いくつもの知識を与えても活用されず。
馬鹿の体はきっと、非常識と論外で出来ている、とか。
ジョーカー銀河帝国は、巨大な国家に成長した。
五つの太陽系を支配下におき、他の国々からの侵略戦争にも無傷で勝利を収め、理不尽な要求を突き付けてきた連邦も打破した。
『精強なる帝国軍、勝てぬは皇帝の馬鹿さのみ』。
はっきり言って帝国の誰もが、皇帝の馬鹿さかげんは『銀河最強』と思っている一文だった。
不合理で非常識の塊、物理法則さえも無視しているのではと噂されている皇帝陛下だが、意外にもルールは守ることが多い。
帝国主義、巨大な国家のトップ。
自分の好きにルールとか変えそうなのだが、テラは意外なことかもしれないが、ルールは割と護っていた。
もちろん、人命がかかっていたら、無視することはあるが。
政庁には、執務室がある。
アイリスやアセイラムが使用している執務室意外にも、会議室兼用の執務室などがあったりするが。
中でも特殊な様式として有名なのが、この部屋。
壁一面を書籍で囲まれたここは、図書館ではない。
過去と現在の国家のありようを記した書籍がおさめられた、というわけでもない。
ただ単に、部屋の主が次々に本を買ってきては山積みにしていくので、バッタ達が見かねて本棚を作って言ったら、こうなってしまっただけだ。
「相変わらずね」
アイリスは部屋に入ってすぐ、軽くため息をつきたくなった。
「明日は槍が降るかもしれない、アイリスがここに来るなんて何年ぶりだろうか?」
淡々と語る彼女は、部屋の中央に備えつけられた机とイスから離れて、ゆっくりとした動作で本を開く。
「私の記録が正しいのなら、二か月ぶりになる。違うだろうか?」
「はいはい、二か月ぶりでも三か月ぶりでもどっちでもいいわよ。で、メテオラ、なんで本が増えているの?」
名を呼ばれ、彼女―メテオラ・ウィル・エーテルは、小さく首をかしげた。
「増えている、かな?」
疑問を口にしながら周りを見回した彼女は、最後にアイリスに視線を戻してから、小さく手を打った。
「手狭になってきたとは思うが、これも知識を高めるため。申し訳ない」
「別にいいわよ。貴方がきちんと仕事をして、その結果でえた収入を何処に使おうとね。でも、さすがにこれじゃ」
アイリスも周りを見回して、本だらけになった執務室に、再び溜息をついてしまう。
「貴方の執務上、書籍は必要不可欠なのは知っているけど、もう少し自重しないの?」
「自重はなくして久しい。どうだろう、一緒に探してもらえないだろうか?」
冗談でも嘘でもなく、真面目な顔で返されてしまい、アイリスは思わず顔をしかめて手で抑えてしまった。
知識量で言えば、彼女は奥様達の中でもダントツのトップ。
実行可能魔法数でも誰の追随も許さない、完全フルバックタイプ。
だというのに、時々の会話がボケ以下に聞こえるのは、何故なのだろうか。
「テラみたいなこと言わないでね」
「仕方ない、私はあの人の妻。非常識であるのは、必然ではないだろうか?」
「必然であるわけないじゃない。メテオラまで毒されないでよ」
思わず叫びそうになって、グッと堪えたのは偉い。アイリスは自分で自分を褒めたくなった。
「毒されてはいない。私は最初からあの人に心酔している」
手に持った本を閉じ、頬に手を当ててうっとりとする彼女に、アイリスは拳を握り締める。
「メ~テ~オ~ラ~」
「冗談だ。ごめんなさい」
丁寧に頭を下げる彼女に、宰相はため息を深々とついた。
「それで、本題は?」
「貴方のその切り替えの速さ、私がついていけないから、止めて」
「さっきの冗談にも?」
「冗談だったの?!」
凄まじい事実を突きつけられ、アイリスは軽く意識が遠のく気がしたが、グッと堪える。
対して、メテオラはクスっと笑った。
「私でも冗談くらいは言う。アイリスには言ったことがなかったが」
「セラムには言ったことがあるの?」
「ある。病院を紹介されかけた」
ちょっとだけ悲しそうな顔をするメテオラに、アイリスはその時の光景がありありと脳裏に浮かんだ。
きっと、今のように真顔で冗談という雰囲気さえ消して、丁寧に穏やかに話して『冗談』と告げなかったのだろう。
何時の話なのか、アイリスは聞きたくなったが、聞くのを止めた。
きっと、アセイラムにとってはトラウマになっているだろうから。
一つ二つと打ち合わせした後、アイリスは退出していった。
「・・・・ところで、我が夫殿は何時まで隠れているおつもりか?」
「ん。相変わらず古風な言い方しているね」
本棚の影から姿を見せたテラに、メテオラは呆れた顔を見せる。
「最近は古い本を読んでいるから影響を受けてしまう。今回は何をやらかしたのやら?」
「え、いや、何にもしてないよ。ただ、アイリスを後ろから抱き締めたら本気で怒ってさ」
ちょっと苦笑しているテラに対して、メテオラは半眼で見つめた。
「気配を消して近寄らないように忠告したはずだが?」
「うん、だから鈴の音を鳴らして近づいた」
「何時に?」
「午前二時」
ブイサインするテラに対して、メテオラは分厚いカバーの本を取り出す。
「新しい魔法を覚えたので、実験台に」
「ちょ!? いや気配消してないし! アイリスも疲れていたからねぎらっただけなのに!?」
「それはねぎらったというより、『脅かした』というべきだろう。違うか、我が夫殿?」
「そうかなぁ」
本気で解っていなさそうなテラに、どういったものかとメテオラは思案するのだが、何を言っても理解しなさそうだと諦めた。
「それで、私に要件でも?」
「最近、顔を見てなかったなぁと思ってさ」
「こんな顔でよければいくらでもだ、我が夫殿」
「いや、その言い廻しって何?」
「ダメだろうか? 私は気に入っているのだが」
小さく首を傾げるメテオラは、全身から小動物オーラを出しているので、とても可愛く見えるが。
テラは騙されない。
彼女が魔法等を使って、意図的にそんなオーラを出して、何かを隠しているのはすぐに解った。
問題はそれが何かなのだが。
「どうしました?」
少しだけ前の口調に戻ったメテオラは、ゆっくりと歩いてくる。
歩幅は何時も通り、歩調も変わらない。
けれど、長年の勘のようなものが、彼女に接近したらダメだとテラに警告を送る。
「そのさ、メテオラこそどうしたの?」
「我が夫殿に久しぶりに会えて、少しだけ気分が高揚している。ただ、それだけだが」
「へぇ~~~ああ、なるほど」
チラリと周りを見回したテラは、接近してくる複数の気配を感じ取った。
「囮?」
「正解」
困ったという顔で笑うメテオラ。
なるほどと頷くテラ。
両者が笑い合っている間に、扉のドアを蹴破る勢いで、三つの影が入ってきた。
「テラ!!」
「いましたね!」
「何をやったんですか?!」
アイリス、雪菜、ユインシエルの三人が、それぞれに突撃。
その瞬間、テラは魔法を実行。転移系を実行しかけて、強制停止を食らった。
「忘れては困る。私は貴方と魔法戦で張り合える」
「忘れてないよ。ただね、前より速くなったなぁって」
「『神帝』の妻として、またまだ未熟だと悟って特訓していた。この場は大人しく捕まってくれないだろうか?」
「ええ~~嫌だ」
そして、テラはその場から消えた。
「え? え?」
メテオラ、思考停止。
「え?! 今のどうやったんですか?!」
雪菜、力を感じなかったため驚愕。
「何をどうしたら、抜け出せるのですか?」
ユインシエル、周りを見回しながら疑問を浮かべる。
「はぁ、本気で嫌がるなんてね」
アイリスだけは知っているらしく、呆れて首を振っていた。
「疑問なのだが、どうやって逃げたのだろう?」
「認識をズラしたのよ。個人じゃなく、世界のね。で、拘束した人物が別人だと認識させて、抜け出したの」
アイリスの解説に、三人は悲鳴をあげて追加説明を求めたのだった。
長い廊下を歩く。
まとまった書類を抱えながら歩いていたメテオラは、不意に書類が軽くなった気がした。
「手伝うよ」
「気配を消して近づくなと忠告したのは、無駄らしい」
テラが笑顔で書類の束を持っていて、メテオラは小さくため息をついた。
「消した覚えないんだけどな」
「貴方は自然とそうやるから、アイリスが怒る。好きな子に悪戯したい年頃でもないだろうに」
「だから、消してないって。悪戯っ子でもないし」
「本当に?」
横を歩くテラの顔を見上げるメテオラに、彼は大きく頷いた。
「では、何故だろうか? 気配遮断の装備でも・・・・・」
「あ、そういえば新型礼装を預かってたんだった」
「本気で怒るから」
グッと拳を握るメテオラに、テラは慌てて謝罪したという。
「ところで、どうして追跡されている?」
「ああ、記念式典に参加したくないって言ったからじゃないの?」
「記念式典?」
「うん、俺が字を貰った日の」
「いや、それは駄目だろう」
メテオラ、再びの半眼に対して、テラは『嫌なものは嫌だ』と答えた。
その後、アイリスに見つかったテラは、セラムの泣き落しで式典に参加することになった、らしい。
メテオラ・ウィル・エーテル
年齢は19歳。
薄灰色の髪に蒼い瞳。
テラ曰く、『鳥の羽毛のように柔らかな髪と、遥かな蒼穹の瞳』。
基本的に穏やかで物静か。本を読んでいて一日が終わることなど、日常茶飯事。
帝国の書類整理、過去のデータベースの作成、あるいは教科書の編纂委員会のトップとかをしているため、執務室が本で埋まる。
という建前を持っている。
魔法の保有数トップを誇り、テラでさえ魔法戦では遅れをとる。
最大級のフルバック、あるいは遠距離攻撃のエキスパート、広域殲滅戦得意の魔女。
彼女の保有している『識天騎士団』も、遠距離からの攻撃手段を主体にしており、近接対応は皆無といった偏った編成をしている。
また情報精査に長けており、探査系の能力も持っているため、『サイレント騎士団』の隠密部隊でさえ接近させない技量を持つ。
馬鹿は、今日も馬鹿でした。
でも、自分のことを祝われるのは。
馬鹿でも恥ずかしいことに、かわりはなし。