犬兄弟の真ん中に転生しました   作:ぷしけ

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第二十一話

平成と呼ばれた時代の人間から、戦国時代に妖怪として転生して幾星霜。

私が今生で、前世と変わらず享受できる女の子の楽しみとはなんだろうか?

 

恋愛?

相手がいない。それに楽しいことばっかりじゃないだろう、知らんけど。

 

甘いもの(スイーツ)

この時代の甘味って餡子と果物くらいしかない。この体は飲み食いの必要があんまり無いせいで、食への興味も薄れた。

 

お洒落(ファッション)

旅の最中に何着も持っていても邪魔になるだけだ。おまけにいつ敵の返り血やら何やらで汚れるかわからない。

 

答えは――

 

「きゃ~、温泉だ、嬉し~っ」

「温泉だねえ」

 

温泉である。

 

 

今宵の野営地と定めた山の中。

私たちは木々の向こうで、宵闇に白く湯気が立ち上るのを発見した。

 

「けっ、なんでわざわざ熱い湯に入りたがるんだか。水浴びでいいだろ」

「やーよ。寒いじゃない!」

「そうだよ、犬夜叉」

 

妖怪の体は新陳代謝率が低いので、老廃物で汚れることはほとんどないが、温泉に浸かるという行為の目的は肉体の洗浄ではないのだ。

 

「温泉とは即ち精神の解放。魂の安寧。生命の救済。天地開闢以来永久不変の癒しの地即ち温泉――この悦楽は水浴びなんかじゃ絶対に得られない、おわかり?」

「…………お、おう」

「……そ、そうね。あはは……」

「……月華も相当アレじゃのう……」

 

何とでも言うが良い。私が人間であった時と変わらず心地よく感じられるモノは貴重なのだ。

 

「それに、明日はこれまでより大きい街に行くから、身奇麗にした方が良いでしょ」

「あー、京の陰陽師から届いた文にあったヤツか。怪しい絵師が京から逃げたってだけで、四魂の欠片が絡んでるかどうかハッキリしねえ話の。……あのタヌキ親父、おれらに仕事押し付けたいだけじゃねえか?」

「だとしても、一応確かめないと。あとあの人は、狸じゃなくて狐の子孫」

先日の大桂の木に埋まった欠片も、完全に妖怪化するより前に回収できたから良かったものの、放置したら奇跡的な確率で五百年間探索の手を逃れ、グロ&ホラーな事件を引き起こしたんじゃないかと思う、何となく。

とりとめのない会話をしながら獣道を進めば、まもなく湯気の発生地点に辿り着いた。

滾滾と湧き出す湯が、大小不規則な岩石が作り出した天然の湯船を満たしている。

この臭いは……うん、かなりの美肌効果が望めそうだ。

二百年、弟に呆れられながらも旅の道中で見つけた温泉には必ず浸かってきた私は、今じゃすっかり温泉ソムリエである。

「けっこう大きいわね。あたし泳いじゃおっかな」

うきうきとした声音で歩調を早めるかごめに私も続き――ふと“ソレ”に気づいて少女の肩に手を置いた。

「月華さん?」

「……先客がいるみたい」

 

 

 

第二十一話 温泉回をこなしました

 

 

 

(なんだ……こんな山ん中に人……?)

 

おれが家財道具(盗品)を苦労して運んで売り飛ばした疲れを癒すべく辿り着いた温泉で。

錫杖を置き、袈裟の結びに手を掛けたところで、その声は聞こえた。

岩と立ち込める湯気が視界を遮り、姿は見えないが、二人組の声だった。

 

どちらも高く澄んで美しい――若い女の声である。

 

「うわ~、気持ちい~っ」

「かごめ、背中流してあげる。……うふふ、胸、大きいのね」

「そ、そんな~、月華さんこそ……」

 

「――――」

 

…………ごくり。

 

ぱしゃぱしゃと湯面を揺らす音に、小鳥の囀りめいて軽やかな笑い声が続く。

(ああ……)

おれの直感が告げている。

今、あそこにいる女たちは、超のつく上玉だと。

湯けむりの向こうに広がる景色を想像するだけで、道具屋の親父に家財道具(盗品)を買い叩かれた怒りも、この身を蝕む死の呪いに対する恐怖も消えていく。

天女だ。

御仏がおれを哀れんで遣わせた天女たちが湯浴みをしているのだ。

あの先にこの世の極楽がある。

神仏の慈悲に深く感謝を捧げ、抜き足差し足でいざ極楽へ赴かんとしたおれは――

 

「おう、ちょっとツラ貸しな」

 

地獄の獄卒に、襟首を掴まれていた。

 

 

 

「犬夜叉、どう?」

「当たりだ。女好きそうなツラした野郎が覗こうとしてやがったぜ」

なるほど有罪(ギルティ)。他の人間の臭いがしたので、様子を見て正解だった。

「まーっ、やらしーわね!」

私の隣で、両手を湯に浸けて音を立てていた少女が、眦を吊り上げる。

もちろんかごめも私も、まだ一枚も脱いでません。

 

犬夜叉が捕獲したのは、紫の袈裟を纏った、まだ若い法師だった。

仏に仕える者が覗きとは全く世も末である。

「それにしても、月華さんの方がニオイに敏感なのね」

「犬夜叉より犬に近いとゆーことか? 見かけによらんのう……」

中身はともかく体は百パーセント妖怪なので当然っちゃ当然なのだが、私としても少々複雑である(カップラーメンをものすごく塩辛く感じたのも、地味にショックだった)。

「あっ、でも、穴掘りは犬夜叉の方が上手い!」

「どーいう弟自慢じゃ?」

「んなことより、どうするよこいつ。埋めるか?」

脱線しかけた会話を遮って、弟が私たちの輪の中に引き据えた覗き魔を顎で示しながら問う。

近くに生えていた蔦で括られた男は、全員の注目を浴びて肩をすくめた。

「いやあ、ほんの出来心ですので、見逃してくれると有難いのですが……」

「なーんか、あんまり反省してるカンジがしないわね」

十五歳の少女は、男の軽い口調に顔を顰める。男は大袈裟に傷ついた表情で、少女の手を握った。

「とんだ誤解です! 心から反省しておりますとも。貴女のように美しい娘御に嫌われては、この弥勒、悲しみのあまり死んでしまいます」

「そんなことで死ぬほどヤワなわけないでしょ。四魂の欠片をふたつ……いえみっつは持ってる人が」

「え」

かごめは法師の手を抓りながら、冷ややかに言う。

「ふうん、やっぱりただの生臭じゃなかったんだ」

この弥勒という法師、言葉こそ弱気だが、妖怪二匹に挟まれて少しも怯えていない。歯の浮くようなセリフを堂々と言ってのけるところも信用ならん。

「それなりに妖怪とも戦える法力がある……その妙な気配のする右手も武器?」

「……いい目をお持ちで――ああっ、何をするのです!」

「うるせえよ」

私たちとの会話に気を取られていた法師の懐から、弟が四魂の欠片を掴み出す。

「ちょっと犬夜叉……」

流石に乱暴だと思ったのか、かごめが咎めるように呼びかけるが、犬夜叉はフンと鼻を鳴らして法師を睨みつけた。

「てめえみてえな生臭坊主が四魂の玉に関わったって、ロクなことにならねえぜ。覗きの罰だと思って諦めな」

「くっ……」

ここに至って初めて、法師の態度から余裕が消えた。

飄々とした柔和な面差しを悔しげに歪めて俯くが――すぐにキッと見上げてくる。

その黒い双眸を見返しながら、私は何が起こっても対処できるように気を引き締める。

相手は拘束されたまま。

四魂の欠片も弟の手の内。

如何にこの法師が優れた退魔の才を持っていようと、この状況で私たち姉弟二人を相手取って勝利するなど不可能だろう。

さりながら、男の放つ並々ならぬ気迫……己が信念の為には命すら惜しまぬという強い意志は、“窮鼠猫を噛む”という事態を警戒させるには充分だった。

 

「――納得できません」

 

静かに、男が口を開く。

私は密かに爪に妖力を込める。

さあ、どう反撃するつもりか。

言霊か、隠し武器か、それともあの呪いの気配を滲ませる右腕か――

 

「確かに私は貴女がたの湯浴みを覗こうとしました! ですが実際に湯浴み姿を見たわけでもないのに、目的のために苦労して集めた欠片を奪われるなどあんまりです――罰だというなら、せめて、見せてください!!」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

それは魂の叫びであった。

心を震わす咆哮であった。

 

「……アホじゃ」

 

七宝の呟きが、沈黙する私たち三人の内心を代弁していた。

 

 

 

「私が四魂の玉を集めているのは……ある妖怪を捜し出し滅するため」

あの後、「やっぱりコイツ埋めようぜ」という犬夜叉と「話くらいは聞いてあげてもいいんじゃない?」というかごめで意見が分かれたものの、厳正なる討議の結果、後者が採択され、弥勒と名乗る助平法師は命を永らえた。

「その妖怪の名は奈落……といいます。奈落は必ずや玉を集め、より強い妖力を求めるはずです。なぜなら、奈落は五十年前に四魂の玉を手に入れかけたという。玉を守っていた巫女を殺して……」

弥勒の話に聞き入っていた少女が、え?と首を傾げた。

「巫女って、桔梗のこと? 楓ばあちゃんは、桔梗は襲ってきた妖怪と相討ちになったって言ってたわよ?」

その問いに弥勒は痛ましげに目を伏せる。

「残念ながら、その巫女は奈落の核を完全には浄化できなかったのでしょう。実際に奈落と戦ったのは、若かりし頃の私の祖父ですので推測になりますが――彼奴は恐らく、無数の妖怪が寄り集まりひとつとなって生まれたものです」

「妖怪たちがひとつに? そんな奴がおるのか?」

「――話には聞いたことがある。強い敵に対抗する手段として、弱い妖怪の群れがそういう変化を行う例があると」

「だとしたら、なかなか厄介な相手だな」

私に続いて犬夜叉も難しい顔で呟く。

「どうして? 犬夜叉」

「そういう敵は、体をいくら砕いても大した痛手にならねえんだよ」

殺生丸のような単一の妖怪であれば、いかに強大であろうと首を刎ねれば死ぬ。

しかし数多の妖怪の集合体となると、体を切り刻んだところで、また寄り集まって再生してしまうのだ。

そのような手合いは、大火力の攻撃で肉片一つ残さず消し去るか、核となる心臓あるいは魂を霊的に滅する必要があるのだが……どちらも言うは易し行うは難しである。

弥勒の説が正しければ、桔梗の放った破魔の矢も核を捉えられなかったがために、奈落に大ダメージを与えはしたものの再生を許してしまったのだろう。

「……その奈落についてもう少し詳しく聞かせてくれる? あなたの祖父殿が戦ったときの話とか」

「ええ。かまいません」

 

弥勒の祖父・弥萢と奈落の戦いは数年に亘り、出会うたびに件の妖は違う人間の姿を借りていたという。

最後の戦いは、同時期に世を脅かしていた神久夜という女妖怪との三つ巴となった。

弥萢は天女を喰らったことで不死の力を手に入れた神久夜を命鏡に封じたが――その神久夜を取り込もうと襲ってきた奈落の封印には失敗した。

「奈落は封印の札ごと祖父の右手を突き抜け、逃れ去ったそうです」

――“我がその手に穿ちし風穴は、いずれおまえ自身を飲み込むであろう。たとえ子を成そうとも、我を殺さぬ限り、呪いは代々受け継がれおまえの一族を絶やすであろう”

それが、弥勒の右手に巣食う呪いの正体であった。

 

「この風穴は年々大きくなり、吸う力も強まっている。奈落を倒さねば……数年のうちに、私自身を飲み込むでしょうな」

「…………」

なんとも。

痴漢行為で捕縛された男の口から語られたとは思えない重い話である。

「――この四魂の欠片を集めていれば……必ず奈落に行きあたるってことよね」

手の中の石片に視線を落としながら、少女が口火を切る。

「一緒に集めましょ」

「はあ?」

こういうふうに、さらっと相手に歩み寄れるのがかごめの良いところだよね。

「あたしたちも、四魂の欠片を悪い妖怪に利用させないために旅をしてるの。ね、だから……」

弥勒は気乗りしない調子で目を逸らした。

「どうも私は、人さまと深く関わり合うのが苦手な性分でして」

「でも……早く奈落を倒さないと死んじゃうんでしょ?」

少女は可憐な顔を憂慮に曇らせて男を見上げる。

うんうん、かごめは優しいな、可愛いな。

「――別に、仲良しこよしをしろと言ってるわけじゃない。目的が同じなら、別々に動くより協力した方が合理的だって話」

私は優しくないから、クールにアプローチするよ。あんまり甘い顔すると、この男調子に乗って口説いてきそうだし。

それとも、と首を傾げて法師の顔を覗き込む。

「私たちみたいな妙な連中と組んでも得がなさそう、とか思ってる?」

「……ははは。滅相もない。そのようなことは決して」

弥勒は愛想笑いを浮かべる。……一瞬目が泳いだぞ。

「ふうん? じゃあ私の勘違いかな? あなたは世渡り上手そうだし、私たちを値踏みして、角が立たないように断ろうとしてるんだと邪推したのだけど?」

「は、ははは……」

「そのへんにしとけよ、姉貴」

私が悪ノリする気配を感じとった弟が口を挟む。

「かごめも、その野郎が一人でやりてえってんなら好きにさせりゃいいだろ。欠片は渡さねえけどな」

「も~、犬夜叉。あんたそーゆー言い方するから誤解されんのよっ」

かごめが頬を膨らませて少年を睨む傍ら、子狐妖怪が法師の膝下に進みよって来た。

「のう、弥勒とやら。犬夜叉と月華は強いぞ。おらもお父の仇を取ってもらった。少しは信じてみたらどうじゃ?」

「犬夜叉と、月華……?」

七宝の言葉を反復した法師が、ハッと目を見開いて膝を打つ。

「風の噂で聞いたことがあります。たいそう強く美しい妖怪の姫御とその家来……」

「誰が家来だ、コラ!」

「たしかに犬夜叉は月華の子分に近いがの……あわわっ!」

犬夜叉の拳骨を避けて法師の肩に飛び乗った子狐は、無邪気に続ける。

「まあこの通り、犬夜叉はアホでコドモで、月華はイジメっ子じゃが、その欠点を補って余りある強さじゃ。二人なら間違いなく奈落とやらを倒して、お前の呪いを解ける」

断言する七宝の瞳は、希望に満ちて曇りなく輝いている。

「あたしもそう思うわ」

かごめもまた、持ち前の相手の心を暖かくする笑顔で頷く。

「…………」

弥勒の眼差しは両者の間をさ迷い、やがて答えを求めるように私へと向けられた。

そこには、先程までの取り繕った笑顔はない。

死の呪いに冒され、希望を求め、けれども与えられた希望を無条件に信じることはできない……そんな一人の人間の葛藤が感じられた。

「――私も犬夜叉も、必ずあなたを救うなんて約束は出来ない。でも、奈落が四魂の玉の力でこの世に災いを振りまくなら、私たちは全力で阻止する。あなたも奈落を倒すのが目的なら、仲間として助けたい……そのためにも、一緒に来て欲しい」

七宝やかごめのように楽天的なことは言えないが、これが私の心からの言葉だ。

 

「ええ……わかりました。あなたがたは、信頼に足る誠実な人たちだ」

 

弥勒が居住まいを正し、頭を垂れる。

「どうか、私も同行させてください」

「やったあ!」

「仲間は多い方が楽しいのう!」

少女と子狐が明るい声を上げるのに応えて、弥勒も微笑む。

「私もそう思います。やはり美しいおなごと一緒の方が……」

――やっぱ調子に乗りやがったコイツ。

「おう弥勒。ついて来んのはいいが、スケベなことしたら承知しねえぞ」

「ご心配なく、わかっておりますよ。不埒な手で触れようものなら、噂以上に見目麗しい月華様に、腕を切り落されてしまうでしょうからな」

さっきまでのシリアスな空気はどこへやら。ガンを飛ばす弟を剽げた口調でいなす助平法師。

今私の手を握っているのは不埒じゃないというのか。

「……流石におさわり程度で腕を切ったりはしないよ」

とはいえ、痴漢行為には罰則が必要だろう。

「そうだね、もし私やかごめの尻に触ったりした時は指を切り落とす……のはやりすぎか。爪を剥がす……? いや、爪と肉の間に針を突っ込むくらいが丁度良いかな。うん、決定」

弥勒の手を握り返して、その爪を撫でながら微笑む。――喜んでくれるかと思ったんだが、男は顔を引きつらせて硬直してしまった。

「なんか……ダメージとしては一番小さいのに一番痛そうな罰に決まっちゃったみたいな……」

「や、やっぱり月華は妖怪じゃ……!」

「ハイ。私ハ決シテ尻ヲ撫デタリイタシマセン。デスカラ爪ニ針ダケハゴ勘弁ヲ」

「……冗談なのに」

「姉貴のは冗談に聞こえねえよ」

弟よ、周囲にドン引きされて傷ついている姉に、も少し優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃないかい?

 

この悲しみは温泉で癒すしかない。

 

弥勒との出会いで忘れそうになったが、本来の目的は温泉だ。

「かごめ、話も一段落したことだし温泉に入りましょう」

「う、うん。……犬夜叉も弥勒様も、覗かないでよ?」

「心配すんな。興味ねーからよ」

「ハイ。デスカラ目玉ニ針ハゴ勘弁ヲ」

誰もそんなこと言ってないよ!?

「月華さんの刺した釘が強すぎたみたいね……」

片言めいた調子で、怯えながら喋る法師の姿に、かごめが困ったように笑う。

まあそのうち元に戻るだろうし、セクハラを悪と認識してくれるのは喜ばしいことだ。

「安心して、かごめ。これで私たちの楽園が守られたんだから」

 

温泉とは、浮世の苦しみから解き放たれ心と体を癒す聖域(サンクチュアリ)

――断じてサービスシーンやラッキースケベのための舞台装置ではないのだ。断じてッ!!

そして温泉は、一人でゆったり浸かるのも良いが、仲の良い友達と一緒であれば、よりいっそう素晴らしいものとなる。

 

「かごめ……お願いがあるの」

「な、なあに? 月華さん」

私は少女の手を取り、その目を真っ直ぐに見つめていった。

「この先も温泉があったら、私と一緒に入ってくれる? どんな覗き魔が現れても、私が必ずあなたを守るから……!」

それがぼっち温泉歴二百年な私の願いだった。

「……! もちろんよ。信じてるわ、月華さん」

かごめも、私の手を力強く握り返して頷いてくれた。……なぜか、ちょっぴり頬が赤い。

「また月華が女を口説いとる……」

「その顔でそーゆーことすっから勘違いされんだよ、アホ姉貴」

「はいそこ、妙な言いがかりをつけないでくれる?」

白い目を向けてくる男性陣を睨む――と、さっきまで震えていた弥勒の様子に変化が生じていた。

 

「……おお……」

 

弥勒は私たちの姿を、阿弥陀如来の来迎を目にしたかの如き感動の面持ちで見つめ、一心に手を合わせている。

「なに拝んでやがるんでい、弥勒」

「邪魔をするな犬夜叉! 私は新たなる悟りを開いたのだ……! ああ、私は愚かだった。花といえば我が手で手折ることしか考えていなかった。だが……」

はあ、と熱い吐息をこぼしながら、男は感に堪えぬという風情で続ける。

「今目の前で咲き誇る二輪の花……これに手を触れるなど無粋の極み、唾棄すべき悪行。花は花同士で戯れている時が最も美しい。ありがたやありがたや……」

「…………なあ姉貴、コイツが何言ってるかわかるか?」

その後も有難いだの尊いだのと呟き続けている法師を、弟は気味悪そうに指差しながら尋ねてくる。

「――犬夜叉は、わからないままでいいと思うよ」

 

新たに仲間に加わった弥勒という法師。

その右手に呪われた風穴を持ち、過酷な戦いに身を投じることを余儀なくされた男。

……でもなんだか、コイツはものすごく長生きしそうな気がする。

 

 




一枚も 脱がずに終わる 温泉回(字余り)
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