旅行前に、甘兎庵の和菓子を食べておきたいという悠のわがままで、チノを連れて甘兎庵へやってきた。
「悠さんはこの前、床屋さんで髪の毛切っていましたよね」
「え?あぁ、さすがに長いと思ってな。チノは?」
「そうですか。——私は前髪をちょっといじろうかなと」
「そっか」
たわいもない話をしていると、すぐ甘兎庵へ到着した。
しかし——。
「本日臨時休業——どうしたんだろ」
「まさか、体調でも悪いんでしょうか……」
扉の前に『本日臨時休業』と書かれた紙が貼り付けられている。
千夜か、もしくは千夜の祖母が体調を崩したのではないか、と心配する2人だったが、それは杞憂だったようだ。
甘兎庵の隣にあるシャロの家から千夜の声が聞こえる。
「さあ、お客さん。今日はどうします?」
「——いつも通りで」
「はーい」
「千夜さん?シャロさん?どうしたんですか」
どうやら、千夜がシャロの髪の毛を切っているようだ。
「シャロちゃんが、旅行前にって」
「倹約家だなぁ……」
悠がシャロの節約っぷりに感心していると、シャロが少し顔を赤くしていう。
「うるさいわね!旅行前でいつも以上に節約してるのよ!」
「ふふっ。そんなこと言いながら、昔から私に切ってもらうの好きでしょう?」
シャロの言葉に千夜が微笑みながらいう。
「いいから早く切りなさいよー!」
「はーい。——濡らしますよー」
「つめたっ!」
チノがシャロと千夜を羨ましそうに眺めているのが見えたので、悠はひとつチノに提案する。
「——ココアに頼んでみたらどうだ?」
「ココアさんに?——考えただけで寒気がします」
辛辣なチノの言葉に苦笑い。
「さあっ!一緒にもふもふ〜」
「ココアかーっ!」
抱きついてくる千夜にシャロが怒鳴る。
「あんなふうに、動けないのをいいことに、もふもふされそうです」
「——確かに」
甘兎庵訪問は後日に変更したチノと悠はラビットハウスへ帰宅。
「「ティッピー!?」」
ラビットハウスでチノと悠の帰りを待っていたはずのティッピー。
出発前と現在で、姿の変化が激しすぎるあまり2人はハモる。
「なんだこれ!?」
「おじいちゃん、その毛並みはどうしたんですか!?」
毛並みが整えられ、より『もふもふ感』が強化されたティッピーに悠とチノは驚きを隠せない。
「ココアがトリミングした」
そう一言短くティッピーが返答した。
「もふもふへの情熱が見事に発揮されてる……」
悠のつぶやきにチノが「うんうん」とうなずく。
「もしや、ヘアカットも——」
チノのつぶやきに悠はストップをかける。
「もしかしたら、うさぎ限定かもしれないぞ」
「うーん……」
チノは長い時間悩んだ後、ココアの元に向かった。
「ココアさん、私の髪もトリミングしてください!」
「えー!!?」
チノの言葉にココアが驚く。
「そういえば、ココアも髪伸びたな」
「最近伸ばしてるんだ〜!少しでもお姉ちゃんに近づけたらなーって!」
「伸ばしたからってモカさんみたいには——うぐっ!?」
喋っている途中でチノに口を塞がれる。
チノは悠の耳元に顔を近づけると——
「待ってください。せっかくココアさんがしっかりしようとしているんです。ここは否定せずにいきましょう」
「なるほど——。ココアならきっとチノの髪を素敵にカットしてくれるから、安心だな!」
「はい。ココアさんに全てお任せします」
「ゔぇっ!?何このプレッシャー!?」
悠とチノの言葉に青ざめるココア。
「お客様!痒いところはありませんか〜?」
「——美容院ごっこですか」
「今日の私は一流の美容師だよー!」
ココアが自信満々にそういう。——不安でしかない。
「こうしてると『家族』って感じしない?」
「——美容師設定はどこへ」
あっという間に消失した美容師設定にチノがツッコミを入れる。
「さ、ささささあ!お、お客様!覚悟するんだ!」
そう言って「はぁはぁ」と呼吸を荒くするココア。——心なしか腕が震えている。
「変な真似しながら緊張しないでください!」
「悠くん!もし失敗したらピコピコハンマーで私をぶっ叩いてね!」
「「失敗前提!?」」
ココアの弱気な発言に、またハモる2人だった。