ちょっとお疲れ気味の天海春香にリラクゼーションとして催眠術を掛けることになったのだが・・・。
シナリオ原案:海腹P
この作品はこの動画を元にしたノベライズ化作品です。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10474257
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16502329
「ただいま戻りましたー。」
俺は765プロの事務所のドアを開ける。
765プロは芸能プロダクションだ。しかし決して大きなプロダクションというわけでは無い。所属アイドルは15人、事務所のあるビルも設備は十分とは言いがたく、フロアもそんなに広いわけでは無い。
俺はそんな765プロで15人のアイドルを売り出すプロデューサーとして仕事をしている。とは言っても実質管理しているのは12人で、残り3人は「竜宮小町」というユニットを組んで同じ765プロのプロデューサー、秋月律子が管理している。
「ん?春香しかいないのか?」
事務所の中に入るとすぐ左手側にソファーと大型テレビが設置されている。そしてさらにその奥に俺たちの仕事場となるデスクが置かれているのだが、そのソファーの所には765プロ所属のアイドル、天海春香が座っている。
が、それよりも、いつもと違和感を感じるのは、事務の音無小鳥さんの姿が無い事だ。いつもなら常に事務所に常駐し、デスクの前に座っているはずなのだが。
「あ、おかえりなさい、プロデューサーさん。小鳥さんなら今外出中で、私今お留守番なんです。」
「そうか」
よく見ると春香の目の前のテーブルには勉強道具、教科書、ノートが広げられている。
「ん?テストが近いのか?」
「はい、来週期末テストなんです。全然勉強できていなくって、やばいんですよ~。」
そういえば同じような光景を前にも見たことがある。中間テストの時だっただろうか。あのときはまだ忙しくなかったと言うことも有り、やよいや響達と一緒にテーブルに向かって勉強していたことがあった。あのときはギリギリ赤点は免れることができたらしい。だが、今となっては2人とも仕事が忙しくなったためか、春香1人で勉強を続けている。自宅で勉強した方が良いのではとも思ったが、春香本人が言うには事務所の方が勉強がはかどるという。やはりこないだ一緒に勉強していたことが影響しているのだろう。今回もなんとか赤点だけは免れてほしいものだ。
俺は事務所奥の自分のデスクに座り、パソコンの電源を入れる。しかし、小鳥さんが外出中というのも珍しい。なにがあったんだろう。そんな事を気にしつつも俺はパソコンのディスプレイに向かい、自分の仕事に取りかかる。所属アイドル達のスケジュール管理である。12人のアイドルの管理ともなるとかなりの重労働だ。特に12人みんな竜宮小町との相乗効果で様々な所からオファーが殺到しており、それらの調整だけでかなり疲労が溜まる。あぁ、こんな時には甘いスイーツが食べたい。
事務所の中はしばらく静寂が続いていた。聞こえてくるのは俺のパソコンから聞こえてくる、キーボードを叩く音だけだ。そういった時間がしばらく続く。
春香の勉強ははかどっているのだろうか。やはり俺自身としてはアイドルとしての仕事も勉強の方も頑張ってもらいたいものだ。そんな事も気にしながら、自分の作業も一息つける。そして、ふと事務所の壁に掛けられたホワイトボードに目をやる。
そのホワイトボードには所属アイドルのスケジュールがびっしりと書き込まれ真っ黒になっていた。今思い返せば、ちょっと前までは竜宮小町以外のスケジュールはほぼ真っ白の状態だった。いや、亜美、真美達が落書きをしていたため、違う意味で真っ黒になっていた。
そういえばあのときもこの事務所はアイドル達の出入りも激しく賑やかだった。今となってはみんな忙しく事務所に顔を出すこともほとんど少なくなってしまった。この状況に少々寂しい気もする。いや、何を言っているんだ俺は。こうすることがプロデューサーたる俺の仕事じゃ無いか。むしろこの状況を喜ばしく思わなければ。
そういえば春香の勉強ははかどっているのだろうか。
俺は席を立ち、春香の方を見る。
俺の立ち位置からでは春香の頭しか見えないが、その頭はコクリ、コクリとゆっくりと下がっては急に頭を上げる、そのような動作を繰り返しているように見える。やはりアイドルとしての仕事が忙しく、疲労が溜まっているせいなのだろうか。近くまで行って見てみると、やはり右手にシャープペンシルを持ちながら居眠りをしている。春香の上下に動く頭は今にも目の前のテーブルにぶつかりそうだ。このままでは危険なので俺は春香をソファーの横に倒す。春香は未だにそのまま眠り続けている。
「むにゃむにゃ・・・この催眠誘導機で・・・この婚姻届に・・・プロデューサーさんのハンコを・・・むにゃむにゃ・・・。」
・・・寝言だろうか?いったいどんな夢を見ているのだろう・・・?
「はっ!私今寝てました!?」
「あぁ、眠ってた。」
「いけない!まだ沢山勉強しなくちゃいけないのに!」
そう言って再び教科書と向き合い、勉強を始める春香。
この状況を見ていると、最近のハードスケジュール、睡眠も十分に取れていないようにみえる。この状況、俺の手で何とかできないだろうか。教科書とにらめっこを続ける春香を見ながらしばらく考える。・・・あ、また眠ってしまいそうだ。春香のまぶたが閉じかけようとしている。
そうだ。趣味として習得した『あれ』を使ってみてはどうだろうか?俺は春香に話しかける。
「なぁ、春香。催眠術に興味は無いか?」
「えっ、催眠術ですか・・・?」
「そうだ。最近趣味で始めたんだが・・・催眠術にはリラクゼーションの効果もあるらしい。今の春香は疲れているようだからちょうど良いと思ってな。どうだろう?」
「催眠術ってテレビで見るような、体が動かなくなったり、声が出なくなったりする奴ですよね!?面白そうですね!是非お願いします!」
彼女が催眠術に興味を持っているようで良かった。
「じゃあ、俺がこれから催眠術をかける。頭とか肩とか触ったり掴んだりするけど、いいな?」
「あ、はい。」
俺は左手で春香の頭の後ろ、首の付け根部分を少し強めに押さえる。そして右手は春香のおでこの部分を軽く押さえる。
「すまんがこの状態で質問していくからな。春香、お前、正座したことあるだろ?足折り曲げて正座しているとどうなる?」
「え、はい。」
「朝、目を覚ましたとき、体の下になってた腕がしびれてしばらく動かせなかかったこと、あるよな?」
「・・・で、すよね・・・。」
「で、今おれは春香の行動部の血管を抑えている訳だな。後頭動脈をぎゅーーーっ、と。頭に向かう血の流れを抑えてる。さぁ、どうなる?」
「・・・あたま、の力がはいらなくなる・・・?」
「そうだな。今、春香の頭の力が抜けていって、細かく考えるのがおっくうになっているだろ?でも、考えることはできる。な?」
これはいわゆる後頭動脈圧迫法という誘導法だ。左手で後頭動脈を押さえている訳だが、決して血流を止めているわけでは無い。完全に止めてしまっては春香は気絶してしまう。いわゆる「落ちた」という状態だ。この状態になってしまっては催眠誘導は失敗となる。そうならないよう完全に血流は止めず、ある程度、少しの血流を流している。
そして春香が同意するような質問を立て続けに投げかける。これはイエスセット呼ばれ、こうすることで「はい」と答えやすい心理状態を作り出し、自分が催眠術にかかっていると思わせるという手法だ。
春香は俺の腕の中で完全に脱力しきっている。少しずつ後頭部を押さえている左手の力を緩め、脳への血流を少しずつ戻していく。それでも春香の頭の力は抜けたままだ。春香の顔を見ると、まぶたはわずかにピクピクと動いているもの閉じたままだ。この状態が催眠状態、春香はすでに催眠術にかかっているというわけだ。
「今から俺は春香から手を離す。手を離すと、今よりも更に深いところに入ることができる。安心していいぞ。側で見ているから。俺が手を離したら深い所にいくぞ。ほら。」
そして春香をさらに深い催眠状態へと誘導させていく。春香の頭を押さえていた左手を離し、春香の首の後ろにある右腕を引き離し、ソファーへもたれかかるように春香の体を倒す。
このとき、事務所のドアを開ける音が聞こえた。
「ごめんなさいねー、春香ちゃん、お留守番頼んじゃって・・・って、プロデューサーさん!?」
聞き覚えのある声。音無小鳥さんの声だ。小鳥さんは事務所に入ってくるなり、今の、俺と春香の状況を見てびっくりしたような声を上げる。
「プロデューサーさん、なに春香ちゃんにまで事務所で催眠かけちゃってるんですか?しかも後頭動脈圧迫法で!?」
「いや、これにはちょっと事情があってだな・・・。春香のためと思って・・・。」
春香ちゃんにまで・・・という言葉に引っかかるかも知れないが、実は催眠術をかけるのは春香が最初では無い。他の765プロのアイドル達にも掛けたことがあるのだが、それに関してはまた別の話だ。
「まったく・・・ちょっとは自重して下さいね!」
小鳥さんは呆れたような表情で自分の席に戻っていった。まあ、完全にダメだと言われているわけではないので、このまま春香への催眠術は続けることにしよう。
と、ふと小鳥さんの方を見ると、自分のテーブルの上に何か置かれている。よく見ると、それは近所では有名の、巷では入手困難と言われている有名なスイーツが置かれていた。そして、それを美味しそうに食べる小鳥さん。そして、一口食べる毎に至福の表情を浮かべる。ちくしょう、もしかして外出していたのはこのスイーツのためだったのか?そして俺たちの分は無いのか?
そうだ。せっかくだから小鳥さんに催眠術でいたずらを仕掛けてやろう。食べ物の恨みは大きい。
「さて、春香。今から俺が三つ数えるといったん目をさますことができる。見ることも聞くことも、そして話をすることもできる。さ、三つ数えるぞ。ひとつ、ふたつ、みっつ!」
そう言って俺は右手で指をパチンと鳴らす。ゆっくりと目を開ける春香。
「よう、おはよう春香!」
「あ、プロデューサーさん、おはようございます。」
春香の瞳は少々虚ろのままだが、俺の挨拶にきちんと挨拶を返す春香。
「どうだ?催眠術にかかった感想は?」
「あ、えっと、なんか頭がちょっとぼーっとしてて、けだるいかなあ、って。あの、私、本当に催眠術にかかってたんですか?」
「うん、春香は本当に催眠術にかかってたのかな・・・?ところでな、春香。」
「あ、はい。」
「せっかく催眠術にかかったんだ。ちょっと春香には、不思議なことを体験してもらおうと思うんだが。どうだ?」
「あ、はい。いいですけど・・・。」
「よし、そうか。さっそくで悪いんだが」
俺はまた右手で指をパチンと鳴らす。それと同時に左手で春香の頭を押さえ後ろに押し倒す。そしてその春香の体をソファーに倒しながらも右腕で、抱きかかえるようにしっかりと支える。
「はい、力がすーーーっと抜けていく。すーーっと抜ける、すーっと抜けていく。みっつ数えると、春香の全身の力は、更に抜ける。俺がしっかり支えているから、全身の力が抜ける。必ずそうなる。ひとつ、ふたつ、みっつ!みっつ数えると、全身の力が、もっっっと抜ける。ひとつ、ふたつ、みっつ!はい、ずーーーーーーん、と力が抜けていく・・・・。」
そして、俺はまぶたを閉じたまま脱力している、催眠状態の春香に暗示を入れる。
「今から春香に、アイドルとして、芸能人として、正しい挨拶の仕方を教える。芸能界の挨拶は、いつでも「おはようございます」。実はそれ、ちょっと間違っていた事が分かったんだ。正しい芸能界の挨拶、それは・・・。」
「今から三つ数えると、いったん目を覚ます。目が覚めると、さっき俺が言ったことは覚えていないが、必ずそのとおりになる。ひとつ、ふたつ、みっつ!」
俺は三つ数えると春香の体を大きく揺らす。その衝撃で春香は閉じていた瞳を開く。そのことを確認した俺は大きく元気な声で挨拶を「おはよう!」と声をかける。
「わ、わわわっ!プロデューサーさん、どどどどうして抱っこされてたんですかぁ、私?!ああの、正直うれしいんですけど、そんな事務所では人前でほら小鳥さんもいるのに、えっと婚姻届は」
今自分が置かれている立場が理解できないのだろうか。春香の体を支えている俺の顔を見て慌てて体を起こす春香。少々頭の中も混乱しているようだ。でも、婚姻届って・・・?
そんな春香を落ち着かせるよう声をかける。
「ま、まぁ、落ち着けよ。ほら、深呼吸、深呼吸。」
「は・・・はい、すーはー、すーはー・・・。」
「それより、今日は挨拶のレッスンをするんじゃなかったのか?」
「え・・・?あ、そうでしたっけ!」
そう言って春香はソファーから立ち上がり、俺の方を向き、丁寧に深々とお辞儀をして「おはようございます、プロデューサーさん!」とあいさつする春香。
「ん、よし。じゃあ、次は、小鳥さんに、挨拶の練習。」
「はいっ!」
そう言って春香は小鳥さんの元へと向かっていった。
「おはようございます、小鳥さん。」
「え?なに?どうしたの突然、ってちょっと春香ちゃん!?」
その直後、春香は小鳥さんの頭を両手で押さえると、決して豊満では無いが膨らみかけの胸の谷間に力強く押さえつけ始めた。小鳥さんは必死に春香の腕を振り解こうとするが、春香の力が強すぎるためか、振り解くことが出来ない。
「ちょ、ちょっと春香ちゃん!もごもご・・・」
「そう、そんなふうに抱きしめてもっともっと自分をアピールしてこそ、アイドルだ。だから、もっと抱きしめてしまう。」
「こ、これ、プロデューサーの仕業なんですね!早く何とかして・・・もごもご・・・」
若い女子校生アイドルである春香の胸に顔を埋める、もとい、春香本人によって無理矢理埋められる小鳥さん。あぁ、なんか男としてもうらやましく・・・。いや、いかん。これはスイーツを独り占めしようとした小鳥さんへの仕返しなのだ。
「うらやましいなぁ小鳥さん。若いアイドルにそんな事させてもらえるなんて。なかなか経験できる事じゃ無いですよ。」
「そんな事どうでもいいですから!早く春香ちゃんの催眠を解いてください!」
うーん、仕方が無い。そろそろここらへんで催眠を解いてあげよう。
「三つ数えて指をパチンと鳴らすと催眠から覚める。さん、に、いち。」
俺は指をパチンと鳴らす。
「え?あああああああああああ!私ったら!ごめんなさい、小鳥さん!」
催眠から解けた春香。今の自分の置かれている状況を把握するには時間はかからなかったようだ。あまりの恥ずかしさに大声を上げ顔を真っ赤にする春香。慌ててその手に押さえていた小鳥さんの顔を自分の胸から離す。
「もう、そんなことで怒ってたんですか?そんなことしなくてもちゃんと全員分冷蔵庫にしまってありますよ!」
「えっ・・・?」
俺は慌てて事務所の冷蔵庫の中を開けて確認する。中にはさっきまで小鳥さんが食べていたスイーツと全く同じものがあった。しかも765プロ所属のアイドル全員分だけでなく俺や律子、社長の分まで。
「でも、今回の件でプロデューサーさんの分はお預けです!」
「え・・・」
「じゃあ、プロデューサーさんの分、私が頂きまーす!」
「えっ、あ、春香、ちょっと待っ・・・。」
と言いかけた瞬間、俺の分のスイーツは春香の口の中へと消えていった。至福の表情を浮かべる春香。
そうだ、黙ってもう一個ぐらい食べても食べても大丈夫だろう。食べられなかったメンバーには申し訳ないが。どうせならばそれが社長であって欲しい。そう考えながら俺は冷蔵庫の中のスイーツに手を伸ばす。
と、そのとき。
「ただいま戻りました!」
事務所の入り口の扉が開き、律子の声が聞こえた。他にも大勢の足跡が聞こえてくる。
「ただいまだぞ!あれ?なんか甘くていいにおいがするぞ?」
その声は響だ。
「あらほんと、これは滅多に手に入らないと言われるあの有名スイーツじゃ無いかしら?」
「ホントだ!ボクこれ食べてみたかったんですよ!」
と、伊織と真の声も聞こえてきた。もしかして・・・。
「あらら、皆さん帰ってきたのね。それに社長まで。冷蔵庫にスイーツあるから食べていってね。なかなか手に入らないレアものよ。」と小鳥さん。
・・・ん?社長まで!?ということは俺の取り分は無くなるって事か!
「あれ、ハニー?冷蔵庫の前で固まって、どうしたの?」
と美希が話しかけてくる。
「・・・いや、なんでもない・・・。」
ちくしょう、こうなったら立ち食い蕎麦のハシゴでもしてやろうか。
「立ち食い蕎麦のハシゴ・・・面白そうですわ。是非私もお供させて下さい。この後スケジュールは空いていますので。」
ありがとう、貴音・・・。
まもなく太陽はビル群の中に沈もうとしていた。
おわり
本来は「小説家になろう」サイトで公開するつもりだったんですが、
「小説家になろう」サイトは二次創作作品は公開禁止だそうで。
また思いつきですが、今回はプロデューサー視点で描いてみましたが、
春香視点で描いてみるのも面白いかも。
これくらいなら薄い本として出しても大丈夫かな?