今回は主人公が羽休めをする回です。
それではどうぞ!
合宿当日、僕は誰よりも早く駅前に到着していた。具体的には、まだ集合時間の50分前だ。
「仕事的には保護者枠なんだから、そのくらいは当然だと思うことにしよう」
自分に言い訳をしてみるものの、やはり楽しみであることは否定しきれない。
そもそも、僕はあまり人と遠出をした思い出がない。皆無と言ってもいい。
小学校も中学校も万人の共通の敵として周りと距離を保ってきた関係上、そこまで付き合いの深い人間関係ができなかったのだ。
「共通の敵を持つことさえできれば、人は簡単にまとまることが出来る」
その事を小さい時に知ってしまった僕にとってこのような機会は無縁の存在だった。
「それがまさかこんな形で……ふふふっ」
ああ、やはりダメだ。口元が緩んでしまう。
「ふぅ〜ん?なんかええことでもあったん、勇人君?」
「わっ?!…東條先輩ですか……驚かさないでくださいよ」
ごめんごめんと口では言ってるがカラカラ笑っている辺り、反省はしていないようだ。
「早いですね?東條先輩も」
「勇人君が早く来るってカードに書いてあったからね♪」
この人のカード占いはよく当たる。それはもうびっくりする程に。
「だから、早く来れば一番にウチの私服の感想貰えるやん♪」
そう言われると、自然と目がそちらに行ってしまうのが悲しい男の性なのだろうか……。
「ふふっ、勇人君のエッチ〜」
この人は、僕のからかい方を熟知している。逆に言えば僕が反撃できない方向に持っていく。たまには仕返ししてもいいだろう。
「はい、とてもお似合いだと思いますよ」
「ふぇっ?」
「流石アイドルと言ったところでしょう。自分の魅力の引き出し方をよくご存知で。東條先輩の雰囲気似合ってて、綺麗ですよ?」
褒め殺し、である。僕自身がここまでスラスラ出てくるあたり、大体が本音なのだが…果たして…。
「う………うぅ……い、いきなりは反則だよぉ…」
やっぱり、褒められ慣れていないと見た!両手で顔を覆っている。
「いつもの余裕が無くなってますよ先輩?」
この後、こちらも早起きしたらしい西木野さんが来るまでからかっていたのだが、やってきた西木野さんに非常に白い目で見られたのはまた別のお話だ。
ちょっと仕返ししただけなのにな……。
それからまた少し時間が経って、案の定高坂さんが10分程遅刻をした後、電車に乗る前に絢瀬先輩が急にドヤ顔で口を開いた。
「この合宿から先輩禁止よ!!」
「「「「「「ぇぇぇええええ?!」」」」」」
一、二年生から驚きの声が上がる。
「私達は一つのチームなのだから、先輩後輩とはいえ、そこで遠慮が起こってしまってはダメでしょう?」
「確かに……先輩に合わせてしまうところがありますね…」
指摘をする時に、どうしても先輩相手だと強く言えないというのはその通りだ。
その為に敬語や先輩をやめるというのも、一つの手段としては名案だ。絢瀬先輩、落ち着いていれば凄くいい采配ができる人なんだよなぁ。
「ちょっと、私に対してそんな気遣いを全く感じないんだけど?!」
「にこ先輩は先輩って感じがしないにゃ〜」
サラッと酷いことを言うのは星空さん。
「じゃあなんなのよ?!」
「先輩というか……後輩?」
「というか、子供?」
「マスコットかと思ってたけど?」
上から高坂さん、星空さん、東條先輩だ。先輩…貴女という人は…。
「それじゃあ、今からスタートよ、穂乃果」
絢瀬先輩から真っ先に始める。
「う、うん……絵里、ちゃん?」
「よし♪」
「じゃあ凛も凛も!……ことりちゃん?」
「うん♪宜しくね、凛ちゃん、真姫ちゃんも♪」
「ヴェェ、私?!べ、別にわざわざ呼んだりするものじゃないでしょ?!」
この中でその態度をとるのも中々大変だと思うけど……。
苦笑いを浮かべる絢瀬先輩と東條先輩。まあ、蚊帳の外にいる僕には関係の無いことだし、早いこと出発を──。
「一人だけ無関心ってわけにはいかんよな勇人君?」
また東條先輩は余計なことを……。
「先程西木野さんも言っていましたが、わざわざ言うものじゃないでしょう。それに僕は別に馴れ合いに来ているわけでもありませんし、ましてや貴女達の部活に所属している訳でもない。その様に貴女達のルールの中でやるつもりはありません。それよりも、浮ついた気持ちで合宿に望んでしまえばラブライブ出場にマイナスになり兼ねませんよ」
なんとか言葉の弾幕で煙に巻いて……
「おおっ!私達の心配してくれてるんだ!」
「んなっ?!」
なんというポジティブシンキング……!さ、流石にその返しは完全に予想外だ…!
「まあまあ、楽しまないと損だよ勇人君♪」
いつの間にか近くに寄ってきていた南さんがにこにこ笑いながら僕の名前を呼んできた。
「はぁ……僕の話を聞いていたのかい南さ「ことりだよ♪」……」
……僕をどうしたいんだ、この人達は。
「いや、だから南さ「ことりだよ」知ってます」
…はぁ。やむを得ない、煙に巻く作戦Part2だ。
「そんな事よりもそろそろ時間ですし、部長の矢澤先輩から一言頂きましょうか」
「えっ?!私?!」
よし、全員の視線を矢澤先輩に向けることに成功した!これで勝つる!
「えーっと……しゅ、しゅっぱーーつ!!」
しばしの間があって、誰かが呟く。
「え?それだけ?」
「仕方ないでしょっ!考えてなかったのよ〜!」
「ほな、にこっちのじゃ締まらないからここで彼からも一言貰おっか?」
今度は全員の視線がこちらに向く。矢澤先輩が仲間を見る目でこっちを見ているところ申し訳ないが、僕はちゃんと準備してある。
「はい、わかりました。今回は生徒会長である僕が顧問の先生の代理として同伴する事になりました。ハメを外すのを悪いとは言いませんが、気を引き締めて望むように。あくまで常識の範囲内で楽しんでください」
以上です、と締めくくる。
「おおっ!部長っぽい!!」
「ぬぁんで準備してんのよぉ!!」
「なんでも何も、東條先輩からいつ話をするように言われてもいいように対策はしていましたから、いつまでも対策ができないとからかわれっぱなしですよ?」
矢澤先輩に、無駄だろうが一応アドバイスをしておく。なぜ無駄かって?この人は良くいえば実直、悪くいえばアホだ。
そんな頭を働かせることをできるはずがない。
「さ、馬鹿な事言ってないで早く乗りません?せっかく西木野さんの家が貸し切ってくれた車両なんだし」
この合宿の日程決めを行った後に西木野家にお礼をしに行った時の事だ。
『ええっと、西木野先生。今回は合宿の場所の提供をしていただきましてありがとうございます。同伴する保護者役として、また生徒会長として御礼申し上げます』
『まあまあ、そんなに畏まる必要も無いだろう勇人君。それよりも、君達は何時の電車に乗るつもりなんだい?』
『七時半のですけど……』
『わかった、その時間の新幹線の車両を貸し切ろう』
『ファッ?!』
最後の反応は失礼?いやいや、普通貸し切られた電車で移動するなんて考えなくね?
あまりに予想外すぎて、後ろにいた西木野さんもカバンを取り落としてたし。
「パ……お父さんがここまでするなんて……」
車両に乗っても、僕らの他に誰も乗っていないのでソワソワしっぱなしだ。
「まあ、そんなに長い旅じゃないですし、リラックスしましょうよ」
10人しかいないので、3人がけの椅子に向かい合う形で六人と四人で別れることになった。
僕の向かいは西木野さん、絢瀬先輩、園田さんの三人だ。どうやら練習メニューについて考えているらしい。
僕は眼鏡をかけてPCと向き合う。たとえ二泊三日の短い時間でも、極力時間を無駄にしたくはない。
「……保科さんは何を見てるんですか?」
「ん?生徒会の仕事」
「「「………」」」
三人が黙り込む。少し驚いた顔をしている。
「幾ら僕でも、一人で全部の雑務をこなすのに秒で終わったりしないよ」
「では、その手に持っていらっしゃるエナジードリンクはなんの為に……?」
「昨晩ほとんど徹夜で仕事をやっていたので目覚まし替わりに……と」
「「「……………」」」
先程より長い沈黙。何かおかしなことを言ったか?
「……保科さん、パソコンとエナジードリンクをこちらに渡して、少しでも寝てください」
「え、いや無理。僕にだってやる事がある。自分でこの道を決めたんだ、休むなんて口が裂けても言えないよ」
「……医者の娘として、以前忠告はしましたよね?」
「ごめん、覚えてないな」
文化祭まで日数がない……出来るだけ早くポスターとパンフレットを完成させないと。µ’sは恐らく今回もライブをするはずだ。例年より多めに刷っておくべきだろう。
「二人とも、少し保科さんを抑えてて下さい」
「「ええ(わかりました)」」
話半分に聞き流していたら急に手を抑えられる。
「は?!ちょっ、離してくださいよ?!」
実際、ほとんど睡眠をとっていなかったので思うように手を解けない。あっという間にPCを没収されてしまう。
「合宿の間は責任を持って私が預かるから保科さんはちゃんとこの期間を休息にしてください」
「勝手な事は言わないでくれないか西木野さん」
僕にだって沸点はある。それに、仕事の邪魔をされて何も感じない程、僕は優しくはない。
「僕はちゃんと、この三日間の予定管理はしてきているんだ。それを乱すのはやめてもらえないか?」
「無理ね、もう一度言うけど、医者の娘からの忠告よ。まず顔色からしてここ一週間の睡眠時間、30時間以下でしょう。更にそれだけじゃない、時々指先が震えてることは疲れだけじゃなくて栄養失調なんじゃない?」
どうしてそこまでスラスラと言い当てられるのか。合宿の日程が決まってから一週間、確かに睡眠時間の殆どを宿題と仕事に当てていたし外にもほとんど出ていなかったので食料は溜め込んであるカップ麺で済ませていたのは事実だ。
「どうしてそこまで良くわかる?僕と君はそんなに会った事もないだろう?」
「馬鹿にしないで、初対面の時に一度忠告したでしょ。あの時から接触する度に私は貴方を観察していたわ。口出しをした以上、見届ける義務があるから」
少なくとも貴方が健康になるまではね。西木野さんはそう言葉を継ぎ足す。
「……それにあまり使いたくは無かったけど、こういう時のために持ってきたものがあるのよね」
「………何?」
「もしも、貴方が休息を取ろうとしなかったり無理しようとしたら、これを使うようにお父さんに頼まれているのよ」
主治医の先生から渡されたもの……休もうとしない…まさか?!
「そう、クロロホルムよ♪二人ともそのまま抑えておいてね」
「待て?!やめろ!」
西木野さんにハンカチを口に当てられた数秒後には、抗えない眠気の中にいた。
「………眠る…わけには……僕には………責任があるのに…」
ふう、どうやら保科さんは眠ってくれたみたいだわ。
「ま、真姫……?本当にクロロホルムを?」
隣に腰掛ける絵里先輩が不安そうに私を見てくる。私は肩を竦める。
「まさか?何も薬はつけてませんよ。洗剤の匂いがするだけです」
「確かに、眠くもならないわね……でもどうして」
「ただの思い込みです。プラシーボ効果と聞けばわかるでしょうか?」
簡単に言えば、単なる思い込みだ。人の体は極限状態になると、実際には起こっていないものを現実だと思いこみ、それが身体に影響を及ぼす。
「元々疲れていたってことだと思います。体は極限状態に近いレベルの疲労を溜め込んでいたからこそ、ここまで脆く引っかかったんだと思います」
「彼がそれだけ根を詰めていたって事なのでしょうか…」
その言葉を聞いて申し訳なさそうに絵里先輩が俯いた。本当なら、ここは私の出る幕じゃないのかもしれないけど……。
「それはそうと、絵里先輩は保科さんの事が好きなんですよね?」
「ああ、それは私も気になってました。馴れ初めの話などがあればぜひ作詞の参考に……!」
「えぇっ?!いや、別に私は……えぇ………」
羞恥に顔を赤らめて身体を小さくする絵里先輩に同性の私もドキッとしてしまった。
「(真姫、なんなのでしょうか、この可愛らしい生物は……本当にあの絵里なんですか?)」
「(堅物からは想像もつかないわね……)」
「やめてっ!二人とも、聞こえてるのよ?!」
「「しーっ!起きちゃいます!」」
慌てて口を噤んでチラリと保科さんの方を見やる絵里先輩。
「……すぅ…んぅ…………」
無防備に寝顔を晒す彼を見ていると、微笑ましい気持ちになってくるわね……。
「それで?どうなんです?」
「うぅ………多分、好き、なんだと思う…私も初めてだから、戸惑うばかりで……」
私と海未先輩は、絵里先輩の話を聞き逃さないように聞き入った。
はい、如何でしたでしょうか?
以上主人公が羽休めする(させられる)回でした。
この合宿回は、この話の中でもかなり濃くなると思います。といいますのも、作者自身がアニメの夏合宿の回が大好きだから、ここに重点を起きたいのです。これまでと違いコメディ色が強くなるとは思いますがお付き合い頂けると幸いです。
ここで予告しますが、次回は絵理ちゃんの秘めた想い編と銘打ちたいと思います。
そしてなんとなんと、今回も評価を頂きました!
☆10:クスガモ様
☆9:水蒼様
ありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。黒っぽい猫でした。