異世界に転移したらユグドラシルだった件   作:フロストランタン

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中々話がまとまらず、忙しさもあって随分期間が空いてしまいました。


#87 依頼人

「…………」

 

「…………」

 

 クライムと別れたイビルアイとガガーランは、王都を無言のまま進む。ラキュース達が王城から戻って来たらすぐにでも動き出せるよう、必要な準備を済ませておくのだ。

 

 消耗品の買い足しだけなら然程時間を取られないだろうが、ガガーランは装備品のメンテナンスもある。ティアは情報収集に動いているため、ガガーランが鍛冶屋に寄っている間に、イビルアイが治癒の水薬(ポーション)など消耗品を買いに行くことになっている。

 

 これは普段からよくある行動パターンなのだが、今日は何かが違う。イビルアイはずっとガガーランの横に並んで歩いて来ている。とっくに道具屋へと続く曲がり角は過ぎたというのにだ。

 

 ガガーランはイビルアイが平静を装いつつも普段とは様子が違うことを気にかけていた。どう見ても様子がおかしいのは明白だ。しかし本人が平気だと言い張る以上、安易に踏み込んでいくのは躊躇われる。先日ラキュースが魔剣に精神を乗っ取られまいと必死に対話? していたのを見掛けたのだが、その時のガガーランは迂闊だった。

 

 神官が所有する魔剣に精神を乗っ取られそうになっているなど、プライドが許さなかったのだろう。心配になって声をかけたとき、顔を真っ赤にしたラキュースに怒鳴られたのは記憶に新しい。

 

 念のためイビルアイにはそのときの事を伝え、いざというときにはもう一つのアダマンタイト級冒険者チーム〝(あけ)雫石(しずく)〟に助力を求める事にした。アダマンタイト級の実力者が理性を失って暴れだしたら被害は甚大だ。止められるとすれば、同じアダマンタイト級の実力者しか居ない。

 

 しかし今度はそのイビルアイが、何かワケアリな雰囲気をプンプン漂わせている。

 

(どうしたもんかね……)

 

 イビルアイと入れ替りで蒼の薔薇から抜けたリグリット・ベルスー・カウラウも、齢二百を越えるとは思えないスーパーおばあちゃんだが、イビルアイの実力もまた、チーム内で群を抜いている。

 

 リグリットを入れた蒼の薔薇のメンバーがイビルアイにチーム加入をかけて挑んだときは、確かに勝った。だがそれはイビルアイが本気を出していなかった事や、相性や人数など様々な条件が味方したからで、リグリットでも一対一で勝つのは難しいらしい。

 

 イビルアイは体こそ小さいが、その知識量は膨大で、経験に裏打ちされた状況分析と圧倒的な魔法力、そして常にクールな思考と判断力は、チームの危機を幾度も救ってきた。

 

 しかしそんな彼女が今、普段絶対にやらないような失態を犯すほどに精彩を欠いている。ガガーランにしてみれば、心配するなという方が無理な話である。たとえ自分より強く、二百歳以上年上のロリババアだとしても、イビルアイは同じチームの仲間なのだ。

 

 ただ、彼女は貴族生まれのラキュース以上に気位が高い。個人的に心配しているなどと言えば、ラキュースの時のように、余計なお節介だと憤慨されてしまうだろう。

 

「……なぁ、イビルアイよぉ」

 

「む…なんだ?」

 

「さっきから言おうと思ってたんだけどよ……とっくに道具屋は過ぎちまったぞ」

 

「…え? あっ……! そ、そうだったな……」

 

 イビルアイは指摘されて初めて気付いたようだ。普段からは想像もできないようなイージーな凡ミスに、ガガーランも余計に心配になる。

 

「どうしちまったんだよ、やっぱ昨日からどこかおかしいぜ?」

 

「…べ、別に体に不調はない、ぞ?」

 

 それはそうだろう。彼女の種族は吸血鬼(ヴァンパイア)だ。体調不良なんてあるはずがない。ガガーランが聞きたいのはそういうことではないのだが。

 

 流石にこのまま黙って引き下がれない。イビルアイがこんな調子では、とても依頼などこなせないだろう。最高峰のアダマンタイト級といえども、冒険者稼業は命懸けだ。ほんの些細な綻びが、致命的な危機にも繋がりかねない。

 

「じゃあ一体何なんだよ?」

 

「う、む……」

 

 ただでさえ体が小さいのに、項垂れて肩を落とすイビルアイが、ますます小さく見える。

 

「その様子を見りゃ、何か悩んでるのはわかる。一人で解決すべき事もあるだろう。けどよ、そりゃ仲間の俺らにも言えねぇ、秘密にしなきゃいけねぇ事なのか? それとも俺達じゃ頼りにならねぇってか?」

 

 ガガーランは棘のある言葉をぶつける。イビルアイは蒼の薔薇の中で最年長かつ最強だ。メンバーにとっては頼もしいことだが、だからといって一方的に頼るようでは対等な仲間とは言えないだろう。互いに信頼を預けあってこその仲間のはずだ。

 

「う、そ、そうは言わないが……」

 

「……はあ、分かったよ。今はこれ以上聞かねぇ。けど話す気になったらいつでも言ってくれよ? ……とりあえず用事を片付けるか」

 

 やはり何か隠しているようだ。しかしこれ以上強引に踏み込めば、信頼関係に罅が入りかねないと判断したガガーランは、いつでも話は聞くという意思を伝えておく。あとは彼女が話してくれるのを待つしかないだろう。

 

「ガガーラン」

 

「あん?」

 

 ズンズン歩き出したガガーランを、イビルアイが呼び止める。振り返ると小さな身体がじっと此方を見ていた。

 

「……いや、何でもない。さっさと用を済ませるとしよう」

 

「大丈夫か、一人で? あ、いや…」

 

「問題ない」

 

 ガガーランは失言だったかと一瞬ヒヤリとした。普段なら子供扱いしているのかと文句が返ってきそうなものだが、イビルアイは軽く手を振って道具屋方面へ歩き出す。

 

(ホント、どうしちまったんだろうな……)

 

 初めてのお遣いに行く子供を見送る親の心境に似たものを感じながら、遠ざかっていく小さな背中を見送る。

 

 リグリットの話では、百年以上もの間他者との関わりを避け、一人黙々と魔術の研究を続けていたという。長い時間を孤独に過ごしてきたようだが、彼女は決して孤独が好きなわけでも、まして孤独に耐えられるような性格でもないとガガーランは思っている。

 

(待つしかねぇ、か)

 

 何も打ち明けてくれない事に忸怩たる思いを抱きつつも、今出来ることに目を向けるしかないと気持ちを切り換えるガガーランであった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ホントに付いてこなくても……私一人でも良いのよ……?」

 

「なんだよ、遠慮すんなって」

 

「急に鬼ボスが優しい言葉を掛けてくるなんて怪しい。絶対何か裏がある……」

 

「うっ……な、何もないわよ?」

 

 いま、彼女達はある宿へ向かっている。無事に用事を済ませてきたガガーラン達が宿に戻ると、他のメンバーは既に揃っていて、何とも言えない微妙な面持ちをしたラキュースに迎えられた。イビルアイが無事に戻ってきていることに安堵しつつ、どうかしたのかとラキュースに訊ねると、名指しの依頼が届いていると告げてきたのだった。

 

 イビルアイは昨晩からだが、今度はラキュースの様子がおかしい。妙にソワソワしているのだ。ラキュースは何故か自分一人で依頼人の元へ行くと言い出したのだが、理由を聞いても適当に言葉を濁すばかりで埒があかなかった。

 

 絶対に何か隠していると感じ取ったティアとティナは自分も行くことを強く主張し、イビルアイはいつも通り面倒だと留守番を申し出た。

 

 ガガーランはラキュース奇妙な態度に興味を惹かれつつも、イビルアイを一人残していくのも気掛かりだった。結局そのままティナ達に便乗しつつ、イビルアイも誘って強引に全員で行くことになったのだった。

 

「じ、実は……叔父さんも来るらしいのよ」

 

 道すがら、ラキュースが震え声でそんなことを口にする。

 

「お? だったら丁度良いな、一度くらい会っとかねぇとよ」

 

「そろそろ優秀な仲間を紹介してくれてもいい頃合い」

 

 ティアやガガーランは、ラキュースの叔父に当たるアダマンタイト級冒険者、アズス・アインドラとはまだ面識がない。顔を繋いでおくのに良い機会だと思うのだが、当の本人は、気が進まないという雰囲気を匂わせてくる。

 

「先に行っておくわね。決して悪い人ではないんだけど、いい人でもないっていうか……あんまり期待しないでね?」

 

「そんな謙遜すんなって。()()()()()()()だろ?」

 

「そう言えばいつも水入らずがいいとか言って会わせてくれない。そんなに照れなくても、冷やかしたりしないのに」

 

「あ、うん……」

 

 ぎこちない態度のラキュースは照れているのだと思い、周囲は叔父との邂逅に期待している。ラキュースが祈るような気持ちでいるうちに、一行は指定された場所へと到着した。

 

「ここだな」

 

 一見すると何の変哲もない屋敷だ。貴族が住むには少々手狭で、平民が住むにはやや大き過ぎるといったところか。手入れする人手が足りないのか、庭の草木は野放図に伸びっぱなしだ。つい数日前まで空き家だったのだろうか。そんな風情であった。

 

「早く入ろうぜ」

 

「そ、そうね……」

 

 ガガーランに促され、何かを諦めたようにラキュースが歩を進める。ドアノッカーを鳴らして少し待つも、返事はない。もう一度、と手を掛けたとき、中から声が聞こえて来た。

 

「鍵なら開いてるぞ~」

 

「……! 叔父さんの声だわ」

 

 声の主はアズスらしい。何故依頼人ではなく彼が返事をしたのか分からないが、その答えは中に入ってみればわかるだろう。

 

「じゃあ、行くわよ……!」

 

 叔父に会うというのに、明らかに肩に力が入っているラキュース。不明なままである依頼人への警戒心がそうさせるのだろう。そう判断した他のメンバーも気を引き締める。

 

「よく来たな、ラキュー!」

 

 声のした方を見上げると、階段の吹き抜けの上から男が顔を除かせている。不精髭を伸ばしてはいるが、凛とした表情は大人の男性らしくダンディな雰囲気が醸し出されている。

 

「叔父さん!」

 

 一気に破顔し、明るい声でラキュースが応える。賭けに勝ったと心の中では盛大に拳を振り上げてガッツポーズを決めているのだが、それに気付く者は居ない。

 

「あれがおn…リーダーの叔父さんか」

 

「ちいっと年はいってるが、色男じゃねぇか」

 

「好みではないけど、ダンディな色男」

 

「ふふ……そ、そう?」

 

 嬉しそうな反応を返すラキュースを見て、ただの照れ隠しだったかのとガガーラン達も納得する。イビルアイに続きラキュースまで様子がおかしい事に不安を感じていたが、片方は心配するほどの事ではなかったようだと安堵していた。

 

 

 

 

 

「蒼の薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。今回の依頼主は貴女でお間違いないでしょうか……?」

 

 アズスの案内によって二階の一室へと案内された蒼の薔薇を、一人の女が待っていた。何となく違和感を感じながらも、依頼を確認しようと話を切り出したのだが。

 

「い、え……あの」

 

 真向かいに座った女が、蚊の鳴くような声でぎこちなく応える。年の頃はラキュースに近い年代だろうか。やや幼顔ではあるものの、友人である王女ラナーよりは上だろう。

 

 非常に臆病な性格のようで、胸の前で手をきゅっと握りしめた手が震えている。先程紅茶を彼女が淹れてくれた時も、カチャカチャと茶器が鳴るほどであった。

 

「では、依頼主は現在不在にしているという事でしょうか?」

 

 状況から予想される推測を、極力相手を怯えさせないよう、柔らかい声でラキュースが訊ねる。女は申し訳なさそうにコクリと頷いた。

 

「あっ、別に怒ってたりはしてませんよ……? どうかご安心ください」

 

 彼女を安心させつつ、それにしても、とラキュースは思う。彼女はこの屋敷の主人、つまり依頼人の侍従や給仕ではないだろう。応対が拙なすぎるのだ。服装は小綺麗にしているものの、立ち振舞いや所作は至って普通の平民といった感じで、屋敷の令嬢というわけでもないだろう。

 

 未だ不明なままの依頼人、そして関係性の分からない女性。不可解な状況に、メンバーも少しばかり困惑の色を見せ始めていた。

 

「お嬢さんにとって、初めて会う私達と接するのはさぞ不安なことだろう。それなのに、こうして勇気を振り絞って迎えてくれた。そんな貴女に最高の敬意を表します」

 

 まさに最高位の冒険者に相応しい人格者の態度を示すアズス。猫を被っているだけだが、それを知っているのは姪だけであり、彼の本性を知らない周囲には感付かれていないどころか好感触である。彼の本性を知る一人だけがそれとなく微妙な視線を投げ掛けるが、その程度だ。

 

「悪くねぇ……。どうだい、今晩俺と────」

 

「やめておけ、脳筋」

 

 ガガーランが何か言いかけたのを、イビルアイが制止する。アズスはそれでも察したのか、若干ひきつった苦笑を浮かべていたが。

 

「わーってる。冗談だよ。……半分な」

 

 半分は本気か。そんな心の声が聞こえてきそうな表情を一瞬だけ浮かべ、アズスは少しだけ気障な笑顔を見せた。

 

「……依頼人はもうじき戻ってくるはずだ。ラキューはたまげるだろうな」

 

「え、誰なの?」

 

「それは会うまでのお楽しみだ」

 

 アズスの言葉に、ラキュースは少し期待するような、イビルアイは鼻を鳴らす。

 

「ふん、その依頼人とやらを知った風な口ぶりだな。言っておくが、私達はこの国の王女とも面識がある。この程度のボロ屋敷に呼びつけるような奴程度に、別段驚かされるとも思えんがな」

 

「ちょっと、言い方……」

 

 ラキュースが窘めるが、彼女の突っ慳貪(けんどん)な物言いは出会った当時から変わらない。庭の様子や、屋敷内の様子から見て、ボロ屋敷という評価はあながち間違ってはいないのだが、それを家人の前で堂々と言うのは余りに失礼である。

 

「申し訳ありません、仲間が失礼なことを……」

 

「…! い……あ、の……」

 

 誠意をもって頭を下げるラキュースに、女はオロオロと慌てふためく。

 

「ラキュー、その辺にした方がいい」

 

「でも……」

 

「わ、たしは、ただ、の……う…から……」

 

 途切れ途切れで聞き取りづらいが、これ以上頭を下げられる事を彼女は望んでいないということは分かる。

 

「では……ええと、お名前をお聞きしても?」

 

「あ……ツ、アレ…です」

 

 緊張した様子で、女は絞り出すように名を告げた。

 

「ツアレさん、ですね。えっと、依頼人との」

 

「誰か来る」

 

 ラキュースの質問を遮り、ティアが何者かの来訪を告げる。気配の察知に長けている彼女はいち早く気付いていた。

 

「玄関に入ってきた。二人組。階段を上ってくる」

 

 ティナが人数とその足取りを報せてくれる。

 

「帰ってきたようだな」

 

「やれやれ、ようやく依頼人のご登場か。しかし、人を待たせておいて、客まで連れ込んできたのか?」

 

 不満げな様子でイビルアイが文句を垂れるが、ようやく依頼の話が出来そうだ。ただ、アズスが妙に機嫌良さそうな笑顔を浮かべているが、そんなに会うのが楽しみなのだろうか。ラキュースは不信に思いながら、依頼人を待っていると、程なく部屋のドアが開いた。

 

「なっ!? お前は……!」




ツアレは生きていました。依頼人が彼女を拾ったということになりますが、果たして……?
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