馬鹿と帝国と血の十字架   作:サルスベリ

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 さてさて、今夜も馬鹿が何かしたようです。

 それとも、すでに馬鹿は事を終えた後か。

 彼が行くところは馬鹿馬鹿しいほどの現実と、馬鹿だと呆けるしかない斜め上の真実しかないらしく。

 いや、本当に何してんだろうと笑ってください。






馬鹿を愛してしまった愚かさを笑う

 

 アイリスは、一瞬だけ自分の眼を疑った。

 

 まさか、そんなことはない。ありえない現実を前にして、さすがの宰相も意識が数秒ほど止まってしまう。

 

「百面相で出迎えとは。珍しい対応をするものだな、アイリス?」 

 

 能面のように表情を変えることなく、視線だけを向けてきた人物は、そのまま興味を失ったように頬杖をついたまま、執務室のソファーに体を預けている。

 

「え? いや、ちょっと待って。ここって私の執務室よね?」

 

「その通りだ。なんだ? 久しく会わないうちにボケたのか?」

 

「ボケたわけじゃないわよ。珍しい人がいるから、ちょっと驚いただけ。本当にどうしたの?」

 

 扉を後ろ手で閉めながら、アイリスはソファーの後ろを通って自分の執務机に向かう。

 

 彼女は興味なさそうにチラリと目線を向けた後、頬杖とは別の手を軽く上げた。

 

「代理を頼まれたので、届けに来ただけだ」

 

 ぶっきらぼうで冷たい言葉遣い。深雪とは違った冷たさには、まるで温かみがない。

 

 人間以外の気配とは、こういったものを言うのだろうか。

 

 アイリスはふとそんなことを思い浮かべながら、ゆっくりとイスに腰を下ろした。

 

「代理? 貴方を動かすっていうと・・・・・あ」

 

 誰がいただろうと考えたアイリスは、彼女を動かすことができる人物に思い至り固まった。

 

「なるほど、呆けただけでボケてはおらぬようだな。安心したぞ、アイリス」

 

 面白そうに笑う彼女は、先ほどまでの冷たい印象が残らず消えて、血のように赤い瞳を向けてくる。

 

「ちょっと待って。お願い、ちょっとだけ待って」

 

「よかろう、わらわには時間がたっぷりとある。そなたが望むだけ待つとしよう。しかし、この用事は急いだ方がいいと思うぞ?」

 

「・・・・・よし、お願い」

 

 決意を固めたアイリスに顔を向けて、彼女―クルル・ブラッドフォール・エーテルはとても愉快そうに告げた。

 

「我らの夫が真祖の一人にケンカを売りに行った」

 

「・・・・・・・あいつは何してるのよ?!」

 

 その日、宰相は叫びながら机に突っ伏したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端が何であったのか、後の歴史書に記されることはなかった。

 

 とにかく、ジョーカー銀河帝国皇帝テラ・エーテルが、吸血鬼の真祖の一人の帝国に対して、単独での殲滅戦を開始した、らしい。

 

 真祖、なんて普通の人間が勝てるわけがないのが常識。どう頑張っても不老不死の存在を滅ぼせるなんてできないのだが。

 

 ジョーカー銀河帝国において、それは『絶対に不可能』ではないのが性質が悪い。

 

 政庁直属の『ヴィルティラス』ならば全員が可能。帝国軍でも大佐以上ならば条件付きで可能。警察機構でも百人単位で動けばなんとか行ける。

 

「規格外ってああいう連中を言うのよね」

 

 とある月の姫様は、ジョーカー銀河帝国について聞かれて、そんな風に答えたという。

 

 場所は変わって政庁の執務室。

 

「何してんのよ?! 何がどうなってそうなるわけ?!」

 

 筆記用具が飛びまわる部屋の中、アセイラムは部屋の隅の方の床に座りながら、紅茶を飲んでいた。

 

「あ、美味しい。新しい茶葉ですか?」

 

「ふぅむ、わらわはつい先日に飲んだな。『ヴァルハラ』産地の新種らしいが」

 

「あちらのほうが少し早いのでしょうか?」

 

「さてさて」

 

 隣に座るクルルは、ティーカップを口に運びながら、指を上に向ける。

 

「ときにセラム。我らが夫は、何故にケンカを売りに行ったと思う?」

 

「人が襲われたから、ですか?」

 

「条約がある以上、我が帝国内ではありえん。もしそんな事態になれば、夫殿が動く前に雪菜かメテオラが動くことであろう?」

 

 対怪異戦において、無類の強さを誇るのはこの二人。ユインシエルも対応できるが、彼女が動くと被害範囲が拡大してしまう。

 

 それに、とアセイラムは隣を見つめる。

 

「クルルがいるのに、そんな事態になりませんよね」

 

「わらわを買いかぶり過ぎてはおらぬか?」

 

「きちんと信頼して評価していますから。『真祖の女帝』のクルルを」

 

 古い字を出され、クルルが小さく眉を顰める。

 

「昔、やんちゃしたことを出されると、恥ずかしいものだな」

 

「そうですか? 私はかっこいいと思いますよ?」

 

「そうか? まあいい。実はな、『真祖になった新参者が、アイリスの血をよこせ』とテラに言い放った」

 

 殲滅必至ですね、とアセイラムは感想をこぼす。

 

 愛する人を護るためならば、世界さえ滅ぼす。テラの一族はそういった考えが当たり前で、本当に滅ぼしかけたことが何度もあるほど。

 

 その一族の最高傑作と名高い神帝相手に、『殺してくれ』と宣言しているような発言をするなんて。

 

「今頃、『あちら側』は上に下への大騒ぎのようだ。『第四真祖の眷獣』を完全支配する神帝に宣戦布告したようなものだからな」

 

「でしょうね。本当になんでそんな人が真祖になれたのか」

 

「以前は実力性だったが、今では世襲制らしい。吸血鬼の世界も、世知辛くなったものよ」

 

 世襲制って。アセイラムが少し呆れた顔でクルルを見ると、彼女は小さく微笑む。

 

「永遠を生きると、吸血鬼も堕落し怠惰になり、やがて滅びを望むようになる。生粋の吸血鬼ではないものならば、特にな」

 

 何処か寂しそうにほほ笑むクルルに、彼女がテラと結ばれる時に言った条件を思い出してしまう。

 

 テラが死ぬ前に、『滅ぼす』こと。

 

「そうですか」

 

「そうだ。さてと、アイリス、そろそろ終わらぬか?」

 

 ティーカップをソーサーに戻し、クルルは呆れた顔で目の前の光景を見つめた。

 

「後ちょっと」

 

「うん、後ちょっとだねぇ~」

 

「あんたが言うな!! 理由を説明しなさい!!」

 

 再び逆さ釣りになったテラに対して、アイリスは筆記用具を投げつけ始めた。

 

「うむ、しばらく終わらぬな」

 

 何処かおかしそうに笑うクルルに、アセイラムは小さくため息をついた。

 

「というわけです」

 

「教科書の編纂許可は?」

 

 扉小さく開き、メテオラが顔を見せる。

 

「ごめんなさい」

 

「孤児院の建造物を新築したいんだけど」

 

 メテオラの上に重なるように、クトリが顔を見せた。

 

「ごめんなさい」

 

「各太陽系の航路についての報告はどうしますか?」

 

 その上にさらにユインシエルが覗きこんでいた。

 

「もう少しでしょうか」

 

「軍の予算修正を」

 

 深雪の声が廊下からした。

 

「後もう少しだけ待ってください」

 

「その吸血鬼の人たちが謝罪に来てますよ」

 

 雪菜の言葉に、扉にいた全員が場所を開けたのだが、アセイラムは小さく首を振った。

 

「もう少し待ってください。今だと確実にテラが全力で相手します」

 

 何故か真祖級が勢ぞろいだったが、アセイラムは止めるしかない。

 

 本当に今のテラは、まだまだ怒りが収まっていない。だからこそ、アイリスはああやって自分に釘付けにして鎮めようとしているのだろう。

 

「本当にここは退屈しないな」

 

「クルル、どうにかできませんか?」

 

「無理だな。ああなった夫殿をどうにかできるのは、アイリスか、セラムくらいだろう?」

 

 違うのかと目線で問いかけられ、アセイラムは仕方がないかと腰を上げた。

 

「二人とも! いい加減にしないと私が参戦しますよ!」

 

「え?! セラム! ごめんなさい!!」

 

「ごめん!」

 

「はい、この話は終わりです。さあ、執務しましょう」

 

 パンパンと手を叩いて動き出すアセイラムに、誰も反論せずに業務は始まるのでした。

 

 クルルはそれを眺めながら、『やはり帝国で最強はセラムか』と楽しそうに告げて、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処までも広がる蒼穹、頬を撫でる風は温かくゆっくりと流れていく。

 

 テラ達の一族の最秘奥、それらを護るために生み出された異空間『エデン』の中を漂う巨大な島『ヴァルハラ』の一角にて、クルルは白いリクライニングシートに座り、紅茶を楽しんでいた。

 

「夫殿、随分と早いな。もう説教は終わりか?」

 

「クルル、セラムに言ったでしょ?」

 

 振り返ることなく告げた言葉に、彼はため息交じりに答えながら、彼女の隣の草原に腰掛ける。

 

「もちろん、伝えるべきではないか? 我らが夫殿が何に怒りを感じ、飛びだしていったかを」

 

「別に言う必要ないよ。俺の勝手でケンカを売りに行っただけなんだから」

 

「確かにそうかもしれぬが。ならば、わらわがセラムに話をしたのもわらわの勝手。アイリスが怒ったのも勝手、という話で纏めることになるが?」

 

 いかがかな、と目線で言われて、テラは『それなら仕方がないか』と諦めることにした。

 

「紅茶でもいかがかな、夫殿?」

 

「俺はいいや、味が解んないし。で、クルルはそれだけのために『外』に出たの?」

 

「ふむ、それだけではないが。たまにな」

 

 そこでクルルはテラへと顔を向けて、優雅に微笑みを浮かべた。

 

「振り回す夫殿を、振りまわしてみたい、と考えたまでだ」

 

「ん、なら大成功だよ」

 

「ならば良い」

 

 コロコロと鈴が鳴るように、クルルは笑ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルル・ブラッドフォール・エーテル。

 

 年齢は不明、少なくとも千は超えているらしい。

 

 桃色の髪に赤い瞳の少女。

 

 テラ曰く、『桜のような淡い色の髪に、命の鼓動のような色の瞳』とのこと。

 

 帝国内において、特に役職や役割を持たない自由人。『エデン』の『ヴァルハラ』の一角に居を構え、滅多に外に出てこない。

 

 吸血鬼の中でも特に古い存在であり、真祖に最も近いと言われており、吸血鬼達の中では崇拝に近い感情で見られることがあるらしい。

 

 眷獣は二十四所持。圧倒的な能力値を誇るため、本気の殺し合いになればアイリスや雪菜でさえ勝てない存在。

 

 見た目八歳の奥様達の中の『ロリ』系統筆頭。年齢は確実に誰よりも年上なのだが、この見た目のために『未成年ですよね』と職質や補導などは日常茶飯事。

 

 そのため、公式行事の時は二十歳くらいに変化して参加するので、クルルは二人いるなどといわれることもある。

 

 彼女の抱える『スカーレット騎士団』は無限再生を主眼においた、機械生物ばかりの集団。

 

 攻撃力や防御力よりも、その粘り強さや撃たれ強さが有名。

 

 しかし滅多に出撃することはないので、全騎士団の中でも正体不明として恐れられているらしい。

 

 彼女がテラと一緒になる時に出した条件は、奥様達の中では有名な話。

 

 『そなたが死ぬ前にわらわを滅ぼしてほしい。そなたのいない世界など、無意味でしかない』。

 

 

 

 




 
 馬鹿の周りの人が常識人ばかりなんて、そんなことはありません。

 時に馬鹿を振り回すこともある人だっていますから。

 けれど、誰もが馬鹿のために動いて、馬鹿を愛してしまって。

 そうして、帝国は回っていきます。

 不思議なんですが。



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