とあるHACHIMANがあの世界に行った 作:はチまン
「つまり、貴方たちはそのゲームの世界に数年間囚われて、漸く解放されたかと思ったけれど、その……アスナさんはまだ覚醒することができなくて、それでも諦めずに彼女を探して助け出した……と。でも、その後彼女は覚醒後に意味不明な言動が増えて、愛し合ったはずの貴方のことを、ただの知り合いとして扱い、なぜかそこの貧相な顔で、目付きの怪しい、なんとなく残念なこの比企谷君のことを恋人と認定してしまっていたと……そういうことで良いのかしら?」
「あ、ああ……まあ概ね、その通りだ」
と、キリト君は気まずそうな顔を俺へと向けつつ小声でそう答えた。
ごめんね、気を遣わせて!!
俺の隣では真顔で『愛し合った』と言った雪ノ下の隣で、結衣が真っ赤になってきゃーと頬を抑えているのだが、俺はマジで納得いかん。
「雪ノ下さん? なにも確認シーンでまで俺のことディスらないでも良くはありませんこと?」
「あら……私としては普通の会話のつもりだったのだけれど……次から気をつけることにするわね」
にこりと微笑む雪ノ下。あー、良い笑顔だなー。こいつ絶対気を付ける気ねーし。
雪ノ下は顎にてを当てて口を開く。
「可能性としては色々考えられるのだけれど、比企谷君がなにか催眠術のようなものをつかって彼女を操ったか、彼女に現金を渡してあえてそのような演技をさせているか、もしくは、彼女の弱味を握って無理矢理に恋人のように振る舞わせているか……」
「こらこらこら!! なんでその色々が全部俺の犯罪行為になってんだよ。俺がそんなことするわけねえだろうが!!」
「そうね、あなたにそんなことができるなら、私たちの貞操は露と消えていたわね。失言だったわ」
「今のも十分失言ですけどね、お前の中の俺はいったいどうなってんだよ」
「ヒッキー……」
またもや拗ねた顔になる由比ヶ浜……もうこいつは付き合うようになってから情緒が滅茶苦茶不安定になっている気がするのだが。
「だからするわけねえから、いちいち心配すんな」
「う、うん……」
それでもやはり何か不安なのか、結衣は俺のそでを摘まんだままで離れようとしない。うう、なんというかこういうのは二人きりだけの時にしてもらいたい。衆人環視マジキツイ。リアルに軽く死ねる!
俺は頭を掻きつつ雪ノ下を見る。
「ったく、話が進まねえよ。とにかくそういうことだ。理由は分からねえが、そのなんとかってゲームを終えてみたらアスナさんがまるで別人の様になったしまった。でだ、会ったこともない俺にゾッコンでしかも婚約どころかもうすでに結婚までしていると思い込んでいるらしい」
隣で怯える結衣をわき目に見つつ、そう言ってみれば、今度はキリト君が口を開いた。
「アスナの口からハチ……比企谷さんの話が出るようになってから俺達は色々と調べてみた。当然だが、仲間内にもハチとという存在はいないし、聞いたことすらなかった。それで、アスナが同じように言っていた、『総武高の奉仕部』という名称を元にここに辿り着いたってわけだよ。正直、アスナはただの妄想を垂れ流しているだけかとも思ったのだけど、比企谷さんの存在が分かったからこうして確認の意味もあって面通しでアスナを連れてきたんだ。本当に……これには驚いたってのが素直な感想だよ」
そう大きく息を吐くキリト君。なんだ、本当に驚いていたのか。結構平然としている風に見えたんだが。
そりゃそうだよな。
自分が愛……いや、こいつ良くもまあこんなセリフを人前で言い放ちやがったな、こっちが本気で恥ずかしいよ。まあ、いい。自分の好きな相手が、こんな貧相な俺を見て抱き着きやがったんだからな、普通に考えてかなりムカつくだろう。
良く耐えている……いや、実はもう俺を殺したくてたまらないのではないか? おいやめてくれよそれだけは。俺絶対キリト君に勝てない自信あるから。さっきから感じる彼の気配から只者ではないことくらい俺にだってわかっているのだからな。マジで逃げたい、帰りたい。
「ふう、話は大体わかったわ」
ジッと思案していた雪ノ下がそっと伏せていた目を上げてこちらを見た。それからゆっくりとキリト君へと向き直る。
「でもそういうことなら、私達の所ではなく病院などの医療関係に相談すべきではないかしら。彼女の記憶の障害であるなら、まずはそちらが優先でしょう」
ま、それは当然の考えだし俺もそう考えるが、雪ノ下、俺達が考えつくくらいのことだ。それは当然……
「ああ、もうすでに受診しているよ。でも、特に記憶の改変以外には身体に異常は見られなかった。俺としてはもっと根源的な部分で何か問題があるように思えるんだ」
そういうことだろうな。
病院という施設にいけばなんでも治るという考え方はただの暴論だ。
医者にできることなど、既存の医療知識を元にした回復施術のみ。未知の病気や特定不能の症状に関してはほとんど対応できないことを、現代社会の俺達はもうすでに知っている。
多分彼は藁にも縋る思いでここに来たという事なのだ。
当事者であるかもしれないとはいえ、ただの高校生に医者でも分からない症状の改善など、図れようはずがないのだから。
そう考えていたところで、俺の袖を握ったままの結衣が声をだした。
「じゃあさ、キリトさんはどうしたいと思っているの?」
キリト君は眉間にしわを寄せて呻くようにつぶやいた。
「分からない……どうしたら良いのか、本当に。何か、少しでもとっかかりのような物でもあれば、それを試してみたいとはおもっているんだけど……」
彼にとってももうお手上げなのだろう。
アスナさんのことを思い返してみれば、あの人の振る舞い言動は確かに異常だと思えたが、別になにか問題を抱えている様子ではなかった。ごく自然で……狂人のそれではなく理知的ではあったのだ。
アレを治す? どうやって?
「うーん」
もう唸り声しか出ない。
雪ノ下も顎に手を当てての長考に入ってしまっているしな。こいついったい何手先まで見通そうとしてんだよ。
まったく、めんどくさい話しになってきやがった。
「そもそも、そのソード……なんとかってゲームはいったいなんなんだよ? ゲームに囚われるとかって、そんなにお前らゲーム漬けの廃人プレイしていたのか? しかも何年も。よくそれで引きこもりにならなかったな」
「え?」
至極もっともなことを言ったつもりだったが、突然キリト君が驚いたような顔になって俺を見つめてきた。
雪ノ下たちもその彼の挙動に驚いたのか、そちらを向いたし。
「いや、なんだよ、その顔は。お前ら廃ゲーマーじゃねえのかよ?」
当たり前のように言ったわけだが、彼は突然俺に言った。
「比企谷さんは、ソードアート・オンラインを、『SAO事件』を聞いたことないのか?」
SAO事件? 聞いたことあるような、ないような……だいたい、新聞やテレビのニュースって、タイトル用に略称使ったりしちゃうけど、あれ初見だと本当になんのことやらさっぱりな時あるものな。SAOだから、まあ、ソードなんとかの略なんだろうが、ゲームがらみの事件か。なんかあったっけ?
「聞いたこと……は、多分ない」
そう言ってみれば、雪ノ下と由比ヶ浜も同じように首を振る。
「うむ!! 我もないな!!」
おっと、居たのか材木座!! いや、いたな、確かにずっと。こいつ実は他人が話している時はずっと静かにしていられる子なんだよな。流石ぼっち、隠密スキルの使い方熟知しすぎている。
「し、信じられない……あんな大事件だったのに……千葉では放送していなかったのか?」
「はあ? 千葉ディスってんじゃねえよ。舐めんな! テレビ番組めちゃくちゃあるわ!!」
千葉テレビとか千葉テレビとか千葉テレビとか!!
「そ、そうか……悪い」
そう謝るキリトくんだが、千葉を出した以上これだけは聞いておかなければ。
「で、キリト君はどこの出身なんだよ?」
いったいお前がどこの何様かは知らないが、千葉を見下したわけではなさそうだし、ご当地はきちんと把握したうえで尊重しあわなければな。ま、まあもし東京とか言ったなら、ああ東京ね! 千葉にもあるよね、東京ディスティニーとか、新東京国際空港とか‼ って言いつつ仲良くなるのが千葉県民の鉄板だ!!
「あ……えと、埼玉の川越だ」
埼玉……
うん、知ってる。
ああ、知っているとも埼玉。
ええと、東京の上? で、群馬の下……あれ、栃木の下だっけ? 確か大宮がさいたま市に変わったとかで、春日部防衛隊があって、浦和ファンだけは絶対敵に回しちゃだめだ的なことを、ジェフユナイテッド市原・千葉のファンの人が言ってたなー。うん、知ってる埼玉!
と、そこまで想起したがいまいち自信がなかったので相槌のみにしておいた。
「へー」
そんな俺に白い眼を向けてくるのは雪ノ下だ。なんかこいつにだけは俺の思考を全部読まれている気がするのだが、気のせいですか、そうですか。
「ふう、まあ、比企谷君の話はおいておくとして、そのSAO事件というのはいったいなにかしら? 私たちの不勉強のせいかとは思うのだけれど、一応教えてくれないかしら」
「わ、わかった」
そして、キリト君が語った。
❖
「フルダイブVRMMO? つまり仮想世界に入りこんでゲームをプレイしていたということなの?」
そう尋ねた雪ノ下にキリトくんも困惑顔だ。
「VRのことも分らないのか……千葉にはアミュスフィアは売って……いや、なんでもない」
キリト君は俺をチラリとみて言葉を飲み込んだ。『I ❤ 千葉』! これ絶対。
「ふう、話がいよいよ分からなくなってきたわね。私はただのゲーム中毒からの妄想状態になってしまったくらいの話かと思っていたのだけれど」
雪ノ下……お前もなかなかあけすけに酷いな。
同い年くらいのあのアスナさんがゲームやりすぎでナチュラル廃になりましたとかって、かなりひどい発想だぞ。まあ、愛してる言っちゃうくらいだから、キリト君も同じような病気なんじゃないかって疑っていたのはここだけの話。
「ゲームだったらヒッキーが詳しいからすぐに解決するかと思ったんだけど……ほら、なんかいっぱいやってるじゃん、もーはん? とか」
「モンハンな! あれはやり込み要素が多すぎでいくらやっても終わらねえだけだよ」
っていうかマジで終わらねえし。
俺この半年でいったい何本のモンハンをやっているのやら。
カプコ○さんマジで力入れすぎだっつーの。たった半年で新作3本以上作らないでください、マジでクリアー間に合いませんから!!
「モンハンは4Gが至高であるな!!」
「材木座、それ廃人にしか言えないセリフだからな。人前言わない方が良いぞ」
最高は2dだっつーの、なんも分かってねえなこいつは。というか、俺マジでクリアできてないから。
「あなたたちのゲーム談義はどうでも良いのよ。少し黙っていてくれるかしら?」
「「あはい」」
久々のまじのんマジかっこいい! そこに痺れるあこがれる~~!! いえ、なんでもないです、はい。
雪ノ下がまっすぐにキリト君を見ていた。
「つまり、4000人もの人がそのゲームをプレイしている最中に死亡して、でもあなたたちは生還したと。そしてそのアスナさんがおかしくなったというわけね。これは
「うん、そうだよ。アスナの場合はもっと……そう、脳の記憶の改ざん……いや、彼女の存在自体を書き替えられたような感じに思える」
「そんなことが可能とは思えないのだけれど」
「いや、実際にフルダイブMMO自体が脳神経とクラウドネットワークの接続が前提条件になっているから、外部から脳への電磁波による何らかの処置を施すことは理論上可能なんだ。現にその類の研究をしていた人間も最近逮捕されたし。でも……」
「でも?」
考えつつ話すキリト君に雪ノ下が声を掛ける。
それを黙って聞きながらキリト君を見ていると、彼は呻くようにつぶやいた。
「今のアスナは……完全に別人なんだ……。記憶を失ったとか書き替えられたとか……そんなレベルではないほどに」
その時、きゅっと結衣が俺の袖を引く力を強めた。
チラリと見て見れば泣きそうな顔になってしまっていた。
彼女にはキリト君のいまの思いが痛烈に伝わってしまっているのだろう。
自分が心をゆるしていた相手が変わってしまった。それだけでも相当な辛さであるはずだが、それをどうすることも出来ない現実がそこにあるのだ。
人が死ぬゲームがあって、記憶どころか存在そのものを書き換えられてしまった恋人がいて、しかも会ったこともない赤の他人のことを愛しているという。
こんなにも胸糞悪い話はない。
だが、これはどうしようもない。
医者も手を出せないような事態になってしまっているのだから。そう思っていたのだが。
「なら、話は簡単ね。記憶を書き替えられていた被害者が居て、その被害者の上書された記憶にある恋人も現れた。そうであるなら全ての原因は明らかよ」
「は?」
その場の全員が薄く微笑んでいる彼女を見ていた。いったい何を言うのかと呆気にとられながら。
そして彼女は言った。
「すべての原因はそのゲームから始まっている。ならば、みんなでそのゲームをプレイしてみましょう」