協力者から挙がってきた情報に従って訪れた山奥の泉は、異形の生物で埋め尽くされていた。
体長2メートルほどの、薄切り蒟蒻を思わせる色と質感の群体。
「うう、キモチワルイ。……四魂の欠片の気配は、泉の真ん中あたりから感じるわ」
「ってことは、コイツらはその欠片を持ってる奴から分裂したのかよ」
「多分ね。切ったら切っただけ増える生き物だから」
苦々しい気分で、目の前に広がる光景を見つめる。
もともとは清らかな湧水と豊かな緑があったのだろうが、増殖した化け物の放つ毒気で水は濁り、周囲の植物も広範囲にわたって枯死している。
たった一つの欠片が、ちっぽけな水生生物を変化させたせいで、この有様だ。四魂の玉、マジでいらねえ。
「たくさんおるのう。どう戦うつもりじゃ?」
嫌悪と好奇心が綯交ぜになった表情で首を傾げる七宝。
「風の傷なら、こんな奴ら一匹残らずぶっとばせるぜ」
脳筋弟が鉄砕牙に手を掛けつつ言う。
「待って、それじゃ泉ごと消し飛ぶ」
この水源は山に生息する獣たちの水飲み場であり、下流の川は、麓の村人の生活用水だ。
環境の破壊は最小限にとどめたい。
周囲への被害が大きい技は使えず、敵は切っても再生する厄介な集団ということは……
「かごめ、四魂の欠片の位置はどう? さっきから移動してる?」
少女はじっと目を凝らして頭を振った。
「ほとんど変わってないわ。光も見えないし、底の方に潜ってるのかも」
――渦虫の大群を生んだ元凶、四魂の欠片を持つその一匹を誘い出して仕留める。
「私と犬夜叉が囮になる。かごめと七宝は、空から見張って、四魂の欠片を持った奴が出てきたら教えて欲しい」
「お、おらもかっ?」
「……わかったわ! まかせてちょうだい!」
顔を引きつらせる子狐妖怪と裏腹に、少女は気合に満ちた良い笑顔で頷いてくれた。
……先日の蜘蛛頭との戦い以来、かごめが更に元気になった気がする。
「そらそらぁっ! かかってきやがれコンニャク野郎ども!」
「お邪魔しますよー」
犬夜叉が吠えながら勢いよく飛び出す。
私もそれに続いて、妖気を解放した。
空気が震える。
四魂の欠片の妖力で妖怪化したとはいえ、元が知性などない下等生物である。
けれどもそれだけに、彼らは本能で私たちを縄張りを脅かす「敵」だと察知したらしい。
ブヨブヨとした半透明の体を水面から出し、消化液を吐きつけて来るが――弟の纏う火鼠の衣はこの程度の毒は難なく防ぎ、私もまたこの程度の攻撃は見てから躱せる。
泉の外縁を弟と反対方向に向かって駆けながら上空を仰ぎ見れば、大きな鳥の姿に変化した七宝が、かごめを乗せて飛んでいた。
「か、かごめ、おらがついておるからなっ」
「うん。すごいわ七宝ちゃん、アホウドリね」
「……鷹じゃ」
(……鷹なのか、アレ)
渦虫の攻撃を適当にいなしながら水辺を半周した頃、ゴボゴボと巨大な生き物が蠢く音がした。
「――月華さん、犬夜叉! 出てくるわ!」
「単純な奴だな、あっさり挑発に乗ってきやがった……おい姉貴、なんだよその“お前が言うな”みてえな目は!」
「“お前が言うな”って思ってる目だよ」
「ちっくしょー!!」
「姉弟ゲンカしとる場合かーいっ!」
七宝のツッコミは正しい。相手が如何に雑魚であろうとも、戦いの場では敵に集中せねば。
水飛沫を散らしながら現れた、四魂の欠片を持つ個体に視線を向ける。
それは優に10メートルを超える巨大な渦虫だった。
鎌首をもたげた蛇のように体を折り曲げ、一対の杯状眼でこちらを見下ろす。
そして――幾本もの触手が殺到した。
「散魂鉄爪!」
弟の爪のひと薙ぎで、敵を絞め殺さんとしていた触手はあっさりとちぎれ飛ぶ。
しかし、問題はやはりその再生力であった。
切り落としても瞬く間にその断面から新たな触手が生えてくる上に、散らばった肉片も生きて私たちの足元にまといついてくる。
だがそれで手詰まりかというと、まったくそんなことはない。
私たちは囮なのだから。
「かごめ、四魂の欠片はどこだー!? おれが切り出してやる!」
「見つけたわ! いま目印を付ける!」
鳥の背から身を乗り出した少女が、弓を引き絞る。
「当たれーっ!!」
眩い破魔の光を振り撒きながら放たれた矢は、そのまま灰色の巨躯に突き刺さった。
『ギイィイイィイィィィッ!!』
耳を劈く絶叫とともにが身悶える。
「やった! 欠片は、矢が刺さってる真下よ!」
「よっしゃぁ!」
刀を担いだ弟が暴れ狂う巨体の上を走る。
『ギイィアァァァ――ッ!』
渦虫の化け物の体表から、最後の抵抗とばかりに無数の触手が伸びる。
網のように絡まり合い、視界を埋め尽くす触手の群れ。
だが――無駄だ。
刹那の間に、弟の進路を阻む触手を見極め、その根元を顕心牙で断ち切る。
犬夜叉は寸秒も止まることなく、霊力に灼かれて煙を上げる体組織を刃の一閃で大きく抉り取った。
『グア……ァ……ァァ……』
四魂の欠片を失った渦虫の巨体は、見る見るうちに干からび、大気に溶けるように消滅していく。
分裂して生じた個体も、供給される妖力が無くなったことで同じ運命を辿った。
あとには、静かに波打つ水面が青空を映すばかりである。
巨大化した渦虫が異常繁殖したせいで、ほかの生物はほとんど死に絶えてしまったようだが、かごめの霊力により水中の瘴気は浄化されている。
これから少しずつ元通りに回復するのを祈るばかりだ。
「月華さん、犬夜叉、やったわ! あたしの矢、命中したでしょう!」
「どうじゃ、おらの変化は!」
地面に降り立った少女と子狐が、得意げに駆け寄って来る。
「かごめ、いっぱい練習してたものね。七宝のアホウド……鷹も立派だった」
「おい、仕留めたのはおれだぞ」
「はいはい、あなたもスゴイスゴイ」
「なんかちっとも真心がこもってねえっ!」
ぶすくれる犬夜叉を、かごめが苦笑しつつ宥める。
「も~、良いじゃない、みんな頑張ったってことで。ほら、ハイタッチ」
「はいたっち? なんだそりゃ?」
「えーと、仲間同士で、何かした時に“やったね”って気持ちを込めてする挨拶みたいなもんよ。こうやって手の平を叩き合うの」
「ほー」
「犬夜叉、おらも“はいたっち”してやっても良いぞ」
「おめーがしたいんだろ」
「ね、月華さんも、ハイタッチ!」
「うん。やったね、私たち」
パンッと小気味良い音を立てて少女と手を打ち合わせる。
弟は新しく教わった「お手」……もといハイタッチを七宝と繰り返すうちに、先ほどの不機嫌を忘れてしまったようだ。
かごめもだいぶ犬夜叉の扱いに慣れてきたようで、喜ばしいことである。
第二十話 チームワークを磨きました
その臭いに気付いたのは、下山して遠くに村々の煮炊きの煙が見え始めた頃だ。
さして間を置かず、弟も歩みを止める。
「……犬夜叉」
「ああ、人の血の臭いだ。それに火と煙」
このご時勢、人が争い血を流すことなど珍しくもない。
それが人間同士の問題であれば、私や弟は基本的に干渉しないのだが。
「…………」
目を閉じて、意識を嗅覚に集中させる。
そよぐ風が脳裏に詳細な情報を伝えてくれた。
小高い丘の上から、潅木に隠れて眼下の村の様子を窺う。
幾棟もの家屋が火をかけられて燃え上がる中で、薄汚れた鎧を纏った一団がたむろしていた。
周囲には、地面に倒れ伏して動かない村人。
その有様を見下ろしながら、弟が唸るように呟く。
「臭うぜ。野盗の中に妖怪が一匹混ざってやがる」
「害悪の塊だね」
常人にとっては野盗だけでも危険だというのに、そこに妖怪が加わってはほぼ対抗手段が無くなってしまう。
ぱっと見ただけでも、その人数は二十人以上。連れている馬の数も多い。
彼らが紛れ込んだ妖怪の存在に気付いているかは不明だが、その妖怪の力でいくつもの村を襲い、落ち武者や無宿人を集めて膨れ上がっていったのだろう。
そして、放置すればこれからもずっと被害は増え続ける。
「かごめ、お前はここに隠れてろ」
言い捨てて、弟がさっさと村へ行こうとする――
「なんのためにわざわざ遠回りして見晴らしのいい場所に来たと思ってんの」
それを、犬耳を掴んで止めた。
「んだよ姉貴! この状況で作戦もクソもねえだろ」
「大有りだよ。あなたがああいう連中を嫌いなのはわかるけど、敵を倒す以外のこともよく考えなさい。……あの村の死体、どう思う?」
私も犬夜叉も、そこいらの雑魚妖怪に真っ向勝負で負けることはまず有り得ない。
だからこそ、常に最良の形での勝利を目指すべきだ。
己をより高めるために。
元人間の私の心と、お人好しな弟の心に、悔いを残さないために。
「……」
犬夜叉は焦燥を滲ませつつも、改めて視線を賊に蹂躙される村に投じる。
「――野郎ばっかだな。女もガキもいねえ」
その時、背後にいた少女があっと声を上げた。
「そっか、まだ生きて、捕まってる人たちがいるのね!」
「正解」
男の村人は邪魔なだけだろうが、女や子供は慰み者にするなり売り飛ばすなりするために生かしておくだろう。
かごめが慌ててリュックサックから双眼鏡を取り出して覗き込む。
「……奥の広場に集められてるみたい。周りを槍を持った奴が囲んでるわ」
「さて犬夜叉、そんな状態でただ真正面から向かって行ったらどうなる?」
「――相手は、捕まえた連中を盾にしてくるだろうな」
「そ、そうじゃな、人質にして脅してくるかもしれん!」
少し頭が冷えたらしい弟に続いて、七宝も思いついたリスクを挙げる。
「なら、どうしたらいいと思う?」
考えるより先に体が動いてしまう弟ではあるが、決して考える頭が無いわけではないのだ。
そう信じて促せば、少年は無事答えに辿り着いた。
「まず捕まってる奴らを解放して、それから妖怪と野盗どもを片付けるってことか」
「うん。まず二手に分かれて――」
「はいはい、あたしにも協力させて!」
「お、おらもやるぞ!」
「なっ、ちょっと待てよかごめ、危ねえぞ」
犬夜叉は難色を示したが、かごめに引き下がる気は無いようだった。
「足手まといにはならないわ。敵が四魂の欠片を持ってるかどうかとか関係なく、月華さんと犬夜叉が戦うなら、あたしも一緒に戦いたいの」
「…………姉貴」
弟よ、私に助けを求めるような目を向けるな。“君が大切だから安全な場所にいて欲しいんだよ”くらい言え。無理だろうけど。
私としても、少女が示した覚悟を尊重したい。
「確かに、野盗の人数を考えると私と犬夜叉だけじゃちょっと厳しいかな」
これ以上犠牲者は一人も出さず、敵は一人も逃がさないのが目標だ。
けれども、如何に戦闘力が高かろうと私も弟も体は一つ。
全員で力を合わせたほうが成功率は上がるだろう。
「かごめと七宝に、村人を逃がす役をやってもらえると助かるけど……七宝は狐火が使えるとして、弓矢は近接戦には向かないよね」
どう分担すれば仲間の安全を確保できるだろうか、と思案していると、かごめは「大丈夫」と自信たっぷりに頷いて、リュックをひっくり返した。
「武器ならあるわ。ママにお小遣い前借りして買ったの。これがスタンガンで、これが唐辛子スプレー」
「へえ、よくわかんねえけどすげーな」
「……た、頼もしいね……」
現代の護身用具を両手に構えてニコニコと微笑む少女に、私はそれだけ言うのがやっとだった。
「お頭! 旅の女を捕まえましたぜ!」
「きゃー助けてー」
「ひい~! おらまだ死にたくないー!」
七宝がちゃんと人間の女に化けられるのか少々不安だったが、その変化はこれまで見た中で一番完成度が高かった。
楓の村に戻ったときに一緒に遊んだ少女の姿をしっかりと真似ている。
演技についても、かごめのほうが棒読みで、七宝の悲鳴の方が真に迫っていた。
(マジでびびってるんだとしたら、妖怪としてどうよ、とは思うけどね……)
そんなことを思いながら、二人が野盗に引きずられていくのを物陰から見送る。
彼女らの後ろ姿が見えなくなったところで、私は大きく一歩足を踏み出した。
進む先には、白い駿馬に跨った野盗の頭目がいる。
髪の絡まった肉片がこびりつく大鉞を持つ、派手な陣羽織の男。
配下の粗野な男たちと対照的に、整った顔立ちをしているものの、血のように赤い唇が不気味な印象を与える――妖怪。
「ご機嫌よう。腐肉にたかる目障りな蛆虫さん」
とりあえず、丁重に挨拶した――のだが、野盗に礼儀作法を求めるのは酷なことだったらしい。
頭目の傍らにいた取り巻き達が激昂した。
「このアマ! 命が惜しくねえみてえだな!」
「ぶっ殺してやる! ……いや、待て、この女、人間じゃねえぞ!」
「よ、妖怪……!?」
自分より弱い相手にしか威張れない典型のような連中であった。
こちらの姿を正確に認識するにつれ、すぐにも斬り掛からんとしていた気勢が削げ、慄いたように後ずさる。
替わって進み出てきたのは、第一目標である妖怪だ。
「……くくく、女。この蛾天丸様を蛆虫呼ばわりとはいい度胸だ」
自分で自分のこと様付けって。
馬上から睨め下ろす双眸を見返して、嘲笑する。
「人間の、それも下衆な野盗なんかを従えて大将気取りの卑しい妖怪を他にどう呼べと? オマエは空を飛ぶ羽虫ですらない、肥溜めを這う蛆虫でしょう」
「――――」
敵の口腔から、大量の糸塊が迸った。
素早く後ろに跳んで糸の奔流から逃れると、妖毒を含んだ糸が地面に拡がり、ブクブクと泡を弾けさせる。
「こ……これは……お頭……」
異様な光景に動揺する手下たちに、本性をあらわにした妖怪が残忍な笑みを向ける。
「くくく、どうしたてめえら。おれが妖怪と知って、恐ろしくなったか」
「と、とんでもねえっ」
「強い妖怪がお頭なら、おれたちゃ無敵だ。今までどおりついていきますぜ」
……まあこの状況ではそう言うしかあるまいが、我が身可愛さに妖怪にへつらう姿は醜いものだ。
(にしても、戦いの最中によそ見して会話なんてね。……まあ無理もないか)
例によって例のごとく、私は妖気を抑えているので、相手には馬鹿な弱い妖怪が喧嘩を売ってきたとしか感じられまい。
「話は済んだ? なら覚悟なさい、虫けら」
「女、その程度の力でおれの前に現れたこと、後悔するがいい!」
毒繭が私を包むように展開し、毒粉が周囲に撒き散らされる。
それを回避すれば、大鉞が襲い来る。
「くっ……」
「どうした、でかい口を叩いてそのザマか」
刀で斬撃を防ぎつつ、蛾天丸の揶揄に沈黙で返す。
――弱すぎてやりにくいんだよ、オマエ!
などという本音を口にするわけにはいかないから。
(いやマジで、私は毒華爪みたいな技は使えないけど、毒耐性は殺生丸並にあるからね? この程度の妖毒じゃかぶれもしないからね?)
これなら犬夜叉も、重くなった鉄砕牙を使いこなせずにいた時期でもない限り1ターンで殺せるだろう。
そんな相手を弟たちが目的を果たすまでこの場に引き付けるという、ある意味非常に困難な戦いを強いられたせいで、その野盗の声は救いの声に聞こえた。
「お、お頭ーっ、助けてくだせえ! さっき捕まえた女共、妖怪だぁ!」
先ほどかごめたちを連れて行った男が、泡を食った様子で駆けてくる。
その背後に降り立つ、緋色の影。
「逃がさねえ!」
犬夜叉の拳が過たず側頭部を捉え、その衝撃に男は声も出せすに昏倒した。
「犬夜叉、そっちはどんな具合?」
「村の奴らは七宝が幻術を使って逃がした。野盗どももあらかた片付けたぜ」
「……だそうだけど、何か言い残すことはある?」
絡みつく糸を払い除けて問いかければ、蛾天丸は憤怒の表情を浮かべていた。
「そうか、貴様ら……最初からそのつもりで」
「おう、残念だったな下衆妖怪。無事に地獄に送ってやるぜ」
「いい気になるなよ、人間の味方気取りの雑魚妖怪が――」
人間の男を模していた体が膨れ上がり、纏っていた鎧が砕け散る。
『この蛾天丸様に勝てるとでも――』
ああ、的が大きくなって斬りやすくなった。
巨大な蛾に変化した妖怪を、顕心牙で両断する。
何か言おうとしていたようだが、特に面白い台詞でも無さそうだったし、聞くだけ時間の無駄だろう。
納刀して周囲を見渡せば、弟の報告通り、自分の足で立っている野盗は既に数える程しか残っていなかった。
少年の鉄拳が炸裂したのだろう、元から不細工な顔が更に悲惨になった男たちが、数人ずつ気絶して積み重なっている。
「お、おらがかごめを守らねばーっ」
「えいえーいっ!」
「ぎゃああ! 目が、目がぁ! ――ぐげっ……」
また一人、子狐と少女の連携によって倒された。
七宝の狐火で相手を牽制し、かごめが唐辛子スプレーで目潰しを決めたところにスタンガンを押し当ててとどめ……なかなかえぐいコンボである。
「これで全部か?」
「そうみたい……あ」
視界の端に、遠ざかる複数の人影。
雑用を押し付けられていたのだろう、一団の下っ端と思しき粗末な鎧の男が三人、こそこそと逃げて行くが――それを許す理由は無い。
犬夜叉はひとっ飛びで彼らを追い越し、進行方向に立ち塞がった。
「た……助けてくれ」
「お、おれたちはお頭の命令どおりやってただけだ」
「勘弁してくれ」
逃げられないと悟った男たちが、腰が抜けたようにへたり込み、口々に命乞いをする。
「……なあ、姉貴」
冷や汗を流しながら自分を伏し拝む野盗を、少年は冷めた目で見下ろしてから、後を追って来た私に呼びかける。
「人の世では、人を殺したり、物を奪ったりすんのは“罪”なんだよな?」
「うん、妖怪と違ってね」
人間と妖怪。その違いは多岐に渡るが、もっとも大きな相違点は、“罪”という概念の有無ではないかと思う。
“殺すな、奪うな”――それは時代や国籍を問わず、あらゆる文明の法律で戒められている。
しかし妖怪は違う。
邪魔な者を殺そうが、欲しい物を奪おうが、報復を受けることはあれど罪として糾弾する“法”は無い。
「妖怪が人や妖怪を殺すのは罪じゃねえが、人が人を殺すのは罪。――だったらおれは、人間を殺さねえよ」
「そうだね。今までもずっとそうだった」
妖怪の命を軽んじて人間を贔屓するのとは違う。これは、前世人間の私と、半分人間の弟が定めた線引きなのだ。
「じゃ、じゃあ……助けてくれるのか」
こちらに命を取る意思が無いと分かった男たちが、あからさまに喜色を浮かべる。
「ああ。……姉貴、頼む」
弟の言葉に頷いて、私は――体内の妖力を解き放った。
落雷めいた爆音。
瞬発的に放出された妖力は、物理的な衝撃波となって大気を震わせ、前方に立つ弟の髪を巻き上げる。
「が……ぁ……」
「……ッ……」
「ぃっ…………」
それは只人が耐えられるものではなく、野盗たちはテッポウエビに襲われた小魚よろしく意識を刈り取られる。
「てめえらの罪、人の世で償いな」
倒れ伏す罪人に、弟はそう吐き捨てた。
その後、気絶した野盗たちをまとめて捕縛し、近隣の役人に引き渡して、今回のミッションは終わった。
彼らの罪は、人が人の法で裁くだろう。まあ、死罪以外ないと思うが。
余談。
村人にとっては、自分たちを逃がしてくれた七宝とかごめ、野盗を次々と殴り倒した犬夜叉の活躍が印象深かったらしい。
弟たちが大層感謝されたのに対して、親玉を倒した私は、目撃者がいなかったせいでスルーされた。……ぶー。
次回でようやく法師が合流です。