―起―
梅雨時。
言うほど降ってないにしても、傘がないと心もとない。そんな細雨の日の夜のこと。
「オードーローケー・・・」
ベロンと舌が飛び出た唐傘を肩に担いで、フラフラする小傘。
梅雨ということもあって、人と会うことも少なくなった彼女はとってもつまらなそうにしていた。とりあえず人通りの多そうなところを徘徊しているが、やはり雨の中を出歩く人はそうそういない。
隙間程度に開かれている窓からは、内職に勤しんでいた夫婦が泣きやまない赤ん坊をあやす光景が覗き見られた。梅雨時は何かとできることが限られてくる。そうなると、いろいろと積もり重なるものも出てくる時期でもあった。
そんな時期、小傘は人を満足に驚かすことができなくて不満であった。
「オードーロー・・・・・・はぁ」
自然とため息が漏れる。視線が足元に落ちると、ぬかるんだ土が足にペタペタくっついているのが見えた。また、ため息が漏れる。
ふと、足元の水たまりに映っている何かに、小傘は気づいた。雨が落ちるごとに揺れる水面には、自分の姿と、なにやら人影のようなものが映って見えた。
小傘が振り返れば、そこにはナイフを手にする咲夜が微笑んでいた。
「さ、咲夜さん?」
「こんばんは、小傘。人を驚かすのは捗っているかしら?」
「いえ、あいにくの雨で人に会うこともなくて・・・」
薄雲に覆われた三日月を背にして傘をもつ彼女の立ち姿に、ホゥと見とれていた小傘は、咲夜の手にするナイフに視線を移してヒュッと驚いてしまった。
「ナイフを持って何をしているんですか?しかも、こんな夜更けに」
「ちょっとしたことをお願いしたくて」
「お、お願い?」
普段、紅魔館で忙しくしている咲夜さんが一体何の用だろうと、小傘は不思議そうに首をかしげる。
「お願いって何でしょう」
「傘を貸してくれないかしら?」
「え?」
咲夜はニコーと微笑んだまま、それ以上のことは言わない。小傘はさらなる不思議に、また首をかしげた。傘なら咲夜もさしているからだ。
「え、この傘ですか?でも・・・」
「嫌なら弾幕で勝負しましょう。それならいいでしょ?」
「で、でもこんな夜中に弾幕なんて周りの方々に迷惑かけてしまいますよ」
「では紅魔館に行きましょうか。そこなら周りに人影なんてないから」
何やら食い気味な咲夜の様子に、小傘は怯んでつい後ずさりしてしまう。
「そんなに怯えないでちょうだい。時間はまだまだあるのだから・・・」
―承―
後日、紅魔館にて。
「咲夜さん」
「何かしら」
窓を磨く咲夜の背中に、仕事の邪魔にならない程度に距離を取りつつ遠慮がちに話しかける小傘。その小傘の格好は何故かメイド姿であった。
「これを言ってはなんですが・・・お嬢様にお似合いの傘は他にあるのではないですか?」
「いいのよ。お嬢様も趣向が変わってよろしいと仰っていたわ」
「そ、そうですか」
嘘だけどね、と咲夜は心の中で舌をぺろりと出した。
あの夜、咲夜にお願いをされた後、紅魔館の近くの森で弾幕勝負をすることになった。結果、小傘はボロクソに負けたが、見習いメイドとして咲夜の補佐をするという形で話は収まった。
(私の気は収まっていないけどなぁ・・・)
傘が手元にないので毎日そわそわしているが、なんとかなってしまっている。
「傘がないと落ち着かないでしょうけど、働くときぐらい傘を置いておきなさい」
それからの小傘の日常はというもの、咲夜の作業を見様見まねでやってみても及第点をもらえず、その上フランが面白がって傘をいじっているのを見るたびにヒヤヒヤして、いろいろと忙しい毎日を送っていた。
「咲夜さん。傘はどれくらい貸せばいいですか?」
「他の傘が見つかるまで。でも、お嬢様方はお気に召していらっしゃるから、簡単に手放そうとしないと思うわよ」
「・・・」
小傘は着慣れないメイド服の襟をつまんで、じんわりと蒸れた首元をタオルで拭う。
梅雨はまだ続きそうだ、と小傘は磨かれた窓の外を眺めた。
つかの間の晴れの日のこと。
小悪魔に頼まれて本を図書館に持って行くとき、小傘は聞き覚えのある声を耳にした。
「フンフンフーン。さーて、トラップはなし。巡回もなし。メイドも・・・ん?」
小傘は曲がり角から声の方を覗き見てみると、ちょうど窓から侵入しようとする魔理沙がこっちに気づいた。
「なんだ、妖精メイドか。ここはバレないうちに気絶してもらうしかないな」
魔理沙が箒を持って迫ってきたので、小傘は慌てて姿を現した。
「ま、待って!わたし、小傘だよ!」
「ん、小傘!?」
魔理沙はメイド姿の小傘をジロジロと見て、オッドアイを見つけてようやく気がついた。
「おー、小傘の目だ・・・あれ、でも何か足りない気が」
「傘のことだよね。それにはカクカクシカジカ」
小傘は事の顛末を語り尽くすと、魔理沙は神妙そうな顔つきで深く頷いた。
「そんなことがあったのか。レミリアも変わったものに手を出したなぁ」
「返して欲しいって言っても、なかなか返してくれなくて困っていたところなの。魔理沙からなんとか言ってくれないかなぁ」
「うーん、咲夜も咲夜だよなぁ。どうしてあの傘を弾幕勝負までして欲しがるのかな?」
小傘からしてみれば余計なお世話だが、魔理沙には悪気がある様子でもないので、とりあえず抗議の言葉を飲み込んだ。
「と、とにかく。このままここにいてもわたしは困るの。お願いだから助けて〜」
「そういえば、里の人間たちが最近小傘を見ないって言っていたな」
「うん、わたしの生きがいの源である里に早く帰りたいけど」
「小傘がいなくて大人たちは安心して道を歩けるとも言っていたなぁ。子供たちは寂しがっているようだったけど」
取り付く島もない魔理沙に、小傘はとうとう泣き出した。
「うぇ〜んそんなぁ〜」
「まぁ、今日のあたしは本を借りにきただけだからな。本を手に入れたら帰っちゃうぜ。じゃ!」
魔理沙はいつのまにか迫っているナイフを間一髪でかわして、曲がり角を走り去っていった。小傘は魔理沙の消えた方向に手を伸ばすが、いつのまにか後ろにいた咲夜がポンと小傘の肩に手を置いた。
「ダメじゃない。こんなところでサボっていたら」
「さ・・・咲夜さん」
「罰として、もうちょっとだけ傘を貸してね。わたしはあの泥棒さんを追わなくちゃいけないから、お仕事頑張ってね」
咲夜はまた忽然といなくなると、小傘はがっくりと肩を落とした。
それからまた雨が降ってきたある日、フランが小傘の傘を抱えて走ってきた。
「小傘!小傘!」
呼ばれた小傘は、咲夜に食器の磨き方を教わっていた最中だった。咲夜が磨きクロスを畳んで置くと、フランの前で背を正した。
「妹様、どうされましたか?」
「あのね、小傘の傘がね」
フランが気まずそうに言葉を濁していると、小傘がヒョイと傘を覗き見た。
「あ、骨が折れている」
「ごめんなさい・・・振り回していたら美鈴に当たっちゃって」
美鈴も災難なことだ、と咲夜は内心気の毒に思った。
ふと、なぜフランの口から美鈴が出てきたのかと咲夜は引っかかった。
「妹様はいま、美鈴に当たったと申していましたが、妹様は屋外にいらしていたのですか?」
「ううん、さっきまで美鈴と館の中で遊んでいたよ。それがどうかしたの?」
「いえ。なんでもありませんよ」
咲夜のセリフがわずかに不穏な雰囲気を帯びていたような気がしたが、小傘は構わず傘を開いたり閉じたりして調べてみた。
「うん。これならすぐ直るよ」
「え?直せるの?」
「これでも針やっているからね。それほど問題でもないよ」
小傘はその気さくな性格からか、フランに対して親しい態度で接している。フランはそんな小傘を気に入って懐いているようだ。
「咲夜さん、少し道具を貸してくれませんか?」
「良いわよ。用具箱の場所はわかっているわね?私は他にやることがあるから、食器磨きはまた今度ね」
咲夜が忽然と姿を消すと、小傘はフランとともに用具箱のある道具部屋に向かった。
「勘弁してくださいよ〜咲夜さん。妹様にお願いされたら拒否権なんてないじゃないですか〜」
「だからと言ってホイホイ持ち場から離れていいわけないでしょ。ましてや、私が仕事している時に妹様と遊ぶなんて良い度胸じゃない」
「どうしろと・・・」
咲夜に叱られた美鈴は、トボトボと咲夜のあとに続く。フランを小傘と二人きりにさせて置くのもどうかと思う咲夜であったが、美鈴はそれほど心配しているようでもなかった。
「まったく、小妖怪並みの小傘だからまだ良いものを。これが魔理沙だったら今頃どうなっていることやら」
「咲夜さんは心配のしすぎですよ。むしろ、小傘さんが妹様に手を出すわけがないじゃないですか」
「それもそうかもしれないけど・・・」
紅魔館の隅の方にある道具部屋につくと、咲夜は中を覗き見た。なかなか入ろうとしない咲夜に、美鈴は首を伸ばして尋ねた。
「・・・どうしました?」
「静かに」
咲夜は静かにドアを開けると、部屋の中を見ることができた美鈴も得心いった。フランが小傘の膝を枕にして寝ていて、小傘もこっくりと船を漕いでいたのだ。
美鈴はうっかり起こさないようにフランを抱え上げると、咲夜にウィンクしてそのまま出ていった。小傘の間抜けなヨダレを見た咲夜は、こっそりとため息を漏らすと、そのままドアを閉めて自分の持ち場に戻った。
その晩、寝室で咲夜から報告を受けていたレミリアは、愉快そうに頷いた。
「フフ・・・そんなことがあったのね」
「今日のところはいいですが、仕事中に居眠りでもしたら遠慮なくしばきます」
「まぁ、自由にやってくれて構わないわ。フランがあの子を気に入っているみたいだし」
まんざらでもなさそうなレミリアの顔を見て、咲夜は問いかけてみた。
「ちなみにですが、お嬢様は小傘をどうされるおつもりですか?」
「どうなってもいいっていうのが本音だけれども、フランが気に入っているということもあるから・・・そうね。専属の鍛治職人兼メイドが一人いてもいいと思わないかしら?」
紅魔館でオッドアイの少女がメイドをやっている。そんな光景を思い浮かべた咲夜は小さく笑みを作った。
「全てはお嬢様の仰せのままに」
―転―
それからしばらくして、ちょっとした事件が起きた。
メイド服に着慣れて、脱ぎ着するのに不自由しなくなってきた、そんなある日のこと。
「お使いですか?」
毎朝の日課であるジャガイモ剥きの手を休めて、スープの鍋を回している咲夜の方を向いた。
「えぇ、人里まで行って欲しいのだけど。頼める?」
「大丈夫です。人里はよく行きますから」
「じゃこれをお願いね。多少のお釣りが出ると思うけど、それは小遣いにして自由に使いなさい」
咲夜はお金とメモを渡して、メイド服は着て行きなさいと念を押した。メイドとしての自覚を促すためのようだが、小傘は少し恥ずかしさを覚えた。
「・・・どうしても、ですか?」
「えぇ、ついでに顔見知りに挨拶でもしてきなさい。でも、あまり寄り道はしちゃダメよ」
(よそ様のところに寄ってこいと言っておきながら、あまり寄り道をするなとはどういうことだろう・・・?)
小傘は咲夜らしくもない矛盾に悩みつつも、渡されたお金とメモを手に、紅魔館から外に出た。大きく深呼吸すると、湿気をたっぷり含んだ空気が小傘の肺をいっぱいに満たした。久しぶりに外に出歩けると思うと、悶々としていたのも忘れて足取りが軽くなる小傘であった。
門まで行くと、美鈴が門を開けてくれた。
「あ、小傘さん。ようやく出所ですか?」
「いえ、これから人里に向かうところです。咲夜さんに買い出しを頼まれて」
「人里に買い出しですか。これから一雨来そうなので、傘を持って行ってください。小傘さんの傘でなくて申し訳ないですが」
小傘もそろそろ傘を返してほしいと思っていたが、やはりフランはあの傘を気に入っていて手放そうとしないようだ。仕方なく、小傘は一回り小さい傘を受け取った。
「そうだ、美鈴さんはなにか欲しいものありませんか?余ったお金をお小遣いにしていいと咲夜さんが言っていたので」
「あ〜、咲夜さんのことだからそんなに余らないと思いますよ。お気持ちは嬉しいですけど、小傘さんが大事に使ってください」
小傘からしてみれば使い道のないお金なんてあってないようなものだったが、大事に使えと言われたら取っておくしかないとも思った。
「そうですね・・・わかりました。では行ってきます」
「あ、そうそう。この時期は梅雨に相まって、湖から霧が出ますからね。気をつけないと森の中でぐるぐる回ってしまうことになりますよ」
「ありがとうございます。気をつけますね」
小傘は笑顔で返すと、森に入って人里を目指した。美鈴は小傘の背中を見送って、ため息をついた。
「咲夜さん・・・いじわるが過ぎませんか?霧雨は人を惑わしますよ」
いつのまにか美鈴の傍にいた咲夜は、肩をすくめて笑った。
「彼女は人じゃないから大丈夫よ。それに紅魔館のメイド見習いたるもの、お使いを満足にできないようじゃダメよ」
「それにしたって小傘さんがかわいそうですよ。あの傘は小傘さんの本体でもあるのでしょう?もし、妹様がまた勢い余って壊してしまったら・・・」
「その時はその時よ。お嬢様にとって、彼女の行く末なんか些細なことなのよ」
咲夜はいまにも崩れそうな空を一瞥して、紅魔館の中に入って行った。
久しぶりに来た人里は、あいにくの雨で人影は少なかった。
小傘は驚かせる人がいることを期待していたが、みんな慌ただしそうにしているので驚く暇もなさそうだった。
小傘もさっさと買い物を済ませて、慣れない小さな傘で雨をしのぎながら足早に人里から去った。
「そうだ」
咲夜は顔見知りに挨拶してこいと言っていたので、博麗神社に行って霊夢に挨拶してこよう思う小傘であった。案の定、お釣りは微々たるものだったが、お賽銭するのにバチが当たらない程度には残った。
長い階段の先の鳥居をくぐって、拝殿においてある賽銭箱にお賽銭を投げ入れた。お作法を心得ていない小傘は、とりあえず手を合わせてお願いをした。
「わたしの傘が無事に帰ってきますように・・・」
ちらりと、横目で周りの様子を伺って見たが、どうやら博麗の巫女は留守にしているようだ。
「・・・霊夢だったらなぁ」
「霊夢ならいないぞ〜」
声がした方を見てみると、拝殿の下から河童のにとりがのっそりと這い出て来た。
「にとり?何しているの」
「お留守番さ。霊夢は用事があるからって、通りすがったあたしに留守番を頼んだのさ・・・あたしも暇じゃないから帰ろうかなぁ、って思っていた所だよ」
にとりは不満そうに手元の工具をいじってダラダラしている。メイド見習いとして忙しくしていた小傘にはとても暇そうに見えた。
小傘が軽く肩を落としたのを見て、にとりは小傘のメイド服に目をつけた。
「ところで、小傘が紅魔館でメイドをやっているって話は本当なのかい?」
「うん、そうだけど。誰から聞いたの?」
「霊夢と一緒にいた魔理沙だよ。紅魔館に行って小傘をからかいに行くような話だったと思うけど」
「え、じゃぁ行き違いになっちゃったってこと?」
「そういうことになるなぁ」
ふと、にとりの脳裏に閃くものを感じた。
「なぁ、小傘。ちょっとあたしの用に付き合うつもりはない?」
「え?でも、買い出しを頼まれて、今帰るところだから」
「すぐ済むよ。あたしの試作品を着て、できれば実践してみてほしい」
「試作品?着る?・・・実戦?」
「そうそう、せっかくだから紅魔館に行って感想を聞いてみようよ。きっとみんな驚くよ」
「え?みんな驚くの?」
「そりゃぁ大層驚くだろうさ!」
不思議そうに頭を傾けるが、みんなが驚くと聞いて心が揺れた小傘は、にとりに引きつられるままに博麗神社を後にした。
場所は変わって紅魔館。
「いやー急に降ってきたな」
「このタオル使って。傘はそこに置いてね」
小傘が里で買い物をしている頃、霊夢と魔理沙が紅魔館につくかどうかのところで雨が降ってきた。
もらったタオルで濡れたところを拭きながら、二人の訪問者は咲夜に引きつられて応接間に向かった。応接間につくと、レミリアが紅茶を嗜んで待っていた。
「やぁ、霊夢に魔理沙。よく来たわ」
「お邪魔するわよ、お嬢様」
席についた霊夢と魔理沙のカップに紅茶を注いで、咲夜は受け取った茶菓子の包みをほどいた。
「魔理沙から聞いたけど、小傘がここで不憫な生活を送っているらしいじゃないの」
「不憫とは失礼ね。ちゃんと弾幕勝負で勝ったのだからいいでしょう」
霊夢の言い方に抗議しながら、咲夜は茶菓子をレミリアの前に差し出した。
「私が咲夜に傘を持ってこいと命令したのよ。それがあんなボロ傘だとは思いもしなかったのだけれど」
「ボロ傘なんて言っちゃ小傘がかわいそうだぜ。あれはヴィンテージものと言ってもいいと思わないか?」
「思わないし、何がヴィンテージよ。付喪神の傘なんて誰も使わないでしょう」
レミリアは魔理沙の冗談に呆れながら、茶菓子をつまんだ。
「でもフランが気に入っているようじゃない。あの傘も捨てたものじゃないわね」
「そうみれば、咲夜もいいことしたな」
「あの子はまだまだよ。メイドとしての品位が全くなってないわ」
霊夢と魔理沙は紅茶を飲みながら、咲夜の辛口な評価に苦笑した。
「そりゃメイド長からしてみれば素人でしょう」
「でも、なかなか手先が器用らしいわ。咲夜が褒めるところも一応あるのよ」
レミリアの意外な評価に、霊夢はそうなの?と咲夜を見やった。
「あの子、針もやっているでしょう。だからかわからないけれども、手先が器用なのよ。折れた傘の骨を直してしまえるし」
「そうね、私の針を調達してもらうこともあるし、メイド見習いとしてはなかなかやる方じゃない?」
「まだまだよ。さっき買い物に行かせてまだ帰って来てないのよ」
「なんだ、小傘は今買い出し中か」
魔理沙は残念そうに茶菓子をつまんだ。何がどう残念なのか咲夜にはわからなかったが。
「それにしても、傘を探しているなら河童にでも頼んだらいいじゃないの。ちょうど、にとりが神社で暇そうにしていることだし」
「間違って爆発してしまいましたじゃダメじゃない。お嬢様を危険なものから遠ざけるのはメイドとして当然のことよ」
「だからって、唐傘お化けの傘を狙うかー?」
魔理沙のツッコミにカラカラとレミリアが笑った。
「咲夜が変な方向に向くと面白いでしょう?私があの傘を嫌がっても、フランが気に入っているから私は満足しているのよ」
「そういえば、フランは何をしているの?さっきから見当たらないけど」
「美鈴と門で遊んでいるのかしら。雨だから多少は大丈夫でしょうけど」
咲夜が心配そうに窓の外を見ると、廊下からバタバタ走る音が聞こえてきた。すると、フランが応接間に飛び込んできた。
「妹様、どうされましたか?」
「ももも門のところになんか変なのがいるー!」
「変なの?」
応接間の一同は、一斉に首をかしげた。
その頃、そろそろ森を出ようとするあたりで、小傘は周りを見回して人影がないか確かめた。
「うーん・・・これ本当にみんな驚くの?メイド服を着るよりずっと恥ずかしいけど」
「まぁまぁ、誰だって初めては恥ずかしいものさ。さぁ、一発決めてくれ!」
にとりに背中を押されて森から出ると、紅い館がぼんやりとその姿を現した。門のところには、すでに警戒している美鈴が構えている。
にとりは森の中からゴーサインを繰り返すだけで、森の中から出てくる様子はない。仕方なく、小傘は一歩ずつ紅魔館に近づいていった。
「雨のせいでよく見えませんが、そこにいるのはわかっています。いますぐここから去るか、もしくは・・・」
ガシャンガシャン
そこまで喋って、美鈴は異音に気づいた。音からだんだん近づいてきているのがわかるが、近づくにつれはっきりしていくその姿に美鈴は目を疑った。
「な・・・なんですか、これは」
つま先から頭まですべて金属でできた人型ロボットは、身構える美鈴の手前まで歩いてきて止まった。
「・・・ザザ・・・あー、えっと、聞こえますか?」
「こ、この声は・・・小傘さん?」
「えーっと、はい。小傘ですけどー、ちょっと違うというか」
C-3POのようなカクカクの機械の正体が小傘と思いもしなかった美鈴は、ただポカンと口を開けて凝視していた。
(・・・・・・おいしい)
美鈴は小傘の姿に驚いて、その表情を小傘はじーっと見て愉快な気分になる。
「どうだい。あたしの作戦はうまくいっただろう」
耳につけたインカムから、にとりの声が聞こえてきた。
「うん。これはいけるかも知れない・・・けど、霊夢たちやっぱりいるよ」
ロボットのわずかな隙間が頼りの視界で、霊夢たちが紅魔館の窓から門のあたりを見下ろしているのがわかった。霊夢とレミリアは冷静に観察している一方、魔理沙とフランは興味津々な様子で窓枠から乗り出しそうになっている。
「ま、大丈夫さ。早くあれをやってくれよ」
「う・・・あれはちょっと」
「乗りかかった船じゃないか。お、美鈴が構えたぞ」
さっきまで戸惑いはしたものの、さすがに警戒を解いて館の中に招き入れることはしなかった。
「えーっと、小傘さん。その格好で紅魔館に入られると浮くというか、中で暴れまわられては困るというか」
「わたしも傘を返してもらえればそれでいいというか、にとりがどうしてもいうから着ただけだというか」
「にとり・・・?」
美鈴が河童を思い出すと同時に、森の中で様子を見ていたにとりはついに行動に出た。
「えぇい焦れったいな!あたしが直々に遠隔操作で操ってやろう!」
「え、えっ。ちょっと待って!」
小傘の制止もおかまいなしに、にとりはコントローラーを操作してロボットの行動を支配下に置いた。
「ザザザ・・・ハッハッハー、オドロイタカー!?アタシノ生マレ変ワッタ姿、トクト見ヨ!」
「わたしこんなこと言わないよー!」
にとりの耳に聞こえてくる小傘の苦情なんて聞こえないかのように、にとりはスピーカーから流れる音量を大にして叫んだ。
「ヤイヤイヤーイ!紅魔館ノメイド長出テコーイ!アタシノ傘ヲ返シテモラオウカー!?」
騒がしい門の前で異様なロボットを相手にひるんでいる美鈴の背中を押し倒して、咲夜が飛んできた。
「これは・・・・・・一体なに?」
「来タナ、十六夜咲夜!アタシノ傘ヲ独占スル上ニ、ヨクモメイド見習イトシテコキ使ってクレタナ!」
「あなた、もしかして小傘?」
「イカニモ・・・イヤ、アタシハ小傘ニシテ小傘ニ非ズ!」
「どっちよ」
ババッ!
「河童ノ科学力ト、忘レ傘ノ不屈ノハート!」
シュバッ!
「ソノ結晶ニヨッテ生マレ変ワッタ・・・アタシノ名ハッ!」
シュババッッ!
「レッドブルーアイズ・コガサ! ココニ見参!」
ドババーン!
―結―
「な、なんだってー!!!」
ノリノリの魔理沙とフランが興奮して叫んだ背後で、霊夢とレミリアは揃ってチョップした。その一方、咲夜は涼しい顔でロボットをしげしげと眺めた。
「・・・ナ、ナゼダ」
「なにが?」
咲夜はにとりの問いを察することができず、素のまま返す。
「コノレッドブルーアイズ・コガサノ造形ナラ、誰ガ、ドンナ時デモ、見タ途端、驚天動地ノ域ニ達スルホド驚くハズナノニ・・・何故驚カナイ!?」
C-3POの造形をしたロボットの名前は、レッドブルーアイズ・コガサというらしい。咲夜はかすかに覚えた頭痛を堪えて、にとりの浅ましい考えを一蹴した。
「誰でもこれを見たら驚くっていうの?その発想に驚きだわ」
「あ、ほんとに驚いている」
小傘は目の前にいる咲夜の顔から、驚いたことが手に取るようにわかった。
「それで?奇襲まがいの作戦が破綻したあなたは、次に一体どんな驚嘆すべき策を討って出るのかしら。ねぇ、小傘?」
「だから私じゃないですってばぁ〜」
小傘の音声は、にとりのスピーカーに乗っ取られて外に漏れないような状態だった。だから、目の前に咲夜がいても小傘の声は少しも届いていない。
「ク・・・カクナル上ハ!」
レッドブルーアイズ・コガサの目がキラリと光ると、機体の排気口から蒸気が一斉に吹き出た。咲夜の視界を一瞬奪い、にとりはガチャガチャと機体を咲夜に近づける。
「蒸気ニ紛れテノ一発!流石ノメイド長デモ、コレハ避ケラレナッ」
「ガチャガチャうるさい」
投擲されたナイフがレッドブルーアイズ・コガサの膝の歯車を弾くと、機体が呆気なく膝から倒れた。蒸気が晴れていくと、起き上がれない機体が咲夜の足元でジタバタと暴れ回っているのが見られた。
「アァー!ヤッパリ頑丈ナ外装ニシテオクンダッタァー!」
「さて、これはどうやって剥がせばいいのかしら」
ナイフの柄を機体の頭部にカツカツと当てていると、機体の中で目を回していた小傘が目を覚ました。
「う〜ん、頭いったぁ〜い・・・あ、咲夜さんお願いですここから出してく」
「これ面倒ね。あなたの最期をロボットの中で終わらせていいのならナイフで串刺しにするわ。嫌なら今すぐ出てきなさい」
「いやいやいや嫌だ!早くここから出してよ、にとりいイイィィ!」
すると、機体から蒸気が吹き出るのと同時にパージして、しわくちゃになったメイド服の小傘が出てきた。
「ち、違うんです、咲夜さん。これはわたしじゃなくて」
「ふぅん、これまた凝ったものを着ちゃって。そんなに負けたのが悔しかったのかしら?それとも、わたしにこき使われて幸せじゃなかった?あらそう、もっとたたき込まなければならないかしらね」
「それは違う、咲夜。やったのはあたしだ」
森の中からコントローラーを片手に持ったにとりが姿を現した。
「あたしがこのコントローラーを使ってロボットを動かしていた。小傘は何もしちゃいないさ」
「わかっているわよ」
森から堂々と歩いてきにとりの足が、ピタリと咲夜の前で止まった。
「・・・・・・えっ?」
「逆に小傘がこんななものを一人で動かせると思う?どう考えても河童しか作れないでしょう」
「で、でも今まで小傘がやっていたと確信していたはずじゃ!?」
「まさか。さっき小傘を脅したのは、迷彩を使って森の中で隠れているあなたを誘い出すための、ただの狂言よ」
「・・・・・・・・・」
にとりの前方には咲夜のナイフ、後ろには逃すまいと構える美鈴。逃げ道はなかった。
「・・・・・・・・・こうなったら爆破装置を起動してや!」
ピチューン!
言い終わる前に吹っ飛ばされた。
咲夜の遠慮のなさに、目の前で見た小傘はガクガクと体を震わせた。
「はぁ・・・小傘」
「は、はぁい!なんでしょう咲夜様!」
「そんな身構えなくてもいいわよ。ほら、こんなところにいると風邪をひくから中に入るわよ」
「は・・・はい」
「美鈴、後は任せたわよ」
「了解しました」
死んだふりをしたにとりがビクッと身をすくめたのを、咲夜も美鈴も見逃すはずがなかった。にとりの悲鳴を背にして、咲夜と小傘は紅魔館の中に入っていった。
妖精メイドたちに濡れたところを拭いてもらっていると、館の中にいたフランとレミリアが小傘のところにやってきた。
「咲夜、あの河童しっかり絞っておいてちょうだい。その後は私がやっておくわ。それと、小傘」
「は、はい・・・なんでしょう」
「さっき霊夢たちに怒られてね、付喪神を怒らせると怖いから、傘を持ち主に返しなさいって説教されたのよ。今まで借りたままで申し訳なかったわ。ほら、フラン」
「今まで小傘の傘で遊んでいて・・・ごめんなさい」
フランから手渡された傘を抱いて、小傘は生き返った心地がした。
「うん・・・でも、そうなるとフランが暇になるんじゃない?」
「大丈夫、さっきのガラクタで遊ぶから!」
それだけ言って、フランは外に出て門に向かって走っていった。レミリアはやれやれとフランの後を追いかけるが、思い出したように顔だけ小傘の方に振り向いた。
「それと、暇な時にいつでも紅魔館へ遊びに来なさい。くれぐれも、フランを驚かせて死なないようにね」
小傘はサーっと血の気が引いたことにレミリアは構わず、フランの後について行った。
「・・・買い物、忘れてないでしょうね」
「あっ」
咲夜の一言で、にとりにロボットを着せられた時に買った物を置いてきてしまったことを思い出した。
「ごめんなさい。買い物の帰りに博麗神社に行ったらにとりに捕まってしまって」
「いいわ。傘を取り戻したのだから、あなたはもう自由よ」
霊夢と魔理沙がレミリアを説得するために紅魔館にきたとも思えないが、二人がいたおかげで、レミリアはフランを説得するのは楽だったかもしれない。そう思った咲夜は、小傘はもはや紅魔館にいる理由がなくなったと理解できた。
「・・・咲夜さん、一つ聞いていいですか?」
「何かしら」
咲夜は濡れたタオルを妖精メイドに手渡して、ついでに小傘のメイド服のシワを伸ばした。
「お嬢様が傘をご所望だったのはわかっていますけど、どうしてわたしの傘だったんですか?傘を他のところから借りるなんてこともできたのに」
「どうせなら弾幕に耐えられる傘がいいとおっしゃいたものだから、並の傘なんて無理よ。あれこれ悩んでいたら、大してすることなくフラフラしているだけの妖怪から傘を拝借してもいいのではと・・・妹様が」
簀巻きにされたにとりを抱えた美鈴がフランやレミリアと一緒に帰ってきた。ちょうどその時、咲夜の言葉をフランは聞き逃さなかった。
「そんなこと言ってない!紫のおばちゃんとか幽香を相手にするのは面倒だって咲夜が言っていたから、唐傘お化けがいるじゃないって言っただけだもん!」
あぁそれもそうだよなぁ、と頷く霊夢と魔理沙の声が応接間の方から聞こえてきた。
「・・・」
「・・・」
小傘はジトーっと視線を送るが、咲夜は気まずそうに顔をそらした。
「と、ところで。買い物は満足にできなかったけど、手先はそこそこに器用で、鍛治のスキルも持っていてよろしいとお嬢様がおっしゃいたわ。何より、妹様はあなたのことを気に入っていらっしゃる。及第点にはまだ届かないけど、あなたならいいメイドになれるわ。どう?一緒に働かない?」
小傘はうつむいて考えてみたが、すぐに向き合って笑顔で答えた。
「辞退します☆」
かくして、売ったけんかを見事に倍返しされたにとりは高性能の傘を献上することとなり、小傘はまたフラフラする日常に戻りましたとさ。