馬鹿はどうにかこうにか、色々と考えて日常を過ごしているのだが。
それが他人からは非常識に見えるらしい。
けれど、周りの人は自分達の常識で馬鹿を計ろうとして。
結論として、馬鹿の理論に振り回されるわけで。
その日は珍しく政庁は静かな日を迎えていた。
「あれ、私って今日は一度も叫んでない?」
「平和が一番ですよ」
ボケ満載の宰相の言葉に対して、皇帝代理はやんわりと諌める。
「あ、そうね。私ったらどうしたのかしら? 平和が一番よね。そう何事もなく平和な毎日が続けばいい・・・・・・」
穏やかに、ゆっくりと自分の胸に手を置いてアイリスが語る中、乱暴にドアが開いた。
「アイリス!! あの馬鹿何処?!」
「馬鹿夫ぉぉ!! 今度は何をやらかしたのよぉぉ!!」
この日、アセイラムは思った。
平穏とは儚いものだと。
クトリ・エルヴェルカ・エーテルは、久し振りの休日を楽しもうと考えていた。
今まで福祉関係、他の国々から流入してきた孤児のための保護施設の建設やら、情報関係者やらの説得やらで東奔西走していたため、自分の時間が取れなかった。
だから、久し振りの休日に、楽しみにしていたドラマを連続で見ようと部屋に入り、再生開始。
予想通りに自分の好みの展開。
家庭の事情で引き裂かれた幼馴染の悲恋の果ての、大逆転の末に結婚。
近年の帝国では王道ともいえる展開に、ハラハラドキドキで見入っていき、最後の最終話を見終えた後、固まってしまった。
最後の一文、キャスト達の名前が流れた後の最後の一文。
『今回の撮影のために、許可をくれた皇帝陛下にスタッフ一同、心よりの感謝を』を見てしまい。
お気に入り、大好きな展開、心が躍ったこれに、自分の夫が関わっていた。
予告から大好きになっていたのに、あの人は一言も言ってくれない。
それどころか、話のネタにもしてこない。
こんなことは許されるのか、いや許されない。妻として、彼を愛するものとして、理不尽過ぎないか。
ということで、彼女は執務室に怒鳴り込むことにした。
「っていうわけなんだけど、何処にいるの?」
クトリの説明に、アイリスは『はぁ?』という目線で彼女を見ていた。
「その程度?」
「何よ!! アイリスは解んないの?! ドラマの撮影に協力しておいて話もないのよ?! これは立派な夫婦の危機よ!」
拳を握って怒りを示すクトリに対して、アイリスは何処か冷めたような、あるいは達観したような顔をしていた。
「春香って子、知っている?」
「うん、アイドルしてる子だよね。お芝居も上手いよね」
「ロッキー・マドレアルは?」
「ああ! あの映画監督の! あの監督の作品って私は好きなんだ!」
「常葉・弓子は?」
「女優さんでしょ? いい演技するんだよね」
アイリスの口から、次々に有名人の名前が出てくる。その度にクトリはうっとりしたり、感動を口にしたり、色々な表情を見せてくる。
一方で、傍らで聞いていたアセイラムはドンドンと表情が曇っていくのだが、反応を続けているクトリからは見えなかった。
それが悲劇かもしれない。
「アイリスも結構、そういう話ができるんだ。今まで仕事だけで、他はテラ以外興味がないと思っていたのに」
意外だねと告げるクトリに、アイリスは『自分はそんな評価なのか、間違っていないだけに否定し辛い』と内心で思いつつも、残酷な事実を告げるために一呼吸を置いた。
「それ、全員がテラが見つけた人たち」
「え?」
「ちょっと出かけて、『アイドルになりたい』、『よし、手伝う』やら『映画が作りたい』『よし、バッタ達を集めてルリちゃん呼ぶね』とかで集めた人たち」
「・・・・・・・はい?! で、でも、かなり有名な人たちだよ? 超売れっ子な人たちだからけじゃない!」
驚いて百面相する彼女に対して、宰相と皇帝代理は思うのでした。
『いや、自分だって福祉関係者から見ればかなり有名で、『聖母』とか呼ばれているのを知らないのだろうか。そもそも帝国の上層部なのだから、普通に有名人どころじゃない扱いにならないか』と。
「そ。うちの馬鹿夫は、そういったことを平然とやる人なの」
「へぇ~~~」
クトリ、目が完全に死んでいたりする。
一通り、驚いたクトリは、そんなこともあるかと思いなおし、執務室を退出してみた。
改めて、自分の夫の企画外さを噛みしめ、ゆっくりと部屋に戻ろうかと考えた矢先に、問題の人物がそこにいたりした。
「あれ、クトリじゃん。アイリスに用事?」
「あ、うん、テラ。ちょっとテラのことで相談があったんだ」
「へぇ~~そうなんだ」
「うん、テラはどうしたの?」
「やらかしたから報告に来た」
歌でも歌いそうな勢いで隣を通り過ぎる彼に、クトリは曖昧な反応をした後で、廊下を歩いていき、ぴたりと足を止めた。
今、自分がすれ違ったのは誰だろうか。いや、会話がおかしくなかっただろうか。
「テラ?!」
ハッと思いだして慌てて執務室に戻り、ドアを開けようとして怒声に耳を塞ぐことになる。
「この馬鹿夫ぉぉぉぉぉ!!!!」
「わきゃ?!」
「毎回! 毎回!! いいかげんに学習なさいよ! どうしてそう報・連・相ができないわけ!! もう報告だけでもいいからたまにはしなさいよ!!」
聞いたことがない、滅多に怒らないようなアイリスが怒声を上げていることに、クトリは呆れたような顔で執務室を覗き込んだ。
飛び交う筆記用具、舞い踊る書類。怒り狂う宰相に、笑いながら謝っている皇帝。その間にいながら、のんびりとお茶を飲んでいる皇帝代理。
一通りの光景を見終えた後、クトリはそっと扉を閉めた。
何時も通りだ。アイリスが怒るなんて、テラ関係以外ではありえないが、今回はとても凄まじかった。
何が、というか、あの中でのんびりとお茶が飲めるアセイラムの慣れが、とても凄かったといえる。
しばらくして怒声が収まったので、扉を開けてみる。
「クトリ、どうしたの?」
「ん、クトリも報告かな?」
椅子に座ったアイリスと、机に座ったテラが、仲良く書類を見ていた。
ケンカしていたのに、この切り替えの速さは二人が幼馴染でお互いのことを知っているからだろうか。
「あ、うん、テラがいたのに素通りしたから、ちょっと戻ってみただけだから」
「そう? こっちの話ももうすぐ終わるから待っている?」
アイリスの気遣いに、『やっぱり後でいいや』と答えた後、クトリは執務室を後にした。
今日は久しぶりの休日、こういった貴重な時間を大切にしないと、次のいい仕事はできない。
「よっし、他のドラマと映画も見ちゃえ」
気合を入れ直して彼女は自分の部屋に戻って、休日をドラマと映画三昧で過ごしたのでした。
長々と映画とか見ると、一日が終わるころには疲れるもので。
「うん、面白かった」
「そうかなぁ」
隣から差し出されたココアを受取、クトリはその感想に文句をつける。
「面白かったって。あの展開は王道じゃないの」
「いや、そうかも知れないけどさ。帝国の王道って、どうしてもさ」
口調を濁す彼に対して、さらにクトリは追い打ちをかける。
何処がいいのか、どういった感動ができるのかをこと細かく言ってから、傍と気づいた。
「あれ、テラ?」
「ん、どうしたの?」
「何時から?」
「何時からって。映画二本前から、ココアとか持ってきたのに、無言で受け取るから気づいてなかったのか」
「まったく、全然。あれ、私って旦那さまの気配に気づけない、ダメな妻?」
「いや、集中している時なんて誰でもそんなものじゃないの?」
蒼白になって項垂れるクトリを、テラは優しく慰める。
「アイリスとか、セラムとかは、割りとそんな反応で終始することあるよ」
「あの二人は幼馴染だから、その辺の呼吸を心得ているだけじゃないの?」
「それもあるね」
羨ましいとクトリは思いながら、そう口にした。
テラと出会った時には、すでに二人が隣にいた。諦めきれずダメ元で頼んだら、あっさりとOKされて、こうして妻の一人としてここにいる。
あの時も、二人は『まあ、テラだから』で笑って許していたが。
「けどさ、この展開ってどうもな」
「何よ? 王道が許せないって言うの?」
「いや、自分のことのようで、ちょっと恥ずかしい」
テラが照れて言ったことに、クトリはきょとんした顔を向けたのでした。
後日、帝国の王道の流れが、テラが昔にやったことだったのを知ったクトリはアセイラムとアイリスに『ずるい!』と言い放ったそうな。
クトリ・エルヴェルカ・エーテル
年齢は21歳。
水色の髪に前髪の一部が赤といった特徴的な髪に、淡い緑の瞳。
テラ曰く、広大な海に差し込む朝日のような髪に、新緑の森のような瞳。
性格は感情直結、嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しい。演技や嘘で誤魔化さない、真っ直ぐな人物。
福祉関係、難民、孤児、戦災などといった問題に対して動き回っているため、仕事の量はかなり多いのだが、彼女は楽しそうに仕事をしている。
元々、彼女が孤児で色々なことがあったから、誰かにそんな悲しみを与えたくないと思っているから、らしい。
今は後方で仕事をしているが、射撃もできる、近接もいける、回復もできると万能型のため、戦場では遊撃的な立ち回りをする。
彼女が保有している『フェアリー騎士団』も、そのような配置をされているため、色々な場面で役に立つ。
しかし、決定打や一点突破な能力がない、『器用貧乏』になっている。
本人は特に気にした様子もなく、今日も仕事に大好きなドラマや映画にと、日々を楽しんでいる。
馬鹿は人に考えられないことを平然とする。
馬鹿への頼み事は注意して行おう。
そうじゃないと、権力持った馬鹿がやることなので。
下手すると、帝国ごと回すかもしれないよ。