馬鹿と帝国と血の十字架   作:サルスベリ

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 苦しい時こそ、人は色々なものにすがりたくなるものでありますが。

 かといって、誰でもいいわけがないのが世の中であったりして。

 要するに何が言いたいかというと。

 止めとけ、馬鹿が来るから。




馬鹿を止める人

 

 ある日の昼下がり。

 

 ジョーカー銀河帝国の中心地、政庁のある執務室には何時も通りの光景が広がっていた。

 

 極寒の冷気を纏う宰相と、能天気に笑いながら逆さ釣りになっている皇帝と、さらに二人を視界に収めながらも見ないようにしている皇帝代理。

 

 何時も通りの光景に、執務室に入ってきたある女性は、苦笑しながら指をさすことにした。

 

「今回は何があったの?」

 

 葵・クロウイン・エーテルの問いかけに、アセイラムはとても清々しい笑顔で答えた。

 

「テラが馬鹿やりましたので」

 

「あ、うん、それだけでおおよその話が解るんだけど、具体的に何があったのか知りたいなぁって」

 

「はい、そうですね。では、政庁の食堂の冷蔵庫に『アポトキシン』が入っていたことから始めますね」

 

 一切、笑顔が崩れることなく告げるアセイラムに、葵は心の底から思ったことを口にした。

 

「いや、待って。そこから待って」

 

「テラの『宝物庫』に入っている、『ヴィーナスの惚れ薬』と」

 

「そこも待って!」

 

「『ポセイドンの増強剤』を」

 

「何それ?!」

 

「『ゼウスの調理台』で混ぜ合わせて」

 

「セラム! ちょっと待ってよ!」

 

 何やら出てくる内容に、葵は頭痛がしてくる気がして、大声で止めたのだが清々しい笑顔のアセイラムは止まらない。

 

「最後に『ラーのシェイカー』でシェイクしたカクテルを」

 

「もう、だいたいが解ったから」

 

「『クトゥルーの壺』に入れて熟成させたのが『アポトキシン』ですが」

 

 もう突っ込むの止めようと考えた葵は、劇薬に似たようなものだと勝手に解釈した後に、『え、何処に入れていたって言ったの』と疑問を浮かべた。

 

「テラが『元気が出る薬』と書きなおして、政庁の冷蔵庫に入れました」

 

「はい?!」

 

「そうよ! この馬鹿夫!」

 

 アイリスがキッとした顔で葵とアセイラムを見た後、鋭くテラへと視線を投げた。

 

「よりにもよって神話の霊薬をごちゃごちゃと混ぜた上に、ロストロギア級の道具まで作って、『元気爆発』の薬を作った上に!」

 

 拳を握ったアイリスは、必死に怒りを抑えているのだろう。きっと、自分が彼女の立場だったら、絶対に怒鳴りつけていると葵は思う。

 

 怒鳴りつけてお説教をしていると、確信できる。我慢して必死に自分を抑えているアイリスは、とても自制心が高い素晴らしい女性だ。

 

「毒薬の名前をつけて冷蔵庫に放り込んだのよ! おかげで朝から政庁は上に下への大騒ぎじゃない!」

 

「おかげで書類が終わりません」

 

 アセイラムの泣き言を最後に、テラの今回の馬鹿騒ぎの発端が終わったのだが。

 

「それで、この話が終わり・・・・なわけないか」

 

 思わず葵は安堵しかけた自分の浅はかさに気づき、片手で額を軽く叩いた。

 

 あのテラが、その程度の『馬鹿』で終わるはずがない。何時も予想の斜め上どころではなく、予想と真逆なところを独走するのがテラだ。

 

「ええ、そうですね」

 

「その通りよ」

 

 深くため息をつくアセイラムと、真顔で見つめるアイリスの二人を前にして、葵は今度は何処までぶっ飛んだのかと覚悟を改める。

 

「こいつはね、その大騒ぎの間に、政庁の中の防災訓練をやったのよ」

 

「全員、必死に逃げますからね」

 

「え、え? 防災訓練? なんでこの時期に?」

 

 良く解らない。冷蔵庫に『毒薬』を放りこんで、全員が混乱している中で、防災訓練を率先するトップ。

 

 普段から馬鹿なことをしている皇帝だから、彼が出現した時点で誰もが『何かあった』と思うのではないだろうか。

 

「緊急時の備えは必要だから」

 

 キリッとしたとてもいい顔で告げるテラに、三人は『この馬鹿夫』と心を一つにして思ったのだった。

 

 結局、テラの今回の馬鹿騒ぎの原因は。

 

 『最近、政庁内での避難訓練してないな。万が一はないようにしているけど、政府関係ならしないと、他がしてくれないよな。よし、やろう。どうせなら毒薬に見せかけた元気薬でも作ろうか』。

 

 だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に呆れたなぁと思う。

 

「テラは、どうしてそんなに常識を飛ばすかなぁ」

 

「ん~俺の個性だから仕方がない」

 

 親指を立てて笑顔で告げるテラに、葵は呆れたような目線を向けたのだが、彼らしいとも思ってしまう。 

 

 周りの評価とか気にしない。常識とかを考えて立ち止まらない。出来ることならば、世界の果てさえ行ってみせる。

 

 馬鹿の塊がテラだから、仕方がないかと考えてしまうのは、自分が彼に惚れているからか。

 

「個性で毒薬を作る人っていないと思うけど?」

 

「え、そうなの?」

 

 真顔で聞き返すテラに、葵は呆れつつお皿を差し出す。

 

「はい、オムライス」

 

「ありがと、やっぱオムライスは葵じゃないとなぁ」

 

「私のは特に美味しいってわけじゃないけど?」

 

「ん、俺にとっては大好物だよ」

 

 そういうものだろうか、と葵は思う。

 

 最初の頃、出会った時には料理なんてしなかった。誰かが作ってくれるならと料理は覚える必要性を感じなかったのにだ。

 

 『卵、貰ったけど、いる?』とテラに言われた時に、『じゃ、料理してあげようか』と返したのが最初の時。

 

 焦げて味がなくて、墨のような物体を彼は『ん、うまい』と食べてくれた。お世辞だって解っている、本当じゃないって一目で解ることだったのに、とても嬉しかった。

 

 必要とされていない自分が、本当に必要とされているような、そんな小さな幸せを感じたから。

 

「私はオムライスか、ならアイリスとセラムは?」

 

「ん、セラムは肉じゃがが得意だよ」

 

 予想通り。お嫁さんなら肉じゃがと思っていることは、前々から知ってはいたが、本当に得意料理にするなんて。

 

「アイリスは豆腐と昆布のお味噌汁が一番だね」

 

「そうだね」

 

 あの味はどうしても再現できない。アイリス特性のみそ汁のうまさは、奥様達なら全員が知っている。

 

 『普通に作っているだけじゃない』と小さく笑う彼女が、影でどんな努力をしているのか知らないが。

 

「雪菜は卵サンドで、ユイが生姜焼き、メテオラが唐揚げ、深雪がカレー」

 

 次々に上がる料理名に、皆の頑張りがよく解る。誰一人として一般家庭の出身はいなくて、料理と無縁の生き方をしてきた人ばかり。

 

 料理するくらいならば、技量を磨き能力値を上げなければ、生き残れない生活を送っていたのに。

 

 今では誰もがそれなりに料理が出来て、得意料理があるのだから。

 

 愛情は偉大だ。

 

「クトリがビーフストロガノフ」

 

「そこは意外だなって」

 

「ん、でクルルはおせち」

 

「はい?」

 

「あれ、知らない?」

 

 予想外も予想外の料理名に、葵は小さく首をかしげた。

 

 誰が何を得意としていると、彼は言ったのか。聞いたはずなのに脳細胞が受け付けず、目線で問いかける。

 

「クルルはおせちを一人で作るよ」

 

「え? 全部?」

 

「ん。前に『フランス料理のフルコース』を作っていたんだけど、『やはり、我が夫殿は日本食が好みかな?』と言われて頷いたら、おせちを得意料理にしてからね」

 

「フランス料理のフルコースが作れるって、そっちのほうも凄いけど」

 

「クルルはああ見えて、凝り性だからね。本当、一度でも思い込むと真っ直ぐに一直線だよ」

 

 にこやかに笑うテラは、最後の一口を運んで味わった後、両手を合わせた。

 

「ごちそうさま。じゃ葵、またね」

 

「うん、おそまつさま。ねぇ、テラ、次は何をやらかすつもり?」

 

 立ち上がり歩き出しかけた背中に声をかけると、彼はゆっくりと振り返って小さく舌を出した。

 

 あ、またやからすな、と葵は不意に思った。

 

 翌日、政庁の屋上から吊るされたテラを見て、自分のカンはまだまだ廃れていないなと実感できたという。

 

 

 

 

 

 葵・クロウイン・エーテル。

 

 年齢は二十六歳。

 

 濃い青色の髪に、薄紫色の瞳。

 

 テラ曰く、『深く澄み渡る大海の髪』。瞳の色については、自分と重なるので特に言わないが、『同じ色合いで嬉しい』といったことあり。

 

 基本的に中央議会や地方議会のまとめ役兼相談役をしており、呼ばれると帝国中を駆け巡ることになる。

 

 一般人に広く知られている皇妃といえば、アセイラムやアイリスではなく彼女かクトリの名が挙がるほどに有名人。

 

 魔法も戦闘も苦手といった、一般人のような能力値を持つ。

 

 実は、『絶対遵守』の能力を持ち、それが声によって発動するので、彼女が『命じる』といった内容は、相手に確実に実行させる凶悪な能力を有している。

 

 その強制力は絶大であり、テラでさえ三重にかけられると逆らえない。

 

 皇妃の中では珍しいくらい一般的家庭に育った人物なので、一般常識が欠如している帝国上層部の中で、『最後にして最大の常識人』と呼ばれている。

 

 彼女の持つ『典令騎士団』が、戦闘よりは災害救助といったレスキュー関係に重点が置かれているのは、彼女の思考が一般人によっているためだろう。

 

 

 

 

 




 
 馬鹿の相手は疲れますか。

 けれど、馬鹿の相手をしていると自分が救われることもあります。

 彼は何処までも馬鹿で、何処までも人の気持ちが解る人だから。

 いや、違うな。

 馬鹿は馬鹿で、真っ直ぐ馬鹿正直だからだろうか。


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