馬鹿と帝国と血の十字架   作:サルスベリ

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今日も、帝国は通常運転。

だから、部屋くらいは壊れます。

何故?!





その日、朝から執務室を改装しました?

 

 

 アセイラム・クリシュタリア・エーテル。

 

 ジョーカー帝国において、テラの代わりを務める代理人。

 

 皇妃達の中では一番目という建前の人物。

 

 テラの幼馴染であり、同時にテラのこと誰よりも深く知っている人。

 

 同じ幼馴染のアイリスよりも、テラについては詳しい。

 

「だからぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 穏やかで清楚。取り乱すことなど滅多にないが、怒ることはあるらしい。

 

 けれど、テラもアイリスも彼女が怒った様子は見たことがない。

 

「なっっっで一言もなしで動いているのよ!!」

 

「いや、だってさ」

 

「だって何?!」

 

 今日も執務室では物が飛ぶ。真っ直ぐに勢いよく飛んだ筆記具が、壁に突き刺さるのは日常茶飯事。

 

 その前に、だ。アセイラムは時々、不思議に思うことがある。

 

 機械文明の最果て、科学技術により宇宙の隅々にまで広がった人類の世界の中で、何故に鉛筆があるのか。

 

 データとして書類を提出すればいいのではないか。

 

 だというのに、何故に紙。

 

「この馬鹿夫・・・・・・」

 

「アイリス、それは昨日まで頑張って作り上げた年間の予算計画書では?」

 

 グッと彼女は止まり、そっと手の中の紙を広げていく。

 

「・・・・・ふふふふふふふふふ、テラ、よくも!!」

 

「ちょっと待った! 俺の責任なの?!」

 

「当たり前でしょうが!! あんたが考えなしに動くから!」

 

「仕方ないじゃん! 色々と面白そうな気配がしたんだから!」

 

「だからってね! なんでモノポール鉱脈を見つけてくるのよ! この『必然好機EX』がぁぁぁぁ!!!」

 

 女の子が上げる声ではないような気がするアセイラムの前で、槍と剣を持ち出したアイリスと、二つの剣を持ち出したテラの攻防が続く。 

 

 平和とはなんと儚いものか。

 

 その日、執務室は全面改装になり、バッタ達が喜々として動き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜で執務室から始まった政庁の全面改装を終えるのは、銀河広しといえどバッタ師団くらいなもの。

 

「はぁ、それで。何やらバッタ師団の整備科が大騒ぎしていたのは、そういった理由ですか」

 

「そうよ。ごめん、ルリ」

 

 深々と溜息をつきながら、アイリスは筆を走らせる。

 

「・・・・鉛筆が欲しい」

 

 時々、思い出したように願望を呟く彼女に、ルリは軽く視線を走らせた後に別方向へ向く。

 

 新しくなった執務室には、アイリスの机と、アセイラムの机、プラスで犬小屋が追加された。

 

 『テラ』と書かれた犬小屋の中で、彼は動くことなく座っている。

 

 鎖、それは彼が簡単に引き千切る。

 

 鉛、もっと簡単に破壊してしまうだろう。

 

 もっと柔らかく、かつテラが簡単に壊せないもの。

 

 即ち。

 

「テラ、それお気に入りのドレスだから」

 

「私のは思い出の品ですよ」

 

「あ、私のリボンもありますからね」

 

 アイリス、アセイラム、ルリの持ち物で縛りつける。

 

 縄抜けができないわけじゃないが、ちょっとでも動けば破けるような仕掛けもつけられており、テラは二時間も微動だにせずに座っている。

 

「で、正直なところ、予算案は通りそうなんですか? 議会がまた『城を』って言っているようですが」

 

 気を取り直してルリが別口の話題を提供すると、アイリスは途端に不機嫌さを隠そうともせずに溜息をつく。

 

「まったく何度も言っているのに聞かないんだから。この馬鹿に『神帝城』以外の城なんて必要ないでしょうが。帝国の威厳とか、他国への威圧感とかなんか、騎士団と軍で十分じゃない」

 

「人はやはり城に憧れるものですから」

 

 アセイラムが政治家達の想いを伝えるのだが、宰相様には届かない。

 

「憧れで御飯が食べられる? プライドで世界が回るの? そんな無駄なものよりも必要なところに資金をかけるべきでしょうが」

 

「それが必要という人もいるということです。何より、普段から帝国にいないと噂の皇帝陛下ですから。城くらいないと、人民が不安になるのでは?」

 

 痛いところをつかれ、アイリスは少しだけ言葉に詰まる。

 

 確かに、普段からテラは帝国にいないことが多い。

 

 ちょっとフラッと出かけて別世界で問題遭遇、解決して戻るなんて日常的にやっている。

 

 トラブルとは、解決できそうな人の傍に寄ってくるとは、誰の言葉だっただろうか。

 

「・・・・・・こいつがいるくらいで、不安が解消されるなんて、安いわね」

 

 辛辣な言葉を告げるアイリスの顔は、何処か穏やかで、魅力的に微笑んでいる。

 

 貴方が一番、安心しているのですよ、とアセイラムは心の中で告げる。

 

 なんだかんだいって、アイリスがテラに依存しているのは、実はあまり知られていない。

 

 傍にいないから、帰って来れる場所をしっかり守る。守った上で、愚痴を盛大に叩きつけるのが彼女。

 

 ちょっと見、とても捻くれていて依存しているように見えないが、しっかりと心の拠り所にしている。

 

「とにかく議会には私からまた話をするから。間違っても、セラムは出ないでよ」

 

 愛称で念を押されると、アセイラムは解っていますと答えた。

 

「私も譲れないことは絶対に譲りませんよ?」

 

「どうだか。セラムって優しいところが多いから。書類が出来上がったから、私はちょっと現場視察に行ってくるけど、ルリはどうするの?」

 

「私はテラさんの様子を見にきただけなので。この後、イオナとアリアの船体の新規作成があるので」

 

「改造じゃなく新しく作るの?」

 

「はい。新型の機関とエネルギーラインが、どうにも船体に合わないらしくて。それならいっそのことです。資材に関しては『エデン』から持ち込んでありますので、帝国のは使っていません」

 

「それなら私としては口出ししないわ。後で、データだけ貰える?」

 

「もちろんです」

 

 二人して軽く会話をしながら部屋を出ていく姿を見送り、アセイラムは自分の仕事へと集中した。

 

「テラ、縄抜けしたら私は泣きますからね」

 

 そっと動き出した夫へ釘をさすのは、忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな午後の昼下がり、執務の一通り終わった後の穏やかな時間は、アセイラムにとって大切な一時。

 

 特に重要な書類処理を行った時は、三度は見直して確認するために、とても必要なものだ。

 

「不備はないわよ。私も確認したんだから」

 

「ですが、念には念をいれませんと」

 

「心配症ね、セラム」

 

「貴方ほど能力が高くないので、アイリス」

 

 方や紅茶を楽しんでいる宰相。

 

 方や、書類とにらめっこしている皇帝代理。

 

 で、問題の皇帝陛下は、まだ縛られたまま小屋の中。

 

「・・・そろそろ限界通り越して気絶しそうね」

 

「ダメです、アイリス。躾とは、限界のその先を見定めて行うものです」

 

「意外とテラに対して厳しいのよね、セラムって」

 

「貴方ほど甘くできませんから」

 

「私だって甘くしているつもりはないのよ。テラに甘くしたらつけ上がるだけって知っているから」

 

 その割に、テラの行動を本気で妨害することがないのを、アセイラムは知っている。

 

 口先で何を言っても、最終的にテラの自由にさせるのが、アイリスだ。

 

 おかげで彼のストレスの発散になっているので、自分はきちんと躾けることができる。

 

「終わりました。では、テラ、動いてもいいですよ」

 

 そっとアセイラムが束縛を解くと同時に、テラの姿は執務室から消える。

 

「・・・・・・あいつって、光速で動けたの?」

 

「知りませんでしたか? テラの最速は、光速の二倍です」

 

 嘘でしょうと呟くアイリスに、貴方もまだまだテラに対しての理解が足りないですね、と心の中で呟くアセイラムだった。

 

 今日もこうして一日が終わる。

 

 何事もなかったかのような夜が過ぎて、翌日にはまたアイリスの怒声が政庁を揺らすだろう。

 

 もちろん、テラの馬鹿げた行動のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アセイラム・クリシュタリア・エーテル。

 

 年齢は二十四歳。

 

 金色の髪にエメラルド色の瞳。

 

 朝焼けが照らす稲穂とテラが例えるほど、見事な金髪をしている。

 

 皇帝代理として帝国のトップを務めているが、人々を引っ張っているというよりは、意見を纏めるといったようなやり方を好む。

 

 運動神経はそこそこいいのだが、対人戦闘には不向きであり、魔法といった技能もそれほど高くはない。 

 

 完全な後方支援タイプ。それも戦場以外での。

 

 テラの幼馴染であり、彼の全能力と『サイレント騎士団』の全戦力を把握している人物。

 

 妃の中では一番目という建前。本人曰く、気にはしていないというが、子供を身ごもるならば、自分が一番最初でと密かに望んでいたりする。

 

 『遊星騎士団』を所持。性能的には戦闘能力はあまり高くはなく、輸送や補修・補給などに割り振ったような編成をしている。

 

 穏やかで怒った様子が一度もないが、実は怒らせたら最も怖い人物。

 

 テラとアイリス以外は知らないが、『魔眼』の持ち主。

 

 視界内、あるいは相手の名前を見ただけで、その者を『殺す』ことができる凶悪なもので、普段は封印処置されている。

 

 本人も能力を完全把握しているので、滅多なことでは暴走しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリ・ホシノ

 

 年齢は十九歳。

 

 瑠璃色の髪に金色の瞳。

 

 『サイレント騎士団』団長にして、テラの全兵力の九割への命令権を持つ巫女。

 

 実はテラが幼い頃に無茶をやっていたため、このままでは不味いと考えた一族の者達が生み出した、デザイン・チャイルド。

 

 しかし、テラ以上に狂気的なことをしたので、『サイレント騎士団』は他の騎士団以上に名前を持った人工生命体が多くなることになる。

 

 性格は昔は、残虐非道、凶悪、テラの前に踏み込んだものには星ごと破壊するといった、テラ至上主義だった。

 

 今は穏やかで怒ることはないが、人並の感受性があるため、怒る時は『サイレント騎士団』を率いて殲滅に行くくらい常識がない。

 

 対人戦闘は平均より上程度。魔法といった特殊能力持ちであり、魔法実行能力は帝国随一。

 

 彼女一人で一千万までの艦艇の同時操作可能な処理能力を誇る。

 

 

 

 

 

 





馬鹿が行くから、後が落ち着く。
 
馬鹿がいるから、混乱する。

でも、大馬鹿ならば、世界は意外と平穏なのかもしれない。


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