第一話
(は~、いよいよ犬夜叉も終わりかな~。楽しみがひとつ無くなっちゃう……)
私はコンビニの雑誌コーナーで、少年サンデーを開いたままそっとため息をついた。
この号で、奈落は四魂の玉を吸収し、犬夜叉たちはついに最後の戦いに臨んでいる。
子供の頃からわくわくしながら読んだ漫画の終わりは、単行本が50巻を超えてなお名残惜しい。
(それにしても、こんだけ大冒険して第一志望の高校にもしっかり受かるとか、かごめちゃんスゴすぎだよ……)
だというのに自分は――と考えて、先ほどより大きなため息が漏れた。
連載開始の頃小学生だった私は今、就職活動で連敗記録を更新中である。
(まあ、しかたないよね……)
私には、何一つ優れたものがないのだ。
勉強もスポーツも中の下。
人に誇れるような特技も才能も無い。
おまけにコミュ障で、面接会場ではいつもカチコチでしどろもどろ。
お祈りメールを出されない方が不思議である。
(っと、ダメダメ、こんなこと考えてちゃ!)
面接までの時間つぶしに入ったコンビニでマイナス思考に陥っていては、受かるものも受からない。
(せめて『犬夜叉』の最終回までには内定もらいたいなぁ~)
そんなことを考えながら雑誌を棚に戻す。
――次の瞬間、私の目の前に、乗用車が突っ込んできた。
きっとこれは走馬灯なんだろう。
幼い頃から今までの記憶が、水泡のように浮かんでは消えていく。
(ああ……)
ああ……なんて――ツマラナイ人生。
小学校で、中学で、高校で、浮かないように、虐められないように、無難な行動、そこそこの成績をとって。
親に、世間に、非難されないように、後ろ指さされないように、無難な職種、そこそこの会社を目指して。
何も無い。
私の人生には自分らしい、といえるものが何も無い。
そもそも『自分らしさ』が何なのかもわからない。
こんなアンケート連続最下位のマンガのような、中身のないツマラナイ人生、神様が打ち切りにするのも当然だ。
そう笑おうとして、もう息が吸えないとわかった。
残す未練すらないカラッポの人生の終わりを受け入れる――その間際に、ふと願う。
(もし……生まれ変わりなんてものがあるのなら……)
……今度は日暮かごめのような、自分の道を真っ直ぐに進める、優しくて勇敢な女の子になりたい……
そう思った。
そう思ったのに。
「なんで――なんで、犬兄弟の真ん中なんだーーーーっ!!」
第一話 犬兄弟の真ん中に転生しました
――おっと、いきなり取り乱してしまいました。
ごめんなさい、落ち着いてまずは自己紹介しましょう。
え? 誰に話しかけてるのかって?
ただの独り言だよ!
私の置かれてる状況は誰にも打ち明けられないから、せめて脳内では会話をする態で進めたいのさ!
……それに“前世の私がいた世界”で私が『犬夜叉』という漫画に心躍らせていたように、“今の私がいる世界”も、どこかの世界線では物語として観測されているのかもしれない。
私のモノローグを観測したどこかの誰かが、(駄作と切り捨てずに)ツッコミを入れたり嘲笑したりしてくれることを想像すれば、私の孤独もほんの少し慰められる。
まあ、ようするに、現実逃避ですよ。
――今生での私の名前は、月華という。
先ほどの叫びを聞いたならわかるだろうが、『犬夜叉』世界の登場人物である……殺生丸と犬夜叉兄弟の真ん中に転生した存在だ。
といっても、まだ物語の主人公である半妖の少年・犬夜叉は誕生していないので、現時点での肩書きは、“殺生丸の同腹の妹”になる。
化け犬の大将が人間の女に執心している、という噂を先日小耳に挟んだから真ん中になるのは時間の問題だろうけど……
なに? 「実の妹だなんて、殺生丸様と仲良くできる美味しいポジションじゃん!」……?
――はっはっは。
それは無い。
説明しよう! まず第一に、私たち家族――父と母と殺生丸と私は、ほとんど顔を合わせない!!
一族の頭領である父とその長子である兄が多忙なのはまだ納得がいくとして、留守を預かっているはずの母ですら、気まぐれな性格のせいで屋敷にいるかいないかもわからない。
すでに転生してから3ケタの年数が経過しているが、家族が一堂に会した記憶は無く、殺生丸……兄上と話をしたのは数えるほど。
全国の殺生丸ファンのために、その貴重な会話内容を以下に記そう。
~会話開始~
「兄上! お久しぶりでございます」
「ああ」
~会話終了~
~会話開始~
「兄上! お元気そうでなによりです」
「ああ」
~会話終了~
――以下繰り返し。
頑張ったのに! コミュ障なりに頑張って話しかけたのに!
無口な美形キャラがカッコイイとか思ってんのかちくしょう! カッコイイけど!!
……脱線した。
説明に戻ろう。第二に、私は殺生丸から嫌われている!!
は? それはさっきの会話内容でもうわかってるって? うるせえ! その理由をいまから説明するっつってんだ!
じつは私は、妖怪として、とても弱いのだ。
同じ父母から生まれたにも関わらず、私が身に宿す妖力は殺生丸のほぼ半分――「いったいそなたは誰に似たのやら」とは歯に衣着せない母の言だ。
もちろん母以外でそんなことをはっきり口に出す者はいないが、妖怪は本能的に相手の発する妖気からその強さを推し量ることができる。
大妖怪としての己の強さに誇りをもつ彼が、私に失望して無関心になるのは当然のことだった。
……な、泣いてない! 泣いてなんかない!!
――最後に。
これが最も大きな理由だが……私に前世の記憶があるからだ。
うん? それがどう関係するのかって? まあ考えてみてよ。
今生の肉体はたしかに妖怪のもの。けれど魂に残った意識は人間(それもかなり小心かつ底辺)のものなのだ。
そんな私が妖怪の世界で暮らすというのは、羊が狼の群れに紛れ込むに等しい。
父も母も兄も、心の底から肉親と思うことができない。彼らに、妖怪のふりをした
……生まれ変わるなら、日暮かごめと同じく、前世の記憶などきれいさっぱり失われればよかった。
そうすれば、たとえ兄上から冷たくされようとも、彼の妹として、もっとしつこく話しかけることができるのに。
父上と母上にも、二人の娘として、堂々と自分から会いに行くことができるのに。
(……“それができないから私は、今日も屋敷の奥でニート、いや引きこもり、いやいや深窓の姫君として過ごしている”……)
「よしっ、今日の現実逃避終わり!」
最後のほう、ちょっとテンション低かったな。表に出せないぶん、せめて心の中はアゲアゲでいくことにしたのに反省だ。
「はぁ――――」
大きなため息とともに寝っ転がる。
こんな日々を、あとどれだけ繰り返せば良いのだろう。
目覚めたら自分が赤ん坊になっていた時の驚愕。
しかも人間ではなく妖怪の子供であると知った時の動揺。
そしてこの世界が、前世で自分が愛読していたマンガの世界だと気づいた時の衝撃。
それらを過ぎた今の私にあるのは、ヒトの感覚では長すぎる妖怪としての生への絶望だけだ。
だって私は、何もしてはいけないのだ。
最終回を拝むことなく死んでしまったのは一ファンとしてたいそう無念だが、あの作風で奈落が勝利して世界滅亡鬱エンドなんぞになる筈もなく、きっと犬夜叉たちは力を合わせて勝利し、四魂の玉の因縁を断ち切るだろう。
殺生丸と犬夜叉の関係も、りんの存在や、奈落という共通の敵をきっかけに少しづつ改善されていったのだ。
つまり、私が出る幕などない。
いや、仮に自分が行動することで鬱展開を回避したり、不仲だったキャラクター同士を取り持つことができたとしても……それは、自らが愛した原作を汚す行為だ。
あまたの犠牲や困難を乗り越えて進む登場人物たちの姿にこそ、読者は心を動かされる。
それを無かったことにするなど、物語に対する冒涜だろう。
だから私は、何もしてはいけない。
この世界に本来いない存在である自分は、原作に影響を及ぼさないために、周囲への干渉を最小限に抑えつつ寿命を迎えるのを待つ。
(そう。何もしないことが……この世界での、私の役目)
心の中で繰り返す、もはや数えることすら億劫になった自戒。
ここまで全て、いつもと変わらない日常であったが――
《……本当にそう思うのか?》
その時、初めて聴く声がした。