異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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クライムが冒険者宿に行き、あの人に会います。


#86 伝説の冒険者と黒い紳士

 そこは王都でも有数の高級宿で、一階は酒場兼食事処となっており、そこには様々な格好をした者が食事をしている。そのほぼ全員が上位の冒険者。席の数に対して座っている人数は少ないが、王都で最精鋭の冒険者ともなれば、数が少ないのも仕方がないことだ。

 

 そんな並み居る猛者が座る食事席の一番奥、窓際の丸テーブルの席には、金色の髪を刈り込んだ体格の良い女と、子供のように小さな背丈の、黒いローブの上に真っ赤な外套を纏った者が向かい合って座って居た。

 

 ローブを纏う人物の顔は見えない。それは単純に光の加減ではなく、顔を覆い隠す仮面を着けているせいだ。

 

 周囲はその二人を意識はしているが、直接視線を投げ掛けることはできない。チラリチラリと遠慮がちに、窺うような視線を向けるのが精一杯だ。

 

 何故なら彼女達は生ける伝説、アダマンタイト級冒険者チームの一員だからだ。

 

 ラキュースから伝言を頼み承けたクライムは、目当ての人物を探す。そしてすぐにその姿を見つけると、内心の緊張を押し隠しながら歩みを進めた。

 

(今日は大声で呼ばれる前に近付いて……)

 

 すると、視線の先にいた女が振り返り、手を振ってハスキーな大声を上げる。

 

「おーい、童貞!!」

 

(ぐは…っ!)

 

 瞬間、周囲の視線が女の振り向いた先────クライムに集まるが、その視線はすぐに、興味を失ったように離れていく。未だ純潔である事を大声で暴露されたクライムを揶揄するような空気は全くない。

 

 周囲に居るのは皆クライムを容易く捩じ伏せる事が出来るような実力者ばかりだ。しかしそんな手練れである彼らも、声の主である女性の元を訪れたクライムにちょっかいをかけることは、蛮勇でしかないと知っている。

 

 あるとすれば、公衆の面前で恥ずかしい暴露をされたことへの、微かな同情である。

 

 クライムは内心では羞恥に悶え、涙に頬を濡らす思いをしつつも、表情を変えることなく歩みを進める。

 

 何度言っても、その呼び方を変えてはくれない。ヘタに取り乱すと余計に弄られる事になるので、気にしないふりをするのが一番なのだ。クライムは岩石のような立派な体躯を誇る大女に応えた。

 

「ガガーラン様!」

 

「…………あん?」

 

 クライムの呼び掛けに、ガガーランと呼ばれた女────暗がりで見たら巨大な岩の塊と見間違えてしまいそうなガッチガチの筋肉に包まれた戦士────は、憮然とした表情を浮かべている。

 

「しっ失礼しました、ガガーラン()()

 

「おう」

 

 彼女は「様」付けで呼ばれることを嫌がっている。クライムにとって彼女は雲の上の立場であり、()()()()()憧れの存在でもあるので、様を付けて呼びたいところだが、本人がそれを嫌うのだ。

 

 とは言え、胃が痛い思いをするのには実のところ慣れてはいる。姫様も中々にクライムの胃を苛めてくれるわがままぶりであった。「私とクライムの仲なのですから、部屋に入るのにドアをノックしなくて良いですよ」とか、「一緒に紅茶を飲みましょう」と同じ席に座らせる等の、かわらしいワガママではあるが。

 

 護衛が同じ席について茶を飲むだとか、ノックもなしに部屋に入るなど、王族に対し無礼極まりない行為だ。容赦して欲しいと説得はするのだが、涙まで持ち出されてはそれ以上抵抗不可能である。そうして結局胃が痛む思いをしながら、受け入れるのはクライムだ。

 

 ただ、部屋に他の王族が居るときや、夜遅い時間には、ノックしても良い事になっている。以前、夜遅くにノックせずドアを開け、薄絹一枚のラナーと対面してしまった。今もその美しい肢体が目に焼き付いてしまい、時折一人で悶絶しそうになるが、その事故のせいもあって、一応の譲歩を得られたという形だ。

 

「それでどうした? 今日こそは俺に抱かれに来たか?」

 

「いえ、違います」

 

 一人称が「俺」のガガーランは、挨拶代わりとばかりに冗談のようなノリで聞いてくる。それに対し、クライムは間髪入れず否定の言葉を返した。

 

「なぁんだ、そうか。ま、気が変わったら言えよ? 俺はいつでも歓迎するぜ」

 

「……そんな気にはならないかと」

 

「はぁ~、大事な女とヤる前に練習しとけって。いざというときに上手く出来ませんでした、じゃあ格好つかねぇだろ。そんなんじゃいつまで経っても童貞だぞ?」

 

 割とはっきり断られたガガーランだが、それを気にする様子もなく、子の将来を心配する親のような態度だ。そこには彼女の個人的な趣味も混じってはいる。

 

 彼女はいわゆる「初物食い」が好きな事で有名であり、本人も憚ることなくそう公言している。もし冗談でもクライムが首を縦に動かしていたならば、即座に部屋へと連れ込まれ、ベッドの上で組み敷かれていたことだろう。圧倒的な膂力により、クライムが抵抗する間も無く。

 

 とはいえ、ガガーランは面倒見が良く世話焼きな人柄なのは間違いない。経験不足が仇にならぬよう、練習相手になってやろうという親切心も偽りではないのだ。多分。

 

「おい筋肉、少しは恥じらいという言葉を覚えたらどうだ」

 

 小柄な仮面の人物が、ガガーランの明け透けな態度を窘める。だが、当の本人はというと────

 

「…………」

 

「……聞いてるのか? おい脳筋」

 

「………………」

 

 仮面の女性の言葉が聞こえているのかいないのか、ガガーランは反応を示さない。

 

「はぁ……おい、ガガーラン! 話を────」

 

「まぁいいじゃねぇか。この俺が童貞を貰ってやるってんだから、悪い話じゃないだろう?」

 

 名前を呼ばれた途端、ガガーランは再び歯を見せて笑った。

 

 謎多し、可憐なる戦士────と本人は自称するが、筋肉の塊のような逞しい体躯のガガーランは、首周りの太さだけでも、クライムの太腿以上のそれである。性別に疑問符が付くほどの逞しさの一体どの辺りに可憐さがあるのかと内心クライムは首を傾げたくなる。

 

 実際そう思っていても、ガガーランに対しは偽りなく尊敬の念を抱いている。ただし、あくまでも戦士としてだ。クライムはここで思ったことを表に出すほど命知らずではないし、戦いかたの助言をくれる恩人に対し、失礼な態度を取る恩知らずでもない。黙って内心を隠し、ポーカーフェイスを貫いた。

 

「……ふん」

 

 呆れて毒気を抜かれたのか、仮面の人物は小さく鼻を鳴らして腕を組み、再び黙り込んだ。

 

(それにしても……)

 

 魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)イビルアイ。彼女の声を聞くのは何度目かになるが、その度に不思議な声だと思う。かろうじて女性だと判断出来るものの、老女とも少女ともつかない、くぐもった響きであった。

 

 それは仮面越しに話しているから、というわけでは多分ない。恐らくは仮面がマジックアイテムである事に由来するものだ。声を隠したがる理由まではよく分からないが。

 

 額の部分に赤い宝石が嵌め込まれた白い仮面には、目の高さに細い亀裂があるだけで、その下の素顔どころか、視線をどこに向けているのかさえクライムには窺い知れない。フランクで頼り甲斐のある姉御肌なガガーランとは違い、気難しそうな静かな怖さのある彼女に、クライムはかなり緊張していた。

 

「で? 抱かれに来たんじゃねぇってんなら、他に用があって来たんだろ?」

 

「ああっ、そうでした!」

 

 ガガーランに問いかけられ、此処に来た目的を思い出す。

 

「アインドラ様からのご伝言です。『王都で情報収集するため二人は数日待機。ただし、急に都外へ出立する可能性もあるで、いつでも動き出せるよう準備は調えておくよう』とのことです」

 

「はいよ。伝令ご苦労さん」

 

「…………」

 

 ガガーランは軽いウインクとともに労いの言葉を返してくれるが、何か気がかりな事でもあるのか、イビルアイは黙ったまま何か考え込む様子を見せた。

 

「あの、イビルアイ様……?」

 

「どうした、黙り込んで?」

 

 クライムの窺うような呼び掛けにも応じず、ガガーランが今度は仮面の顔を覗き込もうとする。

 

「む……? いや……何でもない。小僧、態々ご苦労だったな」

 

「いえ、お役に立てるのであれば幸いです……」

 

(やはり、昨夜の異変について、何かご存知なのだろうか? アインドラ様のお話では、イビルアイ様の様子は尋常ではなかったということだが……)

 

「イビルアイよぉ、帰ってきてからおかしいぜ? 何かあるなら言えって」

 

「……いや、大丈夫だ。本当に何でもない。気にするな」

 

 そう言って手をヒラヒラと振るイビルアイだが、クライムの目から見ても平静ではないように見えた。

 

「ふぅーん? まぁ、そう言うならこれ以上突っ込んで聞かねぇけど……。それで童貞、俺の教えた技はどうだ? 会得したか?」

 

「あっ、ええ、実は今朝、ストロノーフ様に稽古を付けていただける幸運に恵まれまして、そこであの大上段の一撃を誉めていただけました」

 

 やっぱり童貞呼びを止めてはくれないが、気にしたら敗けだ。全く動じない態度を装いつつ、ガゼフに誉めてもらえた事を話す。

 

「おお、そうか。だけど、そこで満足するなよ?」

 

「はい、満足することなく、精進していく所存です!」

 

 誉められはしたが、決して通じるというわけではなかった。稽古だということを失念してしまい、まさに渾身の一撃を放ったのだが、片足立ちという不安定な体勢でさえ、完璧に受け止められてしまったのだ。

 

 相手が悪いと言えばそれまでだが、ここで満足などする気は毛頭ない。ギアを上げたガゼフにはコテンパンにやられたが、言い換えればそれはある程度実力を認められたということだ。お陰で更にやる気が漲っていた。決して今までの努力は無駄ではなかったと確かめることができたのだから。

 

「おぅ、その意気だ。それを受けられる前提で、幾つか連続技を覚えるといい。パターンってのは覚えられるとそれまでだが、初見には大抵通用する。絶対受けきれねぇような取って置きのを作んな!」

 

「……! ストロノーフ様も同じことを仰っていました」

 

 やはり一流の戦士、通じ合うものがあるのだろうか。二人ともが同じことを助言してくれる。

 

 ガガーランも言うように、パターンには弱味がある。本当ならば状況に応じて適切な技や行動を選択して戦うものだ。クライムにはそれが出来ないから、連続技で攻め立てて、出来るだけ主導権を握れという事だろう。

 

 これは暗に戦闘センスがないと言われているわけだが、クライムもそれは十分に理解している。才能がないならば、それに変わる努力でどうにかやりくりするしかないのだ。

 

「そういや、イビルアイにも何か頼んでなかったか?」

 

「あー、魔法の件だったな……」

 

「は、はい!」

 

 クライムは魔法に興味があった。興味とはいっても、とりわけ好きというわけではない。自分が僅かでも強くなれる可能性を求めているだけだ。

 

 剣の実力はどうしても体格に左右される部分がある。同レベルの技量であれば体格に勝る方が有利になるのは自明の理。極々平凡といって良いクライムは、体格に恵まれていない事も、剣の才能がない事も自覚している。

 

 ならば、魔法はどうだろうか。

 

 目の前に佇む仮面の女性は、子供のように小さな体でもアダマンタイト級という地位にまで登り詰めた偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。魔法が体格には左右されないということを、彼女の存在が証明している。

 

 もしクライムが少しでも魔法を使えたなら、少しは戦士としての肉体の差を埋められるかも知れないと考えたのだ。

 

「お前に才はない。別の努力をするんだな」

 

「っ……!」

 

 仮面の女性に容赦なく切って捨てられる。自分でも才能が有るなどとは思っていなかったが、こうもはっきり言われてしまうと、ショックだった。

 

「よぅし、傷心の童貞を俺が部屋で慰めてやろう」

 

「『よぅし』じゃない! 私の話はまだ終わっていないぞ」

 

 横からクライムの肩を抱いたガガーランに、イビルアイが苛立ったような態度を見せると、ガガーランも肩を竦めて悪ふざけをやめる。

 

 二人の体格差は大人と子供程に違う。しかし、二人は対等だ。いや、むしろ小さなイビルアイの方が格上であるかのような尊大な態度である。

 

「小僧。繰り返しになるが、お前に魔法の才能はない。分を弁えろ」

 

「は……はい……」

 

 自分には才能がない。超一流の魔法詠唱者(マジックキャスター)である彼女がそう言うのだから、実際その通りなのだろう。しかし、だからといってはいそうですかと簡単に引き下がれはしない。

 

「諦めがつかないという顔だな。愚かなことだ。才覚を持つ者は生まれながらに持っている。例えばガゼフ・ストロノーフ。そして十三英雄のリーダーのようにな」

 

 十三英雄。クライムも知っている。おとぎ話に登場する英雄達のリーダーだったという人物。彼は最初、登場する英雄の中で一番弱かった。しかし傷つきながら戦いのなかで成長し、他の誰より強くなっていったという。クライムも彼には強い憧れがあった。

 

「あれは磨かれていなかっただけで、伸び代を元々備えていた。誰でも努力すれば同じように英雄になれるわけではない。お前がいくら鍛練をしても、ガゼフ・ストロノーフの強さには至れないのと同じだ。お前もそれくらいはわかるだろう?」

 

「はい……」

 

 横で聞いていたガガーランが、もの言いたそうな顔をする。容赦のないイビルアイの言葉に、流石に言い過ぎだと思ったのだろう。

 

「しかし、だ……。たとえ自分で魔法を行使出来なくとも、魔法の知識を付ければ魔法詠唱者(マジックキャスター)を相手取るには役立つだろう。相手の手の内が分かれば、その対策も考え付く。お前は向かない魔法の習得に無駄な時間を費やすより、そういう立ち回りを覚えろ」

 

「イビルアイ様……!」

 

 クライムは驚いた。彼女の先程までの態度から、まさか助言をして貰えるなどとは期待していなかった。

 

「まずはよく使われる魔法から知識を付けろ。才が無いならば、せめて努力の方向を間違えるな、ということだ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 クライムは拙速な自分を恥じた。目の前の人物は決して、諦めさせようと突き放しているわけではなかったのだ。むしろ道を誤らぬようにと気にかけてくれていたのだ。

 

「なぁんでぇ、冷たいこと言っておきながら、結局童貞の事を心配してるんじゃねぇか」

 

「う? いや、べ別に心配など……していない」

 

「いーや、してたね。素直じゃねぇな、おチビさんはよぉ!」

 

「ぐっ!? この馬鹿力め……」

 

 ガガーランにバシッと背中を叩かれ、イビルアイの小さな体がほんの一瞬宙に浮く。あれを食らったら自分ならば飛んでいきそうだと思いながら、先程のイビルアイの態度を見たクライムはほっこりした気持ちになった。顔を背けた小さな英雄の仕草は、まるで少女が照れてはにかんでいるかのように見えてしまったからだ。

 

「そ、そういえば! ……王国に三番目のアダマンタイト級冒険者が生まれたらしいぞ?」

 

「お、マジかよ!? ビッグニュースじゃねぇか。一体どんなやつらだ?」

 

 明らかに話題を変えようとしたとしか思えないタイミングだが、ガガーランは話題に乗った。彼女は仲間思いで情にアツいのだ。

 

 クライムも思いがけず新しい英雄譚を聞けると、耳を大きくして待った。

 

 

 

 

 

 二人と別れて冒険者宿を後にしたクライムは、興奮冷め遣らぬ様子で城へと向かっていた。イビルアイが語った王国三番目のアダマンタイト級冒険者の話に、胸が躍るような興奮を覚えた為だ。

 

 漆黒の全身鎧に身を包み、素顔は未だ謎のままという戦士モモンと、若くして第三位階に達した美しき魔法詠唱者(マジックキャスター)ナーベ、そして最近新たにミクルという少女と大冒険家を自称する美女ソーイを加えた四人組チームだ。

 

 人数こそ多くはないが、その実力は王国に於いて最速の昇進記録を叩き出し、一挙にアダマンタイト級にまで駆け上がった程だ。クライムは特にモモンという戦士の打ち立てた実績を聞いて興奮を禁じ得なかった。

 

 しかし、チーム最年少の女性メンバー、ミクルという少女は十代半ばかそれより若く見えるくらいだという。

 

 クライムは初め、流石にそれは誤情報ではないかと疑った。クライムと同じかそれより若い少女が、生きる伝説とまで言われるアダマンタイト級冒険者だなどと、誰が信じられよう。

 

 しかし、紛れもなくその少女もアダマンタイトに相応しい実力者だった事が分かる。それまで数々の偉業を為し遂げた超級の戦士モモンが実力を認めたというのだ。

 

 イビルアイが仕入れてきた情報によれば、突如ふらりとエ・ランテルに現れたという奇抜な白髪の少女ミクルと金髪蒼目の美女ソーイ。

 

 二人は冒険者登録した直後、既にアダマンタイトも目前と噂されていたモモン達二人に手合せを挑んだ。そして二人と互角の戦いぶりを見せ、モモンからチームへの勧誘を受けた。

 

 恐らく彼女達は初めからそれを狙っていたのだろうとイビルアイは考察している。実力があっても、ある程度実績を積まなければ信用がないため高位の冒険者にはなれない。即戦力となれるだけの力があるならば、既に実績のあるチームに加入した方が、確かに昇進も早いだろう。

 

 しかしながら、とんでもない話でもある。まだ幼さを残す少女が、国堕とし級の吸血鬼さえも退けたという戦士モモンと、手合わせとはいえ互角に渡り合ったというのだから。今後どれだけの伝説が彼等の手によって生み出されるのだろうか。まさに新たな英雄譚の産声を聞いた気がして、今もワクワクが止まらない。

 

 クライムは自分も努力して、1ミリでもその領域へと近付こうと決意を新たにした。

 

 そんなこんなでやる気に漲ったクライムは、城に戻ったら早速訓練に励むぞと考えながら歩いていたのだが、通り掛かった大通りに人だかりが出来ている事に気付く。

 

 普段から人通りは多いが、今のように人の流れが完全に滞っているのはおかしい。怪訝に思い近付いてみると、人垣で詳細は見えないが、その中心の方から張り上げた怒声と、周囲の悲鳴のような声が聞き取れた。

 

(喧嘩か何かだろうか?)

 

 衛兵は居ないのかと探してみれば、遠巻きに様子を窺っている二人の衛兵を見つけ、何をボサッとしているのかと叱責したい気持ちになった。

 

 だが、それは仕方のないことかも知れない。何せ王城を守る兵士とは違い、市街に配置されている殆どの衛兵は、ただ武器を持たされただけの、訓練もろくに受けていない一般人同然なのだから。

 

「おい」

 

 クライムが声を掛けると、衛兵達は一瞬だけムッとした表情を浮かべた。クライムは今鎧も来ていないし、相手の年齢も倍くらい離れているように見える。クライムを野次馬の子供とでも思ったのだろう。

 

 だが、すぐにクライムの鍛えられた身体を見て、非番の王城勤めの兵士かと思い当たったようだ。二人してばつが悪そうに冷や汗を浮かべながら敬礼をしてきた。

 

「何が起きている?」

 

「あ、はい! えーと……よくわかりません」

 

 クライムが少し語気を強めて状況を問うと、少しばかり……いや、かなり頼り無い返事が返ってくる。こんな調子で普段の職務をこなせているのだろうかと心配になったが、今はそんなことに構っている場合ではないだろう。

 

「二人はここで待機。俺が見て来る」

 

「お願いします!」

 

「失礼、通してください!」

 

 クライムは頼り無い兵士に待機を指示し、人垣をかき分けて騒ぎの中心へと進む。本当なら市井の治安は市井の兵士が守らねばならないのだが……。しかし、後ろから声をかけても道を譲ってはもらえず、力付くで無理矢理に身体を捩じ込むように割り込んでいく事となった。

 

「もう意識がないぞ……っ」

 

「あぁ、このままじゃ死んでしまうわ、だれか……」

 

 誰かの嘆きの声がクライムの焦燥を煽る。しかし人垣はまだ続いており、視界は未だ拓けない。

 

(くっ、まだ中心に辿り着けない……)

 

 必死でも掻くように人波をかき分けていると、野次馬の背中の隙間から、騒ぎの中心と思われる人物の姿がようやく見えた。どうやら酔っ払いとその取り巻き数名が、何かを執拗に蹴りつけている。足蹴にされていたのは、まだ年端もいかない小さな少年だった。

 

「っ! やめ────」

 

 クライムが制止の声を上げようとしたその時、酔っ払い達の眼前に一人の男が立っていた。

 

 いや、その男は突然現れた。そう形容せざるを得ない。視界の真ん中に居るにも関わらず、そこに彼が立つ瞬間まで、酔っ払いを含めたその場の全員がその存在を認識さえ出来なかったのだから。

 

 それは仕立ての良い黒い装束に身を包み、黒い単眼鏡(モノクル)を右目に嵌めた、黒髪の若い紳士だった。




ぶくぶく茶釜さんが名乗る名前は「ミクル」にしました。「ゴットゥーザ」とか幾つか他の候補があって迷いましたが、茶釜さんは未来人ですし、やはり可愛いのがいいなと。

もう一人の自称大冒険家「ソーイ」の正体はソリュシャン・イプシロンです。原作より早めにナザリックに帰りました。クライムが大通りで出会ったのがセバスじゃないのもそういうことです。
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