楽しんで頂ければ幸いです♪
杏橋天音は大きな選択を迫られていた。
遡ること数日前の梅雨が明けたばかりのある日、天音の部屋に李野田真乃が駆け込んできたのがその事の始まりだった。
「天音!今日、先生の資料を整理していたらこんな物を見つけたの。天音には早めに知らせた方が良いと思って!」
いつもの冷静な真乃らしくない言い方が天音に嫌な予感を感じさせたのだが、その予感を降り払う為に
「真乃!声が大きい!!急に飛び込んできて何よ!ノックぐらいしなさいよね!」
と語気を強めて言った。
その語気に制された真乃は少し冷静さを取り戻し、いつもの癖であるメガネのフレームを片手で直す仕草を挟んでから、天音の目の前に自分専用の鮮やかなブルーのパトリを差しだした。
そのパトリの画面には、数枚の書類が映し出されていた。
画面を一瞥した天音は、真乃からパトリをひったくるように取り上げると、部屋傍にある白い机に備えられた白い椅子に腰掛け、画面をスクロールさせたり、ピンチしたりしながら何やら聞き取れない小声でブツブツ言っている。
その間、真乃は綺麗に二つに束ねられた天音のツインテールの先が今日はいつもより跳ねている事に気をとられていた。
読み終えた天音は立ち上がると真乃をキッと睨みつけ、
「なんなのよ!?コレ!」と半ばキレたような口調でパトリを突き返した。
「書いてある事が本当なら早めに手を打った方が良いと思うの。」
「わかってるわよ!そんな事!大体なんで今頃になって『最強チーム決定戦』なんてやるわけ!?意味がわかんないわ!それもクリスマスイヴにって!ホンットバカ!」
天音はひとしきりまくし立てると、再び椅子にドンと腰を下ろし腕組みをしたまま目を瞑っている。
こういう態度を天音がとる時は、天音が色々な方向から冷静に考えだしていることを真乃は解っていたので、いつものように天音の美しい横顔を眺めながら、心の中で60秒数えるのであった。
(...59、60)
真乃は返されたパトリの画面に目をやりながら、
「多分なんだけど、エテルノに一応の平安が保たれている間に、各チームの戦力低下があるんじゃないかって上層部に言われて困ってるって先生が愚痴をこぼしてたから、それが一因なのかもしれないわ。真偽の程はこれから裏を取ってみないと何だけど。」
「………」
「………」
二人の間に少し間があった後、天音は「フゥゥ………」と大きく息を吐き出し、
「コレはチャンスなのかもしれないわね…」と呟きながら立ち上がった。
真乃を見つめる天音の大きく美しい目が更に大きく見開かれると、真乃の目の前に華奢な人差し指が突き出された。
「あ、天音!?」
さっきまでの難しい表情の面影を一切感じさせない、いつも通りの自信たっぷりな表情と口調で天音はこう言った。
「いいこと!
私達プロキオンプティングが最強だって事を、上層部にも他のチームにも知らしめる絶好のチャンスだって言ってるの!
直ぐにメンバー全員呼び出しかけるわよ!
アンタはこの話の裏が取れたら、各チームの戦力分析にかかって!今直ぐよ!」
言い終わるや否や天音は部屋を飛び出し、パトリを操作しながら勢いよくチームハウスを出て行った。
(本当に天音はチームの事となるとコレなんだから…)
天音を追うようにハウスを出た真乃は、遠くで走っていく天音の後ろ姿を眺めながら、初夏の陽射しに敬礼する様な仕草で、「私達も眩しいぐらいに輝かなくっちゃね!天音!」
とつぶやいた。
==================
それから二日後の夜、チームハウスのリビングルームにはプロキオンプティングのメンバー全員の姿があった。
薄っすらと冷房の効いたハウスの中は、年頃の女性が集団生活している割にはこざっぱりと整頓され、僅かにフローラル系とシトラス系の混ざったような香りが漂っていた。
案外天井の高いこのリビングルームには空調の為、ファンのついた暖色系の照明が数カ所設置されており、程よく室内を照らしていた。
リビング中央には一段掘り込まれたように低くなった場所があり、そこにL型の落ち着いた赤茶のレザー製ソファーとこげ茶色のウッド製のローテーブルが濃紺の大きな楕円形のカーペットの上に置かれていた。ソファーの真ん中にはいつもの真っ赤なトレーニングウェア姿の天音、右側に黒いTシャツ姿の真乃、左側にロゴ入りの白いTシャツ姿の棗いつみ、その左側に高級そうな薄緑色の素材で出来た部屋着をまとった桃川紗々、ソファー正面のローテーブルを挟んだ向こう側にグレーのスエットの上下を着た栗本遥が床の上に直接あぐらをかいて座っている。
銘々が食事や入浴も済ませ、リラックスした格好で集まっていた。
「じゃあ緊急ミーティング始めるわよ。今日集まってもらったのは、例の最強チーム決定戦についてよ!」天音がそう切り出すと、濡れた髪にバスタオルを巻き、首からオレンジ色のタオルを垂らし汗を拭いていたいつみが眉間に皺を作りながら、こう言いだした。
「なぁアマネ、
決定戦なんて馬鹿げた事、本当にやんのか?
他のチームのメンバーは何も知らないみたいだし。
ただのやりもしないプランの一つなんじゃないのか?
なぁ遥は誰かからナンカ聞いたりしてないか?」
遥はV字腹筋の姿勢のまま脚をバタつかせ笑いながら、「アタシも何にも聞いてないよー。たぶんこれは先生の空想ダヨ!予定は未定ってネ!へへッ♪」
バーーーーーーン!
「………………」
天音がローテーブルに両手の平を強く打ちつけ、大声で叫んだ。
「アンタ達ホンッッット呑気な馬鹿ね!!」
「アマネさーん手が痺れちゃいますよぉ♪」と薄緑色のフワリとした薄いショールを揺らしながら紗々が場の雰囲気を和ませるように言うと
「アンタが一番呑気だって言ってるの!
いいこと!この最強チーム決定戦は絶対に行われなきゃいけないの!いえ、何があっても私がやらせるわ!!」
興奮している天音を制するように真乃が話し始めた。
「私が手に入れた資料は前に見てもらったと思うんだけど、天音の言う通り、この決定戦は行われる可能性が非常に高いと私も思っているの。」
真乃の真剣な表情に天音を除く3人は息を潜めている。
天音は興奮覚めやらぬ表情で腕組みをしながら、「ココからは真乃が話して!」と言うと立ち上がり、キッチン奥に消えていった。
「実はね…」真乃がメガネのフレームを直しながら話し始めた。
真乃の話を要約すると、
エテルノ上層部が計画している案件である事(局長命令)、
最近の戦闘訓練での各チームの戦力差に開きが出ている事(PPは4番手と評価)、
亜空間フィールド(宇宙での戦闘)の試験場の完成が近い事が有り、上層部はその試験を行いたいという事。
「…という話があって、可能性が高いと判断したの。」
再び真乃がメガネのフレームを直した。
いつみが「裏は取れてるのか?そのナントカフィールドとか?局長命令だとか?」
「別ルートの話からアコ先輩がつかんでた証拠を教えてもらったの。それから桃川さんのお家からの情報で完全にビンゴでした!」
「あーーーー!そりゃマジな話だなぁ………」
「お役に立ててよかったですぅ〜♪」
「おかげでアコ先輩にはコッチの情報に勘付かれたかもしれないんですけどね。」
「うん………それは仕方ない……又仲間同士でやり合うのかよ!?」
「個人戦じゃないって言うのがせめてもの救いかもしれませんね…」少し表情を曇らせる真乃、いつみ、紗々。
その様子を見ながら、遥はその丸い目をパチパチさせながらニコニコしている。
(遥…話しについて来てない…)
3人はアイコンタクトで意識を共有した。
「今聞いてもらった通りよ!!」
いつの間にか、いつみの背後に立っていた天音がソファーの中央に戻ると、ゆっくりと言いだした。
「前の神葬世界での話……みんなアイツから聞いてると思う。メンバー同士が戦う事に抵抗がある気持ちはよく分かるわ。私だって最初真乃から聞いた時にはそう思ったもの。
でもね、ちゃんと聞いて欲しいの!
私は私達のこのチーム、プロキオンプティングが4番手なんて評価されている事に我慢が出来ないの!!」
天音の顔が僅かに紅潮していた。
「あんなシュミレーターの順位なんて気にすることないんじゃないのか?!実戦とは全く違うんだし!なぁ紗々もそう思うだろ?」
いつみが紗々に同意を求めると、紗々は少し困った様な顔で「そうですねぇ〜わたしはあまねさんの気持ちも解る気がしますし〜いつみちゃんの言っていることも正しいなぁ〜って思います〜♪」
すると遥が「天音ちゃん、わたし頭悪いからよくわかってないのかもしれないんだけどね、私達実戦じゃあそこまで悪い順位じゃないと思うんだよね〜♪
確かにニホちゃんトコと比べるとちょっと苦しいかもだけどさ〜なんとなく4位ってのは違うなって思うんだ〜」
遥の言い終わるの待って、腕組みしながら聞いていた天音が震える小さな声で言った。
「現場...アン.......誰......のよ......」
遥が「え?天音ちゃん今なんて言った?」
両膝を両手でギュッと握りしめたまま天音は全員を見回すと、叫ぶようにこう言い放った。
「現場でアンタ達が戦っているのを誰が見てんよ!!!」
遥がゴクリと唾を飲む音が聞こえたようだった。
「遥!アンタにそんな事言われなくたってわかってるわ!アンタ達悔しくないの!!??上のポンコツ達が私達の現場での戦い方も見もしないで『プロキオンは4番手』なんてレッテル貼られてるのが悔しくないわけ!ワタシと真乃はアンタ達の戦い方を始めからずーーーーーーっと見てきてんのよ!!!そのワタシがアンタ達へのこんな間違った評価を気にしないでおける訳がないでしょっ!!!!」
おもむろに立ち上がった天音はいつみを睨みつけ
「こんな事言いたくなかったけど、今だから言っといてあげる!棗いつみ!アンタの砲撃で私達は何度も助けられたわ!私や遥がオブリに斬りこむ道を確実に作ってくれるのはアンタしかいないの!」
紗々に向かって仁王立ちした天音は、「桃川紗々!アンタ普段はスットボケてるけど、隠れたオブリを見つける事に関しては誰も敵わないわ!間違いなく全メンバーの中で一番よ!アンタのその目がなかったら私達はとっくの昔に死んでたわ!!それとアンタの実家のおかげで装備の状態は何時でもベストに保たれてるわ!」
「遥ぁ!!」と振り向く天音の大きな瞳からは大粒の涙が溢れている。
「アンタ調子に乗るから言わないであげたけど、ウチのチームのエースはアンタなんだからね!!私よりも先にオブリに飛び込むなんてアンタだけしか出来ないんだからね!!アンタがプロキオンプティングのエースってワタシが認めてんだからぁぁぁ!!!!」
そう言い終わると天音は両手で顔を押さえ号泣した。
息急き切ったように他の4人が泣きだし、その泣き声だけが静かに音を立てる空調器の音と共にリビングルームに響いていた。
皆が落ち着きを取り戻すと天音は全員に顔を向け
「だからね…私達が一番にならなきゃいけないんだから…私達が一番輝いてるチームにならなきゃいけないんだから…だからね、一緒に一番になろう…お願いだから…」
いきなりローテーブルの上に飛び乗り、仁王立ちした遥が天井を指差して叫んだ。
「ア"マ"ネ"ち"ゃん〜!大丈夫ぅ〜!ワダヂだぢぐぁ〜イディブワァんになるうッ!!ずぅえったいになるうッ!全チームぶっ倒してせがいチャンピオンになるうッ!!」
突然の遥の行動で呆気にとられた4人だったが、涙と鼻水でグチャグチャになった顔で天井を指差し固まっている遥の姿を見ると一斉に笑い出していた。
「あはははは!遥大丈夫か!?またスランプとかなんなよ〜♪」
「も"う大丈夫ぅ!!わ"た"ぢの辞書にはス"ランプの2文字は無いっ!」
「遥さ〜んスランプは〜4文字ですよぉ〜♪」
「あ"〜ホントどぅわ!でも大丈夫!
わ"た"ぢエースだか"ら!
あ"ま"ね"ぢゃんにみどめでもだったエースだがら!
ダイジョウV!」
「アンタ調子に乗ってんじゃ無いわよ!!それに汚い顔でテーブルに乗ってんじゃないわよ!今すぐ降りなさいっ!!」
心を交わし、更に絆を深め、最強チーム決定戦で一番になる事を誓いあった仲間達を見ながら真乃はこう思っていた。
「みんな大丈夫だからね!私が絶対に勝たせるから!どんな手を使ってでも!」
そしてこうも思った真乃であった。
「どうして最後天音は私には何も言ってくれなかったの…まぁ言われなくたってわかっているけど、マネージャーとして『お約束』って技を教えておかないといけないわね。今の時代バラエティも大事だしね。」
名マネージャーは色々と考えなくてはいけないのであった。
(序章完)