とあるHACHIMANがあの世界に行った   作:はチまン

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正体

 とんでもない光景だった。

 いや、これは“凄い”とか“驚いた”とかいう表現では収まらない戦いだった。 

 というか、実はこれが普通なのか? 普通を俺は知らないから何とも言えないが、もしそうならここのプレイヤーみんな頭おかしすぎだろ。

 木刀を持ったキリトくんとアスナさんの二人。何合も打ち合う姿は最初こそ剣道の立ち合いの様でもあった。

 でも違うのだ。

 何が違う……? 

 そう、彼らの全てが“重い”のだ。

 剣の一振り一振りの勢いだけでなく、伝わってくる気迫……それも執念の様な物がにじみ出ているようなその様に俺の足は震えっぱなしだった。

 ただ見ているだけでだぞ? 俺は間違いなく、キリト君に切り殺される様を幻視していた。

 いや、本気でアスナさんを殺してしまうのかとさえ思った。

 まさに恐怖の一時。

 つい今しがた、アスナさんからの一撃を貰うところではあったけど、あれがただの小手調べにもなっていないものだったということが、今なら良く分かる。

 まったく……

 こいつらマジで半端ないっす。

「ねえ、ヒッキー。さっきのあの黒いモヤモヤしたのって……」

「ああ、間違いねえな」

「『彼』に憑依していたあの『オバケ』にそっくりだったわね。これはどういうことかしら」

「…………」

 二人とそう会話し、俺は現状を考えてみた。

 今、目の前で起きたことを正確に思い出すと、まずアスナさんに対してキリト君が猛ラッシュを始めて、そのまま彼女を弾き飛ばして更に二本の木刀を振り上げて彼女へと襲い掛かった。

 もう本当に殺してしまうのではないかとか、見ているこっちがハラハラしていたそこへ、さっきから彼女の背後でモヤモヤしていた〈黒い何か〉が、一気に彼女の背中から溢れるように飛び出してきて、大きな丸い人の形のようなものになったのだ。

 その姿は、まぎれもなくあの〇スタードナッツで優木の中から飛び出してきた透明な中年のおっさんの姿で間違いなかった。それを俺達が間違えようはずがないんだ。なにしろ、俺はあの存在にナイフで刺されたんだからな。刃は腹まで届かなかったけど。

 しかし、まるきりあの時のおっさん幽霊と同じではなかった。

 あの時のお化けは透明ではあったけど、人の姿だったし服も着ていた。そしてその脂ぎった顔に喜怒哀楽を表して、最終的には幸せそうな顔で結衣に向かってナイフを振り上げたのだ。

 その様はまさに人間……かなりイカれて狂っているとしか思えない様だったが、透明であるというだけで、それ以外はまさしく精神に異常をきたした人間だった。

 だが、今回の黒い靄は大分違う。

 確かに遠目に見た感じは、あの時のおっさんにそっくりではあるのだが、輪郭はおろか眼鼻口もどこにあるのか良く分からないくらいに“薄く”て、そう、それこそ“影”の様でしかない。

 だが、俺達のもとから妖精のユイちゃんが飛び出して行ってすぐ、その黒い影はぶよぶよとしたクラゲみたいな身体に変化した。と、そこにキリト君が黒い長い剣を鞘から引き抜いて、一刀両断!

 なんでか知らないけど、切った瞬間に大爆発して、あのクラゲみたいになったおじさんの影が爆裂四散! 飛び散りながら消えていった。

 これはどう考えれば良い?

 あの時のお化けが再び現れたのか?

 それとも、あれとは別の存在で、アスナさんを狙った怪物だったのか?

 うーん。

 そんなことを思って見守っていれば、地面に伏していたアスナさんを抱き上げたキリト君が、クラインさんやリーファさんたちを従えてこちらへと歩み寄ってくるところだった。

 俺たちは三人並んで彼らを出迎える。

 そして、近づいてきたキリト君が俺の前に立って、穏やかな顔で言った。

「終わったよ……多分、これで。比企谷さんたちには迷惑かけたな」

「い、いや……俺たちは何も……」

 本当に何もしていないので何も言うことはないのだけど、とりあえず意識を失っているアスナさんを抱きかかえた安心したようなキリト君の様子に俺たちもホッと安堵した。

「ま、良かったんじゃねえの? 何がなんだか全く分からねえけど、それよりも……」

「うん?」

 俺が話を変えたことに、キリト君は不思議そうな顔になって俺を見た。

「少し聞きたいんだが、さっきのあのぶよぶよのクラゲみたいになった奴、あれやったのユイちゃんなんだろうけど、お前らあのおっさんの正体を知らねえか?」

 そう聞いてみれば、みんなは顔を見合わせての思案顔に。

「おっさん? あれ人だったのか? 俺はただのオークとかトロルとかのモンスターかと思ったんだけど」

「いや、あれは人の形だっただろう。現に俺たちはあれと同じ容姿のお化けに一度会っているし」

「え!? お化け?」

 そう一斉に驚くキリト君たちへ、俺と結衣と雪ノ下の三人であの時の出来事の事を説明した。

 

 

 

 

「つまり、比企谷さんのクラスメートの一人が、あのおじさんのお化けに操られて……最終的には由比ヶ浜さんや比企谷さんを殺そうとしたと?」

「まあ、あの時の話しぶりからだと、殺したいのは俺以外の連中だったみたいだけどな。結局は結衣をかばって俺が刺されそうになって……結局刺さらなかったけど、ショックを受けたお化けは消えてしまったというわけだ」

 そう説明してみるも、思い出せば思い出すほどに身の毛がよだつ。

 だって、あのぶよぶよのおっさん、要は俺推しだったわけだよな!! だから俺以外の連中を狙ったわけだし、おい、やめろよ。俺おっさんラブに興味はねえよ!

「えーと、比企谷さんって、そっち系?」

「だからちげー!!!!」

 キリト妹が口を抑えながら真っ赤になってそんなことを言ってきたから、当然全力で否定しましたよ。マジやめて、軽く死ねる。

 そんなやりとりをしていると、雪ノ下が補足するように話した。

「理由は良くわからないのだけれど、あのお化けの男性は比企谷君のことを溺愛していたことは間違いないわね」

「おい、やめろ!! まじでやめて!!」

 雪ノ下はちらりと俺を見ただけで何も言わずに再びキリト君たちを見た。

 無視ですか、そうですか、いえなんでもないです。

「そして、今回アスナさんを狙って現れたあの存在の容姿は確かにそっくりではあった。けれど、私たちの前に現れた時にはもっと明確な殺意をむき出しにしていたし、同じ存在であるとは言い難いのよ」

 それを聞いたキリト君が話した。

「残念だけど、俺たちにもあれがなんなのかは見当がつかないんだ。今の今まであんなのがアスナの中に入っているなんて信じられなかったし。でも……」

 キリト君がちらりと肩に停まっているユイちゃんに視線を向けると、今度は彼女が口を開いた。

「パパが戦っているときに、私、あのお化けのプログラムソースを読み取ってみたんです。そうしたら、『設定』とか、『結城明日奈、プレイヤーネーム〈アスナ〉』とか、『命を助けられた八幡が大好きで、キリトは友達』とか、そんな大量の文字と、見たことも無いwebページのアドレスが、キャラクター自律プログラムに組み込まれていたんです。ひょっとしたらママは、このデータを上書きされたせいで現実の記憶もおかしくなってしまったのではないかと……」

「設定? プレイヤーネーム? なんだよそれ……それじゃあまるでゲームとか小説とかのキャラクター紹介じゃねえかよ」

「ちょっと待ってヒッキー。今のユイちゃんの言った内容って、実際にアスナさんが話していたいた内容と一緒だよね?」

「そのようね。つまりその設定というものがアスナさんの性格の改変のキーとなった可能性があるわね。比企谷君由比ヶ浜さん、覚えているかしら? あの時のあのお化けの言葉。彼は私たちに言ったのよ、自分は作者で、お前らはただのアニメのキャラクターだって」

「ああ、良く覚えてるよ」

 あいつは人を見下したような顔でそんなことを宣いやがったんだ、確かにあの時。

 つまり、今の話を総合して考えられる答えは……

「あいつがこの世界を創った……神様。そういうことなのか」

 俺がぽつりと言った言葉に、キリト君たちも息を呑んでいる。

 はっきり言えば、理解できていないという顔なのだろう。それは当然で、俺だってそんなことは信じたくはない。

 だけど、あいつが普通ではなかったことだけは確かなのだ。

 今ここに生きている俺たちの存在がどういうものなのかも含めてだが、とてもではないがあんな自分の事しか考えていない殺人者を崇め奉る気にはなれない。

 生きるためにあれのご機嫌をうかがうなんてまっぴらだからな。俺は俺の自由に生きたい。

 だが、雪ノ下は俺とは違うことを発想していた。

「神様……と呼ぶことが相応しいかは不明だけれど、あの男が一人でこの世界を創ったとは思えないわね。あれほど身勝手に人を殺めようとした存在に、私たちのいるこの世界を創造できるとは思えないわね。確かに超常の存在ではあるのでしょうが……むしろあれは悪魔でしょう」

 悪魔ね……

 まさにそれだ。

 あいつは自分の身勝手に俺たちの役割を決めつけて、その筋に沿わせて動かそうとしたということだろう。

 今回のアスナさんの件だって、多分あいつが画策した呪いのようなものだ。

 アスナさんの持つ『歴史』を書き換えて、キリト君との思い出をなかったことにした上で、あいつの思い通りの筋書きで踊らせようとした。

 まさに悪魔の所業だ。到底許せるようなものじゃない。

 だが……

「まあ、でも、これでとりあえず一安心なのは間違いないんじゃないか? キリト君がアスナさんの中のあのお化けをやっつけてくれたみたいだし、見ていた感じ、あのお化けはただの残りカスだったみたいだしな。ひとまずこれで落ち着くんじゃねえの?」

 そう気楽に言った時だった。

「キリトくん……」

「あ、アスナ! アスナ! もう……もう大丈夫だ!!」

 腕の中で震えていたアスナさんを見ながら、キリト君がそう叫んでいる。

 どうやら意識も戻って、これで漸く彼女も元通りに……

 そんな希望は……

 簡単には訪れなかった。

「お、お願い……私を……殺してっ!! ごぷっ! ごぽっ!」

 懇願する様にそう言った直後、アスナさんは……

 

 その口や鼻、目や耳から、大量の黒いドロドロを噴き出した。

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