「夜ご飯、おいしかったな」
「そうですね。あとは部屋でゆっくりしましょう」
悠とチノは満腹になった腹を撫でながら部屋へ向かう。
「まさか、料理まで手伝う羽目になるとは思わなかったけど」
悠が苦笑いしてそういうと、チノもうなずく。
——受付のおばあちゃんは目が見えないそうだ。といっても、普通に動けるし仕事もできる。だが、危なっかしくてつい手伝ってしまった。
「私はお風呂に入ります。悠さん、先入りますか?」
「いや、俺は後でにするよ。リゼに呼び出されてるんだ」
「わかりました。ではお先に失礼しますね」
「ああ」
そういって悠は部屋から出た。
——リゼに呼び出しされているのだが、用件はわからない。
「リゼいるか?」
部屋の扉をノックすると、中からリゼの声がする。
「悠か、入ってもいいぞ」
部屋の中に入ると、リゼが椅子に座るように悠を手招きする。
シャロは、明日の荷物をまとめているようだ。
「明日のことなんだけど、よかったらサイクリングに行かないか?」
「サイクリング?俺は別にいいけど……」
悠がシャロに視線を移す。
「せっかくの旅行なのに、リゼと2人でデートしなくていいのか?」
「デート!?」
シャロに小声で尋ねると、シャロは顔を赤くして
「あ、明日はチノちゃんや千夜とコンサートに行くことになってるのよ」
「ああ、そういえば夕食の時にそんな話してたな」
シャロの言葉で思い出す。そういえば夕食の時にそんな話をしていた。前々から約束していたのだろう。
「私もチノたちのほうに行こうかなと思ってたんだが、実はココアに——」
リゼが言いかけたその時、部屋にココアがやってくる。
「あ、リゼちゃん!悠くん誘ってくれた?」
ココアがそういうと、リゼはうなずく。
「実は、ココアに誘っておいてくれって頼まれてたんだ」
「チノちゃんに悠くん取られそうだったから早めに——」
「やっぱりチノの方行くわ」
「そんなー!?お姉ちゃんと一緒にサイクリングしようよー!」
「はいはい、わかったよ」
悠が視線をそらしてそういうとココアが面白いようにのっかかる。
部屋に戻ると、チノがちょうどお風呂から出てきたところだった。
「待て待て!なんでタオル一枚なんだ!?」
部屋に入った悠は慌てて目を掌で覆う。
「悠さん!?ちが——これはただ着替えを出すのを忘れただけで——!!」
チノが慌てて弁解する。
「大丈夫だ、俺は何もみてない。枕に顔埋めてるから安心して着替えてくれ」
悠はそう言ってベッドの枕に顔を埋める。
——体が顔をあげようとしてくるのを全力で阻止しながら。
と、その時事件は起こる——。
部屋の電気が突然落ちたのだ。悠はまだ気がついていない。
「わっ!」
チノの驚いた声に思わず顔を上げそうになる。
「どうした?」
「部屋の電気が——停電でしょうか」
——本当にこのホテル、大丈夫なのだろうか。
「前が見えないです。着替えは——これでしょうか。確かベッドの上に置いたはず——」
「待て、それは俺が今着てる服だ。どさくさに紛れて脱がそうなんてチノ——」
「間違えただけです!変なこと言わないでください!」
悠の軽口にチノがチョップを食らわす。
悠はまだ枕に顔に乗せて、その上から手で抑えている。何も見えない。これほど透視能力の需要が上がったことがあっただろうか。
部屋の扉がギリギリと音を立てて開いた。
「うわーっ!」
チノがそれに驚いて悠に抱きつく。まずい、このままでは何かが崩壊してしまう。
「おーい、懐中電灯持ってきてやったぞー!設備が古くて時々こうなるみたいだ!」
リゼの声だ。——だめだ、このホテル大丈夫じゃなかった。
「こんなタイミングになってしまったが、懐中電灯の他にお前たちにプレゼント——」
リゼが言いかけるが、部屋の電気が元に戻ってリゼが目を疑う。
「————」
黙り込むリゼに悠が「どうした?」と声をかけるが——。
「わわわわーっ!!違うんです!これは着替えを探して——!」
チノの叫び声。——なんとなく状況がわかってきて、頭から血の気がひいていくのがわかる。
リゼの目には、枕を顔に乗せて手で抑えている悠と、その悠にタオル一枚で抱きつくチノの姿が映った。