「本当に人が多いな。準備はできたか?」
「はい!——あの、はぐれたら困るので手を——」
「よし、一気に突入するぞー!」
チノが言いかけるが、悠が商店街の人混みに突入すると、チノもそれを追って人混みの中に姿を消す。
「待ってください——待って……!」
チノの切実な声は人混みにかき消されて悠には届かない。
「おいていかないで……!」
チノが必死になって悠にしがみつく。
「チノ——?なんか今日は本当に大胆というかなんというか……」
腕に抱きつくチノを見て悠が思わず苦笑いしてしまう。
「あっ、す、すみません……別にそういうつもりでは——!」
顔を赤くして弁解するチノを見て、悠はひとつ思いつく。
「——あっ、手を繋いでおけばいいんだ!」
「そんな世紀の大発見みたいに言わないでください……」
今更な悠に呆れるチノだった。
「ごめん、俺が爆睡したせいで初日から不安にさせて——」
「いえ、大丈夫ですよ。悠さんを見ていたら、なんだか急に街を楽しむ余裕が出てきました」
「さあ、商店街を抜けたらすぐホテルだ!」
「やっとです……!」
目的地まで残りわずかであることを知って、チノの目が輝く。
「俺が言うのもアレだけどさ——」
「なんですか?」
「ここまでハプニング満載だったけど、なんだかんだチノと2人で先に街を探検できてよかったよ」
「そうですね……。降りそびれずに2人で探検できたらもっとよかったんですが」
「辛辣だけどその通りだ!!」
「よし、お姉ちゃんと一緒に行こう!実は私の妹と弟も迷子で——」
知らない景色に、聞き覚えのある声がした。
「あれ、この声——」
チノも聞き覚えのある声に反応する。
「——2人は今年から高校生?こんな大都会で迷子とは、『前途多難』ってやつだね!」
「ココアだ!」
悠がココアの方を指差すとチノも目を見開く。
だがその驚きも一瞬にして覚める。
「——年下相手だからって調子乗ってます」
「——だな」
チノと悠もココアの元へいく。
ココアの視線の先には、双子だろうか、女性が2人。先ほどのココアの発言からして、チノと同い年なのだろう。
「ココアさんは道に迷うので、私たちが案内します」
「チノちゃんに悠くん!?——よ゛がっだぁぁぁ!!2度と会えないと思ったよー!!」
「あぁ、このいきなり抱きついてくる感じ、間違いなくココア本人だ」
「そうですね。この鬱陶しい感じを他の人が再現できるはずがありません」
「本人確認しなくても私は私だよ〜。お姉ちゃんのこと忘れたの?」
「「姉なんかいなかったはずだが(ですが)」」
ココアの言葉にハモる2人を見て、ココアが笑う。
「ホテルはここから歩いてすぐだ!」
「ココアさんは、なぜあちらに?」
「2人を探してたんだよー!近くまできたら私がアプローチしてあげようと思って!——その、ちょっとホテルが……」
「それ、逆に迷子が増えるパターンでは——」
ココアが後半、何かを言いかけたが、双子の片方がごもっともなツッコミを入れる。
見事なホテルの前に到着した。ここでこれから生活を送るのか、という気持ちと同時に、こんな立派なホテルを格安で手配してくれた青山ブルーマウンテンが神のような存在に思えてくる。
「あ、あのね!2人とも——!」
ココアが何か言いたそうだが、人混みに声をかき消される。
「ホテル『ロイヤル・キャッツ』に泊まる同士、よろしくお願いします」
チノの言葉に、双子は眉をひそめる。——なんとなく嫌な予感がする。
「え、えっと——。『ロイヤルキャッツ』って、隣のホテルじゃ——?」
——この立派なホテルの隣には、廃墟のような建物しかないのだが。
悠が恐る恐る振り向くと、華々しい光景とは真逆の雰囲気を漂わせた建物が目に入る。
「え……」
「嘘だろ……」
先ほどまで神のような存在に思えていた青山ブルーマウンテンが悪魔に変貌する。
「——神のご加護を……」
「——ご武運を……」
双子がココアたち3人の無事を祈る。
「まさか、ホテルを間違えるとはな……」
「はぁ……絶対恥ずかしい人たちだと思われました」
悠とチノが落ち込んだ様子でそうつぶやくと、ココアは申し訳なさそうに
「ごめんね、もうちょっと早く言えればよかったんだけど……。その、タイミングが——」
と2人にいう。
——いざ、廃墟へ——ではなく、ホテル『ロイヤル・キャッツ』へ。