「う・・・ぅッ・・・こ、此処は?」
学年別トーナメント、準決勝第一試合から数刻後。
意識が回復したラウラ・ボーデヴィッヒは目にしたのは、夕焼けのオレンジ色に染まっている見慣れぬ天井だった。
あの騒動後、気絶していたラウラは直ぐに医療棟に運ばれての精密検査が行われた。
幸いにも身体や脳に異常が見当たらなかった為、彼女は保健室へと移動させられていたのである。
「・・・目が覚めたようだな」
「ッ、教官!」
保健室の扉をガラリと開けて入って来た千冬にラウラは起き上がって対応しようとしたのだが、僅かに身動きしただけで痛みが走り、思わず声が詰まってしまう。
「うッ・・・」
「大人しく寝ていろ。全身に無理な負担が掛かった事での筋肉疲労と打撲だ。しばらくは安静にしておけ」
「は・・・はい・・・」
申し訳なさそうな表情を浮かべるラウラに千冬は少し、安堵の溜息を漏らす。
「・・・ところで教官、一体私に何があったのでしょうか?」
「覚えていないのか?」
「ハッキリとは・・・すみません」
再び申し訳なさそうな表情を見せるラウラに「構わない」と手を見せる千冬。そして、今回の騒動を考え込みながら口を開いた。
「本当は機密事項なのだが、当事者の一人であるお前には話しておかなくてはな。VTSの事は知っているな?」
「は、はい。正式名称は『ヴァルキリー・トレース・システム』。過去のモンド・グロッソ部門受賞者選手の動きをトレースするシステムで、アラスカ条約で今は完全に触れることを禁止されているものです」
「そうだ。そのVTSが・・・ボーデヴィッヒ、お前のISに搭載されていた」
「え・・・ッ」
ラウラは最初、千冬が何を言っているのか理解できずにいた。
その内、思考が追い付いてゆくと身体の末端から痺れるような震えが襲って来た。
「おい、大丈夫かッ?」
「は・・・はいッ」
彼女は完全に思い出した。
自分の欲望に呼応し、自身を喰らい尽くさんと飲み込んだあの恐怖を。
そして―――
「春樹は・・・清瀬 春樹は、ヤツは無事なのでしょうかッ?」
その恐怖から自らを犠牲にするように救い上げてくれた人間を思い出し、千冬の腕をすがりつくように掴んだ。
「・・・・・あぁ、大丈夫だ。命に別状はない」
「そ・・・そうですか・・・(・・・・・ん?)」
「良かった」と胸を撫でおろすラウラ。
しかし、その次に頭へ浮かんだのは、何故に彼が無事である事を安心している自分の『心』であった。
自分の部下を思いやる気持ちとも、憧れの千冬を敬愛する重いとも違う。初めて感じる温かな気持ちに、彼女は疑問符を浮かべた。沢山浮かべた。
「・・・ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「は、はい!!」
しかし、そんな事を深く考える前に名を呼ばれた彼女は思わず返事をし、千冬の方へと顔を向ける。
「ッ!? きょ、教官・・・ッ!!?」
そして、これ以上ないぐらいに眼を見開いて呆けた。
何故にラウラがこれ程まで驚嘆しているのか。
其れは彼女の目の前にいる世界最強の名を欲しいままにしたブリュンヒルデ、織斑 千冬がラウラに対して頭を垂れていたからである。
「な、なにをしているのですか教官?! 顔をあげて下さい!」
「いや、今回の件は私の責任だ」
「な・・・何を言って・・・ッ」
戸惑い動揺するラウラに構わず、千冬は言葉を紡いだ。
自分自身に対し、敬愛以上の崇拝をしているラウラに一介の兵器としてではない一人の人間として生きていて欲しかった事。その為にラウラを冷淡にあしらい、冷遇した事を。
「全てはお前の為だと思っていた。けれど・・・やはり、私は愚か者だったようだ。結局はお前を孤独にしてしまったのだ。ブリュンヒルデと讃えられているが、私にそんな資格はない。・・・・・すまなかった、”ラウラ”」
「教官・・・」
ポタリと自分の頬を温かい雫が伝っていくのをラウラは理解した。
そして、ある言葉を彼女は思い出す。
「『私の代わりはいても、私は私しかいない』・・・・・フフフ・・・アハハハッ」
「ラウラ・・・?」
突然の笑い声に思わず千冬は顔を上げる。
すると、其処にいたのはなんとも朗らかに、そして楽しそうに笑うラウラがいたのである。
「フフフ・・・教官、私はラウラ・ボーデヴィッヒですか?」
「え?・・・あぁ、そうだ。お前はラウラだ、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「はい、私はラウラ・ボーデヴィッヒです! アハハハハハッ」
この時、ラウラは生まれて初めて心の底から笑ったような気がした。識別コードではない自分の名前が、嬉しいと感じた。
「ハハハ! 痛たたた・・・ッ!」
「笑い過ぎだ、馬鹿者。身体に響くぞ」
「すいません、教官。ところでアイツは、清瀬 春樹は何処に?」
この気持ちをラウラは春樹と共に分かち合いたいと思った。
何故なのかは解らなかったが、一刻も早く彼に伝えたいと思ったのである。
「・・・それなのだが・・・」
「どうしましたか、教官?」
しかし、彼女の言葉に千冬は顔を暗くした。
先程言った『命に別状はない』とは、必ずしも『心身共に健康』とはイコールではないのである。
◆◆◆
後日。
ラウラ達のいる保健室から大分離れた場所にある学園内の医療棟。
「ぎゃーッ!!」
その一室で、けたたましい奇声を上げながら医療職員と取っ組み合いをする男が一人いた。
「いい加減にしてください、清瀬くん!!」
「ぎゃぁあ―――ッ!!」
今回の騒動で大暴れした清瀬 春樹その人である。
しかし、アリーナでの暴れっぷりがまるで幻だったかのように彼の人相は酷くやつれていた。
頬はトーナメント初日以上にこけ、目の下にはどす黒いくまが刻まれ、琥珀色に輝いていた瞳は澱みなく淀んでいたのである。
そんな廃人にも見える彼は現在・・・・・
「その小瓶に入っている”モルヒネ”を渡しなさい!!」
「いーやぁーじゃー!!」
・・・モルヒネの奪い合いをしていた。
アリーナコロシアムでのVTS暴走後、一夏並びにセシリアや鈴の三人の専用機持ち達を屠った春樹は故障したアリーナの出撃ピットを破壊した教師部隊と闘争心のままに交戦。
交戦の末、隊員三名を再起不能すると破壊された出撃ピットからアリーナバック内部に侵入。壁面に備え付けられていた消毒用エタノールをイッキ飲みし、急性アルコール中毒で倒れたのである。
その後にこの医療棟に運ばれ、緊急治療が行われた。
幸いにも症状は軽いモノであったが、治療後に行われた精密検査で身体の不調が次々見つかり、この病室に入院する事になった。
「清瀬くーん、良い子だから手を離しなさーいッ!」
「やーん!!」
「す、凄い力だッ!!」
しかし、意識が回復したのも束の間。
どこから持って来たのか。モルヒネを勝手に使用している所を職員に見つかり、こうして取っ組み合いをしている。
「ダメだッ、鎮静剤! 鎮静剤持ってきて!!」
「本当に病み上がりッ? 活きが良すぎるだけどッ!」
・・・大人三人がかりを相手に。
「こ、これは一体何の騒ぎですか?! 外まで声が聞こえてきましたよ!」
『『『ッ!』』』
騒ぎを聞きつけ、病室のドアを開けたのは緑色の髪を振り乱した山田教諭。
「うわぁーん、山田せぇんせーい!!」
「きゃッ? き、清瀬くん!?」
そんな彼女の背後にすかさず身を隠す春樹。
彼はオドオドと身を震わせながら、自分と取っ組み合いをしていた職員達に指を差す。
「山田先生、山田先生。あの人たちが俺に酷い事するんじゃー!」
「そ、そうなんですか?!」
『『『そんな訳、ないでしょうが!!』』』
「ッヒ!? ご、ごめんなさい!」
声の揃った職員に圧倒され、つい謝ってしまう山田教諭。
「そこの清瀬君が薬品室からモルヒネの瓶を盗って来たんですよ!」
「違うもん! 戸棚の中に落ちとったけん、拾っただけじゃもん!!」
「それは『落ちている』とは言いません!!」
「屁理屈言うなー!」
『『『お前が言っているんでしょうが!!』』』
山田教諭を挟んで、言い争う春樹と職員達。
そんな彼らに間にいる山田教諭がワナワナと身体を震わせた。
「もうッ、いい加減にしてください!!」
『『『ッ!!?』』』
いつも大人しい彼女が大声を上げた事に全員が呆けていると自分の後ろに隠れた春樹の方へ顔を向けた。
「いいですか、清瀬くん。いくら痛くても、勝手に薬品を持ち運んで自分で打つのは関心しません。注射針が変な所に刺さったら、大変です」
「じゃけど山田先生、あの人らぁから貰った鎮痛剤は効かんのじゃー」
「大丈夫です。ちゃんとお薬は効きますから、お利口にするんですよ」
「むぅ・・・はぁーい」
山田教諭の言葉に春樹は仕方なくモルヒネ瓶を彼女に渡し、トボトボと病室のベッドに潜り込んだ。
そして、あんな聞かん坊を言葉で諭した彼女に職員全員は感心した。
「そんなに落ち込まないでください、清瀬くん。今日は意識が回復した清瀬くんにお客さんがお見えです!」
「えッ、お客さん? 誰じゃあ?」
打ち揚げられた魚のような目でハキハキ答える春樹だが、山田教諭の発言に医療職員達は戸惑った。
何故なら複数のISを同時に機能停止させ、両目がヴォーダン・オージェに変質化した春樹は面会謝絶の状態であったからだ。
「どうぞ、お入りください」
「失礼する、君が清瀬君だね」
病室に入って来たのは、頭は総白髪で顔にも歳相応の皺が刻まれている初老の男性だった。
「うわぁッ・・・・・誰ぇ??」
春樹はこう言っているが、職員達は驚き、そして”納得”した。
「今日は君に贈り物を持って来たのだよ、気に入ってくれると嬉しいのだが」
「えー、なになに~?」
老紳士から紙箱を受け取った春樹は、乱雑に封を破り捨てて中身を見る。すると中には、綺麗に並べられたチョコレートが納められていた。
「はぁ~・・・なんだ、ただのチョコレートかぁ~・・・」
「き、清瀬くん。失礼ですよッ!」
「いえいえ。構わないですよ、山田先生。清瀬くん、試しに食べてみなさい。美味しいから」
「え~・・・」
男に促され、渋々チョコレートを口の中に放り込む。
「ッ!!? こ、こりゃあ~ッ!!」
その美味さたるや、言い表せない程にチョコレートは美味だった。なんとも”久しぶりに口にしたマトモな味”に春樹は感激したのである。
「美味しぃい~ッ!! ありがとう、知らないジーちゃん」
「フフフ。実はもう一つ清瀬君へ贈り物があってね」
「え、なになに~??」
老紳士が次に取り出したのは、なんとも黒い瓶であった。
その瓶の中身の正体に逸早く気付いた春樹は、それを受け取ると大事そうに抱え込んだ。
「うわぁ~い、嬉しいなぁ!!」
「ハハハ。喜んでくれて、何よりだよ」
「良かったですね、清瀬くん!」
傍から見れば、入院した孫にお土産を持って来た祖父のようなシーンに思わず山田教諭や職員からも笑みが零れる。
・・・だが、彼等は知らない。チョコレートと瓶の中身を、その正体を。
「ところで山田先生、私は彼と一対一で話したいのだが・・・構わないだろうかね?」
「えッ・・・そ、それは構いませんが・・・」
老紳士の言葉に山田教諭の目が春樹に移る。
今の情緒が不安定な春樹と彼を二人だけにしていいものかと考えたのだ。
「俺も構んでよ、山田先生」
「清瀬くん・・・」
「俺もこの人と話がしたいでよ~、阿破破ッ」
「本人がそう言うなら・・・」と病室を後にする山田教諭と職員達。
部屋を出る直前、心配そうな目の山田教諭に春樹は乾いた笑顔で手を振った。
・・・パタン
扉が閉まり、足音が病室から離れて行く。
そして、その音が聞こえなくなった途端―――――
「さて、俺に一体何の御用でしょうか・・・『轡木』学園長閣下?」
「ふむ・・・やはり、気づいていましたか・・・清瀬 春樹君」
―――淀んでいた春樹の眼が大きく見開かれ、琥珀色の瞳が大きく開いたのだった。
・・・・・はい。という訳でリハビリ投稿でした。◆◆◆◆◆