異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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再び王都です。


#84 戦士長と護衛の少年

 三国の国境近くにあるエ・ランテルから西に伸びる街道を往けばエ・ペスペル、更にそこから北へ向かうと、王都リ・エスティーゼがある。

 

 総人口九百万人とも言われる王国。その首都であるリ・エスティーゼは、土がむき出しで舗装されていない通りが多い。

 

 無骨な古き時代の建物が並び、ノスタルジックな情緒があるが、鮮やかさや活気という点において、帝国には及ばない。それを伝統的な古き良き街並みだと思うか、停滞した、しょぼくれた街並みと思うかは人によって様々だろう。

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは、眉間に刻まれたしわを揉みほぐしながら、夜の帳が下り始めた道を、自宅とは違う方向に歩いていく。

 

 舗装されていない道路は、二日前に降った大雨で未だ泥濘と化しているが、今夜は人に会いに行く予定がある。ただ、事前に約束など取ってはいないため、突然の訪問になるが。

 

 王宮の正装から着替える為、一旦自宅へ戻ろうかと思っていたが、結局その足で向かう事にした。家に戻っている間に、目当ての人物が帰ってしまっては意味がない。だが相手は恐らく堅苦しい空気は好まないはず。ならばとせめてボタンを外しジャケットを脱いだ。

 

(まぁ、これなら然程堅苦しくはない、か……)

 

 自分の服装を見下ろしながら腕を交互に回して、凝ってしまった肩を軽くほぐす。相も変わらず宮廷会議は派閥争いに躍起になる貴族が、いつも通りのおべんちゃらを展開し、ガゼフもいつも通り黙して会議の終わりを待った。

 

(あの中に裏切り者が居るはずなのだが、だとすると相当(つら)の皮が厚いな。陰謀が失敗に終わったというのに、何食わぬ顔で普段通り過ごしているのだからな。全く忌々しい……)

 

 法国と繋がり、ガゼフを辺境へと(おび)きだした内通者は未だ捕らえられていない。逸る思いはあったが、事は慎重を要するため、目立った動きは避けなければならなかった。

 

 王の判断で、相手に気取られないよう水面下で調査を進める事になったのだが、ガゼフに内偵の真似事など出来ない。それに関しては、信用に足る人物を頼るとの事であったが、それが誰なのか、今日に至るまでガゼフにも明かされていない。いずれ時が来れば分かるとだけ言われて、調査が終わるのを待っている状態だった。

 

 敵は間違いなく王国貴族の内部にいる。ガゼフも目星が付いていないわけではないが、それを裏付けるような、動かぬ証拠はなかった。しかし、特権階級にある彼等にガゼフが堂々と探りを入れるわけにもいかない。

 

 そんな事をすれば逆に不敬罪となり、捕らえられるのはガゼフの方だ。戦士長という役職にはあっても、ガゼフは平民に過ぎない。典型的封建国家において、身分の低いものが貴族を捜査する事など出来るはずはなかった。

 

 司法の手が入るだとか、最上位者である王の命令とあらば貴族たちも従う他ないが、ただしそれは確たる証拠に基づいた上である必要がある。如何に王であっても、何の裏付けもなく強権を発動するのは危険であった。王家の力がただでさえ弱まりつつある今日、派閥の溝を更に深くするのは悪手となってしまう。

 

 結局のところ、貴族の中から容疑者を見つけ出すには、じっくりと時間をかけて身辺を調査し、確たる証拠を固めて反論の余地を与えないよう、入念に下準備をしなければならない。ガゼフは剣の腕に覚えはあっても、そういった知識には疎く、また、頼れるツテもなかったため、出番はない。

 

 だが、今も憎むべき売国奴が、何食わぬ顔でのうのうと過ごしている事を思えば、ただ座して待つ気にはなれなかった。それは怠慢であり、王への不忠である。たとえ捜査は出来ないとしても、ガゼフは無為に時間を過ごさぬよう、それまでは何となく避けてきた分野に挑戦を始めた。

 

 例えば書物。簡単な文字の読み書きは出来るが、進んで書物を読んだことはない。自分にはあまり向いていないと理解していたためだ。それでも何かを変えるきっかけになればと書を手に取る。

 

 また、陽光聖典との戦闘や、アインズという人物に助けられたことで、それまでの魔法への無学を恥じ、少しでも知識を得ようと、伝手を探そうともしていた。

 

 本来であれば王国において、戦士が魔法の勉強をするなどと聞けば、笑い草となる。王国は代々勇猛な戦士が評価される一方、魔法詠唱者(マジックキャスター)の地位は低い。

 

 領地運営のために高度な教育を受け、広い知識を習得するはずの貴族の一般教養にさえ、魔法の知識などはカケラ程も含まれてはいないらしい。

 

 それは冒険者組合や建築組合等、他の多くの組合とは違い、魔術師組合が国から補助金を受け取っていない事からも、待遇の差が分かる。魔法職は、国から「胡散臭い根暗集団」程度の認識しか持たれていないのだ。

 

 王国には古くから戦士が勇猛を馳せてきた。親が戦士ならば、その子供も当然戦士を目指す。魔法詠唱者(マジックキャスター)を志す者など、多くはない。

 

 そういった歴史の積み重ねが、現在の王国の、魔法への無理解の風潮を作り上げていた。

 

 そんな王国内で、どうやって魔法の知識を得るか。魔術師組合に足を運べば知識は得られるかも知れないが、戦士長であるガゼフが突然接触を取ろうとすれば、魔術師組合の側は警戒し、嫌がる可能性もある。冷遇してきたくせに今更何のつもりだと。

 

 冒険者組合ならばまだ嫌な顔はされにくい気がするが、あそこには苦手な()()()がいるかもしれない。もし顔を合わせればまた絡まれることは目に見えているので、そこにも出来れば近付きたくない。

 

 どうしたものかと悩んでいたとき、意外な所で繋がりを作れる可能性が見付かった。

 

 黄金の姫様の護衛をしているクライムが、ある冒険者と顔見知りであると知ったのだ。これはガゼフにとって僥倖であった。

 

 それは昨日、早朝に手合わせをしたときのこと。

 

 本来、姫専属の護衛である彼と戦士長の自分が手合せするのはよろしくない。王国最強のガゼフが怪我をしようものなら、貴族派閥には格好の攻撃材料与える事となるだろう。それはクライムも同じだ。クライムが当然のように負けたならば、姫の護衛など務まるはずがないと言って引きずり下ろされるだろう。

 

 互いの立場が負けを許さないのは分かっているので、本当ならばこのような事は避けるべきなのだが、その日は何故か、そんな気になってしまったのだ。

 

 ガゼフはかねてより、彼のひたむきな姿勢と、執念染みた向上心で毎朝他の誰よりも早く訓練所に足を運んでは黙々と鍛練する姿を見てきたのだ。そして才能の壁に幾度となく体当たりしてきたことも。

 

 彼は言葉にはしないが、自分の才能のなさが悔しいとその目が言っていた。自分がもっと強ければ、もっと姫様の役に立てるはずなのに、と。

 

 まるで殉教者のような純粋で熱い思いが、ガゼフには痛々しくさえ思えた。

 

 世の中とは不条理なものだと思う。忠誠心厚い彼が、仕える主人の役に立つことを他の誰より切望する彼が、才に恵まれない故に、必死にもがき、喘ぎ苦しんでいる。

 

 そんなクライムの姿に、最近の自分を重ねてしまったのかもしれないとガゼフは自嘲した。

 

 冒険者でいえば金級に匹敵するであろう実力者のクライムだが、英雄の領域に片足を突っ込み、実力がアダマンタイト級に達しているガゼフから見れば、まだまだヒヨッコだ。

 

 ガゼフは骨折などさせないよう、適度に加減をしながら立ち合ったのだが、そこでクライムが見せたものは称賛に値した。

 

 始めこそ有名人に憧れるような浮わついた表情であったが、一度どついてやると途端に戦士の顔を見せ、誘い込んだ攻撃をドンピシャのタイミングで武技『要塞』を発動して受け止めたうえで、大上段からの一撃を放ってきた。

 

 跳躍も合わせて放たれたそれを、ガゼフは片足立ちの状態で難なく受け止めたが、目を見張るものがあったのは確かだ。

 

 おそらく、得意な技を一つだけ磨き抜いたのだろう。他の剣技とは明らかに練度が違っていた。

 

 一人で素振りばかりしている彼が全て独力で考えたとは思えず、誰かに教わったのかと聞けば、やはりというべきか、ある有名な冒険者の名が出てきた。

 

 その名前を耳にしたガゼフは驚いたが、そういうことかと納得した。彼の冒険者チームのリーダーは貴族位を持ち、黄金の姫様とも親交があった。その護衛を務めるクライムとも当然面識があるはずで、何かの折に触れ、戦闘の心得を聞いたり、手ほどきを受けたとしてもおかしくはない。

 

 クライムは体格に恵まれてはおらず、戦闘の才能も残念ながら感じられない。才能という面だけ見れば、戦士団の部下達や、他の兵士の方が有るかもしれなかった。おそらく同じ量の努力をしたならば、恐らく半数近くはクライム以上の領域に達する事だろう。()()()()()()()()()()()()の話だが。

 

 努力。

 

 その一点に於いて、クライムは異常とも言える程にストイックだ。まだ十代半ば程の若さだというのに、既に彼の肉体は彼の持つポテンシャルの限界近くまで鍛え上げられている。

 

 幼い頃、彼は家どころか名前すら持たない浮浪児で、冷たい雨に打たれたまま死を待つばかりの状態だったらしい。そこへ偶然にも街を散策に出ていたラナー殿下が通りがかり、命を拾われた。その出会いは彼を、姫に全てを捧げる忠義の男に変えたのだ。

 

 だがどこの血の混じっているか分からぬ浮浪児であった彼に、親しく接する兵士は一人もいない。

 

 城内に勤める兵士達は平民だが、皆身元がしっかりしていなければならないため、貴族からの推薦を受けた者しかいない。当然ながら、推薦を受ける以上、派閥争いに巻き込まれて、二つの大派閥で火花を散らし合い、切磋琢磨を余儀なくされているのだが。

 

 しかし、クライムという身元の保証がない存在は、どちらの派閥にとっても敵陣営に渡したくはないが、味方に入れるのも避けたい、扱いに非常に困る存在なのだ。おまけに、麗しい黄金の姫様に気に入られているということで、兵士や貴族からの嫉妬の的となっている。

 

 そんなわけで、孤立してしまったクライムは訓練相手さえ居ない。だがそれでも、訓練で振る剣のひと振りひと振りを大事にし、目の前に敵を想像し考えながら、たった一人で磨き続けたようだ。

 

 その証拠にクライムの剣は、型こそ美しくはないが実戦を想定した、いわば殺人剣になっていた。

 

 型に嵌まることは良いこともあるが悪いこともある。実際の戦場では目まぐるしく戦況が変わり、稽古でやっている通りに剣を振れる場面など殆どない。型通りに行動するということに慣れてしまうと、それに嵌まれば強い反面、突然の変化には弱いという側面があるのだ。

 

 個人の警護という性質からしても、クライムはどちらかといえば型通りの剣より、ありとあらゆる状況に対応出来るように訓練した方が良いだろう。下手に型にはまらないことは、彼を良い方向に成長させてくれるはずだ。

 

 もしあの冒険者達が助言をしてくれているのならば、彼の努力はそういった意味では実を結んでいると言えるかもしれない。強力な味方を得る事に成功しているのだから。

 

 ガゼフは今までの自分、つまり剣を振るう以外に能がないままでは、いつまた窮地に陥ってもとおかしくないと感じていた。誰かの策謀に踊らされ、自分を慕い信じて付いてきてくれる大切な部下を巻き込んで、一緒に死ぬしかないような、そんな窮地に。

 

 否、今度は部下や己だけでなく、王をも護れないかもしれないのだ。

 

 それはあの偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)達に受けた恩を無駄にするという事でもある。王を守るため、部下を守るため、彼らの恩に報いるためにも、今までの自分の有り様を変える何かを欲して、クライムのようにもがかなければならない。

 

 とはいえ、いきなり何か成果が出るということはなく、難しい書物を開いては目の回るような思いをするばかりで、成果は芳しくはないのが実情だった。

 

 もっと早くから積極的にこれらの努力をしていれば、自分の頭も今ごろはもう少しマシになっていたかもしれないと思うが、今更それを言っても仕方がない。僅かばかり知識が増えた所で、何の足しになるのかも分からないが、何もしないよりはマシなはずだ。

 

 そう自分に言い聞かせてはいるが、本当に努力が実を結ぶとは限らず、ただの徒労に終わるのではと不安に思わないでもない。だがそんなことを考えるのが馬鹿馬鹿しく思えるほどに、クライムのひたむきさは眩しく、下を向きそうになるガゼフのモチベーションを維持してくれた。

 

 クライムはガゼフに何度倒されても、その眼には最後まで絶望や悲観の色が灯ることはなかった。本当に見上げた根性だ。並みの兵士なら恐らく心折られていただろうに。

 

(さて、ここだな……。居てくれるといいが)

 

 ガゼフは立派な冒険者宿の前に立ち、建物の外観を見渡す。そこは王都でも指折りの高級宿だ。ここに宿泊出来るのは冒険者の中でも有数の上位者であり、かなりの地位がなければ滞在費を払い続けることは不可能。王都の冒険者にとって、ここに宿泊できるようになることは一種のステータスと言えよう。

 

 壁には曇りないガラス窓が嵌め込まれ、外観にふさわしい内装を容易に想像できる。

 

 また、中庭は稽古が出来るほどに広く、一階は酒場兼食事処となっている。

 

 初めて来るせいもあって、王宮に出入りするガゼフであっても、ここに立ち入るのは少しばかり緊張する。

 

「ふぅ……よし」

 

 ガゼフは一つ息を吐いて呼吸を整えると、ドアを押し開けて中へと入っていった。




原作では心折れたブレイン・アングラウスと出会っている時期のはずですが、会っていないようです。
互いをライバル視していた二人が会う日は来るのでしょうか。

そして次辺りで王国最高位冒険者の一角、〝蒼の薔薇〟が登場するはず……。
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