異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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時系列的にはガゼフが冒険者宿を訪れる少し前のお話です。


#85 黄金の姫と蒼の薔薇

 深夜。

 

 都市部から離れた、静かで自然豊かな村。しかしそこに見られるのは、木の外壁に囲われた敷地。その周囲や壁の内部は、夜も交代で警備が見廻り、数ヶ所の物見櫓まで存在している。領主の邸宅があるわけでも無いのに、そこはまるで要塞のような様相を呈していた。

 

 普通の村では考えられないような、その厳重な警戒体制の理由。それはここで栽培されている作物が〝ライラ〟と呼ばれる毒草であり、〝黒粉〟という名で知られる、王国に蔓延する麻薬の原材料だからだ。もちろん栽培事態が法に触れる行為であることは言うまでもない。

 

 当然ながら、こんな目立つ麻薬栽培施設を領主に隠れて作れるはずはない。自分の領地にこんなものがあって気付かないならば、それはただの無能である。詰まるところ、領主もこの違法栽培に加担していることは自明の理であった。

 

(バ、バカな……っ!)

 

 栽培施設内、地上数メートルの中空に浮かぶ不可視の存在は愕然とし、ワナワナと肩を震わせていた。

 

(たった今だぞッ!? 今の今まで、()()()()()()()()()()()()()じゃないか!)

 

 不可視化を行っているため、周囲で同じく目を丸くしている巡回の男達の目を憚りもせず、豊かに繁っていたはずのその場所を、直にペタペタと触れる。

 

(幻術の類いでもない、か……)

 

 幻術による錯覚かと思い降り立って確認したが、やはり生えている感触は全く感じられない。

 

 つい数秒前まで眼下に広がっていたハズの黒い毒草が、見張り櫓を一瞥した僅かな間に忽然と消えていたのだ。

 

 ガシャンッ、と音がした方を見ると、巡回していた男二人の足下に提燈(らんたん)が落ちていた。

 

 男達も信じられないような表情で、畑だった土の上へと入り込んで来るが、やはり自分達の足跡が付くだけで、何もない。土を鷲掴んで手に取り、やがて指の間からそれが零れる頃には、男が泣き出しそうな情けない表情を浮かべ、顔色は蒼白に染まっていた。

 

 この後自分の辿る末路を想像してしまったのだろう。裏の組織が()()()()()者を生かしておくはずがない。

 

(成る程。コイツらもある意味被害者と言うわけか。重犯罪に加担してきた以上、同情の余地などないがな)

 

 彼らは不可視の存在に気付いている素振りはないが、施設内全体にこの混乱が伝播するのはあっという間だろう。ここには魔法詠唱者(マジックキャスター)が連絡役として詰めて居ることも把握している。伝言(メッセージ)で周辺から応援を呼ばれては、近くに待機している仲間と鉢合わせする危険性があった。その前に、さっさと仲間に合流してこの場を離れた方が賢明だろう。

 

「本音を言えば、もう少し調べたいところだが……」

 

 遂に泣きながら半狂乱で走る男達が向かった先は、堅牢そうな門だ。イチかバチか、施設から逃走を図るつもりなのだろう。この事態のなか、門番が脱出を許可するハズが無いのだが。

 

 不可視の存在は小さく〈飛行(フライ)〉を唱え、来た時と同じように、壁を飛び越えて仲間の元へと急いだ。

 

 

 

 

(うーん……あいつら、ちょっと可哀想になるくらい慌ててるな。まぁ自業自得だから助ける気にはならないけど……)

 

 未だ誰にも存在を気付かれていない俺は、門に駆け込んだ男達を眺める。案の定、二人をボコった門番が無理矢理二人を引き摺って持ち場に連れ戻そうとしたところで、畑を見て口をあんぐりと開けた。

 

 当然だ。突然丸坊主になった畑の惨状を目の当たりにしたのだから。今頃気付くなんてちょっと間抜けだけどな。

 

 今度は三人して泣きそうな顔になっているが、俺の知ったことじゃない。いや、俺がやったんだけどね……。

 

(それにしてもあの子供……何しに来たんだ? 変な仮面で顔隠してたし、見るからに怪しいヤツだな。一応こっちには気付いてなかったみたいだけど……)

 

 さて、麻薬って結構高いイメージだし、結構な高値が付くハズ。早速エクスチェンジボックスに突っ込んでみるか……。いや、その前に、あの子供の後を付けてみようかな。折角良い資金源になるかもしれないのに、他の奴に盗まれたりしたら勿体ないからな。

 

 俺が飛行魔法で子供の後を追いかけ始める頃には、施設内に混乱の渦が巻き起こり始めていたのだった。

 

 

 

 

 

 クライムは今朝ガゼフに初めて稽古をつけてもらった後、普段よりも遅くに主人の部屋を訪れた。激勿論いつも通りの時間に間に合うようにすることも出来たが、ラナーの元を客人が訪れる予定があったのだ。

 

 その相手はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。ラナーにとって唯一といって良い同姓の友人だ。

 

 流石に吟遊詩人(バード)がこぞって詩を贈って来る程の美貌を持つラナーにこそ及ばないが、生命の輝きとでも言おうか、主人とはまた違った凛々しい美しさ持った金髪碧眼の女性で、貴族位を持ちながらも、クライムにも気さくに接してくれる。

 

 そして、齡十九にしてアダマンタイト級冒険者チーム〝蒼の薔薇〟のリーダーを勤める才女だ。

 

 彼女はその類いまれなる才覚をいかんなく発揮し、幾つもの偉業を成してきた。そしていずれは英雄譚(サーガ)として後世にその名を刻むほどの存在になると目されている。クライムの胸中には尊敬の念と同時に、彼女のような自分にも才能があったならばと、分不相応な願望を抱いてしまう。

 

 ラキュースは別にクライムが同席することを嫌がっているわけではない。しかしあえて普段より遅れて来たのは、自分が居ない方が女性同士でしか出来ないであろう会話を、主人であるラナーに楽しんでもらえるのではと思慮したためである。

 

 しかしクライムが到着し、部屋のドアを押し開けようとしたときに聞こえてきた会話内容は、かなり難しそうな政治の話であった。

 

 心優しい王女は、自分のために友人との他愛ない会話に時間を費やすよりも、民の生活を良くする事を優先しているのだ。だからこそ、クライムは少しでも楽しい一時を過ごして欲しいと思うのだが。

 

 二人の会話は、実験で上手くいっていたとしても気候や土が違えば成果も違うとか、見込まれる一時的な収穫減をどう補填するか、などの難しい話が続く。

 

「損益分を無利子で融資すれば────」

 

「それでも目先のリスクに尻込みする領主は多いはず────」

 

「いっそ王家が無償で支給すれば────」

 

「それは貴族派閥が喜ぶでしょうね。最終的には王家の力は弱まり、自分達は利益が増すんだから。とりあえず、王家の領地だけで────」

 

「それは、兄達が────」

 

「あー、あのバ……ラナーのためにお腹の中に知恵を残して────」

 

「あの、母親まで同じというわけではないのだけれど……」

 

 ドアの向こうから漏れ聞こえてくる二人の問答を聞きながら、クライムは入るタイミングを見計らう。端から見れば覗きか盗み聞きでもしているような格好、いやまさにそんな状態だ。

 

 しかし、あの兄君か。クライムは胸に嫌悪感が広がるのを感じた。ここに向かう途中顔を合わせた、彼女の兄に当たる第二王子は、ラナーの事を「化け物」と呼んでいる。

 

 みっともなく弛んだ顔面に拳を叩きつけたい衝動を理性で押さえ付けながら、クライムが理由を訊ねると、王子はラナーを化け物呼ばわりする理由を教えてくれた。

 

 これまでの数々の政策は通らない事も折り込み済みで、全てが演技だというのだ。

 

 貴族とのパイプも持たず、半ば城内に引きこもっている王女が、周囲の貴族たちの行動を自分の思惑通りに操っている。それを化け物と言わずしてなんと呼べば良いのか、と。

 

 だがクライムからすれば、そんな王子の言葉は全く信ずるに値しない。それに彼の狙いはわかっている。クライムの神経を逆撫でして煽ることで、不敬罪に貶めようとしているのだとラナーから聞かされていたのだ。

 

 ラナーは出自も分からぬ自分を拾ってくれたばかりではなく、民を主とした政策を考え提案する、高貴な魂を持つ慈悲深い人物だと信じている。

 

 提案した政策が否決される度に、戻った自室で人知れず流してきたあの涙が嘘であるはずがないのだ。

 

 そんな優しいラナーの口から、血を分けた兄を警戒するような言葉を聞いたとき、クライムは主人のその心中は如何程かと思ったものだ。家族で信頼しあう事が出来ないというのはどれ程悲しいだろうかと。クライムに家族の記憶がないので想像するしかないが、きっと、とても寂しく悲しいことに思えた。

 

「参っちゃうわね、王族内でも跡目争いで対立だなんて……」

 

「いつかお兄様方が手を取り合って下さる、と、期待するのは…………」

 

「無駄ね。自分でも言いながら分かってるでしょ?」

 

「……はぁ」

 

 主人が悲しげに溜め息をつくのが、クライムの耳にも届く。そろそろ部屋に入りたい。しかし、会話が途切れたと思った矢先、再びラキュースが口を開いた。

 

「貴女が王位を継げたら一番国が良くなりそうなのにねぇ……」

 

 耳にした言葉に、内心で強く頷く。ラナー以上にこの国を良くできる人材など居ない。兄二人が力を合わせる以上の恩恵を、ラナーならば王国中にもたらしてくれるに違いない。クライムは密かにそう思ってはいたが、誰が聞いているとも知れないので、口には決して出したことがなかった。

 

 だからこそ、ラキュースの言葉は嬉しかった。主人の友人であり英雄として名を馳せるラキュースも同じ考えだったのだと。

 

「む、無理よそんな……」

 

「そうね、クライムと離ればなれになってしまうものね」

 

「そう、私はただクライムと……あっ」

 

(え……)

 

「ふっふーん? その辺りもっと詳しく聞きたいわねぇ」

 

 少し意地の悪そうな声音で、ラキュースがすかさず問い詰める。クライムは鼓動が急激に跳ね上がったのを自覚する。続きが気になる。だが、このままコソコソと聞き耳を立てているのは、姫の護衛に相応しくないだろう。

 

 クライムは強烈に後ろ髪を引かれる思いをしながらも、鋼の意思で決断し、ガチャリと音を鳴らしてドアノブを捻った。

 

「失礼します! おはようございます、ラナー様。そしてアインドラ様も」

 

「ク、クライム……! お、おはよう」

 

「おはようクライム」

 

 元気良く入室し、溌剌とした挨拶をしたクライムに、ラナーは胸元でギュッっと手を組み合わせ、動揺を隠すように平静を繕った。しかし頬には()()()()と赤みが射している。

 

「聞いてクライム、さっきラナーがね……」

 

「きゃー、ラキュース!」

 

「ふふ、冗談よ」

 

「も、もおぉ~っ」

 

 黄金の姫君は、真っ赤になった顔を覆い隠す。少し彼女にしては珍しい取り乱しぶりだったが、〝黄金〟と称される美貌は崩れることなく、むしろ僅かに潤んだ蒼い瞳がキラキラと陽の光を写し込み、宝石のような輝きを湛えている。あまりの可憐さに、クライムはどうにかなってしまいそうだった。

 

 そして沸き上がる気恥ずかしさに耐えられなくなり、視線を逸らすと、その先には────

 

「うわっ!?」

 

 何者かが壁に背を着けるようにして、膝を抱えて座っていた。黒い独特の装束に身に身を包んだその人物は、頭の高い位置で纏めた金髪を、箒のように斜め上にはね上げている。

 

「だから言ったじゃない、そんなとこに座ってると吃驚(びっくり)されるって」

 

「へい、鬼ボス」

 

 思わず腰の剣に手を掛けたクライムだが、呆れたような調子のラキュースの言葉を聞き、どうやら侵入者の類いではないと判断してその手を離した。

 

「紹介するわね、私と同じ〝蒼の薔薇〟のメンバー、ティナよ」

 

「よろしく」

 

「なるほど、あなたが。お会いできて光栄です!」

 

 感情を感じさせないティナという女性に、クライムが挨拶をした後、ラナーが手ずから紅茶を淹れ直してくれて、四人でテーブルに着く。しかし何故か先程からじっとりとティナの視線を感じる。

 

(身だしなみにおかしなところでもあるのだろうか?)

 

 もしそうであれば、主人に恥をかかせてしまう。思いきって訊ねてみたところ、「大きくなりすぎ」と返ってきた。

 

「……え?」

 

 何が? 全く意味がわからない。目を点にして疑問符を幾つも浮かべたクライムに、ラキュースは曖昧に言葉を濁した。クライムがどうしたのかとラナーがしつこく訊いても、苦笑いを浮かべたまま答えようとはしない。ふと困り顔のラキュースがこちらに顔を向け、別の話題を切り出した。

 

「ねぇクライム、その鎧、気に入ってくれた?」

 

 あからさまにも程がある位に強引な話題逸らしだ。だが客人に恥を描かせるわけにもいかない。クライムは腑に落ちない思いを抱えながらも、あえてその話題に乗ることにした。

 

「ええ、素晴らしい鎧です。ご協力いただき、本当にありがとうございました」

 

 今クライムが着ている純白の全身鎧は、ミスリルをふんだんに────オリハルコンも少しだけ────使い、更には軽量化や無音化等、数々の魔化が施された素晴らしい逸品である。これの製作時にラキュース達〝蒼の薔薇〟が素材のミスリルを無料で提供してくれたのだ。

 

 冒険者でもミスリル級以上でなければ手を出せないような高価な素材をかなりの量、惜し気もなく提供してくれるとは、流石はアダマンタイト級。凄まじい財力である。私財を投じて素材から調達しようとしていたラナーの為という心遣いもにくい。まさに王国の冒険者の鏡だとクライムは強い尊敬の念を抱いた。

 

「私が全部出したかったのに。お小遣いだって貯めてたのに……」

 

「……王女がお小遣いっておかしくない?」

 

 不満げに唇を尖らせたラナーに、ラキュースが苦笑しながら突っ込みを入れ、「クライムはラナーの特別だからね」とついでに揶揄いの言葉を返す。

 

 そんな少しのほほんとした会話のあと、それまでの会話が嘘のようなシリアスな話題が突如として飛び出した。

 

「それで、例の八本指の襲撃なんだけど────」

 

 八本指────土の従属である盗みの神が八本の指を持っていたことに(ちな)んだという犯罪組織で、その規模は王国の裏社会を牛耳り、現在王国には八本指の息のかかっていない犯罪組織は存在しないとまで言われる、王国最大の犯罪組織だ。麻薬、密輸、人身売買、金融、窃盗、暗殺、警備、賭博の八部門があり、それぞれに超巨大なシンジケートを持っている。

 

 ラナーはなんとその八本指撲滅へ向け行動していた。民の生活の安寧を守るため、巨悪とさえ戦う決意を固めていたのだ。

 

 今回、最高位冒険者であるラキュースに、八本指の麻薬部門が管轄する麻薬栽培農園の襲撃を依頼していた、ということらしい。

 

 本来ならば冒険者組合を通さない依頼は規律に違反する行為。冒険者には、人間同士の争いに極力参加しないという不文律があるのだ。ラキュースたちが最高位の冒険者だからといって、その規律を無視して良いわけはない。すぐさま彼女たちの地位が剥奪されるような事にはならないとしても、将来的には不利益を被ることになるかもしれない。

 

 それでも彼女達は依頼を受けてくれた。貴族として王国の現状に思うところがあるとの事だが、それは建前のようにも聞こえた。自らの立場を危ぶめるというのに、友のために引き受けてくれた、ということだろう。思わずクライムは胸が熱くなる。

 

 そこまでであれば、感動的な美談で済んでいたかもしれない。きっと彼女がラナーの元を訪れたのは依頼達成の知らせを持ってきてくれたと思っていたのだが。

 

「その件で、ラナーにちょっと相談があってね……」

 

 ラキュースが浮かない顔を浮かべておずおずと切り出すと、ラナーも察したのか、不安げな表情で訊ねた。

 

「何か問題があったのね? 私で力になれる事であれば良いのだけれど……」

 

 何か悪いことが起きたのではと、ラナーが眉尻を下げて心配げに訊ねる。

 

「ありがとう、そしてごめんなさいラナー。計画は成功しなかったわ。襲撃するつもりだった三ヶ所のうち、一ヶ所しか実行出来なかったの」

 

「……そう、なのね」

 

 十分な成果をあげられなかった事を悔しげに語るラキュースに、ラナーは責めるでも慰めるでもなく、静かに頷いた。

 

 ラキュースが順を追って詳しい顛末を説明していく。調べて判明していた麻薬栽培農園は10箇所。王国内に流通している麻薬の量から考えれば、その倍以上の栽培施設が国内にはあるはずで、わずかでも打撃を与えられればと、そのうちの幾つかを潰す計画だった。

 

 所が、三ヶ所襲撃を試みたうち、予定通りに行ったのは最初の一ヶ所のみ。残りはラキュース達が襲撃を仕掛ける直前になって、想定外の異変が起きたのだと言う。

 

 一ヶ所目の襲撃は問題なく完了した。しかし二ヶ所目の施設に息を潜めて近付き、不可視化した仲間が偵察に行ったところ、急に施設内が騒ぎになり、最初は偵察に気付かれたのかと思ったという。

 

 しかし無事に戻ってきた仲間とその場を離れた後、騒ぎの理由は別にあった事がわかった。

 

 消えたのだ。大量に繁っていたハズの麻薬原料が、影も形もなく。内部を直に見ていた仲間が、ほんの一瞬目を離した間に、文字通り消えたのだという。

 

 唖然とするラナーとクライムの顔を見て、ラキュースが苦笑する。

 

「仲間から聞いたとき、私もあなた達と同じような顔したわ。確かめに行きたかったけれど、既に警備が騒ぎだしていたし、無駄な労力は避けるべきと割り切って次の襲撃場所に向かったのだけど」

 

 そこで彼女達は更なる怪異に見舞われたのだった。

 

「遠目に見た時点で、外壁の辺りに強い毒性の霧のような物が漂っていて、異様な雰囲気を醸していたわ。実際に近付いて外壁の中を確認した仲間の話だと、全ての……そこに存在した全ての生物が……原形を留めないほどに腐敗していたそうよ」

 

「え……っ!」

 

 まるで怪談話が現実になってしまったかのような光景を想像し、ラナーが俄に顔を蒼醒める。クライムも背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

 

「そこには人も……居たのですか?」

 

「少なくとも2、30人は警備が居たはず。数日前に立地を確認したときには異常はなかったのに、昨夜は中の毒草も人も分からない程の状態だった」

 

 ラキュースが顔を顰めている横で、ティナは眉ひとつ動かさないまま、淡々と語る。その無表情さはまるで冷徹な暗殺者を思わせるほど、温度を感じさせないものだった。

 

 壁の内側は既にライラの毒を含んだ腐敗ガスが充満しており、いつ外壁が腐り落ちて周囲にガスが拡散するとも知れず、それ以上近付くのは断念して早々に帰ってきた、という事だった。

 

「何の手掛かりも掴めないまま帰れないと思った私は、内部をもう少し調査しようと提案したんだけど、イビルアイが────偵察に行った仲間が強硬に反対して……」

 

「それで断念して戻ってきたのね」

 

「完全に想定外だったわ。あれがなければ……いいえ、言い訳ね、ご免なさい」

 

 唇を噛みしめ、頭を下げたラキュースの目にはうっすらと涙が光っていた。それを見てクライムも押し黙ってしまう。

 

 かける言葉など見つからない。一護衛に過ぎないクライムが、最高位の冒険者に慰めや励ましの言葉をかけるなど、烏滸がましいにも程がある。そもそもそういった経験が皆無なクライムにとって、女性の涙は最も苦手なものの一つであった。せめて見ないふりをした方が良いだろうか。何か口実を作って席を外そうかと考え始めた時、ティナが唖然とした表情を浮かべているのに気が付いた。

 

「鬼ボスの目にも涙……」

 

「ティナっ!」

 

 顔を真っ赤にしたラキュースが、まさに鬼の形相で隣を睨むと、ティナは「しまった」と言わんばかりに自分の口を手で塞いで見せた。表情が変わらないせいか、その仕草が妙に白々しく見えたが。

 

「んんっ……それで、ここからが相談なんだけど」

 

 少々手荒だが、怒声で沈痛な空気は吹き飛び、凛々しいラキュースが戻ってきた。クライムには到底出来ないようなやり方だ。真似しようとも思わないが。

 

「一旦情報を整理して、今後の方針を練り直す必要があると判断したのね?」

 

「ええ、是非貴女の考えを聞かせて欲しいの」

 

 内容を聞くまでもなく、阿吽の呼吸の如くラキュースの意を汲んだラナー。二人の間も、きっと強い信頼の絆で結ばれている。そうクライムは感じた。

 

「えっと……確か八本指は部門同士、折り合いが良くなかったのよね?」

 

「ええ、元々は別の組織が寄り集まって出来たせいもあって、組織が一枚岩でないという話よ。でも、今回の事を部門間の争いとして片付けてしまうのにはなんだか違和感を覚えるわ」

 

「そうね。そこまでするメリットがあるようには思えないもの。純度の高い麻薬の精製には専門的な技術や設備が必要なはずだから、原材料を入手するだけでは大きな利益は生み出せないはず。販売ルートも麻薬部門が押さえているから、何処かで商品を流した時点で足がついてしまうし」

 

「そう。それじゃあ折角誰がやったのかわからないように盗み出しても意味がないのよ」

 

 クライムは内心で感嘆する。論理的な思考で推理を組み立てていく、ラナーの頭の回転の早さは凄まじいものがある。複雑に絡みあった糸が、瞬く間に解き解されていく爽快さを思わせた。

 

「初めから罠を用意していて、私達が誘導されたのかとも考えたけど……」

 

 犯罪組織内での内輪揉めの可能性を否定し、今度は別の可能性を検討し始める。今回の襲撃を予見し、予め準備した罠に誘い込まれたかもしれない、ということだ。

 

 拠点を幾つも潰されるくらいなら、末端の部下ごと一つの拠点を犠牲にしてでも敵を葬れた方が被害は少ないかも知れない。そうだとしたら、厄介どころの話ではない。

 

 それはつまり、相手は襲撃が蒼の薔薇によるものだと勘づいているかもしれず、始めから狙っていた可能性さえあるということだ。それどころか依頼者であるラナーの事まで既に嗅ぎ付けられていたとしたら。

 

 クライムが一人戦慄しているとラナーがすぐに否定の言葉を口にする。

 

「いいえ、それは多分違うと思うわ。誘導までして周到に準備したにしては、確実性に欠ける気がするの」

 

「確かに……」

 

「だから……八本指でもなく、私達でもない他の誰かが介入していたということなじゃないかしら」

 

「……! 流石ね」

 

 ラナーはあっという間にラキュース達が辿り着いた結論に追い付いた。それをラキュースの言葉の端に感じとり、クライムは驚嘆する。

 

 ラキュースもかなり優秀な頭脳の持ち主だ。でなければチームのリーダーなど務まらないだろうし、高位の神官魔法など習得できるはずもない。

 

 そのラキュースが恐らく仲間内でそれなりに時間をかけて話し合って出した結論に、ものの十数秒で追い付くのだから、ラナーの頭脳はずば抜けて優れているのだろう。

 

 それまで表情を殆んど変えなかったティアが僅かに目を見開いて驚いているのを見て、クライムはその速さが彼女達ですら驚くべき水準なのだと理解する。ラナーにかかれば解けない謎など存在しないのではないのでは。そう思ってしまうのは贔屓が過ぎるだろうか。

 

(しかし、一体誰が……)

 

 二人の推論の通りなら、彼女達以外にも悪の組織と戦う人物がいるということである。そう考えると、なんだかソワソワと浮わついた気持ちが鎌首をもたげてくる。このような場に相応しくないとは思うが、心の片隅で、まだ見ぬ新たな英雄譚の誕生を期待してしまうのだ。

 

 実はクライムの密かな趣味は英雄譚集めであった。有名な書物のお伽噺に限らず、兵士達が話している噂レベルの話からラキュースか達が話す数々の武勇伝まで何にでも興味を持つ。クライムも色々と質問をしてみたいが、自分のつまらない好奇心のために、二人の会話を邪魔するわけにはいかない。

 

 それに英雄話ならば、今朝ガゼフから、仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)一行の話を聞いたばかりだ。

 

 漆黒の全身鎧に身を包んだ女戦士を従える、慈悲深く理知的な魔法詠唱者(マジックキャスター)。クライムもガゼフも魔法に明るい訳ではないため、実力のほどは分からないが、女戦士の方はガゼフをして「多分俺より強い」と言わしめるほどだ。

 

 それが事実かどうかは分からないが、少なくともクライムの目には、ガゼフが冗談を言っているようには見えなかった。周辺国家最強の戦士にそれほどの事を言わせる戦士とは、それを従える魔法詠唱者(マジックキャスター)は一体何者だろうか? 

 

 とある任務の途中で出会い、運良く協力を得られたとのことだが、その人物を語るガゼフの態度からは、クライムが英雄譚を読んでいる時のような、憧れと尊敬の念が感ぜられた。いつかその人物に会う機会に恵まれたならば、是非話を伺ってみたいものだ。

 

(いけない、今はそんなことを考えている場合では……)

 

 とにかく、今はその話は関係ない。下手に口を挟まず、黙って会話の行方を見守るのみだ。

 

「私達も同じ結論には至ったんだけど、一体誰が、どんな目的で、どんな手段を用いてやったのか……皆目見当も着かないわ。私達の見解では、少なくとも単独による犯行じゃないと踏んでいるわ。もしかしたら二つ以上の組織が関与しているんじゃないかしら」

 

「少なくとも、二ヶ所の状況は明らかに違いすぎた。片や麻薬を奪っただけでそれ以外は傷一つつけず、一方では施設丸ごと皆殺し。同一の存在が為したとはとても思えない。人間離れし過ぎているという点では共通してるけど」

 

 ラキュースの推論を引き継いだティナも難しい表情になっていた。たしかにそうだ。話に聞いただけでも、尋常ではない力を持っているだろうことは想像できる。

 

「そ、それは……どれくらい難しい事なのでしょうか?」

 

 人間離れし過ぎているというのは、人類最高峰の存在であるアダマンタイト級冒険者でも困難だという事なのだろうか。仮にそうだとすると、そんな事を可能とする人物、あるいは組織がそうそう居るとも思えないが。

 

 クライムが投げ掛けた質問に、ラキュースは眉間に皺を寄せて目を細める。

 

「うーん……少なくとも、私達だけで同じ事は出来ないわ。特に二ヶ所目は人手が圧倒的に足りない。広大な敷地面積で栽培されているのを刈り取ったりするのはそれだけで重労働だし、運び出そうにも量が多すぎる。だからこそ、私達は襲撃を仕掛けて、麻薬の元となる作物を焼き払うつもりだったの。でも────」

 

「その不可能を実際にやった何者かが居る。周辺に足跡さえも残さず、誰にも目撃されずに全ての作物だけを盗み出した」

 

 三ヶ所目なら似た事は出来ると付け加えたが、施設の人間を皆殺しにするという意味の事を、涼しい表情をして言ってのけるティナはやはり暗殺者の冷徹さを感じさせた。

 

 しかし、そうやって言葉にされると、殺すより盗む方が途方もない難行に思えてきた。少なくとも、厳重な警備の中、途中で誰にも気付かれることなく、数トンを越えるであろう作物を盗み出す方法など、とても思い付かない。

 

 時間でも止めない限り不可能に思えるが、そんな方法があるわけもない。それではまるでお伽噺の世界だ。

 

「例えば、魔法的な手段を使っても無理かしら?」

 

「難しいわね。少なくとも、私もイビルアイもそれを可能とするような魔法は知らないわ」

 

 ラナーの質問に、ラキュースは首を横に振る。蒼の薔薇の中で魔法に長けているのは信仰系魔法が使える神官戦士ラキュースと、魔力系魔法詠唱者の(マジックキャスター)のイビルアイだが、そのどちらも心当たりがないのならば、やはり魔法的手段でもないのか。

 

「そうなのですね……」

 

 アダマンタイト級の冒険者でさえ知らない魔法の使い手が居れば、それだけで相当に名の知れた魔法詠唱者(マジックキャスター)だろう。それこそ〝逸脱者〟と呼ばれる帝国の主席魔法詠唱者(マジックキャスター)のような。しかし現在、王国にそのような存在など────

 

(あ……)

 

 居る。聞いた話でしかないが、それが可能かもしれないと思う人物が。

 

「あの、アインドラ様」

 

「ラキュースでいいって言ってるのに、クライムは堅物さんね。それで、何かしら?」

 

 口を開いたクライムに、ラキュースは親しみを持って応えてくれるが、本来ならば彼女はクライムが口をきくことさえ奇跡のような、人類最高峰の超大物なのだ。軽々しく名前で呼ぶ気になど、とてもなれない。

 

「その、魔法的手段ならば、可能性があるのですね?」

 

「え、ええ……。誰か凄い使い手に心当たりでも?」

 

「はい。あ、いえ、その人物による犯行だと思っているわけではありませんが……」

 

「それでもいいわ。その心当たりを教えてちょうだい」

 

 クライムは今朝ガゼフから聞いたばかりの、旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)一行について、知る限りを話した。

 

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン……聞いたことないわ。ラナーは?」

 

 問われたラナーも首を横に振る。となると、偽名を使っているか、かなり遠方の出身かしらとラキュースが呟きを零す。名前が三つあるということは、貴族位を持っていると思われるが、仮に王国や帝国の貴族だとしたら、貴族位を持つラキュースや、王族のラナーが知らないのはおかしい。

 

 クライムがガゼフから聞いたような力を持っていながら、名を知られていない。ということは、少なくとも周辺国家の出身ではないのだろう。

 

「その人物に、こちらから接触を図ることは出来ないかしら?」

 

「それは危険だわ。もし、今回の件に絡んでいたとして、動機が善意によるものと決まった訳ではないもの。八本指も手を着けていないような遠方の国出身だとしたら、今回盗んだものを自国で売るつもりかもしれないし」

 

 ラナーは強力な味方を得られる可能性を期待しているようだが、ラキュースはゴウンという謎多い人物に対して慎重で懐疑的だった。ガゼフから聞いた限りではそのような人物ではないとクライムは思うが、情報が豊富にない現状、ラキュースの懸念を否定できるほどの材料がないのも確かだ。

 

 戦士長に手を貸したのも、もしかしたら自分達が悪事を働く前に恩を売っておけば、疑いの目が向けられにくいと考えたからかもしれない。貴族ならば巧妙に本音を隠して協力的な態度を装う事も可能だろう。

 

「それでも……もしラキュースが考えた通りだったとしても、八本指に打撃を与えられるのなら……。見返り次第では王国に蔓延る犯罪組織の打倒に力を貸して貰えないかしら?」

 

「うーん……そう、かも知れないわね。確かに、味方が一人でも多ければ助かるわ。戦士長の話した通りの実力者なら尚更ね。でも、信用出来る相手かは、実際に会って話してみないとわからないわ。いずれにせよ、まずは戦士長が赴いたという辺境地域の特定を────」

 

「それなら大体予想がついているの」

 

「えっ?」

 

「トブの大森林付近の開拓村だと思うわ。帝国兵が辺境の開拓村を次々に荒らして回っていたそうで、戦士長様はお父様の命でその討伐に赴かれたようなの。帝国が絡んでいるなら、国境からからはそう遠くはないはずでしょう? だから、エ・ランテル付近からトブの大森林にかかる辺りだと思ってるの」

 

 何処に居るかも分からない人物を探すため、まずは地道な情報収集になるかと思われた矢先、ラナーのお陰でそれはあっという間に解決してしまった。ラキュースとティナも唖然としている。

 

 戦士長の任務内容など、クライムも知らなかった国家の機密が含まれているような気もするが、彼女達ならば漏洩の心配はないと思い、目を瞑る事にする。

 

「そういうことなら、まずは城塞都市エ・ランテルに行ってみるわね。そこで襲われたという村の詳しい状況や、例の人物についても情報がないか探ってみる」

 

「ええ、お願いね。でも、まだ敵とも味方と決まったわけではないのだから、接触を図るときは慎重に、相手を刺激しないようにね?」

 

「ええ、勿論! 無闇に敵を作るつもりはないわ」

 

 心配げな表情のラナーに、ラキュースは力強く頷いた。彼女とて貴族の生まれだ。腹芸も出来ないわけではないだろう。例え相手が善良な人物でなくとも、徒に敵に回すような真似はしないはずだ。

 

「うーん、すぐにでも動き出したいところだけど、他部門にも動きがないか気になるのよね……」

 

 もう一つのアダマンタイト級冒険者チーム〝朱の雫〟も、遠方での依頼のため王都を離れている。彼女達までもが王都を離れることで、不測の事態に対処出来るか不安はあった。今回の〝蒼の薔薇〟の襲撃によって、王都で八本指に急な動きがないとも限らない。

 

 予定通りであれば、襲撃時に他の生産拠点の情報を吐かせて掴むハズであったが、それも出来なかった。一ヶ所目では捜索だけしたが何も見つからず、二ヶ所目以降で少し時間をかけて尋問するつもりだったのだが。

 

「そうね、時期は少し様子を見てから検討した方がいいかも……」

 

「わかったわ。……クライム、私はもう少しラナーと話をしていくから、メンバーに伝言を頼みたいのだけど」

 

「それくらいの事なら、お安いご用です」

 

 二つ返事で了承したクライムは、王都の冒険者宿へと赴く事になった。

 

 

 

 

 ラキュース達も帰ったあと、ラナーは自室で冷めてしまった紅茶を飲み干し、まるで先程までのコロコロと変わる表情が嘘であったかのように、無表情になる。

 

「……ここからは慎重に進める必要があるわ」

 

 戦士長が赴いた先で暗殺される筈だったことも、そこにスレイン法国が絡んでいることもラナーは知っていた。メイドとの些細な会話や噂程度の玉石混淆かつ限定された情報からでも、確かな情報を掴み取り、足りない部分を考察し推測し、真実を導き出すだけの知力を備えている。

 

 思考という分野において、この世界の人間で彼女の右に出るものはいなかった。記憶、洞察、発想など、「考える」という事に関するありとあらゆる能力がずば抜けている。それはもはや天才などという陳腐な言葉では足りぬほどだ。

 

 しかしそんな彼女にも不得意な事はあった。それは愚者の思考。自分でも容易く導き出せる理屈を、周囲の誰一人理解できないのだ。

 

 彼女の発想は、常人が考えるより遥か先を行きすぎていたのだ。天才が出した結論をいきなり聞いても、常人にはまるで理解できないのと同じだ。時間をかけ、順序立ててじっくりと講義されたとして、やっと理解できる者は精々が一握り居る程度だろう。それを理解したのは割と大きくなってからだった。

 

 それゆえに、具体的な理論をすっ飛ばして結論を言い続ける幼い頃のラナーは、気味の悪いことを言う子供として奇異の目を向けられる事が多かった。

 

 勿論、見た目は可愛らしいので、かわいいものを見るような目で見られることもあったし、家族からはそれなりの愛情を向けられてもいた。

 

 しかし、周囲の誰も自分の考えを理解できないという事実は、幼い彼女の精神を蝕んだ。天才過ぎるゆえに、彼女は孤独だった。

 

 一時は食事を何度も嘔吐し、もう長くはないかもしれないと周囲が理解する程に痩せ細り、衰弱していた。しかしそれは、ある日を境に持ち直した。そして次第に花が綻ぶような美しい笑顔を見せるまでになったのだ。

 

 天才過ぎる黄金の姫ラナーは、ガゼフが法国の罠に陥れられ帰らぬであろう事も把握していた。ただ、全くと言って良いほど権力を持たぬ彼女には止める術がなかったし、彼女にとってガゼフが殺される事は然程重要なことではなかったため、胸を痛める事もなかった。

 

 ラナーの興味はただ一人の男にだけ向いているのだから。

 

「期待、してしまうわね……」

 

 ラナーはまだ誰にも見せたことのないような、切なげな表情を浮かべた。もしかしたら夢が叶うかもしれない。そう直感したためだ。

 

 初めてラナーの予想を大きく裏切った戦士長の帰還。少なくともラナーの予測では、戦士長だけでなく、戦士団も半数近くが帰還しないままだという情報が耳に届く筈であった。しかし結果は全くの想定外、全員無傷で無事に帰還という報せだ。

 

 これは間違いなく、ラナーも予想だにしなかった何かが関与している。それは先程の話題にも出ていた、〝アインズ・ウール・ゴウン〟なる人物であることは間違いない。

 

 戦士長は宮廷では取り立てて彼を讃えるような言葉を口にしなかったようだ。しかし先程のクライムの話によれば、戦士長は彼の人物に並々ならぬ敬意を払っている事がわかる。

 

 つまり、戦士長は彼の人物の情報を隠そうとしている。

 

(戦士長様の考えは、欲深な貴族に目をつけられる事を危惧しての事。興味を持って接触を図ろうとする者が現れる事自体、避けたいのだわ。それに────)

 

 恐らく相手からも口止めされている。でなければガゼフの性格上、助力してくれた相手に報奨を渡すなどの進言をしたはずだ。

 

(権力者に恩を売るのではなく、情報を隠して関わりを避ける事を選んだのね。その理由は? 単純に権威を嫌っている? 王国と関係を持つ価値を見出だしていない?)

 

 相手は少なくとも戦士長と、それを倒せるだけの法国の戦力を同時に相手取れるだけの強大な武力を保有している。

 

 それほどの魔法詠唱者(マジックキャスター)ならば、ラナーの夢も叶える力があるかもしれない。

 

 だが、王国は権力の腐敗が進んでいる。それを嫌って接触を嫌がっているとしたら、それは国にとっても、ラナーにとっても良い状況とは言えないだろう。

 

(いいえ、もっと違う何か……極力、人の目に触れたくないのだわ。恐らくは何らかの事情があって表立った行動を控えている、というところね。警戒する相手の目を逃れるため、とか)

 

 考え難い事だが、超級とも言える存在が警戒すべき相手が居るということだ。恐らく戦士長に協力したのも、そうせざるを得なかった事情があるか、或いは何らかの狙いがあって、例外的にそうしたと考えた方が納得できる。

 

(いずれにしても、現時点ならまだ取り返しがつくわ。王国に価値がなくても、私の頭脳を売り込んで、価値を見出だして貰えれば……)

 

 夢のためならば、国を売り渡しても構わない。政治の事も、民の事も本当は全く興味がない。彼女が唯一執着できるのは、人間だと認められるのはクライムだけだ。だから彼が望むであろう「理想のお姫様」を演じているに過ぎないのだ。

 

 周囲の、人間の姿をした()()()は、誰も彼もが愚かに自分勝手に行動をしている。しかし彼女には権力がないため、いくら頭脳が優れていても、王女であるラナーは政略結婚の道具程度にしか捉えられていない。

 

 そんなナニカに従ってクライムと引き離され、知りもしない相手と結婚させられ、子を儲けるなど耐えられない。

 

 しかしながら、無理矢理駆け落ちをしてもすぐに追っ手がかかり、望む安寧など得られないだろう。

 

 だからこそ、誰かがこの詰んだ状況を打破してくれるのを待ち望んでいるのだ。例えその相手が悪魔であっても、全王国民が滅ぶことになっても、願いが叶うならば彼女は喜んで全てを売り渡す。クライムさえ居れば良いのだ。

 

(……あえて触れなかったけれど、()()()()気になる人物が居るわね……。人と言って良いのかわからないけれど)

 

 実のところ、件のアインズ・ウール・ゴウンが警戒する相手にも心当たりがある。十中八九、御伽噺にも殆んど出てこないにもかかわらず人気だけはある、あの人物だ。

 

 仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)イビルアイの正体をも正確に見抜いているラナーにとっては、その伝説上の人物が実在したかどうかさえ、読み解く事は容易い。

 

(どちらかの協力を得られれば良いのだけど。今から少し緊張してしまうわね。夢が叶うかどうかを大きく左右するんだもの……)

 

 期待と同時に不安もある。接触することができても、協力を得る事が出来なければ、意味がないのだから。自力で願いを叶えることは不可能だと理解している。だからこそ、それを実現する力を貸してくれる相手が必要だった。今ならば、色々と便利に動いてくれる〝蒼の薔薇〟でさえ捨て駒に出来る。

 

 近いうちに出会うであろうその相手に、自分をどう売り出すべきか、ラナーは人間離れした速度で思考を続ける。

 

(ふふ、私だけのクライム。二人きりの世界で永遠に睦み合いましょうね……)

 

 その為ならば、相手が誰であっても、きっと上手くやって見せる。そう決意するラナーだが、彼女の願いがそのまま叶う事はない。何故なら────




久々にチラッとあの人が登場しましたが、暫くはあまり目立った活躍はしないと思います。ほのぼの会で査定とかは描きたいですが。

オーバーロードの原作とは同じようでどこか違う流れになり始めています。今のところは登場人物のイメージを描きつつ、ゆっくり進めていきます。

ラナーの性格は書籍だとヤンデレまっしぐらでしたが、人間味を少しは持って欲しいと思っています。
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