流行れえりぱな!
「絵里ちゃん絵里ちゃん!」
「あら凛、どうかしたの?」
駆け寄ってきた凛に、絵里は微笑みかける。
「──とう!」
「ふぇ?」
何をするのかと思えば、いきなり頬を引っ張られる絵里。
「ど、どうひたの?」
ぐにぐに引っ張られ、そろそろ痛くなってきたな、と絵里が思い始めた頃、
「……やっぱり違うにゃ」
凛はパッと手を離した。
「えっと……何が?」
少し痛む頬を押さえながら、絵里は訊ねる。いきなりこんな事をされた上によく分からぬ否定をされれば、理由によってはお説教の必要あり、と絵里は返答を待つ。
そんな絵里の心境など知らぬように、
「ほっぺただよ! ほっぺた!」
今度は自分の頬を引っ張る凛。
当然、絵里には何の事だか見当がつかない。
「その……ほっぺたがどうかしたの?」
「やっぱり、かよちんを超えるほっぺたには出会えないんだにゃ!」
「どういう事……?」
μ'sに入ってしばらく経つが、この一年生とリーダーの考えは未だによく分からない。
「もしかして絵里ちゃん、知らないの⁉︎」
驚愕に近い反応をされたが、その通りなのだ。何かμ'sにとって、重要な事があるのかもしれない。ほっぺたの何かが。
「──かよちんのほっぺたは、超モッチモチなんだにゃ!!!」
「…………花陽のほっぺたが」
「超モッチモチ!」
「そ、そう……」
「あ、絵里ちゃん疑ってるでしょ! 信じられないなら、一度触ってみるといいにゃ! 他のほっぺたじゃ満足できなくなるからね!」
謎の言葉を残して、凛は去っていった。
「…………」
一人残された絵里は、
「花陽のほっぺたは、モッチモチ……」
怪しく反芻した。
練習中、
「──はい、ここで絵里はターンして花陽の隣へ!」
海未の鋭い指示が飛ぶ。
「ここで、ターン……っ」
フォーメーション通り、絵里は綺麗にターンを決めると流れるように花陽の隣へ。
うまくいった、と身体に覚えこませる絵里の視界に、ふと、花陽の顔が飛び込んでくる。そしてその、白くて自分よりややぷっくりしたほっぺたも。
「モッチモチ……」
予期せず思い出してしまった言葉。吸い込まれるように花陽へ近付き──、
「っと!」「わわっ⁉︎」
当然、ぶつかる。
「っごめんなさい花陽! 怪我してない⁉︎」
「う、うん、大丈夫……。珍しいね、絵里ちゃんが転ぶなんて」
花陽へ覆い被さるような体勢になってしまった絵里。目の前数十センチの位置に、モッチモチほっぺたが。
「…………」
絵里の右手が、少しだけ動く。
「あの……絵里ちゃん?」
「えっ? あ、ああ、邪魔だったわね」
それをする前に、遠慮がちに発せられた花陽の声で我に返る。
「すぐ……どくわ」
モッチモチほっぺたから離れてしまう事が少しだけ心惜しいとか、そんな事は考えない絵里。
「絵里ちゃんこそ、怪我とかない? ごめんね、花陽、どんくさいから……」
ショボン、と小さくなる花陽に、絵里は小さく笑って頭を撫でる。
「そんな事ないわよ。さっきのは私が悪かったわ。私は何ともないし、花陽が無事で本当に良かった」
「絵里ちゃん……」
「さ、練習に戻りましょ。今度は成功させるわよ」
「うんっ」
「──隣、いいかしら?」
「あ、うん」
休憩時間、絵里は花陽の隣へ腰を下ろした。いつも隣にいる凛は、おバカトリオで何やらふざけている。しばらくすれば海未の注意が飛ぶので、最近は誰も止めない。
「美味しい?」
「うんっ!」
即答だった。花陽の手には、お手製のおにぎり。最初こそ驚いたが、今では絵里にも見慣れた光景。
「今日の具はおかかなの。それに、お水加減もいつも以上にバッチリで、お米が硬すぎず柔らかすぎず美味しいおにぎりが作れたの!」
キラキラとした瞳でおにぎりへの情熱を語られ、
「そ、そう……」
絵里はそう返すしかない。
「…………」
「ん〜……やっぱり最高ですぅ〜……」
おにぎりをご満悦な笑みで頬張る花陽。そのほっぺたは、いつも以上にモッチリと膨らみ──
「絵里ちゃん?」
「……えっ? な、何かしら?」
知らず知らずの内に見入ってしまっていた絵里。慌てて小さく頭を振る。凛に言われてからというもの、どうしても視線が吸い込まれてしまう。
「……一つ食べる?」
お腹が減ったと勘違いされたのか、花陽は別のおにぎりを差し出してきた。
それはそうなるだろうと自分で自分に苦笑すると、
「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう。私は、美味しそうに食べる花陽を見てるだけで満足よ」
やんわりと断った。
「そ、そうかな……」
内心食べるお米が減らなかった事が嬉しかったのか、花陽は差し出したおにぎりを咀嚼する。
「…………」
再び、モグモグと動くほっぺた。『──かよちんのほっぺたは、超モッチモチなんだにゃ!』と脳内で再生される凛の声。
「……花陽」
「?」
キョトンとこちらを見た花陽に、絵里はずいと顔を寄せた。そしていたって真面目な表情で、
「ほっぺた、触らせてくれない?」
「…………へっ?」
「今、花陽のほっぺたを触りたくて仕方ないの。そうしないと、この後の練習にも支障が出そうだわ」
「え、ええぇ⁉︎ ど、どうしたの急に⁉︎」
「お願い、花陽」
「う、ううぅ……」
絵里に、ふざけた様子は一切見られない。生徒会長らしい、真面目な顔。
「……ち、ちょっとだけだよ……?」
押しに弱い花陽では、それを断る事などできない。
「本当? ありがとう花陽!」
言うが早いか、絵里は指を伸ばす。そして、
──プニッ、と。
花陽の右頬が、人差し指で押し込まれ凹む。
「な、なんか、ちょっと恥ずかしいね……」
幼馴染にはしょっちゅうやられている事ではあるが、改まってやられると照れてしまう花陽。それが絵里のような真面目な人間なら尚更である。
その当の絵里本人は、
「……ハラショー」
物凄く感動していた。
「私や希とは、確かに違うわね……。これは、想像以上だわ……」
そんな想像をされていたのか、とほんの少しだけ戦慄した花陽だったが、
「あ、あの、絵里ちゃん? そろそろ……」
──プニッ、と。
今度は左頬に、指が刺さる。
「ふええ⁉︎」
「これは、凛が言い切るのも頷けるわ……」
そして指で挟まれ、軽く引っ張られる。
「え、絵里ひゃぁん……」
むにむにむにむにとほっぺたを引っ張る絵里に、花陽は涙を浮かべながら懇願の視線を飛ばす。
「ハラショー……!」
当然、届かない。
モチモチむにむにモチモチむにむにモチモチむにむに。
「誰か……誰か……」
モチモチむにむにモチモチむにむにモチモチむにむにモチモチむにむにモチモチむにむに。
「ダレカタスケテー!」