この小さな心で抱きしめよう。   作:義藤菊輝@惰眠を貪るの回?

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 今回はジャブ的な? 導入的な?


次のステップは ~職業体験編~
第三十三話 僕のヒーロー名は……


「あ、あの!! 緑谷さん」

 

 体育祭で1位を勝ち取ったこともあってか、常日頃から目立つ僕が着る雄英の制服を見た一般人にもみくちゃにされた。

 普段は遠巻きに、「雄英生だよ」とか「チッ」と舌打ちされたりと。羨望なり嫉妬なりの感情を一歩引かれた状態で受け続けるのだが、今日は違った。

 

「な、何かな、八百万さん」

 

「いや、その……大丈夫ですか?」

 

 朝の通勤及び通学ラッシュ。そもそも人が溢れてギュウギュウ詰めにされる満員電車。その中で腕を伸ばしてつり革を握り、他の人の迷惑にならないよう出入り口の近くの場所を確保もしつつ。そんな時言われた。

 

 体育祭で優勝した子じゃん!!

 

 そうなれば、周りは騒ぎだし、あの体育祭での感想を色々と言われる。勿論一方的に。マロは奥に入って耳を塞いで笑っていた。

 

 八百万さんに心配されるのも仕方が無い。念のためにと早くに家を出たおかげでいつもと変わらない時間に席に着けたが、周りを囲まれてぺちゃくちゃ言われれば疲れる物だ。

 結果僕は、来て早々机に伏せてしまった。

 

「体育祭の知名度……凄いね」

 

「緑谷とかは凄かったろーな。俺なんかいきなり小学生にドンマイって言われたぜ?」

 

 瀬呂君の言葉にドンマイと呟く蛙吹さん。一日で知名度が変わることに驚いていた切島くんは、やっぱり雄英凄ぇと言っていた。

 

「それで、どうかしたのかな? 八百万さん」

 

「そ、そうでした。緑谷さん? トーナメントの時に戦いの指南をしていただきたいと言ったのを覚えておりますか?」

 

「マロと約束した奴だよね。僕は全然良いよ」

 

「えっ? なになにー。ヤオモモも緑谷君に特訓見て貰うのー?」

 

「私〝も〟? 誰か受けていたのですか?」

 

 体育祭前の2週間の特訓のことを葉隠さんが言い出した。僕が先生役というかアドバイス役で、麗日さん、飯田君、切島君、蛙吹さん、そして葉隠さん。その六人で色々と頑張っていた。

 

「私たちに良いところはなかったけどね。葉隠ちゃん」

 

「ほんとねー。もう悔しー! って感じだよ!!」

 

 握った両の拳をぶんぶんと振りながら、遺憾のい! 不満のふ! と叫んでいる葉隠さん。もう苦笑いするしかない。

 六人中四人がトーナメントに進出しているのだ。しかも二人は表彰台。一人はベスト8。

 

「ヤオモモも混ざろーよ!! 良いよね! 良いよね!」

 

「デクくん、また開催できる? 週2回くらい」

 

「麗日さん! それだと緑谷くんの負担になりすぎるのではないか? せめて週に一回くらいが」

 

 わちゃわちゃと僕のあずかり知らぬところで話が膨らんでいく。当のマロはと言うと、プロレスの同士が増える!! となぜか喜んでいる。

 そんな騒がしい教室。ジメジメとした雨を全く感じさせない環境が広がっていた。

 

「そう言えば飯田君。お兄さんは……」

 

「ああ。心配ご無用だ。要らない心労をかけた。すまない」

 

 少し声のボリュームを下げ秘密の話のように話すと、返ってきた言葉は心配するな。飯田君の声に少しだけ悔しそうな声が滲んでいたのは、まだ浅い付き合いだが気づく。

 

「何かあったら言ってね。友達なんだから」

 

「ありがとう緑谷くん」

 

 その時、ガラガラと扉が開き、担任である相澤先生が教室に入る。すると、先ほどまで動物園のように賑やかだった教室が一気に静まり返る。

 

『調教されてる……』

 

 マロ、それは禁句だよ。

 

 婆さんは大袈裟だなんて言いながら包帯が取れたことを話していた我らが担任は、そんなことよりと前振りをする。

 

「今日のヒーロー情報学はちょっと特別だ」

 

 特別だ。だなんて聞かされて思い浮かぶのは抜き打ちテスト。ヒーロー情報学は法律にも関係することなので覚えることがとてもある。斯く言う僕も、テストは受けたくない。いくら勉強してても前もって準備したい派だから。

 

「〝コードネーム〟ヒーロー名の考案だ

 

  胸膨らむヤツ来たぁああ!!

 

 騒いだ瞬間、髪の毛を逆立てた相澤先生の血走った目を見て、直ぐさま大人しくなる教室。

 

『調教済みやでこれ……』

 

 マロ、それは言わないお約束だよ……。

 

 そこで説明されるのは雄英体育祭から続く職業体験について。体育祭のリザルトが後々の影響を与えると相澤先生が体育祭前に言っていたが、それがこの行事である。

 

「例年はもっとばらけるが、今年は偏った」

 

 黒板に貼られた指名数のランキング。そこには、体育祭の結果に準えて、決勝トーナメントに出ていた人物の名前が殆どだった。

 

「今年は緑谷、轟、飯田、爆豪の四人に偏ってる。緑谷が少し飛び出ているが。これは、この四人がプロに近い証拠とほぼ同義。他の奴らはケツに火ィ付けろよ」

 

 指名数が多いと言うことは、プロが自分の相棒(サイドキック)候補として見てくれていると言うこと。モチロンここで指名が来ているとは言ってもこのままプロとして所属することは出来ない。先方の都合でここでは指名したが、最終的には取らないこと何てザラだという。

 

「指名が来てるヤツは自分で選べ。指名がなかったヤツは、学校側が交渉して受け入れをして貰える40の事務所からだ」

 

 提出期限は今週末。あと2日しかない。だからそのためのヒーロー名。

 

「まぁ仮ではあるが適当なもんは  

 

  付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

 

 極薄タイツで身を包み、おっぱいを揺らしながらカツカツとヒールを鳴らしてやってきたミッドナイトが大きな声で相澤先生の言葉を遮る。

 

「この仮が世間に認知される。そのままヒーロー名になってる人は多いわ。イレイザーはこういうセンス無いし、私が査定する。良いわね?」

 

 できたら発表という形式を伝えられると、一人一枚フリップと油性ペンを渡される。

 

『イズ、俺のことは気にしなくて良いから、自分の付けたい名前付けなよ?』

 

 え? それで良いの? マロも出久なのに?

 

『俺は二の次で良いんだ。元々お前に負ぶって貰ってる。前も言っただろ? 俺は志村転和。俺には俺の目的があってイズの中にいる。その目的が達成できれば後はなんでも良いんだよ。100やりたい奴と1だけで良い奴。緑谷出久というヒーローを表してる割合はどっちの方が多い?』

 

 僕はマロの話を聞いて口を噤む。前にも聞いた。ずっと一緒にいてくれるのか。あの時マロは沈黙という答えを取った。

 沈黙は肯定。何て言葉もある。多分マロは僕の隣からいなくなる。そんなこと想像もしたくないが、きっとマロは僕にまだ言っていない秘密がある。

 

「そう言えば、あの時なんて言おうとしたんだろう……」

 

『どうした?』

 

 何でも無い。そうマロに伝え、あの時の会話を思い出す。あの日、お母さんに晩ご飯が出来たと呼ばれたときにマロは何かを言おうとしていた。それを僕が遮ったはずだ。

 

「緑谷ァ。なんか決めたか?」

 

「まだだよ峰田君。峰田君は?」

 

 後ろから背中を突かれ、僕は振り返る。峰田君が親指を立てている。詰まるところ、ヒーロー名は決まっているのだろう……。どうしよう。

 

 いくらオールマイトの個性を継承したとしても、彼の名前を受け継ぐ勇気は無い。自分との違いを見せつけられ、恐れ多い。

 ふっと教室の一番端、後ろのドアに一番近い席に座る彼女の横顔を見る。おっとりと、ぽわぽわとした優しい雰囲気を持っていながら、しっかりとした芯があり強い麗かな彼女の横顔を。

 

『へぇ~』

 

 僕の視線に気がついたのか、彼女  麗日お茶子  は僕の方を見て笑顔になる。さらには手まで振ってくれる。

 

 やっぱり、これしかないよな。

 

 意味を変えて貰った。ただの蔑称でしかなかった言葉が、一歩踏み出す勇気をくれる言葉に。僕だけに当てはまる言葉に変えて貰った。

 不器用でも凄くなくても良い。一番下の存在でも良い。だって失う物は何一つ無い。上だけ見てれば良いんだ。強くなれる伸びしろが誰よりもある証拠だから。変わろうとする思いをくれる。変わろうとする覚悟定めてくれる。〝頑張れ〟って支えて貰えるから。

 

 僕の名前は緑谷出久。兄弟のような二重人格を持つ木偶の坊。けど、僕のヒーロー名は〝頑張れ〟って感じの【デク】だ。良いよね?

 

『異論があると思うか? 最っ高にクールで、最っ高に笑顔になる言葉だろ? 完璧じゃねぇか』

 

「さあ! 15分くらい経ったし、出来た人から前に出なさいな!」

 

 ミッドナイトが時間を告げ、始まりに青山君が立ち上がる。どこかキラキラとした印象の青山君は、行くよ。と一言告げると、フリップを頭上に掲げる。

 

「輝きヒーロー〝I can not stop twinkling.(キラメキが止められないよ☆)〟」

 

   短文じゃねぇか!?

 

 この名前に対してミッドナイトは真面目に〝I〟を取るだとか、短縮形にした方が呼びやすいとかアドバイスする。

 

「はいはーい! 次私! リドリーヒーロー〝エイリアンクイーン〟」

 

   2の!? 血が強酸性!?

 

『なるほど、大喜利を始めるのが〝一歩踏み出す勇気〟と言うことか……』

 

 違うから! 違うからっ!!

 

 青山、芦戸と二人続いてネタ的なのが続き、教室の空気が大喜利に寄ってしまっている。ヤバい! とクラスの殆どに間違った緊張感が走って行く。

 

「昔から考えていたの。梅雨入りヒーロー〝フロッピー〟」

 

『ヤベェ、大喜利なのに真面目な回答……』

 

 元々真面目な時間だよ!!

 

 ふざけた空気が、梅雨のように洗い流され、ちゃんとした授業だと再認識させられる。そんな状況に、皆がフロッピー! と連呼していた。

 

「さあどんどんと行きましょうか。次は誰かしら?」

 

 どんどんと進められていく授業で、切島君が憧れのヒーローの名前を  一方的にではあるが  受け継いだり、八百万さんが個性に合わせた名前を考えたり、自分の特徴をそのまま名前にした尾白君。名前のままにした轟君。爆殺王という確実にヒーローとして相応しくない名前を発表したかっちゃん。

 

 

「爆豪君は再考よ」

 

「なんでだめなんだよ!!」

 

『あの名前でトップヒーロー目指すとか笑えるな。ヴィランだろ』

 

 多分かっちゃんは、「殺」とか「死」とかがカッコいいと思ってるんだよ。そんな年齢なんだよ。だってかっちゃん、「〇〇殺して~」っていう言葉しか知らないから。

 

『勝己は頭が良いくせにボキャブラリーが無いのは否定しないが、イズもディスってるじゃねぇか』

 

「実はずっと前から考えてました。〝ウラビティ〟」

 

 シャレてる!! 可愛い名前!! と、特に女性陣が麗日さんの名前を気に入り、皆でわいわいとした雰囲気がまた教室に広がる。

 

「残っているのは、再考の爆豪君と、飯田君と緑谷君ね。どう?」

 

 そこで出てきた飯田君は、色々と悩んで悩んで悩みまくっているような暗い顔をしていた。そして出したフリップはテンヤ。

 

 インゲニウムは継がないんだね。飯田君。

 

『継がないんじゃなくて、継げないんじゃないか?』

 

 イズがオールマイトの名前を継げないと感じたのと同じで、天哉にとって〝インゲニウム〟という名前は重すぎる物なんじゃないのか。

 

「あなたも名前なのね。あなたが良いなら良いのだけれど……」

 

 飯田君が席に着く。後残っているのは僕とかっちゃん。考え直しを食らったかっちゃんを置いて僕は黒板の前に立つ。

 

『堂々としとけよ?』

 

 うん。これが、この名前こそが、僕の一歩踏み出す勇気。

 

「おいおい緑谷!! その名前で良いのかよ」

 

「蔑称だろ!?」

 

「良いんだ。マロとも話した。ちゃんとした理由もある。だから、だからこそ……。僕のヒーロー名は、〝デク〟です」

 

 見せつけるように出したフリップにクラスの皆は釘付けになっている。かっちゃんも、フリップに書くのをやめ、僕の方を睨んでいる。麗日さんも、嬉しそうな顔をして僕を見てくれた。

 

「僕自身あんまりこの名前は好きじゃなかった。けど、ある人にこの言葉の意味を変えて貰えて、それが僕の中ですっごく衝撃的で」

 

 思い出すのはかっちゃんから言われ続けた「出来損ないの木偶の坊」という言葉。なにをしても無駄だと、マロワの裏でずっとずっと感じていた。

 

「出来損ないの木偶の坊なんかかじゃないって、一番下に見られるなら、そこから踏み出せば良い。木偶だから止まるんじゃなくて、〝頑張れって感じのデク〟なら、一歩踏み出す勇気が湧いてくる」

 

 けど、今あるのは登校初日の帰り道。飯田君と麗日さん。三人で帰ったときに言ってくれた言葉が輝いてくれてる。

 

 何だかんだで拍手を貰い、恥ずかしさのあまりかとても顔が赤く、また熱くなってしまった。

 席に着くと同時にフリップを団扇代わりに使って、顔やらなんやらを冷まそうと努力する。

 

 そして、前の席のかっちゃんが立ち上がり、教壇にガンッとフリップを叩きつける。

 

「爆殺卿」

 

 違う! そうじゃない!!

 

 僕たちは全力で突っ込んだ。




 実はあった今回のプロレスネタ

『一歩踏み出す勇気』
 好き嫌いがはっきり分かれるが良いことだけは言う。でお馴染みのナイトサーンの名台詞。熊本の地震があった2年後、熊本の地で話してくれました。
 〝変わろうとする思い〟〝変わろうとする覚悟〝一歩踏み出す勇気〟
 お茶子の言葉はデクにとって一歩踏み出す勇気になったと思います。

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