でも、歴史を動かすのは、馬鹿なのかもしれない。
あ、今回の話には、関係ありません。
人は失敗から学び、やがて成功を勝ち取る。
しかし、テラは失敗しても突き破って、やがて通った道筋に偶然に成功を落としていく。
これが、ジョーカー銀河帝国の一般的な常識。
「は?」
アイリスは思わず、手に持った書類を落としてしまった。
第三太陽系の木星居留地における、伝染病の可能性。
医師からの報告により発覚した危機は、皇帝突撃により幕を下ろした。
「・・・・・はい? ちょっと、馬鹿は何処? あの馬鹿が何処に行ったか、誰か知らない?」
素で皇帝はバカ呼ばわりするのは、アイリスだけ。
そんなことはない。結構、多くの人が『皇帝』と書いて、『バカ』と読む人が多い。
「すみません、見てないです」
対して、話を振られたユインシエル・アスレート・エーテルは、大きく頭を下げた。
「ユイが謝ることじゃないから、いいのよ。でも、あの馬鹿は本当に何処に行ったのかしら? まさか、別の星系に突撃してないわよね」
否定できない、と誰もが思う。
愛称のユイで呼ばれた彼女は、データ・ボードを持ち上げて、結果のみ報告を続ける。
「伝染病のウィルスは完全消滅。特効薬も開発済みだそうです」
「そう。なら、データを帝国領内すべてに流して。他の国々にも、そっと流しましょうか」
「そう言ってくれると思いました。特許とかは?」
「必要ないでしょう? 開発したのは、ルリ? オラクルとかが関わっていたらちょっと怖いけど」
発生してから一週間で特効薬を開発できそうな人物―片方は人工生命体みたいなものだが―の名を上げたアイリスに、ユイは小さく首を振った。
「いいえ、テラが偶然にブラック・ジャックさんと一緒にいたので、発見してくれました」
「・・・・・・・」
アイリス、絶句。
「ちょっと待って。それって、伝染病の疑いがあるから、お願いって派遣したのよね? え、特効薬までこぎつけたの?」
「はい。テラが偶然に薬品同士を混ぜ合わせて、奇妙な液体になったところに、ウィルスが混入して。ブラック・ジャックさんが確認したら、ウィルスが死滅していたというわけです」
頭痛がしてきた。まさか、そんなところでバカのスキルが役に立つとは。
「あの『必然好機EX』の馬鹿夫」
「けど、テラのそのスキルに助けられた人は多いですよ」
「多いからって見過ごしていいわけじゃないでしょうに」
確かに、とユイは感想を告げる。
本当に彼は危機によく遭遇する。
ピンチ、トラブル、危険等など。誰かの悲しいや悔しい、苦しいと言った感情が読めるのではと疑うほどに、色々なところに遭遇しては解決して去っていく。
彼を皮肉を込めて、『トラブル・メーカー』と呼ぶ人が多いのも、このスキルのせいだろう。
「はぁ、了解よ。お疲れ様、ユイ。悪かったわね、帰還航路が近かったから調査させてしまって」
「私もちょっと気になってはいたので。でも、テラとは会えませんでした」
「終わったからで飛び出したのでしょうね。きっと今頃は、誰かの隣でピンチを粉砕しているわよ」
きっと、そうだろう。誰かの不幸を滅ぼして、笑顔を振りまいた後に、呆れさせている。
絶対に、と二人は確信してしまうほどに、テラの日常はそういった馬鹿げたことが多い。
わざとやっているのでは、と疑うほどに。
報告を終えたユイは、執務室から出て真っ直ぐにドックへと向かう。
ユイが抱える『レーヴェリア騎士団』の総旗艦がおさめられたドックでは、整備点検が始まっていた。
バッタ達が飛び交い、古くなったり損傷した装甲板や機器を外して、新しいものに交換していく。
「お、ユイじゃん。ヤッホー」
「テラ、ヤッホー。アイリスが探していましたよ」
何故かそこにいる彼に、驚くよりも先に納得してしまう。
「出かけるなら、先に会った方がいいですよ。ちょっと怒っていましたから」
「マジで。どれがバレたのかな?」
考えるほど色々とやっていたのかと、ユイは呆れると同時にちょっとだけ誇らしくなる。
テラがやったことは、大抵が人を救うことなのだから。
そして、多くの人を救うのが、自分の夫であると誇れるのだから。
「また、襲撃されても知りませんからね」
ちょっと意地悪に言ってみると、彼は頭を下げつつ『うー』と唸りだして、ポンっと手を打つ。
「よし、しばらく逃げよう」
「こら、テラ」
ギュッと拳を握ると、彼は空かさず十歩ほど距離を開ける。
「いくらなんでも、アイリスに対して失礼じゃないですか? 親しき仲にも礼儀あり、です」
「そうなんだけどさ」
珍しく言葉に詰まる彼に、何かあったかなと思い返す。
ここ最近でテラがアイリスに対して何かしたのは、伝染病の類だけ。他には何もなかったはずだ。
もし何かあったなら、ネットワークに書き込みがあるはずなので。
テラが放浪癖か、それか散歩好きかはわからないが、一か所にじっとしていられない性格なので、奥様達によりテラの補足及び問題を書き込むネットワークが構築されている。
情報総省のオラクルが管理しているネットワークには、いくらテラといえど閲覧できないプロテクトがかかっており、あのルリでさえ『解りました、防ぎます』と同意を示している。
「今は、ユイと過ごしたいから後でいいや」
すっごい綺麗な笑顔で言われ、一気に赤面してしまう。
時々、狙ったようにこちらを撃沈しようとするのは、彼の天然らしい。
好きな人には自分の感情を真っ直ぐに伝える。恥ずかしいや外面とか関係なく、テラ・エーテルは正直に話すらしい。
しかも、これが最大ではないので、注意しなければ。
『テラの本気の『愛情表現』は、本当に怖いから』。
『骨抜きにされるどころではないので、注意してくださいね』。
アイリスとセラムの二人からの忠告を、しっかりと思いだす。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ。少し買い物に行きますか?」
火照った顔を冷ますように手で風を送りながら、テラへと誘いをかける。
「ん、そうだね。ならちょっと行ってくるよ」
まるで他人に告げるような言い方に、ちょっと首を傾げていると、答えは自分の後ろから聞こえてきた。
「そうね。ユイとも過ごしてあげないと、かわいそうだから。で・も・ね。戻ったら真っ直ぐに私の執務室に来なさい。じっくりしっかりと顛末を聞かせてもらうから」
まるで底冷えするような、恐怖を纏ったアイリスの声がした。
「イエス、アイマム」
「あんたの母親になったつもりはないわよ。妻にならなった覚えがあるけど」
鼻で笑った彼女は、そのまま戻っていった。
「テラ、本当にアイリスに迷惑をかけないようにしてくださいね。またバッタ達による政庁全面改装なんて、させませんから」
「ん、もっと気をつけるよ。隠ぺい工作」
「なんて言ったの?」
「すみません」
拳を突き出すと、彼は両手をあげて謝ったのだった。
その後の時間はとても有意義で楽しく、ユイは元気よく次の航海へと乗り出した。
蛇足、テラ・エーテルは皇帝となってからすでに三百回目の政庁から吊るされるを経験したという。
ユインシエル・アスレート・エーテル。
年齢は二十一歳。
金色の髪に蒼い瞳。
テラ曰く、月の光のように穏やかな金色に、空を封じ込めたような青色とのこと。
性格は穏やかで優しい反面、素手での戦闘を得意とする武闘派の一面もあり。
見た目は童顔で背が低いため、未だに女子高生の制服を着ても違和感がなく、ホンワカお嬢様に見える。
大人ならば敬語、と思い込んでいるため日常的に敬語を使っているらしいが、時々は素が出るので、頑張って修正中らしい。
彼女が抱える『レーヴェリア騎士団』は、奥様達とテラ含めてのすべての騎士団の中で最大戦力を誇り、殴り合い上等という編成をしている。
完全に突撃して殲滅して戻ります、らしい。
主に帝国内を航海しながら、物資や人などの流通状況の把握に努めているので、ほとんど宇宙にいることが多い。
オラクル。
『サイレント騎士団』となっているが、実際はテラ達の一族が秘匿している最大技術『イグドラシル・システム』の一部であり、情報収集用のシステム『シャドー・ネットワーク』の管理者。
人工結晶構造生命体であり、テラの一族の中でも古株。
知識の図書館の番人であり、そこに集められない情報はない、あるいは収められていない知識はないと言われている。
性格は穏やかで怒ったところを誰も見たことがないらしい。
『必然好機』EX
テラが持っているスキルの一つであり、彼自身を追い詰める最大原因でもあるもの。
他者の危機に対しての解決手段を引き寄せる効果を持つが、所持者に対しての危機にはまったく反応しない。
それどころか、解決する危機に比例した上で三乗するほど所持者を危機に陥れるマイナス作用を持つ。
これと、『常在試練・鍛練増加』により、テラは常にトラブルに見舞われることになるが、彼は至って笑顔で過ごしている。
バッタ
正式名称は『バッタ師団』。
歩兵科、航空科、機動科、清掃科、整備科、主計科、海兵隊、近衛兵からなるテラ達の一族が生み出したサポート軍団。
量子コンピュータとニューロコンピュータの複合ユニットとか、ぶっ飛んでいるシステムを搭載した結果、五感を実装した上で第六感も装備した物体。
四つのカメラと六つの足ユニット、その上で黄色いボディを持つ。
元ネタは『機動戦艦●デシコ』の敵型のユニット。
あらゆることへのサポートを行い、常に影日向に活躍するバッタ達だが、時に暴走して色々と厄介事を起こす。
例えば、『お茶が美味しくない』だけで惑星一つ使ってのお茶の栽培から始めたり。
例えば、部品の精度が上がらないで、鉱脈発見からやってみたり。
結論から言えば、自分達が納得できなければ宇宙さえ網羅して解決策を探しだす集団。
大好きなもの、『仕える人達の笑顔』。
彼は今日も、何処かで誰かを救うのでしょう。
誰からも賞賛されなくても、誰からも感謝されなくても。
きっと彼らしく、馬鹿をする。