偽りの笑顔の先に   作:黒っぽい猫

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どうも、黒っぽい猫です
今回もよろしくお願いします


第七話〜それは泡沫の〜

「……くん!もう到着するわよ!起きなさい!!」

 

頭に響くのはよく聞き慣れた人の声──僕が最も聞きたくて、聞きたくない声だ。

 

「絢瀬………先輩?」

 

僕は何をしていたのだろうか……、確か西木野さんに……そうか。

 

「すっかり眠ってしまったみたいですね……」

 

ぼーっとした頭を起こそうと、カバンから目覚めのコーヒーを取り出す。

 

「またカフェイン…?」

 

隣の絢瀬先輩からため息混じりに問われる。

 

「……別に僕の自由でしょう。先輩には関係ありませんよ」

 

何故だろう、西木野さんと園田さんから向けられる目が先程に比べると生暖かい。

 

そんな事を考えながらコーヒーをすすっていると、振動と共に景色の動きが完全に止まる。どうやら、本当に到着したらしい。

 

「さあ、早く降りましょう。合宿場所までどのくらい掛かるのですか真姫?」

 

「そうね……」

 

二人が話しているのを他所に、僕は一足先に車両の外に出る。

 

「やっぱり外は暑いけど、窮屈なのよりはマシかなぁ」

 

体を伸ばしながらそう呟く。車内で寝ていたせいか、少し体の節々に痛みを感じる。

 

「あんな暗示にコロッと引っかかる位だったんだから、相当疲れ溜まっていたんだろう」

 

今思い返してみれば、そう簡単に薬が手に入るはずもない。そうなれば可能性は、そう思い込ませることによって体に変化を表すプラシーボ効果くらいだろう。

 

「多少は休みを増やした方が効率も上がるかな」

 

「勇人君〜!!もう行くよ〜!!!」

 

何処に行っても元気な高坂さんに促され、僕は先を歩く彼女達に追い付く為に小走りで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが………?」

 

「ええ、そうよ。ここが私の家の別荘よ」

 

なんてことない風に言う西木野さんだが

 

「大っきいのにゃ……」

 

全く同意見だ。他のメンバーもどうやら二の句が告げないらしい。その中でまず場を取り仕切るのは西木野さんだ。

 

「そんな所に突っ立ってないで、さっさと中に入るわよ。じっとしてると暑さで倒れそうだわ」

 

ゾロゾロと入っていく中で、僕はまた別の所に目を奪われていた。

 

「………これが、海?」

 

磯の香りというのだろうか、聞いたことはあっても実際匂いを嗅ぐのは初めてだ。

 

「まさか…勇人さん…海に行ったことないの?」

 

「恥ずかしながら、一回も。育ちは海無し県だったし、両親も忙しくってさ」

 

西木野さんに驚かれてしまったようだ。両親は僕が中学生の頃からずっと叔父さんを探し回っていたので、専ら海外にいた。その時には姉さんが僕の面倒を見てくれていたけど、やはり遠出とは無縁だった。

 

「そうなのね……それじゃあ、尚更楽しまないと損じゃない?パソコンなんかと向き合ってないで海と向き合いなさいよ」

 

「取り上げられてしまったし、そのつもりだよ」

 

「そ。貴方の部屋は2階のパ……お父さんの部屋を使って頂戴。余計なものは置いてないはずだから」

 

「了解」

 

そう指示をされた僕は、豪邸に限りなく近い別荘の中に入っていく。二階の部屋……あ、ダメだこれ。部屋数が多すぎて分らない。

 

そして、μ'sのメンバーがどこにいるのかもわからない……これは詰まるところ。

 

「鉢合わせの危機か……」

 

まあ、そうは言ってもノックして誰かいるのか確かめれば済む話だ。

 

大体、近頃のライトノベルの主人公はわざわざ自分をラッキースケベの起こりうる状況下に放り込みすぎだと思う。

 

「回避方法なんていくらでもあるのに……」

 

あらゆる部屋をノックしていき、その中で医学書なんかが多く入っている部屋を暫定的に荷物置き場に決めて、手早く着替えることにした。何に着替えるのかって?水着に決まっているだろう。何しろ目の前に海があるのだから。

 

「人生初めての海……楽しみだ」

 

念の為、浮き輪とボールを3つずつ持ってきている。一応補足するけど、僕は泳げないわけじゃない。

 

「おっと、薬飲まなきゃ」

 

僕が飲むのは血圧の上昇を抑える薬だ。

 

「これで準備は出来たかな……?」

 

パーカーを羽織ると、僕は忘れ物がないことを確認する。

 

クーラーボックスには過剰なくらい飲み物や氷が入っているし、タオルもちゃんと沢山ある。浮き輪とビーチボールは向こうで膨らませればいいだろう。

 

「……よし!行こう♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関に出ると、まだ誰も着替えをしていないようだった。各々がリラックスして旅の疲れを癒しているらしい。

 

「皆さんまだ泳がないんですね?一足先に僕はひと泳ぎしますけど、何かやっておくこととかありますか?」

 

「あ、勇人さん。お願い出来るなら、パラソルの設営を頼みたいんだけどいい?」

 

「まあそのくらいならいいけど、何処に?」

 

「外に出してあるはずだから、それをビーチに立てておいて」

 

片手をひらひらさせて了解の旨を伝えると外へ出る。

 

「うへぇ……さっきまで涼しい部屋にいたのもあるけど物凄い暑さだ……」

 

玄関に立て掛けてあった傘を担いで照り返しのキツいアスファルトの道路を車が来ないことを確認してから渡る。

 

冷たい水の中に入りさえすればこちらの勝ちなのだから!と砂浜に手早くパラソルを立ててクーラーボックスをそのパラソルの影になるところに置いて、軽く体操をしたら海に飛び込む。

 

「丁度いい感じに気持ちいいな……それにしても海の水は本当に塩辛いのかぁ……」

 

プカプカと浮きながらそんなことをしみじみと思う。

 

暫く泳いでいると別荘の方から逃げるように七人が走ってくるのが見える。全員が水着を着用していて、更にその後ろに肩を落としてトボトボ歩いてる園田さんがいるところを見るに、練習しようとしたがみんなが遊びを優先したといったところかな?

 

肌の露出の多い彼女達を視線から外しつつ僕は海から上がる。なぜ目を逸らすか?走ってきてるんだ、揺れるだろ?僕は普通の男子だが、だからこそ辛い所もある。今のうちに離脱して部屋で昼寝でもしたい。

 

「あれ〜?もう戻っちゃうの〜?」

 

「ええ、少し泳いだら満足したから」

 

「そんな事言って〜、ウチらの水着見るのが照れくさいだけなんやないの〜?」

 

「………」

 

「ふふーん、そう簡単には逃がさんよ〜?」

 

ジリジリと近づいてくる東條先輩……嫌な予感がする。

 

「それ以上近寄らないでください、貴女は何をするのかわからないので」

 

「だが断る♪」

 

僕も少しずつ深い所に逃げて泳いで突破を試みる。

 

「ていっ!」

 

「なっ?!」

 

逃げる機会を伺って目を逸らさないでいたらいきなり海水を目にかけられる。急な痛みに思わず動きが止まった刹那

 

ムニュ

 

「つーかまーえた♪」

 

上半身に柔らかな感触。

 

「と、東條先輩?!何やってるんですか?!」

 

ん〜?と首を傾げてにこにこしながら笑う東條先輩……絶対楽しんでるな。

 

とりあえず目を開けないようにしてそのまま深く潜る。

 

「うわっ?!」

 

東條先輩が離れたのを体から柔らかい何かの温もりが消えたのを合図に確信すると、後は真逆の方向へと泳ぐ。

 

急に潜ったのでさほど息が続かなかった。呼吸の苦しさを感じた僕は体の浮かぶに任せて浮上する。正直目が見えないのはとても怖い。

 

「………ぶはっ!はぁっ…はぁっ……死ぬかと思ったわ……」

 

顔を上げて肩で息をする。東條先輩から逃げる方法がこれしかなかったとは言って、あまり褒められた手段じゃなかったね……。ただでさえ心拍を少し弱めているのに、そこに酸素不足が重なると少し不味い。

 

「幸い岩場が近いことだし、そこから砂浜まで戻ろう」

 

少し険しい岩をよじ登って、後は砂浜へと向かって歩く。深呼吸をするうちに体に酸素が回っていったのか、視界が良好になる。

 

「もう少し体の事を考えないとなぁ……あと一ヶ月は短いようで案外長いからね……」

 

計画通りに進めば、夏休み明けの始業式までに引き継ぎが終わる。それさえ済ませてしまえれば、僕はもう不要だ。

 

あとは静かに自分の寿命を受け入れる。そう腹は括っている。だからこそ、必要以上の彼女達との接触は避けたい。彼女達は優しいから、きっと傷つけてしまう。

 

それに僕も、今更死にたくない、なんて思いたくない。姉さんはああ言っていたけど、まだ見つかってはいないのだ。

 

「僕が大嫌いな、おじさんは……まだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、保科さん」

 

「どうしたの?設営になにか不備があったかい?西木野さん」

 

戻った僕は、危険な行為をするなと潜水をしたことについて園田さんから注意をもらい、一人にしたら何をするかわからないと別荘に戻るのを禁止された。

 

仕方なく西木野さんがいるパラソルの下に避難しているのだ。

 

「そうじゃないわ。真剣な話よ」

 

「……」

 

無言で先を促す。

 

「私のお父さんと随分親しげだったけど、もしかしてお父さんの患者さんだったりするの?」

 

「どうして今その話を?」

 

日陰にいても汗ばむほどの気候でありながら周囲は冷え切っている。僕の額を流れるのは冷たい汗だ。

 

この娘はとても鋭い。返答次第では見破られてしまいそうだ。

 

「合宿の件で私の両親に挨拶に来た時に親しげだったからそう思ったの。御両親の仕事でうちと付き合いがあったなら、どこかで私と会っているはずだもの。それが無くて親しげなら、残っている関係は主治医と患者の関係なんじゃないかと推測を立てた」

 

それに、と更に追撃をしてくる。

 

「私が薬をお父さんから預かったと言った時に、ピクリと反応したわよね?それでもう私は確信したわ。貴方は西木野総合病院の患者だと」

 

……これはまあ、なんという洞察力というか…刑事にでもなった方がいいってレベルじゃないのか?

 

「確信したとは言っても、これはあくまで仮定に仮定を重ねた推論よ。貴方にとぼけられたらお手上げ」

 

「確かに君のお父さんは僕の主治医だけど、僕の口からそれ以上の話をするつもりは無いよ」

 

「………そう」

 

それきり、互いに無言になる。西木野さんは本に目を落とし、僕は楽しそうに遊ぶ彼女達を眺める。

 

「隣いいかしら?」

 

「どうぞ」

 

やってきたのは矢澤先輩。素っ気なく返事をする西木野さんの隣の椅子に腰を下ろすと真似をするように足を組む…が、明らかにコンパスが足りていない。

 

「ぐぬぬ………!」

 

「無駄な努力はしない方がいいですよ……」

 

「なんですって?!喧嘩売ってんの?!」

 

「あ、声に出てましたか、すみません。つい本音が」

 

「いいわ!買ってやろうじゃないその喧嘩!私と勝負よ!!」

 

意味がわからん……飛躍しすぎてない?

 

「いや、遠慮しておきます。勝負をしても矢澤先輩が悲しくなるだけだと思いますから」

 

「ふっふっふ!勝負内容は………」

 

僕の話なんか聞いちゃいない……。

 

「料理勝負よ!!」

 

こうして、何故か巻き込まれた僕と矢澤先輩の料理対決が勃発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど南にある太陽。僕と矢澤先輩はネットを隔てて砂浜に立っていた。

 

 

「………矢澤先輩」

 

「何よ………」

 

「僕達がするのは、料理対決ですよね?」

 

「ええ、そのはずよ………」

 

僕はパーカーを、矢澤先輩は水着を着用している。そして周りにはμ'sの他のメンバーが。

 

「それがどうしてビーチバレー勝負にすり変わっているんですか?」

 

「私が聞きたいわよっ!!!」

 

因みに、僕のチームメンバーは園田さん、小泉さん、東條先輩で、敵さんは矢澤先輩、星空さん、高坂さん、南さんだ。絢瀬先輩と西木野さんは審判をやる事になっている。

 

「これはどういうつもりですか?東條先輩」

 

ここまで話を盛り上げた張本人にジト目を向けるものの、やはり涼しい顔をして笑っている。

 

「頑なにウチらと距離を取ろうとする勇人クンとの懇親会みたいなものよ♪それにやっぱり勝負と言えば三番勝負やろ?」

 

つまり料理勝負とこれの他にもう一つなにか競技があるのか……。

 

「………矢澤先輩」

 

「なによ?」

 

「やるからには必ず勝ちます。手加減はしませんのでそのおつもりで」

 

僕は負けず嫌いだ。どんなに小さなものでも、勝負なら全力で勝ちに行く。器が小さいだけなのかもしれないが特に年上には負けたくない。

 

「いいわよ。先輩の私の胸を貸してあげるわ!存分にかかってきなさい「え〜?にこっち胸はないやん?」……」

 

ブチィ!と間違いなく何かがブチギレる音がした。矢澤先輩のツインテールがどういうわけか逆立っている。

 

「…ふふふふ………全力で捻り潰してあげる!」

 

地雷を起爆させた東條先輩によって、ビーチバレーは地獄と化すことを、僕達はまだ知らない。




ここまで読んでいただきありがとうございます。定期的な更新はやはり気分屋の自分には難しそうですね……。

次回もよろしくお願いします
黒っぽい猫でした
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