今年も不定期&亀更新になるかと思いますが、よろしくお願いします。
(月って、こんなに明るかったんだ……)
あたしは、真円から少し欠けた月が照らしてくれる獣道を歩いていた。
見上げた夜空には、東京では決して見られない沢山の星がきらきらと瞬いている。
ここが、妖怪なんてもののいる戦国時代でなければ、とっても素敵な眺めなのに。
思わずため息をつくと、隣を歩いていた巫女装束のお婆さんから、気遣わしげに声を掛けられた。
「かごめ、やはりおぬしは村に戻った方が……」
「ううん、平気よ! 楓ばあちゃんこそ、怪我してるんだから無理しないで」
努めて明るく返したのだけれど、楓ばあちゃんは、布で吊った自分の腕を見下ろして、沈鬱に頭を振る。
「まったく、ままならぬものよ。わしがこんなに老いぼれた今になって、四魂の玉が再びこの世に出てくるとは。――桔梗お姉さまがわしを庇って死んでから、死に物狂いで霊力を高めてきたというのに……」
第十三話 ヒロインと遭遇しました
十五歳の誕生日を迎えた朝から、あたし、日暮かごめの日常は一変した。
祠の隠し井戸から出てきた化け物に引きずり込まれて、気が付いたら何も無い森の中。
一人で彷徨っているところを、今度は時代劇に出てくるみたいな格好の村人に「怪しいヤツ」と捕らえられてしまった。
そうして村に連れて来られてからがまた散々だった。
井戸から出てきた化け物――百足上臈があたしが持ってるとかいう“四魂の玉”を狙ってまた襲ってきたのだ。
脇腹に噛み付かれて、出てきたのはビー玉くらいの大きさの、不思議な光を放つ石。
その四魂の玉を呑み込んだ百足上臈は、妖力を増してより一層恐ろしい姿に変化した。
楓ばあちゃんが破魔の矢でやっつけてくれなかったら、あたしも村の人たちもどうなっていたかわからない。
バラバラになった肉片から四魂の玉を取り戻したのだけれど、それで「めでたしめでたし」にはなってくれなかった。
四魂の玉は手にした者の妖力を高めるあやかしの玉。
その力を求めて、次の日にはまた別の敵がやってきた。
野盗の頭目の死体を操る三ツ目の鳥・屍舞烏と、そいつに率いられた野盗の一団。
巫女が持つ霊力は妖怪相手には強力だけど、人間には効果がない。
楓ばあちゃんは野盗に斬り付けられ、屍舞烏はまんまと四魂の玉を奪い取った。
巣食っていた死体を捨て、天高く飛び去ろうとする屍舞烏に、あたしは矢を放った。
怪我をした楓ばあちゃんに狙いを定めてもらって二人がかりで射ったとはいえ、弓なんて触ったことも無かったのに命中したのは奇跡だと思う。
……その結果については、ちっとも喜べないけれど。
あたしの放った矢は、妖怪ごと、四魂の玉を打ち砕いてしまったのだ。
回収できたのは、屍舞烏の体内に残っていた一欠片のみ。
その一欠片すら、新たに現れた妖怪に奪われてしまった。
今あたしと楓ばあちゃんが目指しているのが、その妖怪の住処だ。
「――近いのう」
「うん……」
光る髪が幾本も、進行方向に集まっている。
獣道すらなくなり、ゴツゴツした岩だらけの斜面を楓ばあちゃんを支えて歩きながら、あたしはここへ来る途中で見た光景を思い出していた。
焚き火の周囲に散らばる、幾人ものバラバラになった死体。
……逆髪の結羅を名乗る、少女の姿をした妖怪があたし達を殺さなかったのは優しさでもなんでもない。
四魂の欠片より優先して排除するに足る脅威と認識されなかったというだけの話だ。
ノコノコと欠片を取り返すためにやってきたとなれば、向こうがどんな行動に出るかは火を見るより明らかだ。
どうしようもない不安にかられて、手に持った弓矢を見つめる。
結羅の犠牲になった落ち武者の傍らに落ちていたのを借りてきたけれど、何の練習もしていないのだから、まともに当てられる自信もない。
(桔梗って人だったら、こんなことにならなかったんだろうな……)
楓ばあちゃんが話してくれた、村を守る巫女だったというお姉さん。
四魂の玉を奪いに来た妖怪と戦って死んだ人。
「わしは今でも夢に見る……あの日、お姉さまが地割れの底に落ちていく光景を」
村を見晴らせる高台にある祠に花を備えながら、楓ばあちゃんは語った。
五十年前。
四魂の玉を狙って多くの妖怪が襲ってきたけれど、桔梗は並外れた霊力の持ち主で、その全てを葬り去ったという。
「子供だったわしは、桔梗お姉さまならどんな強い物の怪が相手でも負けるはずがないと、根拠もなく信じておったよ」
そんな妹の思いは、最悪の形で裏切られる。
「逃げ遅れたわしは片目を潰されて、その姿をしかと捉えることはできなんだが、あの日現れた妖怪は、それまでの妖怪と比べ物にならない邪気と瘴気を放っておった」
案内してもらった村外れの禁域には、草一本生えない荒地と、底の見えない地割れが広がっていた。
そこが、妖怪と桔梗が戦った場所で――桔梗が死んだ場所なのだと聞かされた。
「地割れの底には、奴の瘴気が満ちておった。裂け目は拡がり続けて、村を呑み込むかと思われたが、その前にお姉さまの放った矢が奴の体を砕いた……お姉さまが、命と引き換えに放った全力の破魔の矢がな」
そうして力尽きた桔梗は、四魂の玉を持ったまま瘴気の谷に落ち、骨も残さず溶けて消えた。
……あたしは、その生まれ変わりだって、楓ばあちゃんは言う。
不意に、楓ばあちゃんが足を止めた。
「かごめ、おぬしはここで隠れておれ。わしが行く」
「ええ!?」
夜更けの山に、あたしの声は大きく響いて、慌てて口元を押さえる。
「……どうしてよ。一人でなんて、危ないわ」
「わからぬか? この先に、複数の妖気を感じる。逆髪の結羅だけではない、他の妖怪がいるのだ」
「だったらなおさら……」
言い募るあたしを制して、楓ばあちゃんは続ける。
「わしは桔梗お姉さまが死んでからずっと、後悔しておった。あの頃の自分にもっと霊力があれば、お姉さまを助けられたかも知れないのに……そう思っておった。生まれ変わりのおぬしを守れなんだら、わしはまた後悔する」
「…………」
あたしを心配しての言葉なのは、痛いほど伝わってきた。でも……
「あたしはかごめ。桔梗じゃないの。今まで助けてくれたおばあちゃんに何かあったら、あたしが後悔するわ」
笑って、あたしは駆け出した。
「か、かごめ……!」
「心配しないで。様子を見て、危なそうだったらすぐに戻るから!」
四魂の欠片の気配を辿って草薮を抜けると、その先は崖になっていた。
結羅の髪は、谷底へ続いている。
(どうしよう……)
引き返して別のルートを探そうか、と逡巡したその時。
「――風の傷!!」
地響きとともに、眩い閃光が周囲を照らした。
(な、なに……?)
木立を揺らす突風がおさまってから、おそるおそる崖下を覗き込み、あたしは呆気にとられた。
おそらく結羅の隠れ家があっただろう谷間は、そこだけ竜巻と地震に襲われたかのように岩壁が抉られ、幾本もの亀裂が走っている。
その凄まじい破壊跡の中心に、二つの人影が立っていた。
「けっ。おれ達の首を取ろうなんざ百年早えんだよ!」
大きな刀のようなものを持った人影が声を発する。いかにもやんちゃそうな男の子の声だ。
落ち着いた女の子の声がそれに応える。
「もう……あと少しで魂移しされた本体を見つけるところだったのに、またそんな派手な技使って。犬夜叉はいつも大雑把なんだから」
「姉貴がまわりくどすぎんだよ。まとめて吹っ飛ばしちまえばいいじゃねえか」
「良くないっ。大技は周囲の状況を把握した上で使わないと――」
――ビシビシッ
「え?」
あたしの体の下で不吉な音が響き、次の瞬間、視界が大きく揺れた。
「きゃああああああ!!」
崩れた岩ごと谷底に叩きつけられる未来を予想し、ぎゅっと目をつぶる……けれども、いつまでたってもその時は訪れず、暖かい腕に抱きとめられているのに気がついた。
「ほら、こんな風に通りすがりの人間を巻き込むことだってある」
やれやれ、といった調子の女の子の声。
ゆっくり目を開けば、あたしを抱きかかえた男の子が、バツが悪そうな表情で見下ろしていた。
あたしと同い年くらいだろう、金の瞳と銀の髪が印象的な、精悍な顔立ちの男の子だ。
真っ赤な着物の襟元で、珠と勾玉を連ねた首飾りが光っている。頭頂から生えた、思わず触ってみたくなる獣の耳と相まって、なんだか犬の首輪のようだ。
その後ろに立っているのは、あたしより少し年上に見える、男の子と同じ髪と目の色をした、端正な顔立ちの女の子だ。
美麗な鎧を身にまとい、腰に刀を差した勇ましい格好をしているのに、まるで深窓のお姫様のような気品を感じさせる。
「……」
あたしは、そんなふたりを見て、言葉を失っていた。
怖かったからではない。
彼らのやり取りから察するに、逆髪の結羅を倒し、あたしを崖崩れに巻き込んだのは彼らの仕業なんだろう。
けれども、怖いとは思わなかった。
ふたりからは、今まで遭遇してきた妖怪が例外無く発していたイヤな気配――邪気を全く感じなかったからだ。
だから、とっても綺麗なふたりの妖怪に、あたしはただ見蕩れてしまっていた。
姉…十七歳(人間換算)
弟…十五歳(人間換算)
言霊の念珠がないのはビジュアル的に寂しいので、似たデザインで別機能のものを装備させることにしました。
機能については今後の話で説明します。(話の大筋には関係ないですが)