オープンキャンパスは、μ'sのライブによって大成功を収めた。
廃校はひとまず延期となり、学校全域にも緩やかな空気が流れている。
保健室での一件は僕自身のブラックボックスに放り込んで普通に過ごしている。発作に関してもあれ以降こないし、もう暫くは普通に過ごせそうで何よりだ。
「それにしても、だんだん暑くなってきたな…」
と、スマホが着信を報せてくる。
宛先を見る。
『姉さん』
見なかったことにして仕事を……今度はメール?
《なんで電話に出ないのかな、ユウクン?次出なかったら君の黒歴史を希ちゃんに横流しするからね♪》
「おいこらバカ姉!何勝手に僕の写真をとんでもない人に渡そうとしてんの?!」
『おー、やーっと出てくれたねユウ君♪』
「脅迫者のセリフかよ……」
『それはそうと、ユウ君。今!私はどこにいるでしょーか?』
「いや、普通にアメリカにいるんじゃ『正解は秋葉原駅でした!!』……はぁ?!」
姉さんは今両親の海外赴任について行ってアメリカの高校に通ってるはずなんだが……?
「いや、学校は?」
『単位全部揃って暇だったから♪』
「もう何も言うまい……で、僕にどうしろって?」
『今から30分以内に秋葉原駅に来なさい!お姉ちゃん行きたいお店があるけど一人じゃ入れないのよ〜』
「はぁ……一応僕は生徒会長なんだけど?仕事もあるし、生徒からの嘆願が何時あるのか分からないし」
『生徒会の仕事と自分の黒歴史を守ることどっちが大切なんだい?』
「…………」
「やー!久しぶりだねユウ君!!」
僕が、姉──保科 夏海──と合流したのは連絡から20分後の事だった。
「何度も言うけど、それが脅迫者の態度かよ…」
はい、生徒会の仕事より自分の秘密を守ることを優先しました。ちゃんと張り紙をしてからこっちに来てるし大丈夫……だよね?
「で?行きたい場所って?」
「ホテル♪」
「帰るね」
「冗談だって!イッツジョーク!!」
「冗談を言うならもう少しそれっぽい顔をしてくれ…腹が立つから」
しかも無駄に発音がいいのがムカつく。
「私が行きたいのは、メイド喫茶よん♪」
「で?なんで一人じゃ入れないんだ?」
「それは……その……あまりにも二人組のお客さんが多い中に私一人で入るの恥ずかしくない…?」
「だったら他の店にすれば……「ダメよ!このお店にしか秋葉原のカリスマメイドはいないんだから!」は、はぁ?誰?」
「日本に旅行した友達が言ってたのよ!なんでもミナリンスキーっていう名前らしいの!一目見てみたいのよぉ……お願い、ユウ君」
「……」
「へえ〜、そんな事があったんだ〜…」
そのメイドカフェに行くにあたって、駅から少し離れているらしく、学校での話を聞かせろという姉さんのリクエストに応えてポツポツと話しながら歩いている。
「姉さんも、他にやり方があったと思う?」
僕の中にある迷いを、それとなく話してみる。姉さんは少し考え込むように顎に手を当てる。
「う〜ん……わかんないな……私はその時その場所にいなかったし、絵里ちゃんや希ちゃんの状況もわからないから」
「そうだよね、ごめん」
「でもね。ユウが凄く頑張ったってことはお姉ちゃんでもわかるよ」
「姉さん………」
「ユウも悩んだんでしょ?他に方法があるんじゃないかって、ずっと探して、足掻いた結果にユウは実行したんだよね?」
だったら、仕方ないよ。そう言って姉さんは僕に笑いかけてくる。
「……てっきり姉さんは、僕のこと叱るかと思ったよ」
「人間には向き不向きがあるのよ。私に出来ることの全てが周りのみんなができるとは限らないってことは知ってるつもりよん?」
姉さんはなんでも出来る。比喩的な表現でもなんでもなく、姉さんに何かをやらせれば何も文句よつけようがないくらい完璧に全てをこなしてしまう。
「でも、私にだって出来ないことはあるよ。例えば人の為に自分を顧みないで行動するとかさ」
「……」
「だから、行動の方法はその人にあったやり方ですればいい。もし道を間違えているのなら、周りの人がユウの事を放っておかないと思うよ?少し思い出してごらん。心配してくれる人とか気にしてくれる人、いるんじゃないの?」
思い浮かべてみる。東條先輩、ヒデコ、フミコ、ミカ……。
「多分ユウはカウントしてないけど、父さんと母さんも今必死になってるし、私は何時でもユウの味方だよ」
クシャッと頭を撫でられる。
「うわっぷ?!」
「私は他の誰でもないユウの姉ちゃんだから!」
何か、熱いものがこみ上げてくるのを必死に堪えながら、僕は口を開く。
「……ありがとう姉さん」
「どういたしまして♪さ、もうメイドカフェに着いてるし入ろうね〜」
目の前のドアは小洒落ている。いかにもカフェといった佇まいだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様にご主人さピャッ?!」
「………!南さん…?」
僕の目の前に立っているのは明らかにµ’sの2年生であり衣装担当の少女、南ことりだ。
「ホワッツ?違いマース!」
「ユウ君!外人さんだよ!!」
「なわけあるか!こういう時にだけポンコツを発揮するんじゃねえぞバカ姉!」
「私は南などではアリマセーン!私は東デース」
「ぶふっ!」
思わず吹き出してしまった。
「ちょっ?!ユウ君、汚いよ!」
「いや……だって…あはははっ……南じゃなくて東って……くくく…」
「お姉ちゃんは弟のツボが心配だよ……」
「これ……私どうすればいいんだろう………」
この後、10分くらい笑い続けた。
「それで、南さんのその格好を見るにアルバイトって感じかな?」
「はい、そうです………」
笑いが収まってから、僕は南さんから事情を聞くことにした。何故か、ものすごく恐縮されている。敵意を向けられるのには慣れてるけどそういう態度をされるとこちらも反応に困る。
「いつから?」
「ええっと、穂乃果ちゃん達とスクールアイドルを始めた頃から……かな…」
「別に金銭的に困っているとか、そういうことは無いよね?」
理事長の娘なのだ。経済的に困るような状況にいるとは思えない。
「………」
「言いたくないなら言わなくていいよ。別に個人の動機にまで干渉するのは生徒会の仕事じゃないし、何より校外の活動に対して責任を持つのは職務外だからね」
「本当にいいの?」
「ああ、でも四月頃に申請書を出してもらったと思うんだけど、どうやらこちらの手違いで紛失してしまったみたいだから書き直して提出してくれるかな?」
「!」
南さんが驚いた顔をしてこちらを見てくる。何に驚いているのか全くわからない。
「それでこの話はおしまいだよ。僕と姉さんはご飯食べに来たんだから、接客お願い出来ますかミナリンスキーさん?」
「………はい♪ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいね、ご主人様♪」
少し早足で去っていく南さんを見届けると姉さんが話しかけてくる。
「ねえねえ、あの娘って本当に一度申請書出してるの?」
「出てたんじゃない?四月の半ば頃だと日々の雑務の処理で手一杯だったし、絢瀬先輩と東條先輩も廃校阻止を考えてたから仕事の大半は僕一人でこなしていたからね。一枚くらい見落としがあっても何ら不思議じゃない」
「全く……ユウ君は優しすぎるんじゃない?」
「何言ってんの、姉さん。優しかったらとっくに恋人のひとりやふたり居るでしょ」
「そんなこと考えずにリラックスしな弟よ!今日はお姉ちゃんの奢りだから!!」
「絶対あんた一人で店に入れてるだろ……てか僕の渾身の自虐ネタをいとも簡単にスルーしやがって」
これも姉さんの気の回し方なのだろうか…「ユウ君ユウ君、これ美味しそうじゃない?!」いや気のせいだな。
この後は他愛のない話をしながら気がつけば外も暗くなっていた。
「そういえば、姉さんはいつ向こうに帰るの?」
秋葉原駅から行くと言っている姉さんを送ることにして、駅まで歩いている。
「今日の夜中のフライトで行く予定だよ。お姉ちゃん居なくなるのが寂しいの?」
「まさか、しょっちゅう電話してくるのは姉さんのくせに、姉さんこそ寂しいんじゃないの?」
「うん、寂しいよ」
前を歩く姉さんの表情は僕からは見えない。ただ、肩が震えていた。
「寂しいし悔しいよ。確かにアメリカには父さんも母さんもいるけど、私にとって弟は勇人一人なんだし。その弟が沢山のものを──自分一人のものだけじゃなくて、色々な人のものを抱えているのに、私は隣に居てあげられないんだよ」
振り向いた姉さんは、目を潤ませながらも笑っていた。
「大丈夫だよ、ユウ。父さんと母さんは今頑張ってるから。絶対にユウの事を助けるんだって。私も少しだけど手伝ってる。だからユウは、最低限の体調管理以外は体のことは気にしなくていいよ。私達が、必ず──」
「わかってるよ、姉さん。僕は何も心配してないから。姉さん達のことを信じているからさ」
抱き締められた。優しい姉さんの香りに包まれるのを感じる。ずっと小さい時から、僕が泣いている時は姉さんがこうしてくれたっけ。
「姉さん……恥ずかしいからそろそろ離れて…」
道路のど真ん中でさえなければ、そこまで恥ずかしいことでもないんだろうけど…。
それから少しして姉さんは渋々ながらも離れてくれた。通行人の目が痛い……。
「ユウ君、私は何時でもユウ君の味方だからね」
「ああ、ありがとう姉さん」
駅前で、姉さんに別れを告げる。
「ちゃんとご飯は食べなさい?」
「わかってるよ」
「彼女ができても不順異性交遊は認めないからね?」
「そもそもできないから大丈夫だよ」
「寂しくなったら電話するからね?」
「いや、そっちからするのかよ」
そんなやり取りをしていると先程のしおらしい展開が嘘みたいだ。僕もこの方が好きだし。
「……ユウ君、頑張ってね」
「まあボチボチ頑張るよ」
「また……ね」
「うん、また」
姉さんは、駅の改札を通って行った。そのまま姿が完全に見えなくなるまで僕はその場所から離れられなかった。
「いつが最後になるのかわからない身だからか少し感傷的になりすぎたかな」
僕の胸の爆弾は、どのタイミングで破裂するのかわからない。少なくともその場所は学校で会って欲しくはないものだ。
……これがバレてしまえば、あの三人どころか東條先輩や西木野さんが口を開いてしまいかねない。
「僕は最後まで悪役に徹する──その為の今までだったし、その為のこれからだ」
帰路について、誰にも聞こえない声で呟く。
それから一週間がすぎた。もう少しで今年の一学期も終わりを告げる。
「………?」
生徒会室の前に来たところで、紙が挟まっていることに気がついた。
「アルバイトの届出かな?それにしては枚数が多い………ライブのお知らせ?」
挟まっていたプリントは三枚。一枚は予想通りアルバイトの届出、二枚目にはメイドカフェの割引券付きのチケット。そして三枚目は──。
「ライブのお知らせ………か」
時間は今日の放課後だ。場所はメイドカフェの前。
「ふん………当日渡された所で僕にも都合というものがあるんだけど……ね」
よく考えてみれば、µ’sのライブを生で見た事は無かった。
「………これは生徒会長としての視察業務だ。決してそれの範疇を超えてはいない」
そう割り切ると、僕はそのまま下駄箱へと向かう。
外に出ると、初夏独特の暑さに体を包まれる。
「やっぱり……夏は苦手だなぁ…」
ここまで今回も読んでいただきありがとうございます
ここでお礼をさせていただきたく思います。
お気に入り登録をしてくださった皆さん、ありがとうございます。皆様の登録一件一件が私の創作のモチベーションとなっております。
また、評価をくださった
☆10:起動破壊様
☆9:tatsumi様、銀行型駆逐艦1番艦ゆうちょ様
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重ねて御礼申し上げます。これからもこの作品と私をよろしくお願いします