偽りの笑顔の先に   作:黒っぽい猫

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第二話〜決定的に〜

頬に走った衝撃に、思わず一瞬思考が止まる。

 

「どうして……そんなに酷いことを言えるの?」

 

最も笑って欲しいと、そう願っていた人が目の前で泣いている。痛みよりもその事が何よりも辛かった。

 

僕の頬を叩いたのは、絢瀬先輩だった。

 

「貴方は、そこまで変わってしまったの……?もっと優しかったのに…どうして?」

 

「……僕は、失望しただけですよ」

 

これを言ってしまえば、もう絶対に後戻りはできない。それでも、言わなければならないのだろう。この人とは、ここで決別するべきだ。

 

 

 

鉛のような口を開く。

 

 

 

「僕は優しすぎて、自分の身を滅ぼしかけた貴女に失望しただけです。だから、僕は斬り捨てました。優しさなど不要だと。だから貴女達を免職するように掛け合ったんです」

 

言葉にしてみれば、全くと言っていいほど脈絡もない事だ。自分でも笑ってしまうくらい支離滅裂だ。それでも、この場で言うからこそ意味があるのだろう。

 

「そんなくだらない貴女に失望したから、貴女を排除しました………もういいですよね?失礼しました。後日、草案を受け取りに行きます、理事長」

 

「え、ええ………わかったわ」

 

憤りを隠しきれていない矢澤先輩と園田さん。あまりの状況に唖然としている高坂さんと二人の一年生。涙を流している絢瀬先輩。それを慰めながらこちらを睨む南さん。

 

理由を理解しているから、悲しそうな顔をしてこちらを見る東條先輩と西木野さん。

 

様々な視線を浴びながら僕は理事長室を後にする。

 

これでよかったんだ。これで、よかった。

 

何度も言い聞かせる。自分の頭に響いてくる避難の声を捻り潰し、必死に頭を正当化する。

 

「これで、嫌われ役に徹せられる……だからこれが最適解だ」

 

震える膝に拳をめり込ませて震えを止め、LINEである人に電話をする。

 

「もしもし?詳しい打ち合わせがあるから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私たちを呼んだ、と」

 

「そういう事だ、よろしく頼むぞ。三人共」

 

生徒会室。μ'sとの一悶着の後に僕は打ち合わせのために三人の生徒を呼んだ。

 

「それにしたって、ずいぶんとひどい喧嘩の仕方したんだねぇ?」

 

「喧嘩と言うより、完全に罵倒だよね、矢澤先輩に対しては挑発してるし…」

 

「意地っ張りにも程があるんじゃない?」

 

「お前ら三人とも容赦なさすぎじゃない?ヒデコ、フミコ、ミカ」

 

「「「自業自得でしょ!」」」

 

「いやまあ、否定しないけどさ」

 

ため息混じりに、余計なこと言うんじゃなかったなぁ、とボヤく。

 

仕事上とはいえ信頼関係は大切だろうと思って全て話してこのざまだ。やっぱり女はめんどくさい。

 

「でもさー、絢瀬先輩との関係ってそれじゃ修復不可能じゃない?もう少しなんとかならなかったわけ?」

 

「いいんだよ、もう。最初から高嶺の花だったんだ、今更だ」

 

「裏で私達に依頼するんだもんね〜。この捻くれ者〜」

 

「うっせ、少し黙ってろよフミコ」

 

この三人は小学生からの付き合いであり僕の性格を熟知してくれている。その上高坂さん達とも仲がいいので、非常に便利だ。

 

「あ、そうだ。生徒会室に冷蔵庫を注文してスポドリ冷やしとくから、それちょくちょく差し入れとかしてくれる?適当に応援資金募った体にしておけば違和感もないだろうし」

 

「「「過保護すぎだから?!」」」

 

「別にいいだろ、お前達の評価うなぎ登りだろうし誰も損しない」

 

三人とも今度は悲しそうな顔になる。

 

「……ユウが損してるじゃんか」

 

「元々数に入ってない奴カウントしても仕方ないだろ」

 

「はぁ……まあ、頼まれたからにはやるけどさ」

 

「弓道部の人達の何人かにも声掛けてあるから上手く協力して準備してくれ」

 

「園田さんに伝わるかもよ?」

 

「あの人はどうせもう気がついてるからもういいよ…」

 

園田さんの鋭さは凄まじい。気づかれているものとして行動するべきだろう。

 

「今日はもうここ閉めるぞ。細かい話は伝えたから後はそっちで頼むぞ。報酬は夏休みの宿題の面倒見てやるのでいいだろう」

 

「「やりぃ!!」」

 

「二人とも……」

 

「まあ、逆に言えば僕から出せる条件なんてそれくらいだよ。申し訳ないけど、お金まで出せるほど余裕無いからね……」

 

「いくら私達でもそれは怒るよ?」

 

不満そうな顔のミカに詰め寄られる。

 

「私達はお金とか見返りを求めて行動してるわけじゃないんだから、本当はそういうのも気にしなくていいの!!そこは勇人と同じだよ!」

 

「何を言って……「勇人が全部μ'sの為に動いてることが分からないほど私達は鈍くないよ。そりゃあもう少しやり方があるんじゃないかって思うし穂乃果達とも仲良くはしてほしいけど、今は無理だってこともわかる。とってもたくさんの事を一人で抱え込んでるんだよね?」……」

 

今度はミカだけじゃなくて二人も真剣な顔をしていた。だからこそ、と笑いながら手を差し伸べてくれる。

 

「「「頼れる所は、私達に任せて!!」」」

 

「……!ああ……ありがとう」

 

「あ、でも時期が来たら全部話しちゃうけどいいよね?」

 

「待て、なぜそうなるフミコ?!」

 

「さっきミカが言ったでしょ?私達は穂乃果達とも仲良くして欲しいんだって。だから、その時がきたら穂乃果達に話すよ」

 

「ヒデコまで……ここに僕の味方は居ないのか…」

 

「「「捻くれてるからでしょ」」」

 

三人ともよくハモるけど仲良しかよ…仲良しか。

 

「まあ、そういう事だから後は私達が準備進めるからね〜」

 

「ユウもちゃんと寝なよ?」

 

「目元のクマを隠すならもう少し練習した方がいいと思うよ!」

 

ヒデコを筆頭に三人が生徒会室から出る。

 

『ああ!!ヒデコ、フミコ、ミカ!なんで生徒会室から出てきたの?!』

 

『いやあ……アハハ、まあ、色々あってさ』

 

頼むからちゃんと誤魔化してよ……。

 

『もしかして会長さんに酷いこと言われたんだね!!穂乃果が文句言ってくる!!』

 

無理だよねー……お前ら嘘下手だもんね…。

 

「………」

 

無言でドアに鍵をかける。早く帰ればよかった…。

 

ドンドン!!ドンドン!!

 

『会長さん!!用事あるから開けて!!』

 

「ドアの前での話は聞いてたけど開けるつもりは無い!面倒事は僕はゴメンだよ!」

 

『いいもん!職員室で鍵借りてくるもん!!』

 

言うが早いか、高坂さんは去っていく。勘弁してくれないかな……。まあいいや、今のうちに帰らせてもらうとしよう。

 

カバンに残った仕事を入れると生徒会室の鍵をかける。

 

「やれやれ……僕にとって平穏な生活なんて望むべくもないかもしれないけど、もう少し波風立てずに過ごしたいなぁ……」

 

僕は鍵を先生から一々返しに来なくていいと言われているのでそのまま下駄箱へ行く。

 

「随分と遅かったですねほの………」

 

園田さんが僕と高坂さんを間違えたらしく振り返りかけて止まった。よく見ると南さんも隣にいる。

 

最悪だ……。

 

「………」

 

無言で傍を通り抜けてそのまま「待ちなさい」帰れる訳ありませんよね知ってました。

 

「どうかした?」

 

「一つ聞きたいことがあります」

 

「僕は忙しい、そんなのに付き合う余裕は「どうして貴方は無理をし続けるんですか?」」

 

やはり、見抜かれていたみたいだ。

 

「希先輩や真姫が貴方を気遣うように見ているのを見ていたので、何となく」

 

「余計なお世話だよ。君達には関係ないね」

 

「あります。絵里先輩の精神面に大きく関わります。そしてそれは、私達全体の雰囲気に影響があります」

 

「そうかい………本当によかった」

 

「え……?」

 

「そんなくだらなくて安っぽい感情を持って馴れ合いで活動する君たちの事などどうでもいい」

 

そう何度も口を滑らせるほど僕は間抜けじゃない。僕にだって譲れないものはある。

 

「そんなバカバカしいことに時間を費やしているようだとテストの順位を僕に抜かれるよ?」

 

「!それこそ余計なお世話です!!」

 

終始、南さんはこちらを睨んでいた。なにか嫌われるようなことしたっけ?

まあ、嫌われるか。

 

 

 

 

 

 

 

これ以上は話の無駄だし、高坂さんが戻ってくるとかなわないので僕は彼女達を無視して帰途につく。

 

「はぁ……一日だけで何回人を罵倒すればいいんだよ…」

 

馬鹿馬鹿しいのも、下らないの全部僕だ。ヒフミに言われた通りだ。

 

他の人ならもっと上手くやれたと思う。誰も傷つく必要のない工夫ができたと思う。

 

「でも、僕にできるのはこれだけだから」

 

自分にない発想を羨んでも仕方ない。不完全な僕は不完全なりに自分の解を見つけなければならない。

 

「その行動の結果がこれなのだから受け入れて生きるしかないのさ」

 

さて、明日はどんな風に嫌われるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後には理事長が直々に生徒会室まで来た。その顔には若干の険しさが含まれているようだ。

 

「理事長、何か自分の草案に問題点がありましたか?」

 

「いえ、特に訂正すべき点もないわ。不自然なことに、μ'sのライブまでもがこの草案には初めから組み込まれているけどね」

 

「さあ、果たしてなんの問題があるのか僕にはさっぱりですね」

 

「私の記憶が正しければ、貴方は昨日μ'sのライブを拒否しましたよね?その上でこの草案にはライブの時間配分がなされている」

 

「ダメですか?」

 

「私にはわからないのよ。貴方がなんのために嫌われるような発言をしたのかが」

 

「話したくない、では通りませんか?」

 

理事長の目が鋭くなる。

 

「昨日、あの後絢瀬さんは泣き崩れていたわ。自分自身のことが許せないって、そう言ってたわよ」

 

「──!だからなんですか……僕には関係ありませんね」

 

「ここで話をしたことは口外しないと約束しましょう。人生相談のつもりで話をしてみない?貴方だって積もると辛いでしょ?」

 

「…色は相対する二色があればより輝きます。善と悪も同じだと思います」

 

「……」

 

沈黙とともにこちらを気遣うように見る理事長。

 

「そんな目で見ないでくださいよ。僕は失敗しません。最後まで嫌われ続けますよ」

 

「貴方、いつまで無理をし続けるの?」

 

「さあ?別に僕は無理などしてませんが」

 

「それなら、今はそういうことにしておきましょうか……お邪魔したわね。草案は、これで許可します。校長先生とも昨日話した結果よ」

 

「わかりました。それでは僕もそのように動きます」

 

理事長がいなくなったのを確認する──そろそろいいかな…。

 

ガタッ!

 

「はっ…はっ……」

 

激しい動悸に胸を抑える。イスに座っていることも出来ず、ただ蹲って必死に肩で息をする。

 

少しでも気を抜けば刈り取られそうになる意識を繋ぎ止めながら生徒会室の鍵を閉め──!

 

ガチャ!

 

「ほな、入るよ保科く…?!どうしたん?!」

 

「なん……でも……ありません………大丈夫…です…ぐっ……!」

 

「酷い汗……とりあえず、保健室に行くよ」

 

どうして東條先輩が入ってきたのかはわからないが保健室に運ばれる前になんとか理由をつけて帰ってもら「何があっても今回は君を保健室に運ぶからね?」………。

 

「いくら何でも、そんな苦しい顔の君を放置しておけるほどウチは冷たくないよ?ウチに見つかったのが運の尽きやで、保科君」

 

「はぁ…わかりました、どうにでもして下さい」

 

今回は僕の不注意でもある。今後このような失態をしないために、薬も必要だろう。

 

 

もっと上手く、隠すべきだろう。彼女達にこれ以上悟らせる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、東條先輩。肩貸してもらって」

 

「ええんよええんよ、気にせんで休みな?」

 

僕は結局保健室で寝かされている。あの後も往生際悪く生徒会室で横になれば良くなると言い張ったのだが、無理矢理運ばれた。

 

「どうせ、録に寝てないんやろ?見たところ目元のクマも酷くなってるし」

 

「…お見通しですか?」

 

「絵里ちのために悪役まで買って出て、生徒会の活動を全部一人で背負って、勉強にも手を抜かない……不器用なのはわかるけど、もっとやり方があるんやないの?」

 

椅子に腰掛けた東條先輩にそっと頭を撫でられる。抵抗しようにも、ベッドの温かさに体の疲労が負けてしまっているようだ。腕も上手く動かない。

 

「無いですよ…他の手段なんて。先輩も言ったじゃないですか。僕は不器用なんです」

 

だから、他の手段なんてわかりません。

 

「それはそうと、さっき苦しそうやったのは持病かなにか?」

 

「まあ、そんなところです。問題ありません。今日はたまたま薬を忘れていただけですし、あのまま誰も来なくても自力で帰る予定でしたから」

 

本当は帰るつもりもなかったが、概ね嘘は言っていないからいいだろう。

 

「そっか……」

 

東條先輩が僕の頭を撫でる手が少し震えているのを感じて上を見上げると、顔を片手で覆っていた。

 

「東條先輩……?」

 

「……ごめんね…全部、押し付けちゃって…本当なら私がやらなきゃいけないことだったのに…絵里ちの事も、本当は私が──「やめてください東條先輩」」

 

僕は、どうやらこの人にも泣いて欲しくないみたいだ。絢瀬先輩に最も近い人、誰よりも優しくて、誰よりも人を思える人。

 

「僕は、あの時覚悟を決めました。絢瀬先輩と決別して、絢瀬先輩が笑えるようにどんな泥でも被ろうと。それは僕自身の意思なんです。だから東條先輩が気にする必要は何も無いんですよ」

 

「でも……「でもも何もありません。東條先輩は絢瀬先輩達と楽しんでください。汚い所は全部僕が引き受けます。貴女達の物語に僕が主演する必要は無い。僕は悪役Aで」ダメだよ、それじゃあ「……」」

 

「保科君も、私達の中に必要だよ」

 

その顔に、涙はもう無かった。あるのは、何かを決意した目だ。

 

「保科君は絶対に認めないと思う。それでも、他のみんなが反対しても、私は君がμ'sに必要な人だってわかる」

 

「……いつもの占いですか?」

 

「それだけじゃない。ウチはちゃんと自分の目で君の事を一年間見てたんよ?わからんわけないやん♪」

 

「それ、他の男子だったら告白と勘違いしてますよ?」

 

「ち、違うよ!真面目に話しとるのにからかわないで!」

 

こんな僕のことを必要だって言ってくれることは嬉しい。でも、それとこれと話が別だ。

 

「ダメですよ、東條先輩」

 

「……え?」

 

「……僕には、もう誰かと何かをできる時間は残されていませんから」

 

「何を言って──」

 

「そのうちわかりますよ、全部」

 

僕は布団から起き上がる。多少フラフラするがもう大丈夫そうだ。

 

「本当に今日はありがとうございました。僕はもう帰ります。それでは」

 

東條先輩が何かを言う前に保健室から離れる。

 

「まさか、体がここまでボロボロだったとは思わなかったよ……ただでさえ少ない余命なんだ、もう少し大切に扱うべきかな」

 

そんな呟きは、生徒がいない廊下に響いて消えていった。




今回もここまで読んでいただきありがとうございます

主人公の保科勇人君についてはもう少ししてから詳しい紹介ができたらなと思います。

次回もよろしくお願いします
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