曙さん視点の物語です。
ある雨の日、曙さんがクソ提督を迎えに行くお話。
戦闘描写はありません。
Pixivにも同じものを投稿しています。
私、駆逐艦曙は雨が嫌いだ。
なぜって? 私は髪が長いのでまとめるのが大変だし、そもそも濡れると面倒だから。それだけではない。あいつが出かけるといつも雨が降るからだ。
今日も雨だ。
北西の風 日中 やや強く くもり 昼過ぎ から 時々 晴れ 最高気温 二十九度
朝の天気予報では雨が降るなんて話は聞いていない。だが、あいつが今日出かけると聞いて私は嫌な予感がしていた。
十六時になろうとしたころ、だんだんと西の空に黒い雲が見えてきた。それを見て私は「まただ……」とつぶやく。
そうなのだ、やはり嫌な予感は当たるものなのだ。案の定三十分もしないうちにパタパタと雨粒が窓を叩いた。
十八時十一分着の汽車で帰ると出かける前に報告はあった。
今日の秘書艦は私だ。
あいつは軍人なんだから、少しくらい宿舎までの道中雨に濡れてもいいだろう。そう言うと周りの艦娘たちは、提督を雨に濡らすなんて薄情なやつだと言い。それは秘書艦としての責務を果たしていないのではとさらに回りが囃し立てる。
だから私は秘書艦の仕事としてあいつを迎えに行かなければならない。それ以上の理由はない。たまたま、今日の秘書艦が私であっただけなのだ。
大きめの雨粒が赤い雨傘を叩きバラバラと音が鳴る。自動車が路上を走るたびに雨の日特有のシャーっという音が響き、前照灯がぬれた路面にギラギラと反射する。じっとりとした湿気がまとわりつき、服の袖が腕に張り付き不快だ。髪も湿気を含み前髪がはねる。ローファーが濡れる。不快だ。
やはり雨の日は不愉快だ。戦闘中に濡れたり焦げたりするのは気にならないけれど、陸上で雨に濡れるのはどうも嫌いだ。
そもそもあいつを迎えに行くことが不愉快なのだ。
横断歩道で立ち止まり、ぼーっと赤信号を見つめる。雨さえ降らなければ、今頃は夕食前で仲間たちとくだらないおしゃべりなどをしてくつろいだ時間を過ごしているはずだ。
信号が青に変わり歩き出すと、右腕に掛けた男物の青色の雨傘が揺れて脚に触れた。こんなものをなぜ私が届けなければいけないの。ああ、忌々しい。
十八時六分。到着五分前に駅に着いた。
わざと遅れて行ってちょっと雨に当たらせてやろうかと思ったがそうもいかなかった。時間厳守で行動してしまうのは艦娘の定めか。いや、誰とは言わないが時間にルーズな艦娘もいるか。
しばらく改札前で人の流れを眺める。急ぎ足で改札を通り抜け家路を急ぐ背広の中年男性。雨に濡れながら駅前横丁の赤提灯に吸い込まれていく若い学生達。キャッキャと笑いあいながら水たまりの上を駆けていく女学生。
世の中には私たち艦娘とは違う世界で生きる色々な人がいるのだとふと思う。
改札口の時計の針が十八時十四分を回ったとき、改札口からあいつが出てきた。
あいつはすぐに私を見つけ「おう、なんだ。迎えに来てくれたのか。悪いな」と全く悪いとは思っていない顔をして右手を上げてやってきた。
私が無言で青色の雨傘を突き出すと、あいつも無言で受け取る。まるで私が傘を持って迎えに来ることが当然だというような傲慢さである。
こういうところが気に入らない。
駅舎から出て二人で傘を開き、湿度が高く重い空気の中を歩きだした。私はあいつの後ろを黙って歩く。横になど並んで歩きたくはない。
街路灯の橙色の灯りが水たまり映り鈴なりに続いている。
信号を二つ通り過ぎたところで、あいつは急に右に曲がり路地に入ろうとした。そちらはもちろん鎮守府でも宿舎でもない。古びた小料理屋が並ぶ飲み屋街だ。
黙って立っていると、あいつは振り返り「ちょっと寄っていこうぜ。まだ飯食ってないんだろ? 俺も少し引っかけたいんだ」と私を誘った。私は飲めないわよと言うと、飲まなくても大丈夫な店だからと私の返答も聞かずに路地へ進み始めた。
あいつは路地の中ほどにある小料理屋の引き戸を開け首を突っ込み、「二人なんだけど、入れるかい?」とカウンター奥の店主らしき男に訊ねている。カウンターなら空いているという返答を聞き店内に入り、私を招き入れた。
それほど広くはない店内を見回すと、どうやらこの店は客の年齢層が高いようだ。小上がりでは顔を赤くした初老のサラリーマン達が談笑しながらおでんをつつき、カウンターでは枯れ木のような白髪の男性が猪口を持ちちびりちびりとやっている。
入口に近いカウンター席に並んで座るなり、「今月おすすめの日本酒。お前はウーロン茶でいいよな?」とこいつは私のことを全く気に掛ける様子もなく飲み物の注文をした。
メニューを眺めているとまもなく飲み物とお通しがカウンターに並べられた。お通しはタコときゅうりの酢の物、えのきのあんかけ豆腐。じめっとした日にはこういうさっぱりしたものは嬉しい。
私が小さな幸せを感じていると「お疲れさん」と言い、蛇の目猪口を私のグラスにカチンとぶつけてきた。忙しないやつだ。
「おでん適当に二人分。あと、牛筋の煮込みと……」
また勝手に注文をはじめるこの男……。まったく自分勝手だ。
にやけた顔で酒を啜っているぼんくらを横目にお通しをちびちびつついていると、続々と肴が運ばれてきた。
まずはおでんや牛筋煮込が並び、直に焼き鳥などの焼き物が登場して最後におにぎりが出てきた。
「ちゃんと炭水化物も取っておけよ。艦娘も体が資本だから」
確かに私も晩御飯はまだではあるが、これで気をかけているつもりなのか何なのか。
おでんの大根に箸を通してみると柔らかすぎず程よい硬さだ。崩れもなく中までしっかりと味が染みているようだ。熱い大根を一口大に切り、口に入れる。口内に入った瞬間、じわりと豊潤な出汁の風味が広がり、思わず頬が緩む。これはとてもおいしい。
隣をみると私の顔をみてニヤニヤとしているヤツがいる。少々気に障ったが、料理に集中するため無視を決め込む。
牛筋も味付け自体は酒の肴なので濃いめではあるが、とろりと口の中で溶けるほど柔らかく仕上げてある。これも素晴らしい。
隣のヤツがいなければもっと素晴らしい。
それなりに料理に手を付けたところで、隣の酒呑みぼんくらは二杯目の日本酒を注文していた。
こういうのはやはり日本酒に合うのだろうな。私もお酒を頼んでみようかしら。
「お前も少し飲んでみるか? ハーフサイズもあるし、残したら俺が飲んでやるからさ」
ぼんくらの癖にこいつはこういう時だけ察しがいい……。まぁ、私も少し飲んでみたかったので、小さく頷いた。
目の前に置かれた小さな冷酒グラスに艶のある液体が満たされている。フルーティで青い果実の香りがする。
とろみのある液体を少量すすり口内へ導くとふんわりと甘みが広がり、リンゴを齧ったような瑞々しさが弾けた。これは私でも飲めそうだ。そしてこれは絶対に料理に合う。間違いない。
隣のぼんくらは嬉しそうに目を細めていた。
――――……あれ? 肩を揺さぶられている? 私は今どうなっている?
状況を把握するために重い瞼を開けると、水の入ったグラスが眼に映った。右頬がぺたりとカウンターテーブルにくっついていた。
酒に酔って寝てしまったのか? のそりと起き上がり目の前にあった水を飲み干した。
それを待っていたかのように、左腕の下に肩を入れられて、ぐにゃりと力の入らない身体を持ち上げられた。
「相変わらず弱いなぁ……」
左からあいつの声が聞こえた。
肩を借りてのろのろと店外に出て、店前に置いてある長椅子に座らされた。アルコールのせいか眠たくて眠たくて力が入らない。
湿気を含んだ涼やかな夜風が頬を撫でる。火照った顔には心地いい風だ。いつの間にか雨は上がっていた。
ぼんやりとした頭で夜空を見上げると、右が少し欠けた月が電線の間に見えた。
頭をふらふらさせて腰かけていると、片手に赤と青の二本の傘を持ったあいつが視界に入った。あいつは私に背中を見せてしゃがみ、背に乗るように促した。私は素直に両肩に腕を回してもたれかかるように背に乗った。器用に二本の傘を持ったまま私のことを背負いあげると「よいしょ」と小さく掛け声を発して立ち上がった。
ぐったりと身体の力を抜いて、背に全体重を預けてやる。私の重さに苦しめ。
だが、こいつは全くそれを苦にするわけでもなく歩き始めた。自分の軽さが憎くなる。
私の身体を預けた背中は、こいつ自身の汗のせいか、雨上がりの湿気のせいか、それとも私の汗のせいか、しっとりと湿っていた。
私は湿気たシャツの肩に顎を乗せて揺れに身体を預けた。ゆらゆらと一定のリズムで揺れる。まるでゆりかごのように。
国道の赤信号に掴まり、揺れが収まった。まだ深夜とは言えないこの時間としては、珍しく車どころか人も歩いていない。柔らかな風が街路樹を揺らし、梢が揺れる音が聞こえる。遠くからかすかに蛙の声が聞こえる。
穏やかな夜だ。
「……クソ提督」
私は小さな声でつぶやいた。
「おう」
すぐに低く力強い声が返ってきた。返答はその一言だけだった。
赤信号が青に変わり、また心地よい揺れが始まった。
ラブリーマイエンジェルぼのたん!
梅雨グラの曙さんをみていて、なにか書かねばと思い書き始めました。
毎年このグラフィックを見ると、この娘はべっぴんさんだなぁと思うのです。
全世界のクソ提督の皆様どうぞよろしくお願いいたします。