犬兄弟の真ん中に転生しました   作:ぷしけ

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二ヶ月以上放置した挙句短くてごめんなさい……!
仕事が忙しくて、年明けまで帰って寝るだけの日々なので更新が遅くなります。
いただいた感想は全てやる気としてチャージしておりますので、しばらくお待ちいただければ幸いです(土下座


第二章
第十二話


夜明けの空は、瑠璃色だった。

夜明けの海も、瑠璃色だった。

断崖に立つ女妖怪の髪――潮風に煽られる白銀は、空と海の色を背景にして、目に痛いほど鮮やかに映った。

 

「浅葱姉ちゃん……」

あたしの手を握りながら、藍が不安げに呼びかける。

その小さな手を握り返しながら、けれど応える言葉は思いつかなかった。

それはあたしだけじゃない。

生き残った大人たちも皆、恐怖と緊張に押しつぶされそうなのだ。

波と風の音だけが響く中、ただ彼女の背を見つめる。

 

月華と、犬夜叉。

五十年に一度だけ外界と繋がるこの蓬莱島を訪れた、妖怪と半妖の異母姉弟。

しかし彼らを歓迎する間もなく、四闘神を名乗る四体の恐ろしい妖怪によって、島は蹂躙された。

人と妖が平和に暮らす楽土の滅亡を目前にし、大人たちは自らの命を四闘神に差し出すことで、あたし達を生き長らえさせようとしたのだけど。

 

「バッカじゃねーのか、お前ら」と、半妖の弟は切り捨てた。

「そんなの、一度に殺されるか、順番に殺されるかの違いじゃない」と、妖怪の姉は一蹴した。

 

戦って四闘神を倒す――それが、姉弟の結論だった。

ずっと結界に守られて暮らしてきたあたし達に、命懸けの戦いなんて想像もつかない。

半ば強引に協力を承諾させられた島の住民の不安が、重苦しい沈黙を生んでいた。

 

「――この島は」

あたし達に背を向けたまま、女妖怪が言葉を発する。

「不老不死の者が住まう伝説の島、と聞いていた」

独り言めいた淡々とした口調。

けれどその声には、周囲の者を捉えて離さない深みがあった。

「来てみたら、意外と普通で、意外と頼りない連中しかいなかったんで驚いたけどね」

その揶揄に、反論できる者はいない。

彼女のような大妖怪からすれば、あたし達は皆、さぞかし弱々しく見えるんだろう。

「……でも」

情けなさに俯いていると、彼女の言葉は逆接して続く。

「戦いを、死を恐れるのは、あなた達が生きたいと思っている証拠だ。――私と、同じく」

ハッとして顔を上げる。

相変わらず、その背中は凛として揺るぎない。

「私はこうして、この世に生きる大勢の同志と出会えて嬉しく思っている。だから、あんな堕ちた神獣風情に、決して奪わせはしない」

……胸の裡に風を感じた。

それは、彼女の言葉がもたらした高揚。

彼女は間違いなく、この島の誰よりも強い。

そんな月華が、あたし達を“同じ”だと言った。

死を恐れないから戦うのではない、死を恐れるがゆえに戦って生きようと望むのだと。

 

「僕たちは、勝てるの……?」

「ったりめーだろ、バーカ」

紫苑の気弱な問いかけに答えたのは、月華ではなく、異母弟の犬夜叉だった。

あたし達と同じ、人と妖の間に生まれた半妖。けれど、集まった島民たちの頭上を飛び越えて彼女の隣に降り立ったその姿は、妖怪の姉と同じくらい堂々として見えた。

 

「俺たちが組んだら絶対負けねえ! ……いいかガキども、ちょうどいいから教えてやる。半妖だからって妖怪に劣ってるわけじゃねえし、人間に劣ってるわけでもねえ。おれは――それを証明してみせる」

 

弟の言葉を聞く姉の横顔に浮かぶ、かすかな笑み。

その眼差しには、偽りのない信頼と賞賛があった。

 

静かな闘志が、周囲に満ちていく。

……今までずっと、蓬莱島だけが、人と妖と、半妖が共に生きられる場所だと思っていた。

だからその崩壊に瀕して、皆、戦う前に絶望した。

この島が滅びるなら、生き延びたとて居場所はない――ならば蓬莱島と運命を共にしたいと、諦めていた。

 

朝日が、金色の輝線となって空と海を分断する。

こちらに向き直った二人の姿は、黎明の光を背負って黄金に輝いていた。

 

「新たな伝説を刻むのに相応しい幕開けだ。――さあ、神殺しと洒落込みましょう」

 

それは、天の下すべてを己の居場所と為す、覇者の姿だった。

 

 

 

第十二話 原作が始まってました

 

 

 

眼下の平野で、槍を持った兵たちが激しく入り乱れている。

私は戦場を俯瞰できる小高い丘に生えた松の枝に腰掛け、その光景を眺めていた。

弟も隣で幹に背を預けて、真剣な眼差しで人間たちの命のやり取りを見つめている。

鉄の臭い。土の臭い。血の臭い。

それらが織り成す戦いの空気を感じ取る。

よくある小規模な合戦、いつもの戦場見物。

「……お」

「あれ?」

声を上げたのは、二人ほとんど同時だった。

違うのは、その声の質。

犬夜叉は少し得意げに、私は――不本意さを滲ませて。

戦場にはためく、二種類の旗。その一方が劣勢となり、後退していく。

 

合戦を見物する時、私たちは事前に展開を予想し合う。

戦況が動くのはいつか、仕掛ける隊はどこか、そして勝つのはどちらか……などなど。

勝負事に対する勘を養う一助になればと思ってやっていることだが、予想の的中率は私が圧倒的に上だ。

しかし今日。

この時刻は、仕掛けた隊は、勝鬨を上げている軍は、すべて弟の読みと一致している。

「あなたが全部的中させるなんて、珍しい。今夜は雨……いや、星が降ってくるかもね」

私の言葉に犬夜叉は一瞬顔を顰め、けれどもニヤッと犬歯を見せて笑いながら切り返した。

「全部どっ外すなんて、そろそろトシなんじゃねえか? 姉貴」

「……」

無言で弟の首を狙って手刀を繰り出す。

鋭い風切り音。

しかし少年は私の爪が触れるより先に枝から飛び降りていた。

それを追って、私も地面に降り立つ。

柔らかい春の草原を踏み散らしながら追い縋れば、お返しとばかりに犬夜叉の拳が振るわれる。

即座に腰を落として、頭上を弟の腕が通過すると同時に足払いをかけた。

体勢を崩した所を狙って鳩尾に掌底をお見舞いしようとしたが、逆に手首を掴まれた。

そのまま取っ組み合って地面を転がる。

「ピチピチのお姉さまを年増呼ばわりとは、図体だけじゃなく態度まで大きくなったものね、犬夜叉!」

「けっ、なーにがピチピチだ、おれより何年余計に生きてやがる!」

お互い悪態をつき、相手の頬をつねりながら、目は笑っている。

よくあるやり取り、いつものじゃれ合い。

私の揶揄に応じて犬夜叉から始めることもあれば、今日のように弟の憎まれ口を受けて私が始めることもある。

どちらも同じ――本気で腹を立てて喧嘩するのではなく、思い切り体を動かして遊ぶ口実に過ぎない。

(私、前世は完璧なインドア派だったんだけどなあ……)

屋敷を失い、諸国を転々とするようになってから、いったいどれほどの月日が過ぎたのか。

刀による立合いであれば、兄上対策としてお互い真面目にやるのだが、素手の組打ちは完全に娯楽となっている。

昔は、じっとしていられないタチの弟に仕方なく付き合ってやっている認識でいたものの、今は自分もけっこう楽しい。

――命を奪い合うでも、悪意を向け合うでもなく力を振るえる相手がいるのは、幸せなことだと思う。

 

そんな、武者修行として姉弟二人で旅をする日常の、変わらない一幕……だったのだが。

「あ……?」

不意に犬夜叉が、怪訝そうな声を漏らす。

「どうかした? 犬夜叉」

私は弟の両腕を掴み、膝で腹の上に乗った状態で首を傾げた。

犬夜叉の馬鹿力は、私がこれだけきっちりマウントを取っても、背筋と脚力を駆使して脱出できる。

普段ならまだほんの小手調べ。ここからさらに激しい技の応酬に発展していくのが常である。

しかし、少年は地面に背を押し付けた体勢で、何かに気を取られた様子で動きを止めたのだ。

「……星が降ってる」

「はあ?」

奇妙な呟きに眉を寄せつつ、私の肩越しに空を見上げる弟の視線を追って天を仰ぎ――自分もまた、硬直した。

 

うららかな晴天を、幾条もの鮮烈な光の矢が彩っている。

 

七色に輝いて弧を描くそれらは、なるほど夜空であったなら流れ星に見えただろう。

――真昼の流星群。

それだけでも充分に不可思議な現象であったが、私と犬夜叉は、妖の感覚で更なる異常を感じ取っていた。

煌きながら四方八方に散っていく星屑から発される、濃密な妖気を。

 

「姉貴……ありゃあ、なんだ?」

弟の問いに、私は正直に答えた。

 

「……わからない……」

 


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