「せ、殺生丸殿~~~~~! 殺生丸殿、大変でございます~~~~~!!」
傷だらけの仲間とともに、
目指すは、敵の本陣に切り込んでいった犬の一族の長子。
自分たちは後詰を任されていたのだが――任せておけと大見得を切ったにもかかわらず敗北した。
豹猫族の四天王。
お館様と呼ばれる豹猫族の親玉亡き後、一族をまとめていた四姉弟だ。
そいつらがこちらの裏をかいて一気に攻め入って来たのだ。
多くの仲間が殺され、さらに悪いことに、護衛を任されていた犬の大将の息女とはぐれてしまった。
「おお、いたぞ! 殺生丸殿じゃ!」
上空を羽ばたいていた烏天狗が叫ぶ。
見れば遠目にも強大な妖力を感じさせる、在りし日の犬の大将によく似た立ち姿。
「殺生丸殿ーーー!!」
自分たちの為体を知られたら、最悪殺されるかもしれない。
けれども、あの四天王――とくに長女の冬嵐は強敵だ。
倒せるものは、おそらく彼以外いない。
だから、ガラガラになった声をさらに張り上げる。
「殺生丸殿、どうか、月華殿をお助けくだされーーーっ!!」
第三話 戦が終わりました
「げ、月華殿~! ご無事でいらっしゃいますか~!?」
残心する私の頭上に、狼野干の声が降ってきた。
崖の上を振り仰げば、泣き出しそうな顔をした狼妖怪と、その隣に白銀の貴公子――
「!!」
その姿を視認した次の瞬間、殺生丸は私の眼前に降り立っていた。
「あ、兄上……」
呼びかけたきり、声が出ない。
私を見る殺生丸の眼差しが、まるで敵に対するかのように冷たく鋭いものだったからだ。
「――こやつらは、貴様が殺したのか」
周囲に転がる死体を一瞥して、殺生丸が問う。
「え、ええ。まあ……」
「…………」
何故だろう。ますます兄の発する気配は険しくなっていく。
「あの、他の豹猫族は……戦は、どうなりましたか――?」
重苦しい空気をどうにかしたくて尋ねてみるが、
「――――!!」
今度こそハッキリと睨まれた。
(ひいぃ! コワイコワイ! 敵と戦うよりコワイ!!)
「わかりきったことを聞くな。やつらを統率していた者は皆死んだのだ」
「――そ、そうですね」
(いやわっかんねーよ! 私はこいつらの相手で精一杯で戦況把握する余裕なんざなかったよ!!)
……などとツッコめるはずもなく、愛想笑いで誤魔化そうとするが、緊張のせいで口元をひきつらせただけに終わった。
(まあ、兄上がこうしてこっちに来たってことは、当然敵は全て蹴散らしたってことだよね……)
私も妖怪軍団も置き去りにして戦いに赴いた兄は正しかったのだ。
私たちはグダグダだったが、殺生丸は一人で豹猫族の実力者たちを討ち取り、勝利した。
……小細工に小細工を重ねてようやく四体倒しただけの自分の働きなど、あってないようなものだ。
そう思うと、勝利の喜びより、惨めさが胸の内を支配した。
鎧にも着物にも傷一つない兄が、血に汚れた私の姿を見ている。
弱いくせにしゃしゃり出てきた私を、バカな奴だと思っているんだろう。
もともと何の期待もしていなかったにせよ、敗走して足を引っ張るだけだった私たちに腹を立てているから、限りなく殺意に近い視線を注いでいるに違いない。
俯いていると、背後で微かなうめき声がした。
振り返れば、時間の経過とともに回復したのだろう、毒マタタビで昏倒していた猫妖怪たちが体を震わせて懸命に起き上がろうとしている。
その猫妖怪たちに向かって殺生丸は――その爪を容赦なく一閃させた。
「あ……!」
さっきまで生きていた者たちが、物言わぬ骸に変わる。
その骸を無造作に踏みつけながら、殺生丸は歩き出す。
「兄上……!」
「何だ」
「……っ」
思わず、咎めるような声を出してしまったが、何を言えるはずもない。
「…………」
今までの兄なら、私が言葉を続けなかった時点で、興味を失ってその場をあとにしていただろう。
しかしこの日、殺生丸は体を反転して私に向き直り、自分から言葉を発した。
「月華よ。――父上は、貴様にどんな言葉を遺した?」
「え……」
戸惑っていると、また睨む。“さっさと答えろ”という禍々しいオーラが溢れている。
「……強くなれ、と。強くなって自分の道を見出せと言われました」
また沈黙。
殺生丸が何を考えているのかは分からない。
だのに、彼が徹頭徹尾不機嫌なことだけはわかってしまう。
私の答えに満足した――とはとうてい思えない空気を纏ったまま、殺生丸は今度こそ背を向けて去っていく。
それを私は為すすべもなく見送った。
初めての戦は、私にまったく関係ないところで終了し、初めて殺生丸の方からのコンンタクトで始まった会話も、まったく続かず終了したのである。
夜の荒野を、炎が赤々と照らす。
小鬼たちが勝利を祝って、火の周りを踊っている。
「月華殿~! まことに申し訳ございませぬ、貴女様を置いて逃げ出すなど……!!」
泣き上戸だったらしい狼野干が、何度目か分からない謝罪とともにペコペコと頭を下げる。
「いやしかし、月華殿があれほどお強いとは知りませなんだ!」
「まったくまったく、さすがは亡き父君の御血筋ですじゃ! まさかお一人で豹猫族の四天王を……」
同じく赤ら顔の妖怪たちが見え見えのお追従を口にするのを聞き流し、私はぼんやりと炎を眺めていた。
これは勝利の宴。
けれども主役となるはずの殺生丸はすでに旅立った後だ。
ただ妹であるというだけで、何の役にも立たなかった自分が代理として座っている。
(はあ……虚しい)
動機はかなり不純だったとはいえ、これは顕心牙と自分の初陣だったのだ。
けれど結果は、自分の無力さを再確認しただけ。
こんなことなら、母の言うとおり嫁入りでもした方が兄の不興を買わずに済んだだけ良かったかもしれない。
(いや……ほかの一族と同盟を結ぶ架け橋の役割なんて、コミュ障の私には戦いより無理だ)
いっそ早く死んでしまえばこの居心地の悪い世界から解放されるのに、とも思うが、もしまたこれまでの記憶を保持したまま転生した日には、今でさえギリギリのSAN値が今度こそゼロになりそうだ。
……そこまで考えて、ふと気付く。
(そもそも私には――出来ることも、やりたいことも無いんじゃない……)
炎の中に、猫妖怪の死体が次々に投げ入れられる。様々な模様の毛皮は瞬く間に燃えて、等しく黒焦げになっていく。
その様から目を逸らして、私は立ち上がった。
宴もたけなわ。へべれけの狼野干は、私ではなくそばの立ち木に向かって謝っている。
他の妖怪たちも、てんでんばらばらに歌ったり踊ったりで、私がいなくなっても気付く心配はなさそうだ。
炎の輪を抜けると、夜風の冷たさが身にしみた。
妖怪の体は寒暖の変化に強いのだが、今宵はいつにもまして心が寒い。
天を仰げば、三日月が煌々と照っていて、殺生丸の冷たい双眸を思い出してしまう。
眉一つ動かさず敵を鏖殺するその爪の鋭さも。
……私も、自分のシングルライフを守るという手前勝手な理由で敵を殺せる程度には妖怪的な冷酷さを持っているつもりだが、殺生丸ほど無慈悲にはなれない。
妖怪の生き方に完全には染まれない。
人間は、私が近付いただけで逃げていく。
何を為すこともなく終わったカラッポの前世の続きの、何者にもなれない中途半端な現世の自分。
「…………犬夜叉…………」
かじかんだ手を、小さな日だまりに伸ばすように――心の中で思うことすら避けていた
次回、ようやく主人公登場……の予定。