犬兄弟の真ん中に転生しました   作:ぷしけ

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オリ主の原作知識は漫画のみです。劇場版やアニオリの知識はありません。


第三話

日没の迫った荒地を、二人の僧侶が歩いていた。

若い方の僧が、前を行く年配の僧におどおどと呼びかける。

「お師匠様、この辺りには近頃妖怪が集まっているという噂です。道を変えた方が良いのでは……」

「ふん!そのようなもの、何匹来ようがわしの法力で退散させてくれるわ!」

 

「――いや、十や二十じゃないから、やめておきなさいよ」

 

思わず声をかけると、今の今まで私の存在に気づいていなかったらしい二人は、雷に打たれたように硬直した。

「よ、妖怪……!!」

「お、お師匠様、成敗を!」

「もうじきここは妖怪たちの戦場になる。今のうちに引き返しなさい」

「物の怪め、覚悟せい! 法力!」

「……あのー、話聞いてる?」

投げつけられた御札を片手で払いのけると、二人はますます顔を青ざめさせた。

「ばかな、わしの法力が効かぬ……!?」

「お師匠様……!」

「ねぇ、ちょっと」

なにやらこちらの言葉が耳に入っていない様子の彼らに向かって、一歩踏み出すが――

「ひいぃーー !」

「す、すみませんでしたーー!!」

「おーい…………」

 

一目散に走り去っていく後ろ姿を、ぼんやりと見送る。

まあ、いつの世もああいった手合いは、なんだかんだで長生きするものなのかも知れない。

 

 

 

第三話 戦に参加しました 

 

 

 

森の中に戻ると、やたらと顔の大きな狼妖怪が話しかけてきた。

「月華殿、どうかなさいましたか? 話し声がしたようですが」

「別に。人間が私を見て逃げていっただけ」

「ほう、それは残念ですな。捕まえれば戦の前に腹ごしらえができたものを」

「…………」

その言葉に同意するように、狼妖怪の背後に控えていたさまざまな姿の妖怪たちが忍び笑う。

皆かつて父とともに戦った者たちだというが、お世辞にも心安らぐ状況とは言えなかった。

私は内心の不安を押し隠して、敵がやって来るであろう荒野の向こうを睨んでいた。

 

敵は、豹猫族。

猫のクセに徒党を組んで他の妖怪を駆逐し、自分たちの縄張りを拡げるというふざけた妖怪だ。

かつて犬の大将に親玉を殺され逃げ去ったのだが、その父の死を知って再び攻め入ろうとしている――と先日母から聞かされた。

 

 

「もうしばらく大人しゅうしているかと思ったのだがな。まったく執念深いことよ。どうやらこの機に乗じて我ら一族を滅ぼすつもりらしい」

「はあ。それで私を呼び戻して……?」

――父の死後まもなく、私は天空に浮かぶ御殿を出て、地上に自分の住まいを作った。

父が帰ることのなくなった屋敷は、以前よりさらに居心地悪く感じられたし、鉄砕牙ではなく天生牙を形見として譲られて不機嫌になっているだろう殺生丸と顔を合わせるリスクを減らしたかったのである。

後者については、殺生丸もすぐに鉄砕牙の在り処を探して旅に出てしまったので無意味になったが、他の妖怪の目を気にしなくて良い一人暮らしを私は気に入っていた。

父が諭した“進むべき道”は未だ見えないものの、授かった刀を疎かにすることなどあってはならない。

召使いもいない小さな屋敷でただ一人、ひたすら剣の修行に打ち込んでいたのだが、敵が攻めて来るとあっては危険に過ぎる。

戦が終わるまで実家に隠れていろ、というお達しかと思ったのだが。

「うむ。だから月華よ、嫁に行け」

「…………は?」

予想の斜め上だった。

「な、何故です……?」

「かつての戦いでは、あの方()が多くの妖怪を纏め上げたが故に、豹猫どもの首魁を討ち取り、追い散らすことが出来た。だがあの方は死に、殺生丸もまだ若い。あと数十年も経てばいざ知らず、今の殺生丸にどれほどの者が付き従うかわからぬ」

「――だから、私が他の一族と婚姻を結ぶことで、その一族を戦力に組み込む、と」

「左様。実は以前から筑後の羽犬族より熱心な申し出があって……」

 

……ケッコン。

妖怪と、結婚。

 

――無理無理無理ムリムリムリムリムリムリムリ!!!

 

「……母上、それには及びません」

動揺しすぎて、かえって静かな声が出た。

――妖力の流れを操作。

着物の表面を自分の妖力で覆い、物質化させる。

胡乱げに見つめる母の前で、鎧を、籠手を現出させ、戦装束を形作る。

「戦力の不足は、私自身が補います。私が――この顕心牙で豹猫族と戦います」

 

だから結婚は勘弁!!

今でさえ親兄弟相手に(なかみ)が人間なことを隠すのでいっぱいいっぱいなのに、夫なんか論外だ。

まして、私のことを歯牙にも掛けていない兄のために、何が悲しゅうて政略結婚の道具にならなきゃいかんのか!

 

「本気か……? そなたが戦場に立つなど、母は心配でならぬ」

母は美しい顔にうっすらと笑みを浮かべて問うてくる。

結婚がイヤなだけだという私の内心は伝わったのだろう。明らかに面白がっていた。

けれども、後には退けない。

「戦いは初めてですが、日々、この剣で修行をしてまいりました。覚悟は出来ております」

そう。その言葉に嘘はない。

 

ようやく手に入れた気楽なシングルライフを捨てて、顔も知らない妖怪の嫁になるくらいなら、戦って討ち死にしたほうがなんぼかマシである!

 

「どうか、戦に出ることをお許し下さい」

いつもなるべく目を合わせないように努めていた母の顔を、まっすぐに見る。

顔筋が痙攣するような緊張を覚えながら返答を待っていると、その唇からため息とも笑いともつかない音が零れた。

「わかった、そこまで言うなら止めはせぬ。殺生丸には私から話しておこう。兄によく従うのだぞ」

「――ありがとう存じます、母上」

正直、兄に話を通すのが一番気が重かったので、これには心から礼を述べる。

「まあ、縁組というのは軽々に決めるものでもないしな」

「…………」

それは実体験からくる見解ですか、とは怖くて訊けなかった。

 

 

(でも、人間の女とのことが噂になる前も後も、特別仲違いしてる感じではなかったんだよねー……。やっぱ何百年も一緒にいるとお互い飽きて――ゲフンゲフン)

下世話な推測を打ち切って、意識を現在へと戻す。

風に乗って、猫の臭い。かなりの大群だ。

「各々方、準備はよろしいか」

背後に集まった妖怪たちに向き直り、とりあえずそれっぽい言葉をかけてみる。

オオォ――と、良く言えば意気軒昂、悪く言えば浅見短慮に聞こえる喊声が応えた。

「猫と戦うのは何年ぶりかのう!」

「月華殿、心配することはありません。猫どもはみな我々が蹴散らしてご覧にいれましょう!」

「我らは貴女様の父君に大恩ある身。月華殿には傷一つつけさせませぬ!」

 

 

 

「――とかなんとか言って、自分たちが蹴散らされてたんじゃ世話ないね」

戦が始まってまもなく、私に付き従っていた軍団は豹猫族の猛攻に遭い、散り散りになって敗走した。

殺生丸が私と妖怪の軍団を残して、自分は単身敵を攻めに行ったのは、ようするに厄介払いだったのだろう。

そして一人になった私の前には今、二足歩行の猫の群れと、人型をした四人の妖怪がいた。

「ふふふ、戦になんぞ出てくるんじゃなかったねえ、犬族の箱入り娘さん?」

「手下どもはみんな逃げちまった。もうお前を助けてくれる奴はいないよ!」

「へへへ……犬の一族は皆殺しだ、まずはお前から血祭りに上げてやる」

「恨むんなら、自分の弱さを恨むのね」

人型の四人が、薄笑いを浮かべてベッタベタな台詞を吐く。

――それに私は、大げさなため息で返した。

「はぁ……まったく、サカリのついた野良猫でもあるまいに、集まってギャアギャアと耳障りだこと。――人間に皮を剥がれて三味線にでもなっておしまい、雑魚妖怪ども」

どうやら煽り耐性の低い連中だったらしい。

全員が眉を釣り上げて、殺気を漲らせた。

「吠えたね、小娘が! 八つ裂きにしてやるよ!!」

髪に花を挿した少女の妖怪が、風を巻き起こす。幻術の一種のようだが――

(バレバレだ)

私の挑発に乗せられて、攻撃が雑になっている。

狙い通りの展開だった。

狼野干を筆頭とするこちらの軍の敗北は決定的。戦いの帰趨は殺生丸に委ねられたが、あれだけ大見得を切った手前、せめて幾人かでも首級を挙げねば、今度こそ政略結婚ルートに一直線である。

私は懐に手を入れて取り出した玉を地面に叩きつけた。

花の匂いを打ち消して、中から溢れ出た煙が周囲に拡がっていく。

その煙を吸い込んだとたん、周囲を取り囲んでいた猫妖怪たちは一斉に倒れ伏し、人型の四人もふらふらとよろめいた。

「こ、これは……マタタビだと……!? 卑怯者め!」

「幻術なんか使っておいてなに?」

ただのマタタビではない、様々な薬草、毒草を混ぜて作った強化版である。こんなこともあろうかと、ひそかに用意しておいてよかった。

この戦で、今後も独身貴族を謳歌できるか否かが決まるのだ。卑怯もラッキョウもあるものか!

煙を吸わないように注意しながら、猫型妖怪の体を踏み越え、残りの四人に刀の切っ先を突きつける。

「一応確かめておくけど、諦めて逃げるつもりはないの?」

手柄を立てる必要があるとはいえ、戦意の無い相手を殺したくはないので念のため――あくまで念のために問いかける。

「ふん、雑兵たちを片付けたくらいでいい気なもんだね」

「勝負はこれからよ」

……予想通りの答えに、覚悟を決める。

「そう。じゃあ仕方ないね」

「え……? が、は……っ!?」

――私の爪に心臓を貫かれた少女が、驚愕の表情を浮かべたまま絶命した。

 

妖怪の纏う妖気は、殺意の有無と力の入れ加減によって変動する。

よって多くの妖怪たちは、発する妖気の変動と分布を無意識に感知し、実際の攻撃よりも早く反応することができるのだが――今の私は、その妖気を抑えたまま攻撃したのだ。

結果、幻惑の術を得意としていたらしい少女は、私の妖力制御に惑わされ倒された。

 

「春嵐! 貴様、よくも……!!」

長い水色の髪の女が、氷の矢を飛ばす。

「黒焦げになっちまいな!」

逆立った赤毛の少女が、炎の渦を起こす。

それらを時に側転し、時に後転しながら回避する。

氷の矢が肘をかすめ、血が流れ出すが、じっと機会を待つ。

「「死ねえ!!」」

正面から炎の攻撃が、背後から氷の攻撃が襲ってきた。

直撃の寸前、真上に跳躍。私を捉えそこねた炎と氷がぶつかり合い、水蒸気が周囲を真っ白に染めた。

「くそ、どこに……ぐぁ!」

その煙幕に紛れて、一気に赤毛の少女と間合いを詰めて袈裟懸けに刀を一閃。

「か、夏嵐……!」

「姉者、まずい! いったん退こう!!」

大男の妖怪が、長髪の女を促して背後に跳躍する。

「これで勝ったと思うなよ! 次は必ずお前を――ギャッ!!」

捨て台詞は、大男の背で赤黒い光が炸裂するとともに遮られた。

「……逃げないんじゃなかったの?」

「結界……!? いつの間に……!?」

先ほど回避行動をとりながら周囲の地面に滴らせた血。それを基点に構築した、触れたものを一時的に麻痺させる結界だ。こんなこともあろうかと、ひそかに用意しておいてよかった。(二回目)

もちろんそんなことを説明してやる義理も余裕もないので、転倒した男の首を即座に斬り飛ばす。

――残り、一人。

「…………春嵐、夏嵐、秋嵐…………」

私が殺した者たちの名前だろう。地面に転がる骸を見下ろして呆然と呟いた女妖怪は、次の瞬間、その美貌を憤怒に染めて絶叫する。

「許さない!! 殺す! 殺してやる!!」

氷の巨岩が、私を押し潰さんと迫り来る。氷の矢が雨となって降り注ぐ。

同時に、女の持つ氷の槍が凄まじい連撃を繰り出してきた。

(……やっぱり、コイツが一番強い……!)

これほど逆上していながら、その槍捌きは苛烈にして精緻。顕心牙でどうにか穂先を弾いているが、一瞬でも隙を見せればたちまち串刺しだ。

周囲に発生する氷も、その質量を増して、退路を断ちにかかってくる。

(でも……負けない)

防御に徹しながら、ゆっくりと呼吸を整える。深く、深く。

妖力の流れを掌握し制御する。

髪の一筋から、足の爪一本に至るまで、完璧に。

顕心牙に、妖力を巡らせる。刀を自分の肉体の延長に変える。

それは、針の穴に糸を通すかの如き正確無比な妖力制御の実現だ。

(次で、倒す)

「どうした! かかってこい小娘!!」

「言われなくとも――!」

刀に満ちる妖力から、決め技の気配を感じ取ったのだろう、返り討ちにしてやると言わんばかりに呼びかける。

それを受けて、裂帛の気合とともに踏み込む。

女の握る槍が、更に太く鋭く変化して突き出される。

――刀と槍が激突した。

 

「く……っ」

私は呻く。

「ふ……ふふふ……」

敵は笑う。

 

敵の槍は、私の右肩に深々と突き刺さり――対して私の刀は、敵の腕を一寸ばかり切り裂くにとどまった。

それも当然だろう。すでに片肘を負傷した状態では、接触の直前に一層強化された槍を逸らすほどの力を発揮できるはずもない。

――ここに、勝敗は決した。

女は悠々と槍を引き抜き、トドメを刺さんと構えなおし――そのまま凍り付いた。

「な、なんだ……これは……!?」

そう、文字通り凍り付いている。

両足は氷の柱となって地面に接着し、両腕は槍と融合している。

狼狽える女の顔を氷の薄片が覆っていく。

ぱくぱくと開閉する口からツララが突き出す。

女は、自らの操る氷によって殺されつつあった。

 

――人間であった前世の意識を強く残す私にとって、今生の肉体に宿る妖力は、前世の肉体に存在しない異物だった。

かつてその妖力が半分近く眠っていたというのも、潜在意識が自身の妖力を拒絶したせいなのだろう。

けれど、目覚めた以上拒絶することはできない。両親から受け継いだ強い妖力は、私の体内で名状し難い違和感として存在を主張し続けるようになった。

それを逆手にとったのが、この“妖力制御”である。

調べてみたところ、妖力を意識的に抑制したり増幅させる術を会得している妖怪というのはほとんどいないらしい。妖気を発さず存在を秘匿する妖怪は少数存在するが、それらも先天的にそういう特性を持った種族であるか、何らかのアイテムを利用してそうしているかのどちらかだ。

きっと普通の妖怪にとって、当たり前すぎるモノだからだろう。人間が自分の意思で心臓を停止させたり血圧をコントロールできないように。

敵の最後の一人に私が行使したのは、フツウの妖怪でない私が“妖力制御”をさらに応用した苦肉の策、――“妖力暴走”と言うべき技だ。

顕心牙を媒介に相手の妖力に干渉、暴走を誘発する――まず私の中の妖力(いぶつ)を完全に意識下に置き制御しなければならない、という前提条件があるものの、これが成功すれば顕心牙で負わせた傷がどれほど小さくとも、敵は自らの妖力によって自滅するのだ。

今、目の前にいる女のように。

 

傷の痛みを無視して、刀を振り下ろす。

氷のオブジェと化した敵は、顕心牙の剣圧にさらされて粉々に砕け散った。

 




長くなったので一旦切ります。
ほぼオリキャラばっかりでごめんなさい。

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