犬兄弟の真ん中に転生しました   作:ぷしけ

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姉と弟の二人旅時代の話。


番外編
或ル刀鍛冶ノ記憶


『坊や……私の坊や……』

 

(ち、ちくしょう。体が、動かねえ!)

しくじった――朦朧とする意識の中で、それだけを思う。

 

姉との旅の道中で、子供が幾人も行方知れずになったと嘆く村人の声を耳にした。

これも修行と、妖怪退治に乗り出した。……俺が強くなるためだ、人助けなんかじゃねえ。

妖怪の臭いを辿ってやって来た村外れの沼地にいたのは、幽霊と大差ない程に妖気の希薄な、顔の無い女の姿をした妖怪。

こんな奴よりはワラ束の方がまだ斬り応えがありそうだ――などと油断したのが仇となった。

一瞬前まで目も鼻も無かったはずの妖怪の顔が変化する。

決して忘れるはずのない、死んだ母親の顔に。

『私のかわいい坊や……心まで抱きしめてあげようね』

優しい母の声が、毒のように精神に染み込んでいく。

手足の感覚が消失して指一本動かせないのに、体は暖かく柔らかな泥の中に沈んでいくようで心地よい。

眠くて眠くて、自分が誰で、何をしていたのかも思い出せな――

 

「犬夜叉!!」

 

バシャン、と騒々しい水音に、耳障りな女の悲鳴が続いた。

瞬間、先程までの抗いがたい温もりが消え失せる。

「姉上……」

「油断するな、と言ったはずだけど?」

地面に尻餅をついて見上げるおれの脳天に、姉の拳骨が落とされた。

「くそっ!――悪かったよ。けど、コイツはいったい何なんだ? どうして母上の顔を……」

「この無女という妖怪は、子を失った母たちの無念の魂が寄り集まってできたもの。いなくなった子供たちも、こいつに魂を囚われて吸収されてしまったんでしょう」

姉は、妖術を強引に破られた反動で苦しげに身を震わせている妖怪を冷ややかに見据えながら、顕心牙に手を掛ける。

「でもそれも今日で終わり。これ以上、生きている子供の命を……っ……」

不意に姉の声が揺らいだ。

その横顔は表情に乏しいのでわかりづらいが、おれには随分と動揺しているように感じられた。

姉の視線の先で、無女が助けを求めるように弱々しく白い手を月華に向けて伸ばしている。

『お願い……助けておくれ、私の娘……』

銀髪金眼――以前会ったいけ好かない異母兄・殺生丸にも似た顔立ちの女に変化した無女が、哀切な声音で姉に希う。

「やめろ。オマエは、違う。楽に死にたければ、今すぐその顔をやめなさい」

きつい口調と裏腹に、姉は明らかに気勢を削がれていた。

腕を広げて抱擁せんとする無女に対して、抜刀も出来ないまま後ずさる。

『どうしたの……おいで、私のかわいい娘』

「母上はそんなこと言わない!」

 

 

「――で、どーすんだよ姉上」

結局その場を這う這うの体で逃れて(姉は戦略的撤退だと言い張っていた)、自分たちは、大木に陣取って思案に暮れていた。

細い梢の先端に優雅に立ち、虚空を見据える姉の姿は一幅の絵のようだが……こういう無駄にカッコつけた態度は、気まずいのを誤魔化す時のものだ。

「無女の能力。あれは近付いた相手の記憶から母の顔を引き写してるようだから、その発動圏外の距離から攻撃すればさっきみたいなことにはならないと思う。……でも」

「なんか問題でもあるのか」

「あれはもともと成仏できない人間霊が妖怪化したもの。体を壊しても、魂はずっと迷い彷徨うことになる。取り込まれ混じり合ってしまった子供たちの魂と一緒にね」

「…………」

「それに、犬夜叉も気付いたんじゃない? あれの行動が、悪意じゃないって」

――そうだ。

無女に吸収されかけた時に奴から感じたのは、限りない慈しみと――哀しみだった。

愛する我が子を、もう二度と手放さないように、もう二度と傷付けないように、自分の胎に隠して守りたい。

そんな子を思う情念の妖怪が無女なのだ。

だがその思いは永遠に満たされることはない。

何人子供の魂を取り込もうとも、完全に吸収してしまえば、その存在を無女自身が認識することはできないのだから。

そしてまた失った我が子を求めて彷徨い、新たな犠牲者を生む……この世に魂が留まる限り、決して救われない。

「おい。まさか、あいつを成仏させてやろうってのか? おれ達に坊主の真似事なんざできねえだろ」

姉の言わんとすることに共感しつつも、半ば呆れて問いかける。

対する月華は、相変わらず表面上は一部の隙もない涼しい顔で頷いた。

「できないね。だから今、できることを考えてる」

「……そうかよ」

「うん、そう。――私があの場を退いたのは、より良い決着をつけるため。あいつが母上の顔を真似たのに怯んだとか、そういうことは、全然、全くない。わかるよね? 犬夜叉」

「…………そうかよ」

“触らぬ神に祟りなし”ってのはこういう時に使うんだろうな、うん。

 

 

 

番外編 或ル刀鍛冶ノ記憶

 

 

 

犬の大将の遺児たちの中で、月華というのは、一番の謎だった。

 

「今度はこの刀々斎に何を作らせようってんでえ、放蕩娘」

忌々しい、の思いをたっぷりのせて睨めつけてやるも、当の放蕩娘――月華はどこまでも優雅に微笑んでいる。

「お久しぶりです、刀々斎殿。いつぞやの鉄砕牙の件に比べれば、造作もない仕事だと思いますよ」

「てめえの言うことなんざ信用できるか。……まったく、なんであんな注文受けちまったんだか」

わしが打った刀の中でも自慢の一振である鉄砕牙に新たな能力を与える……刀鍛冶として、やり甲斐のない仕事だったとは言わない。

言わないが、最初は鉄砕牙を受け継いだ小僧の生意気な言動に腹が立って断ろうとしていたのに、コイツの口車に乗せられて、気がつけば全面的に姉弟のワガママを受け入れる形になっていたのは、未だに納得いかねえ。

「安心しろよ、ジジイ。今日頼みてえのは、こいつだ」

半妖の小僧――犬夜叉が水干の袂から取り出したのは、一尺余りある、牛に似た何かの角だった。

「そいつを使って、妖怪の血を封じる守り刀を作ってもらいてえんだ」

「ほお?」

血を封じ込めるための刀。それ自体は確かに無茶な注文ではない。

他ならぬ鉄砕牙が、そのために犬夜叉に与えられた刀なのだ。

「するってえと、この角の持ち主も半妖か」

「はい。昼は人間で、夜は牛妖怪の姿になる変わり種。昼間は博識で穏やかな性格なんだけど、妖怪化すると荒っぽくなって、本人もその状態が苦痛らしいから」

「ふん……随分ご親切なこった。てめえらとは縁もゆかりもない相手だろうに」

「けっ! おれは出雲の野郎が、半妖に生まれたってだけでウダウダ甘えたことぬかしてんのが我慢ならねえだけでい」

「数少ない半妖と巡り会ったのも何かの縁。彼が今後どう生きるかは本人の問題だけど、このくらいの手助けはしてもいいかと思って」

弟の犬夜叉はぶっきらぼうに吐き捨てて、姉の月華は静かに言い添える。

両者とも、何となく良いこと言ってる風なんだが。……この半妖の角、明らかに力任せにへし折った断面なのがこの姉弟の物騒なところだ。

「まあ、引き受けてやっても良いけど、あまり調子に乗るなよ。てめえらなんざ、親父殿に比べりゃほんの子犬なんだからよ」

修行の旅と称してどこで何をしているのやら、という思いから苦言を呈すると、犬夜叉は得意げに胸を反らしてみせる。

「へへっ、わかってねえなジジイ。聞いて驚け! おれはこの鉄砕牙で――」

「竜骨精を倒したんだろ。冥加に聞いたから知ってるぜ」

「なっ、だったら偉そうにくだらねえ忠告してんじゃねえよ!」

自慢話の腰を折られた少年は、わかりやすく不機嫌になって牙を剥く。

「知っているから言うておるのです、犬夜叉様!」

冥加がここぞとばかりに出てきて、ピンピンと跳ねながら捲し立てた。

「わしは、封印したままの竜骨精の心の臓を貫くだけでいいと申し上げたのに! 父君ですら封印するのがやっとだった妖怪ですぞ!」

「爆流破で正面からぶっ倒したんだからいいじゃねえか。そんな寝首かくみてえなやり方で鉄砕牙を軽くしたって嬉しくもなんともねえよ」

「そうそう。今の犬夜叉ならさほど無茶な挑戦じゃないと思ったし、もしもの時は私も加勢するつもりだったから」

「月華様まで! だいたいわしは、月華様が危険なことはしないとおっしゃるから案内を引き受けたのですぞ! だというのに貴女様が爪の封印を解いて……!」

「まあ、冥加ったら」

当時の恐怖を思い出したのか、更に恨み言を重ねる蚤妖怪に対し、月華はさも面白い冗談を聞いたというように口元に手を当てて笑い声を上げた。

「あの程度、危険のうちに入らないでしょう?」

「月華様ぁ~~~っ!」

なんつーか、反省の色が無い。

「お前ら、わかってるか。どんだけ強くなろうが、力に溺れてる奴は立派な大妖怪とはいえねえんだぜ?」

こいつらの父親を思い出す。

犬の大将が西国を支配する闘牙王たりえたのは、三界を制する強大な三剣を所有していたからではない。

倒すべき者を倒し、救うべき者を救う――力の振るい方を弁えていたからこそ、天下無双の大妖怪だったのだ。

「……そういうお説教は兄上にこそ必要では?」

姉弟の危なっかしさを感じて、つい年寄り臭く諭すも、生意気盛りの小娘は白けた口調で痛いところを突いてくる。

「わ、わしの前に現れたらな。それに殺生丸が持ってる天生牙より、鉄砕牙と顕心牙のほうが危ねー刀なんだぞ」

「天生牙の死者蘇生だって、使い手によっては充分危険でしょう」

「……どういうふうに?」

逃げ口上なのを見抜いたのか、不服そうに目を眇めて反駁する月華に、純粋に疑問を感じて問い返す。

(時が来れば武器として鍛え直すことになるが)天生牙は敵と闘う刀にあらず、癒しの刀。

強きものを薙ぎ払う鉄砕牙に対して、天生牙は弱きものの命をつなぐ刀。

それが、何をどうすれば危険だというのか。

わしの問いに、化け犬の姫は明日の天気を予想するような気楽な様子で答えた。

 

「寸刻みに嬲り殺したあと生き返らせてもう一回いたぶる拷問とか、命令通りにしたら死んでも生き返らせてやるって言って、配下に無茶な戦いを強いるとか。まあ、パッと思いつくのはそのくらいだけど」

 

「…………」

 

なんつーことパッと思いついてんだよ、お前。

 

 

 

「……のう、刀々斎」

「しぃっ! 冥加、声が大きい。やつらに見つかったらどうする」

視線の先、毒の霧と立ち枯れた木々の狭間に、銀髪を靡かせる背中がふたつ見え隠れする。

どうやら尾行に気付いてはいないようだ。

「いや、だからなぜこのようなことを?」

半妖の角から新たに妖怪の血を封じる守り刀を作れという依頼に、わしは一つ交換条件を提示した。

――“かつて破門した弟子、灰刃坊を討て”と。

「確かめたいんだよ、アイツについて」

「あいつ?」

「冥加、お前は月華をどう思う?」

「どうと言われても……月華様は、犬夜叉様の親代わりで、剣の師匠じゃ。月華様が半妖である犬夜叉様を助けたのには驚いたが、父君が存命であられた頃より生き生きしておるような」

わしもそのことは意外だった。

冥加やわしにとっては、殺生丸も月華も犬夜叉も、親父殿が遺した子供だ。

しかし純血の兄妹にとっては、半妖の異母弟など同列に扱われることすら受け入れがたい存在の筈。

にもかかわらず月華は幼い犬夜叉を助け、父の形見である鉄砕牙を使いこなせるように協力さえしている。

妖怪としてこの上なく不可解な月華の行動を、自分たちは今まで不可解なままに、喜ばしいものとして受け入れていた。

 

だが――

 

「……もしそれが月華の思いついた“鉄砕牙の利用の仕方”だったとしたら?」

 

犬夜叉は、半妖という生まれの不利を跳ね返すために強さを追い求めている、負けず嫌いで、そのくせ甘っちょろい奴だ。

殺生丸は、偉大なる父を誇りとし、大妖怪としての気位の高さゆえに他者を省みることのない、冷酷で無慈悲な奴だ。

どちらもそれぞれに問題があるものの、わかりやすいバカ兄弟だと思う。

だが月華は謎だと――何でも無いことのように慈悲の欠片もない考えを披露するのを聞いて、今更ながらに謎だと気付かされた。

 

もしもあの、殺生丸とは別方向での冷酷さこそが月華の本質だとしたら。

 

半妖の犬夜叉を手元に置いていることに、筋の通った説明がついてしまう。

 

「他者を慈しみ守る心の無い奴に、鉄砕牙を持つ資格はねえ。だがよ、鉄砕牙を使いこなせる奴を味方に引き込んで、意のままに操れるとしたら……月華にとっちゃ、自分が鉄砕牙を持ってるのと同じことだろう」

「――まさか! 月華様がそのような……」

「ありえねえって言い切れるのか? お前は月華の奴が何を考えて、何を目指してるかわかるか?」

「そ、それは……しかし、月華様は犬夜叉様のために、殺生丸様すら敵に回して……」

「わしは、そいつも月華の策略だったとしてもおかしくねえと思うぜ」

犬夜叉は姉を守るために鉄砕牙を振るい、殺生丸は左腕を失って姿を消した。

月華の目的が、殺生丸を追い落とし、自らが一族最強の闘牙王として立つことだとしたら、それはほぼ達成されている。

「親代わりの姉貴の指図に、犬夜叉が逆らえるとは思えねえ。この先も、面倒な敵は犬夜叉に倒させりゃいいんだ。いや、月華なら指図するまでもなく、あの単純バカが自分に都合良く動くように誘導できるんじゃねえか?」

「赤子の手をひねるようなものであろうな……っていやそうではなく! いくらなんでも月華様を悪辣にとらえすぎじゃ! たしかにあのお方は表情は読めぬし、嘘は上手いし、悪知恵の回るところがある……し……う、うむむむ……言われてみれば心当たりしかない……」

懸命に月華を擁護していた冥加だったが、話すうちにどんどんと語気が弱まり、終いには頭を抱えて項垂れてしまった。

「……まあ、今んとこ全部わしの勝手な想像だからよ」

犬の大将が遺した娘を疑いたくはないが、このような疑念が芽生えた以上、看過することもできない。

だから、確かめる。

「灰刃坊……奴の邪な刀を見て、月華は何て言うんだろうな」

こんな怨念にまみれた武器は消し去るべしと断じるか、怨みの妖力で切れ味を増すなら価値有りと欲するか。

 

もし後者であったなら……わしは顕心牙を叩き折る。

 

顕心牙は犬の大将が、覚醒した妖力を御しきれずにいる娘のために打たせた刀。

月華が邪悪な本性を秘め隠し、己が父すらも欺いていたのであれば、そうするのが刀鍛冶としての責任だ。

「十人の子供を殺して血と脂を練り込まれた刀なんぞ、わしは絶対に認めねえが……」

 

「――それのなにが悪い。おかげでおれの鍛えた刀はよく斬れるぜ」

 

「!!」

ざわり、と周囲に満ちる瘴気が密度を増し、木々が腐り溶けていく。

振り返れば、胸の悪くなる邪気を纏った刀を手にした小鬼が立っていた。

「……久しぶりじゃねえか、灰刃坊」

「まだ生きてやがったか、刀々斎。今更おれの塒に近づくとは、よっぽど試し切りに使われてえらしいな」

「――いいや、てめえの相手はおれ達だぜ」

不肖の弟子と対峙するわしの前に割って入る、深紅の水干。

「犬夜叉!? お前、先を歩いてたはずじゃ――」

「まさか刀々斎殿、バレてないと思ってたんですか? 話し声がうるさいから戻って来たんだけど……おかげで灰刃坊を探す手間が省けて良かった」

弟に続いて姿を現した月華が、のんびりとした口調で言いながら、顕心牙を抜く。

「灰刃坊。刀々斎に刀を打ってもらう対価として、オマエを殺す」

「! こんなに胸糞の悪くなる理由もねえな……! 返り討ちにしてやらあ!」

憤怒に顔を歪め、灰刃坊は月華に斬りかかった。

キン、と鋭い金属音が暗い森に一つ響く。

月華は敵の斬り下しを顕心牙の鋒で受け止め――それ以外、何もしなかった。

「くくく、刀々斎、てめえの刀もたいしたことね……ぐぁっ……!?」

灰刃坊の体が、刀を握る手を始点に、瞬きの間にどす黒く変色し崩れ落ちていく。

己の鍛えた刀に宿った邪気と瘴気を凝縮して返された小鬼の肉体は、断末魔の叫びすら上げられぬまま塵となって消滅した。

残った刀も、流れ込んだ月華の妖力に耐え切れず、地に落ちると同時に粉々に砕け散る。

 

「――素材の差もあるんだろうけど、とんだなまくら刀だったね」

「ったく、この程度の相手のために足運ばせやがって。おうジジイ! これで手ぇ抜いた仕事しやがったら承知しねえぞ」

「や、やかましい! わかっとるわい……」

不本意ながら、そう返すしかなかった。

“月華の本心を見極める”という真の目的はまるで果たされていないが、灰刃坊を倒した以上、この場で出来ることは何も無い。

(まさかここまであっさり片付けちまうとはなあ……。いや、わしらが先に見つかった時点で失敗か……)

ため息を吐きつつ引き上げようとして、月華が何かを見つめているのに気がついた。

「どうした、姉貴?」

「犬夜叉、まだちょっとやることが残ってるみたい。ほら、あれ」

「……あー、アレか。どうすんだ?」

「こういう時に役に立つのがいたでしょう。探して連れてくるから待ってて」

「役に立つ? ――ああ! たしかにいたな」

「おい、おめえら何の話……ぶわっ!?」

不意に突風が吹き荒れる。

何やら姉弟同士でしかわからない会話をした後、月華は化け犬の姿に変化するや、流星の如き速度で夜空を飛び去ってしまった。

「犬夜叉様、月華様はどこへ行かれたのです?」

「あいつらの相手が出来る奴を探し行ったんだよ」

あいつら、と犬夜叉が指差す方向に目を凝らせば……いくつもの小さな人影が見えた。

 

『母ちゃん……怖いよ……母ちゃん……』

『お父、お母……助けて……』

 

「――灰刃坊に殺された子供の魂か」

 

刀の残骸の周囲に、幾人もの幼子の霊がうずくまり、すすり泣いている。

怨みの妖力を刀に与えるためだけに殺された彼らの魂は、刀が砕けた後も死の瞬間に囚われて動けない。

成仏することもできず、恐怖と苦痛の記憶に泣きながら、やがて悪霊となり果てるだろう。

 

「って、あのガキどもを月華はどうするつもりなんだ? 一体、今度は何を企んでやがる?」

「姉貴が戻ってくりゃわかるさ。ジジイも、文句ばっか言ってねえで、ちっとは姉貴を信じろよ」

「~~~~っ」

(それが出来れば苦労せんわ!)

まったく、このバカは何もわかってねえ。

子供の頃に月華に拾われて、育てられて、あいつの内面を疑ったことなんざ無いのだろう。

姉のやることなすこと、何でも正しいと思っているに違いない。

 

「てめえこそ、月華の奴を信用しすぎだぜ。ちょうどいいから教えてやる、もしかしたら月華はお前を――」

「私が何か?」

「うわわわわっ!」

飛び立った時と真逆に、変化を解いて音も無く着地した月華に声をかけられて、慌てて口を噤む。ちくしょう、寿命が縮まったぜ!

「おう、早かったな」

「思ったより近くにいたからね……じゃ、お願い」

後半の台詞は、背後に伴った存在にたいしてのものだった。

何をやらかすつもりなのかと視線を向ければ、そこにいたのは顔の無い女の妖怪と、胎児の頭に手が生えたような姿の妖怪。

 

「無女に……タタリモッケだと?」

 

唖然とするわしを後目に、二体の妖怪は迷いの無い様子で、泣き続ける幼子の霊に向かって行く。

 

『――おいで、私のかわいい子。もう何も怖いことはないから』

無女が、両の腕を広げて優しく呼びかける。

タタリモッケが、魂鎮めの笛を吹き鳴らす。

 

『おっかあ……』

『母ちゃん?』

 

子供を抱き寄せた無女の顔が、慈愛の微笑みを浮かべる。

その顔は、彼らの記憶にある母の顔なのだろう。

無女の口ずさむ子守唄と、タタリモッケの笛の旋律が重なった。

母の腕に抱かれた霊は、安心しきった様子で目を閉じ、光の玉となって次々と天へ昇っていく。

 

その光景を、月華はただ静かに見守っていた。

 

 

「……で、何がどうしてああなったんだよ」

わしは犬夜叉を引きずって月華から離れると、耐え切れなくなって問い詰めた。

タタリモッケも無女も、存在自体は知っている。

しかし、あの二種の妖怪が一緒になって霊の成仏を手助けするなど、聞いたこともない。

「いや、タタリモッケはまだわかる。子供が成仏するまで見守ってやる妖怪だからな。でも、無女は違うだろ!」

「おう。姉貴は最初、タタリモッケを使って無女を成仏させるつもりだったんだ」

「はあ?」

 

犬夜叉の雑な説明によると、こんな話だ。

修行の旅の途中、犬夜叉と月華は子供を攫っては取り込む妖怪・無女と出会った。

すぐ退治してもよかったが(ここでなぜか、倒そうと思えば簡単だったと何度も強調された)、それでは無女の魂も犠牲になった子供の魂も救われない。

ゆえに、月華はタタリモッケを探して無女のもとへ連れて来た。

幼子の魂から生じた妖怪であり、魂鎮めの笛で霊を慰める能力を持つタタリモッケならば、子を失った母親の無念を癒し、成仏を促せるのではと思いついてやってみたらしい。

 

「まあ、見ての通り無女は成仏しなかったんだけどよ……タタリモッケがそばにいる間は、他のガキを襲おうとしなかったから、姉貴は魂鎮めの笛がちっとは効いてんじゃないかって言ってたぜ」

 

そこで月華は、タタリモッケと無女、双方に語りかけた。

タタリモッケよ、無女から離れるな。

無女よ、タタリモッケから離れるな。

お前たちはどちらも、幼子の魂が不幸になることなど望んでいないはずだ――と。

 

「それ以来無女は人間を襲ってねえし、タタリモッケの笛だけじゃ成仏できねえ霊も、無女が母親役やると成仏できたりするらしいぞ」

「……月華様は、不思議なことをなさいますなあ」

「……なんか目眩がしてきたぜ」

二体が結びついたことで、生きた人間が無女の餌食になることは無くなった。

成仏できない魂が、タタリモッケに地獄に連れて行かれることは無くなった。

だが、それで月華に何の得があるというのか。

月華という小娘の頭の中身がいよいよわからなくなった。

「犬夜叉、お前も聞いてただろう。月華が天生牙のろくでもねえ使い方を考えるのをよ」

「ん? ああ、姉貴はよくヤバイこと言い出すんだよな」

「あの月華と、子供の魂を成仏させてやる月華と……お前は、どっちが本当のあいつだと思うんだ?」

どこまでも矛盾した面を見せつけてくる異母姉の隣に、なぜこいつは平然と立っていられるのか。

わしの問いに犬夜叉は、

 

「んなもん決まってるじゃねえか。――どっちも本当だ」

 

それが自明の理であるかのように、そう答えた。

 

「あの~、犬夜叉様。も少し詳しい説明を……」

「なんだ、冥加じじいもわかんねえのか? 姉貴が言ってたぜ。昔の自分は、何もできないって最初から諦める奴だったって。だから今のあいつは、何ができるかをいっつも考えてる。思いつくことの中には良いモンも悪いモンもあるってだけのこった」

「――――」

武器や妖怪の能力の、更に一歩先にある可能性を模索する。

決して邪悪なのではない。その想像力、創造力こそが月華の特性であり本質……そういうことなのか。

「おめえ、意外とアイツを理解してたんだな」

「意外とはなんでい! それとな、ジジイ。姉貴を“よくわかんねー奴”と思ってんなら、それが正解だ」

「あん?」

「おれは、あいつが“よくわかんねー奴”だって、よくわかってんだよ」

とっておきの武勇伝を語るような顔つきで、犬夜叉は異母姉を、つまりはそういう複雑怪奇な存在なのだと断じる。

「……それでいいのかよ」

「いいさ。姉貴は本当にやっちゃいけねえことはたとえ思いついても実行しないって、おれは信じてる。まあ、ちょっと道を踏み外したらひでえ悪党になりそうな性格ではあるからよ……」

苦笑いしながらも、揺るぎない決意を秘めた眼差しで拳を握り込む。

「万が一姉貴が間違ったことをしそうになったら、おれはぶん殴ってでも止める。そのためにも、おれは強くなりてえんだ」

「そうか。……ま、がんばれ」

「ご立派ですぞ、犬夜叉様! いやもちろん、わしも月華様を信じておりますとも、ええ!」

 

「犬夜叉? こっちはもう終わったけど、何の話してるの?」

霊たちが全て昇天するのを見送った月華がやって来て、不思議そうに首を傾げる。

「いやなんか、刀々斎のジジイが――」

「あーっ、なんでもねえなんでもねえ! ほれ、帰るぞ! お前らの刀も、しっかり研ぎ直してやるからよ」

「おっジジイ、たまには気が利くじゃねえか」

「ついでに鞘の補修もお願いします」

「……いっつも図々しいんだよ、てめえは!」

 

わしにとっての月華は、やっぱり三兄弟の中で一番の謎だ。

 

――だがまあ、隣にこの弟がいるのなら、心配しなくてもいい気がする。

 

 

 

 




半妖の夜叉姫、めっちゃびっくりしました。
放送開始までにこの小説もなんとかし…ま…ま…(逃走)
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