初めて空を飛んだ時のことを、はっきりと覚えている。
だけれど、初めて海に降り立った時のことも、はっきりと覚えている。
二つの側面を持つ私は、いったいどういう人だろう。
まわりから見たら、私は特別なのかな。
でも、今は特別なんかじゃない。
世の中にとっては二つの側面を持つ私のような存在は比較的少ない。
適性が低いという大きいハンデで、私はほとんど低く見られてた。
自分の提督と、姉妹と、親友を除いて。
いつの間にか、私は感情が芽生えていた。
笑うことも、悲しむことも、嘆くことも、嬉しむことも。私にとっての世界が少しずつ、変わっていった。
だけれど、涙は決して流すことはなかった。いや、「流せなかった」。
誰かが傷ついていても、話を聞いても、私は涙を流せずにいた。
初めて泣いたのはいつだろう。
唯一はっきりと泣いた覚えているのは、初めて迎えた誕生日の日だ。
もしかしたら、その日が初めてだったかもしれない。
◇
「7/2」。
この日は、私――――秋月が生まれた誕生日らしい。
実感が全くわかない。だけれど、みんなは何かの準備に追われていた。
「……」
執務室に居るはずの提督は、今日はいない。
いつもと全く違う環境だった。少なくとも、私にとっては。
親しい艦娘に聞いても、ごまかして答えてくれない。
◇
その日、出撃もなかったから鎮守府の近くの海岸を一人歩いた。
夏の日差しが強く突き刺さる午後だからか、自然と顔に汗が垂れてきた。
無言で砂浜に座ると、ポケットに入れてある淡いピンクのハンカチで顔の汗を拭う。
(今日は、警備もあまりしてないみたい)
砂浜に座った彼女は、いつもなら多い艦娘たちが心なしか少なく感じる海と、定期的に行き来しながら上空警備しているウィッチ達を見つめながら、一つため息をついた。
一体みんなは私の祝いのために何をしているのだろう、と。
彼女にとっては本当に祝うべきことなのか、理解できなかった。
(いつものように、過ごしたい)
その思考は、なかなか頭から離れなかった。
「日陰……」
彼女は流石に暑かったからか、砂浜からすぐそこにある森林の日陰を見つけ、再び地面に腰を下ろした。
安堵を得られたが、同時に眠気も出てきた。あっという間に眠気は意識を支配して、まずいと思う前には眠りについてしまった。
この間、彼女を祝うために頑張っていた妹たちは全力で張り切っていたものの、彼女が鎮守府の外に居ると知った時、全力で探しにいっていた。
◇
同日 18:30
「……あれ?」
彼女はようやく起きると、そこは森林の近くにあった日陰ではなく、普通の室内。
彼女が着任当初に割り当てられた部屋だった。
「起きたね……?」
ふとその声の主を探ると意外とすぐ右隣にいた。親友の一人である吹雪ちゃん。吹雪は秋月の妹である照月と仲が良く、いつも行動を一緒にしている。そのためか秋月とも仲がいい。
「なんでここに戻ってるの?」
「私が心配だから探しに居たら、ちょうど日陰に居たから抱っこして自室まで運んだの。だって、昼間から姿を見ていないような気がしたし……」
吹雪は状況を説明すると、自然と秋月は納得した。
「今から見せたいものがあるけど、ついてきてもらっていい?」
「いいよ?」
そう言うと吹雪は秋月の手を引いて秋月の自室を出て、場所を明かさずに食堂へと向かう。
秋月は感じていた。吹雪が「いつもとは違う」と。それは声に出さず、心にしまっていた。
しばらく歩くと、吹雪がいきなり秋月に対して目隠しをしかけた。
「えっ!?」
「いいから、いいから~」
秋月は動揺するが吹雪は気にせずに再び歩き出し、秋月は戸惑いながらも付いて行った。
だが、さっきとは違いすぐに歩みは止まった。というより、どこかに突っ込んだ。
その時、ガチャ―――――――――と音がすると吹雪は瞬時に秋月の目隠しを取り、そのまま食堂に突入した。
「……!?」
秋月はまたも動揺する。
「今日は、秋月ちゃんの誕生日だから……こうして、祝ってあげようと思って」
提督が、妹たちが、親友の吹雪が、皆がこの状況を作り出した。それは、秋月のために。
「……っ!」
秋月は今までに感じたことのない「優しさ」を感じたのだ。そして、それが涙を流す引き金だった。
倒れこむように泣き始めた秋月の心の中は、笑顔だったのだろう。
しばらく動揺していた皆だったが、秋月の事情を知っていたからかすぐに収まった。
だがそれは、秋月が泣き止むまで続いた。
「……さ、パーティー始めましょう!」
吹雪は泣き止んだ秋月を見た後、皆にそう叫んだ。
そして、皆が叫ぶ。
「秋月、誕生日、おめでとう!」
秋月は、精一杯の声で、
「ありがとう……ございます……!」
と。
Fin.