようにと伝えた。そして万一セクハラされても拒否するようにぶくぶく茶釜からも言い含められていた。

 

 

 因みに後日インクリメントが『ウ・スゥ異本事件』を引き起こし、結果アインズが愛のお説教を受けるハメになるのだが、それはまた別の話である。




アインズ様オワコンかと思いきや、夢オチでした。

インクリメント…読書家。本を読みながら食事をする癖がある。
ウ・スゥ異本…薄~い本。大図書館にひっそりと置かれている。著:某「メイド服はジャスティス」な人。内容はお察し。後にメイド達によって愛読され、それを知ったアインズ様が休日にのみ借用可とした事で、休暇を嫌がる者が激減する。
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