対大洗戦の前夜、突然そんなことを言い出した愛里寿に動揺する隊員たち。はたして愛里寿の真意は?
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一.
そもそもこんな試合、乗り気ではなかったのだ。
私だけではない。いま集められているみんなから、覇気とかやる気といったものは感じられない。
選抜。かっこいい響きだ。特別な存在って気がする。自分がそれに選ばれた時はずいぶん誇らしくも思ったものだけど。それがいまはどうだろう。
私は、なんのためにここにいるのだろう。こんな、北の地まで来て。
幼い頃から戦車に親しんできた。中学も高校も戦車道のある学校に進み、それなりに努力し、成果も出してきた。
うぬぼれではない。大学生になって、選抜強化チームの一員に選ばれたことがその裏づけだ。
でも、それなりに高い位置まで登ってきたからこそわかることもある。私は天才ではない、ということだ。世の中には、凡才がいくら努力しても及ばない位置に立っている人間というのがいるものだ。
たとえばそう、我が大学選抜チームの隊長がそうだ。
天才という言葉は定義が曖昧だし、あまりに簡単に使われすぎて陳腐化してしまった感さえある言葉だけれど、でも、あえてこう言おう。戦車道の名門、島田流家元の長女にして我らが大学選抜チームの隊長、島田愛里寿は天才である。
これはなにも戦車道の才能に限った話ではない。彼女は齢十三にして飛び級して大学生になった、本当の意味での
島田愛里寿。生まれつきの才覚に加え、家元の娘として英才教育を施されてきた戦車乗り。その強さは常軌を逸している。その戦いぶりは、ただ、敵でなくてよかった、と思うばかりだ。
正直、最初はあなどっていた。だって、見た目は子供なのだ。天才だという評判は聞いていたけど、お勉強と戦車道は違うものだよお嬢ちゃん、とタカをくくっていた。大学選抜チームの責任者は島田流家元その人だから、親の威光で隊長に据えられただけのお飾りだろうと。島田流の名を喧伝するための演出にすぎないのだろうと。
いま思い返すと、自分の認識の甘さと世間知らずさを恥じるばかりだ。
「ねえ、ねえ」
右となりに座るチームメイトに肘を叩かれた。普通だったら肩でも叩く所だろうけれど、小さい折りたたみ椅子をみっちり並べた空間に座っているため狭いのだ。
呼びかけてきたのは、私が車長を務める
「明日の試合、どう思う?」
「どうもこうもないでしょ」
別に彼女が悪いわけではないのに、ついきつい言い方になってしまう。
「……だよね」
はぁ、とため息をついたら、ふたり、同じタイミングでかぶってしまった。
夏休みは、この選抜チームの訓練や練習試合にかなりの日数を奪われた。大学の夏休みが高校などのそれより長いとはいえ、青春の大部分を戦車道に費やすことに変わりはない。
それでも先日、社会人チームとの交流試合を終え、その時の反省を生かした練習、紅白戦などを経て、今頃は実家に戻れているはずだった。それがいきなり延長されて、いま、私たちは北海道にいる。
突然、試合が決まったのだ。
突然、というのは、本当に突然だった。
戦車道は素手で殴り合う格闘技とは違い、大がかりな準備が必要だ。大抵の場合、試合日の一週間前までに試合会場が指定され、そこへの移動や戦車の整備などの準備を経て当日に臨む。
それが今回の試合は、私たちに知らされたのが昨日だ。
試合自体は前から決まっていたが私たちにはそれが秘密にされていた、というわけではない。試合を行うことそのものが昨日、つまり試合当日の二日前に決まったのだ。
言うまでもなく異例なことだ。
でも問題なのはそこではなかった。
対戦相手、試合の形式、相手の戦力、それに対してこちらが投入する戦力。そしてなにより、そもそもなんでこんな試合が行われることになったのか。判明するほどにみんなの口数は減り、士気は低下していった。
「カール自走臼砲って、いつ認可おりたんだっけ?」
「知らないわよ」
「そもそも私たちって、カールなんて持ってたの?」
「だから、知らないってば」
思わずこめかみに力が入り、眉間にしわを寄せてしまう。左手で眼鏡の位置を直した。
前を見ると、眼鏡のレンズ越しにホワイトボードに掲示されている
戦車道の試合では、試合を監督する戦車道連盟には試合に参加する戦車や選手を事前に申請、登録しておく必要があるが、それを対戦相手に知らせる必要はない。
ではなぜ私たちが、明日の対戦相手の車輌数を把握できているのか。べつに、スパイを出したから、とかではない。
そもそも八輌しか保有していないことが明らかになっているのだ。しかもこの大洗女子学園、ほんの五日前に練習試合を行っており、そこでも八輌しか使用されていなかったことが確認されているから、新しい戦車を導入しているとも考えにくい。
三十輌 対 八輌。
大学生 対 高校生。
選抜チーム 対 ほとんどが初心者の寄せ集め。
……そもそもこんな試合、乗り気ではなかったのだ。
負けて非難されるのは、わかる。でも、勝っても非難されることがわかりきっている試合を、なぜやらなくてはならないのか。
この集まりは試合前日のミーティングだけど、通常は相手の戦力の予測を立てながら様々なパターンの戦術を練り、打ち合わせをする必要があるため、長丁場となりがちだ。しかし今回は、ほんの数分で終わってしまった。
『相手は山岳地帯に我々をおびきよせて分散させて、各個撃破を狙うだろう。カールの砲撃でそれをあぶり出す。パーシングは適宜、残党を処理していくように』
私の、いや、私たちの小隊に与えられた任務は、そのカール自走臼砲の護衛だ。相手の指揮官が優秀な場合――優秀なのはわかりきっている。高校生とはいえ、今年の全国大会の優勝校だ――砲撃の正体が臼砲であることを見抜き、砲撃音と着弾の時差から距離、方角を割り出して遊撃隊を送ってくる可能性もある。遊撃隊にさけるほどの戦力があれば、だけど。
ともあれ、そうなった場合、カール自走臼砲には自衛能力はほとんどない。もとが攻城兵器だ。対戦車戦は考慮されていない。それを護衛するのが、私の率いるパーシング三輌の小隊だ。
操縦手が私と同様に、ぼぅっとホワイトボードを見つめたまま話しかけてくる。
「大洗のさあ、あの、フラッグ車、Ⅳ号の操縦手」
「明日は殲滅戦よ」
「わかってるって。ほら、こないだ観た、全国大会決勝の話」
彼女が話しているのは、大洗女子が優勝した高校戦車道の全国大会の決勝戦のことだ。準決勝と決勝はテレビ中継されるし、決勝戦は後に編集しなおした特別編も放映される。私たちはそれを一緒に観た。強化合宿の間、私たちはルームメイトだったのだ。
「すごかったなぁ。あの、ティーガーの背面に回りこむドリフト」
「ああ。あなた、大興奮だったもんねえ」
うちの操縦手は、乗り物の運転が大好きなのだ。戦車道の選手にはこういう、操縦や砲撃などの特定の分野が大好きで、優秀であっても指揮を執ることにはまったく興味を示さない者もいる。
「あれから調べたんだー。操縦手、二年生だって」
「へぇ」
「信じられる? 大洗で経験者だったの、隊長の西住流だけだよ。四ヶ月とかそこらで、あそこまで戦車を手足のように……」
手をわきわきと動かしながら熱く語っている。操縦桿の動かし方をイメージしているのだろう。一緒に決勝戦の放映を観た時の興奮がよみがえっているようだ。
「あー、二年生かあ。三年生だったら、来年、一緒に組めたかもしれないのになあ」
彼女は大学三年生だ。来年も強化チームに選ばれて、その大洗の子も大学に進学して強化チームに選ばれたなら、一年だけなら同じチームで戦えた可能性もあった。
「まあ」手の動きをぴたっと止めた。「三年生だったとしても、どのみち無理だったかなあ。こんなことになっちゃうんじゃ」
彼女は優れた操縦手を見つけた時、こなくそと思うよりも、会いたい、話したい、友達になりたいと思うタイプなのだ。
「試合が終わった後に話しかけてみたら? タイミングがあればだけど」
と提案してみたけれど、ははっ、と乾いた笑いを返された。
「口、きいてもらえるかな?」
言葉に詰まる。
「……ごめん」
「いいって。べつにあなたが悪いんじゃないし」
そうだ、私たちが悪いわけではない。でも、
明日の試合には、大洗女子学園の廃校の撤回がかかっている。私たちはそれを、圧倒的戦力差で叩きつぶそうとしているのだ。奇跡の優勝を果たした学校を、学校を守るために戦ったけなげな女の子達を、年上である私たちがぶちのめす。
まったく、こんな試合、誰が設定したというのだろう。カールの砲身は、女子高生ではなくそいつに向けるのが正しい使い方だと思う。なんならそこに私のパーシングを加えてやってもいい。うちの砲手はノリノリで引き金を引くだろう。
本当に、こんな試合、乗り気ではなかったのだ。私だけではない。いま集められているみんなから、覇気とかやる気といったものは感じられない。
強化チームに選ばれるほどの強者ぞろいだというのに、背筋の曲がっている者、ぼーっと天井を眺める者、ケータイでメールを打っている者……まるでやる気のない弱小校の部室のような状態になっている。
中隊長の三人は、そんな士気の乱れに気づいているのかいないのか、いつも通りのすました顔で起立していた。
ミーティングが終わり、あとは隊長の言葉でシメとなるタイミングだった。母親――島田流家元から電話がかかってきたとかで、隊長が席を外した。それで、ちょっとした休憩時間となっているのがいまだ。しかし、トイレなどに席を立つ者はほとんどいなかった。ミーティング自体があまりに短時間で終わったからだろう。
「はぁ、いやだなぁ」
操縦手が歯医者に来たみたいな顔をする。彼女は率直な人柄だ。
「戦車に乗るのが楽しみじゃないのなんて、初めてかも」
「……そうね」
本来なら、車長として、小隊長としてはあってはならないことだけど、この時ばかりは同意してしまった。
「あした、お腹いたくなってもいいかな?」
明日と言わずいま痛むような顔だ。思わず笑ってしまう。
「いいわね、それ。じっさい、ストレスでお腹いたくなったりするし」
もっとも、明日になって具合が悪いですなんて言い出したら高確率で仮病を疑われそうだけれども。強化チームから外されるかもしれない。
いや、こんなことに使われるチームなら、外されてしまってもかまわないか。ヤケ気味にそんなことを考えてしまうほどに、明日の試合は乗り気ではなかった。
本当に、私は、なんのためにここにいるのだろう。こんな、北の地まで来て。
「あ、隊長、帰ってきた」
私の位置からは見えなかったが、彼女の位置からは通路が見えたようだ。いちおう姿勢を正し、マジメな顔を作っておく。
私たちの隊長が恵まれているのは頭脳だけではない。容姿もだ。十三歳にして、すでにかなりの美形に成長している。ただ表情には乏しくて、お人形さんみたいだ。
ホワイトボードの前に立つ隊長を見て、相変わらずバルカン人みたいだと思う。バルカン人とはアメリカの有名なSFドラマに登場する宇宙人だ。私は海外ドラマ好きなのだ。
バルカン人のキャラクターはおおむね容姿が整っていて、でも表情があまり変わらないので彫刻みたいに見える。頭脳明晰で、寿命と筋力が人類の三倍くらいある、おそろしく優秀な種族だ。自制心であらゆる感情を押し殺していて、論理のみを追求して生きている。
私たちの隊長も押し殺している感情があるのだろうか。あの整った顔をくしゃっとゆがめて、笑ったり、泣いたりすることがあるのだろうか。十三歳らしい、無邪気な心もどこかに潜んでいるのだろうか。――わからない。
「待たせてしまって、すまない」
あまり大きな声ではないけど、隊長が前に立つ頃にはみんな静かにしていたから、よく透って聞こえた。
「明日の試合だが」
言葉を切り、目線だけを左から右へと動かして、集まった私たち隊員を見回した。それからまた目線を正面に向ける。たまたま隊長の向かいにあたる位置に座っていた私は、目が合ったような錯覚を覚えてしまった。
「この中で、明日になって体調を崩す者があらわれても、私は咎めるつもりはない」
背筋に冷気が走った。考えを見透かされているのかと思った。同じように感じた者が多いのか、ちょっとしたざわめきが起きる。そういえばバルカン人はテレパシー能力もあるのだった、などとバカな考えが頭をよぎってしまった。
「隊長!」
隊長の横に立っていた中隊長たちもおどろいた様子だ。そのうちのひとり、アズミが近寄ろうとする。
隊長はアズミの方を見ず、私たちの方を見すえたままで、片手を挙げて制した。――よく見るとその手は島田流の用いるハンドサインで『制動』の形をしていた。
「みんなには隠しても仕方がないから正直に話す。明日の試合を請け負ったのは、私たち強化チームの責任者」
強化チームの責任者とはつまり島田流の家元であり、隊長の母親だ。
「申し込んできたのは、西住流の家元」
またざわめきが起こる。西住流家元といえば、大洗女子の隊長の母親であり、高校戦車道連盟の理事長だ。そんな、いわば業界のトップ同士で取り決めた試合だったのか。
「気の進まない者もいると思う。しかし試合は決まってしまったこと」
ざわめきのあとに訪れるのは、沈黙だ。
「私たち大学選抜チームを倒すこと。それが文科省の指定した大洗女子学園の廃校撤回の条件」
黙りこむみんなを見て、隊長は続けた。
「
脚の上に置いていた手を、思わず握りしめてしまった。隣の操縦手と顔を見合わせた。
そうだ。その通りだ。そんな単純なロジックに、なぜ気づかなかったのだろう。
私たちはひどいことをしようとしているのかもしれない。けれど、だからやりたくないといって拒否すれば、大洗女子学園は廃校を撤回できる万にひとつの可能性すら失うのだ。
「もちろん、わざと負けてあげようなどと考えてはいけない。私たちは選抜選手であり、戦車道とは武芸だから」
相手が初心者だろうと格下だろうと、全力で戦うことこそが礼儀になることがある。
「明日の試合が終わった後、私たちは非難の的になるだろう。でも、ここにいるみんなには、選抜選手としての誇りを持って試合に臨んでもらいたいと思う。それができない者には、体調を崩してもらってもかまわない。私はそれを咎めるつもりはない」
隊長が再度、みんなを見回す。誰もなにも言わなかった。
「私たちにできることは、明日の試合を全力で戦い抜くこと。そして」
隊長はここで言葉を切り、いちど目を閉じた。適切な言葉を選んでいるような様子だった。
「大洗女子学園の幸運と健闘を祈ろう」
隊長が話を終える。形式通りの挨拶を終えて、部屋から出て行く。中隊長たちはその後につづいた。
私たち隊員は、しばらくその場から動けないでいた。打ちひしがれていたのだ。自分たちのおろかさに。
自分の気が進まないということしか考えていなかった。試合が終わっても非難されるのは私たちの方だろう、ということしか考えていなかった。一言でいって、やさぐれていたのだ。
隊長は、もっと大きなものを見すえていた。戦車道とはなんなのかを、その小さな体で体現していた。
視界の端で、操縦手の手が前後に動いていた。また操縦桿を動かすイメージをしているようだ。しばらくして「よしっ」と声がする。イメージの中で戦車をドリフトさせることに成功したらしい。
「私、明日はいい操縦するよ」
「いつもしてくれないと困るんだけど?」
そう返すと「へへっ」とイタズラっぽく笑われた。こういう顔をした時、彼女はいい操縦をするということを、私はよく知っている。
「私、隊長に一生ついていくわ」
「奇遇ね。私も同じ気持ちだわ」
天才だから。家元だから。そんな資質や家柄の問題ではない。
これは、人としての器の問題だ。
本当に悔しかった。私は何年も戦車に乗ってきて、強化選手に選ばれるほど努力をしてきて、それでいったい、なにを学んできたというのだろう。自分はしょせん凡人で、天才にはかなわないのだと、心のどこかで諦めて、大切なことを見落としていたのかもしれない。
選抜チームに加入してから、初めて本気で反省をした。
生まれつきの天才などでなくてもいい。凡人は凡人のままでもいい。ああ、でも、隊長。どうか、その気高さを私にも――
二.
「はぁ」
ベッドにめがけて顔から倒れこんだ。そのままぐったりと脱力する。
隊長である自分のこんなにだらけた姿は、隊員には見せられない。本来なら中学校に通っている年齢の少女が、平均二十歳前後の大人の集団に混じって、しかも指揮をとる立場にいるのだ。だらしない所を見せれば、しょせん子供かとあなどられる。島田の名を背負った自分に、それは許されないことだ。
ミーティングを終え、食事を終え、入浴を終え、用意された寝室でひとりになった。ようやく『隊長』の殻を脱げる時間だ。もっとも、今日やることなんて、あとは眠るだけだけれども。
布団に突っ伏したままだと呼吸が苦しくなり、顔を上げる。
ミーティングのあと、らしくもない演説を
たとえ戦力では上回っていても、勝利を確実なものにするためには、相手につけいられる隙はひとつ残らず潰しておかなくてはならない。だから隊長として、指揮官として手を打った。それがあの演説だ。
でも、あんなものは茶番だ。
あのあとアズミから「お見事でした」と言われた。メグミからは「お疲れ様です」とも。ふたりにそんなつもりはないとわかっているけれど、皮肉に聞こえて、つらかった。
利用したのだ。みんなの選抜選手としてのプライドを。あんなものはまったく、気高いふるまいではなかった。
でも、そのことで自己嫌悪に陥るようなことは避けなければならなかった。なぜなら、明日は試合なのだから。視野や判断力の低下を招くような要因は排除しなければならない。
強くあるために必要なことは、明晰な頭脳を持って生まれてくることでも、鍛えて強靱な肉体を手に入れることでもなく、不屈の精神を持つことだ。そんな、引退を考える年齢にさしかかったアスリートが悟るようなことを、愛里寿は十三歳にして知っていた。それを教えてくれたヒーローは、いま、愛里寿のタンクジャケットのポケットに入っている。
ベッドから体を起こし、入浴前に脱いで壁にかけていたジャケットから、その子を取り出した。ボコられぐまのボコ、そのぬいぐるみだ。コレクションはいっぱい持っているけれど、こうした遠征にいくつも持ってくるわけにはいかない。ちょうど先日入手したばかりのレアボコがポケットに入るサイズだったから、こうしてひとりだけ連れてきた。
今日の朝、荷物をまとめ終え、出発の時間になってしまってから気がついた。この子は、まさに対戦相手である大洗女子の隊長から購入権をゆずってもらったものだった。なんという皮肉だろう。私は彼女の学校を沈めようとしているのに、彼女からもらったボコを心の支えに戦いに赴こうとしている。
でも、そのことで負い目や罪悪感にとらわれてはいけない。心は強く持たなければならない。そのことを教えてくれたのは他でもない、ボコなのだから。
それに、明日の試合にはもうひとつ、負けられない理由があった。あの時、ぬいぐるみをゆずってくれた時、彼女は「また来る」と言っていた。その場所をなんとかして守りたかった。彼女はきっと、そのことで感謝なんてしてくれないだろうけれど。
「大丈夫」
ぬいぐるみにほほえみかける。
「私が助けてあげるからね」
もしこの場に中隊長たちが居あわせていたら、三人とも同じことを考えただろう。――あんな茶番を打たなくても、その笑顔を見せてくれれば、もっと簡単にみんなの士気も上がるのに。