魔法少女として戦うからには、怪我くらいする
しかし、それを誰かに見せたいかと言えば、そうでもない
……まどかを心配させたくない

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暁美ほむらが怪我をした時におきること

「先生、いないみたいだね」

 

 保健室へ入って数秒、まどかの声が耳に響いた。

 相変わらず素敵で癒される声音だと思う。私を安心させる為の気遣いに満ちていて、優しさとはこういう物だと教えてくれる。

 

「そうね」

 

 言葉少なく答えたけれど、もう少し愛想の良い返事をした方が良かったかと後悔した。

 まどかはまるで気にせず、私の言葉に同意を示してくれたが。

 

 保健室は今のところ無人で、見慣れた配置の家具や道具が揃っている。匂いも、よく知るものだ。前に保健室へ来た時も同じ雰囲気が漂っていて、そういう場所なんだろうなと思えた。

 

「少し休んで戻るから、まどかは先に帰っていて」

 

 ベッドに座り、まどかに努めて笑顔を見せる。

 魔女と戦った直後だから、多少であっても疲れているのは間違いない。

 それでもまどかを心配させるのは申し訳ないし、気にしてくれるのは嬉しいけれど、あまり負担をかけたくもなかった。

 

「うん。今日はなんだか辛そうだったし、無理はしないでね?」

「……そうね、そうするわ」

 

 改めて、まどかに優しくして貰える喜びを噛みしめた。こんなに良い人なのに、私にまで配慮してくれる。

 思わず漏れた幸せの片鱗を、彼女は思いきり受け止めて、穏やかな笑顔で返してくれる。

 そういう風に扱われる経験が、前にも無かった訳ではない。優しい人にも、親切な人にも出会った事は沢山ある。あるけれど、その中にあってまどかは強く輝いていた。他の誰より眩しく、強く明るく人を照らす。私なんか、明るさが強すぎて目がおかしくなってしまいそうだった。

 私はなんて幸せ者なんだろう。きっと誰より優しいこの子と、巡り会えたのだから。

 

「それじゃあ、また後でね」

「ええ、後で」

 

 自然と私の表情も軽くなる。それを見たまどかが意外そうに目を見開いたけれど、次の瞬間には良い事として受け入れてくれた。

 

 

 まどかが私の腕を握む。

 何か特別な意味があったわけではない。ただ単に、私へ触れてくれただけ。

 ただそれだけの行動の後で、まどかは、目をまあるくした。

 

「え?」

 

 まどかの瞳は、私の腕を凝視している。

 視線は肘から二の腕に近い所へ向いていた。そこに何があるのかは、私自身が一番知っている。

 

「……あ」

 

 痛みを誤魔化して忘れていた。まどかの掴んだところはちょうど、傷を負った箇所だ。

 ちょうど視界に入らなかったから、今までは何も言われなかったけど、触れられてしまえばそうもいかない。

 じわと浮かんだ赤い染みが全てを物語っていた。

 

「ほむらちゃん!!」

「っ」

 

 大きな声が身体に響き、緊張で震えた。

 目を逸らしても、強い視線は外れなかった。

 

「見せて」

 

 シャツに浮かんだ多少の血を、まどかは見逃してくれなかった。

 無理矢理に私の手を握り、逃げ道を塞いでくる。

 

「やめて……」

 

 まどかに見せるような物では無い。黙って首を振ったけど、まどかはそれをはじき返した。

 

「ダメ、腕を見せて」

「……」

 

 何も言わないでいる内に、まどかは私のシャツをまくり上げ、中の傷を確認する。

 腕には魔女に受けた打撲と、さっき使い魔に噛まれたから、歯形が幾つか。

 少し深めに歯が刺さったからか、思ったよりも血がよく出る。

 

「大した事はないわ。だから……」

 

 致命的な傷ではないし、見た目ほど出血も酷くない。だから、応急処置はまどかの居ない所で済ませるつもりだった。

 グリーフシードに余裕はあるけど、あくまで有限だ。魔力の節約の為にも自然な治癒に任せている。服で隠せる位置の傷なら我慢すればいい。

 痛みも魔法少女だからそこまで気にならない。戦いの中で負傷するのも初めてではない。 だからか、隠し方が甘くてまどかに気づかれてしまった。

 

「血が出てるのに、そんなことしちゃダメ!」

 

 言い訳も許されず、まどかは足早に保健室の戸棚へ向かった。

 ベッドの位置からして、人が入ってきてもこちらの存在は見えないだろう。自分の血の臭いがやけに目立つ気がする。嫌な気分だけど、まどかの方がもっと気持ち悪い筈だ。そちらの方が嫌だった。

 まどかは険しい表情で私の腕を持ち上げた。

 とっさに振り払い、腕を見せる。

 

「だ、大丈夫よ。ほら」

「ほら、って……」

「すぐに直せるわ」

 

 腕に魔力をこめると、少し光って傷が消えた。

 魔力で身体を修復することは、何も治癒の魔法が使える者だけの力ではない。

 使い方が分かっていればそこまで難しくも無いのだ。

 

 しかし、既に流れた血は拭わなければ取れない。

 それがまずかったらしい。

 まどかはこちらへ強い感情を秘めた視線をぶつけてきて、顔を逸らそうとしたら頬を掴まれる。

 

「他に手当しなきゃいけない所はある?」

「特にはないわ」

「……じゃあ、足も見せて?」

 

 気づかれた。

 

「あぁ……」

 

 気づかれてしまった。

 本当は背中にも、脚にも、幾らか傷がある。顔などの表に出る部分は魔力で元通りにしたけど、服で隠れる部分は油断していた。

 

 まどかの視線は、恐ろしく強い刺激になった。重圧と痛みを感じる程に。

 逃げ場などなかった。

 

 ストッキングを脱ぐと、隠れていた傷が露わになった。擦り傷が少し、どこかで打ったらしく痣も出来ていた。

 この程度なら、自然に治る。痕跡も残らず綺麗に消える筈。なのに、まどかの視線は変わらず険しい。

 

「ほむらちゃん」

「これくらいなら平気よ。こちらも治そうと思えばすぐに治せるわ」

「じゃあ、どうしてそうしなかったの?」

「だって、魔力の無駄遣いでしょう。我慢できる所は我慢して節約した方がいいわ」

 

 強い視線に答えるのは難しかった。

 気づけば目を逸らしてしまって、どうしても目を合わせて答えられない。まどかの視線がひどく痛いのだ。傷なんかよりもそちらの方が恐ろしかった。

 とはいえ、まどかは優しい。有無を言わさず、自然な手つきで私の足を持ち上げて、台の上へと乗せた。

 

「じゃあ、普通の応急手当くらいはしてもいいよね」

「え、ええ」

 

 そう言うなり、まどかは私の腕を持ち上げて、治療を始めた。

 

「これで……」

 

 打撲には湿布を貼り、テープで留めてくれる。

 怪我には大きな絆創膏と包帯を巻いて、まどかの指先が優しく傷を癒してくれる。

 応急手当より、そちらの方がよほど体に良い。張りつめていた気持ちが少しだけ和らぎ、与えられる優しさを素直に受け止められた。

 まどかは、ああ、その手つきの一つ一つに至るまで慈愛に溢れている。誰かの役に立ちたいなんて彼女は言うけれど、何のこともない、彼女は既に十分人を救っているし、十分に役に立っている。

 むしろ、私のように、まどかに救われていても、何一つ返せていない愚かな人間がいるくらいだ。

 

「あ……ほむらちゃん、背中も怪我してる」

「の、様ね。ごめんなさい、本当に……迷惑をかけて」

「迷惑なんかじゃないよ」まどかは少し怒っていた。「そういう風に思わないで」

 

 険しい声だったけど、気遣いに満ちた心は強く伝わってくる。

 私は、この子に甘えてばかりで、慈しみを貰ってばかり。彼女と共に生きているようでいて、その実、彼女に手を引いて貰っているのだ。

 ぼんやりと考えている間にも、まどかは私の体を治してくれた。気づいた時には全身の傷に隅々まで処置が行われている。

 

「これで、全部かな……」

 

 自分の身体を見て、内心少し驚いた。

 こんなに沢山怪我をしていたとは思っていなかったのだ。

 

「ありがとう」

「無茶はしないでね?」

「分かったわ。もうしない」

「約束だよ?」

「……」私はきっと、その約束を破るだろう。おそらくは。「ええ、約束」

 

 いつの日か破る約束でも、今はまどかを安心させてくれる。その表情がパアっと明るくなる所は、見ていて本当に気分がいい。

 やっと安心してくれて、まどかは朗らかな吐息と共に私の身に触れる。

 

 

 

 瞬時に、頭の中で閃光が爆発した。

 

「っっっーーー!!!!」

「ああっ!?」

 

 反射的に口を閉じ、悲鳴を全力で堪えた。

 まどかに集中していたら、痛みの制御を手放してしまった。頭の中に雷が落ちたかの様な衝撃が爆発し、意識が真っ白になる。

 痛い。こんなに、痛かったなんて。

 考えが纏まらない。

 焦燥に染まった、まどかの顔を見るまでは。

 

「あ」

 

 声が漏れると同時に、物理的な痛みの激流だったものが、ふがいなさへの痛みに書き換わった。

 即座に身体の痛みを抑えつけ、深めの呼吸を一つして、冷静な思考を戻す。

 後に残ったのは、苦しそうな表情でこちらを見つめ、私が調子を取り戻すと同時にひどく落ち込んだまどかだけだ。

 

「ごめん、ごめんね……」

「だ、大丈夫。まどかは何も悪くないわ」

 

 やっぱり、自分の怪我の痛みなんかより、そんな顔をされる方がよほど痛い。

 魔法少女だから身体の痛みには耐性がある。

 けど、魔法少女だから心の痛みには耐性がない。

 

「だから、そんな顔をしなくていいの」

 

 痛いのは、いい。別に構わない。

 泣きそうな顔を見ている方がよほど辛いのだから。

 

「う」

「泣く必要はないわ。別に、今は痛くないもの」

「だけど、わたしが触ったから」

「気にする必要はないの。むしろ、手当てをしてくれて助かったくらいよ」

「痛かった、んだよね?」

「気にしないで」

 

 言葉を重ねるも、口下手な私ではまどかの心を持ち上げられなかった。

 むしろ、余計に傷つけている気がする。

 

「……」

「ごめんね、本当に……わたし」

「いいから」絶対に言わなきゃいけない事を付け加える。「ありがとう、お陰でかなり体が楽になったわ」

 

 そこで、やっとまどかは落ち着いた。

 彼女の瞳に浮かび上がった涙が胸に突き刺さったまま離れない。きっとしばらくは忘れられないだろう。

 やっと終わった。普段怪我をした時よりも、何倍も長く感じる時間だった。

 胸の中にあるこの幸せな感覚も、きっと忘れられない物になる。

 

「それじゃあ、そろそろ出ましょうか」

「待って」

 

 立ち上がろうとしたところ、声をかけられた。

 振り返る前に、真後ろにまどかの吐息を感じて動けなくなる。

 私の怪我には触れない程度に距離を詰めて、吐息がよく聞こえた。

 

「……まどか?」

「聞いても、いい?」

 

 背中越しで感じるまどかの気配には陰がある。

 病気になっていた時よりもずっと、胸が苦しい。

 

「ほむらちゃん、いつもこんな怪我をしながら戦ってるの?」

「そうでもないわ。今回の魔女が手強かっただけよ」

 

 嘘じゃない。

 正直に強かった。ワルプルギスの夜を除けば、一番苦戦したかもしれない。

 そもそも、大抵の魔女なら時間停止でどうにかなる。武装も遠距離戦だ。深い怪我をする機会は多くない。ただ、それらを突破してくる相手となると、かなり不利になってしまう。

 矯正しようにも、時間操作の魔法は私の根幹とも言うべき魔法で、どうしてもこれを軸に戦ってしまう。

 今回の魔女は、私の経験した限りでは二番目か三番目に強く、予想以上の戦いとなった。だからこそ怪我をしてしまったけれど、他の相手なら問題ない。

 

「あまり心配しても意味がないわ。だって、普段はこんな風にはならないもの」「というより、普段からこんな怪我をしていたら、魔法少女なんか続けられなかったわ」

 

 嘘は一つもない。でも、きっと、まどかは納得してくれないだろう。今まで培ってきた彼女と一緒にいる経験が、私にそう告げている。

 そしてやはり、まどかは理解を示さなかった。私の手の甲をきゅっと握り、傷口に触れない程度に接近する。

 表情こそ見えないけど、痛いくらい優しかった。

 

「ダメだよ。もっと、自分を大切にしなきゃ」

 

 その声はより強い切なさをもつ囁きとなって、私の耳へと入り込む。

 まどかの顔が、私の首筋に押しつけられる。

 吐息が直接当たってくすぐったいけど、彼女の声音があまりにも重くて真剣で、慌てる余裕も無かった。

 

「こんな事を続けてたら、ほむらちゃんが死んじゃう……」

「……」

 

 答えられる言葉がない。

 大丈夫とか、平気だとか、そんな風に言ったって、信じて貰えないだろう。現に私は怪我をしているし、彼女の前で苦痛の声まで響かせてしまった。

 本当は、もっと上手く説明できた筈だ。もっともっとちゃんと納得して貰えた筈なのに、私の話が下手だったから、彼女に無用な心配をかけてしまった。

 「私なら心配はいらないよ」って、手を握り返して答えようとした時、まどかが、声を震わせてゆっくりと囁いた。

 

「ほむらちゃんは……死にたいの?」

「それは、ないかな」

 

 口にしかけた言葉を引っ込めて、とっさに否定した。

 自分の本性が勝手に喋っている気分だった。

 

「大丈夫。大丈夫だよ。わたし、死にたいなんて思った事は一回も……」いや、あった。二回ほど。

「ほむらちゃん……?」

「い、いいえ。少なくとも、今はちっともそんな風には思ってないから」

 

 不安げな視線が胸に来る。

 私の下手な言い訳で、まどかに余計な心配をかけてしまっている。その事実が痛い。

 たった今、私は隠し事が下手なのだと実感した。いつもいつも気づかれたくない所ばかり、まどかに悟られてしまう。何かを隠そうものなら、すぐに、隠し事があると見破られてしまう。

 

「まどか」

 

 どうしたらまどかは納得してくれるだろう。

 迷いながらも、改めて彼女へ顔を向ける。

 やっぱり、私は死にたがっていると疑われている。表情ですぐに理解できる。

 衝動的に彼女の身を撫で、背中を掴んでいた。そのまま身を寄せ頬を当て、穏やかに抱きしめた。

 慌てたのはまどかだ。私に抱き寄せられると同時に、小さな声で抵抗した。嫌がっている訳ではなかった。怪我をした私の事を、ひどく気遣ってくれているのだ。

 

「だ、だめ。傷、痛むよ」

「ううん、少しも痛くない。本当だよ?」

 

 さっきの失敗は繰り返さない。慎重に慎重に痛みを誤魔化しつつ、まどかの身へと正面から密着し、背中へと手を回してさすった。

 

 まどかは柔らかい。

 

「……ねえ、まどか。私は生きてる?」

「え?」

「だから、私は生きているかな? 死にたいとは思ってないって、分かって欲しいの」

 

 そうだ。まどかに、私が生きている事を伝えればいい。

 きっとそうすれば、流石に疑いは払拭できる筈だ。

 

「ほむらちゃんは生きてるよ」

「どうして分かるの?」

「だってこんなに」その手が私の頭に触れる。「あったかい」

 

 髪を撫で回されて、また泣きそうになった。

 そうだ。昔、まどかは私の髪を褒めてくれた。きれいだと言ってくれてとても嬉しかったのを覚えている。

 もう随分と前の話で、こうしてまどかと近い距離になれたのも、いつぶりなのかは思い出せないくらいだ。

 

 心から溢れ出す気持ちのままに、まどかを見つめた。自分の気持ちが顔に出る。それがはっきりと分かる。

 

「そうよ、私は生きているし、これからも生きているつもりなの。貴女が心配する事なんか何一つない」

「うん」

「だから安心して? わたしね、今なら、生きていて良かったと思えるから」

 

 だから、まどかが生きていられる世界の為なら生きられなくてもいい。

 続く言葉は頭の中だけで呟いた。

 理解してくれただろうか。しっかり顔を見つめていると、まどかは少し、表情を緩めた。

 

「そっか……うん、ごめんね、変な事聞いちゃって」

「いいの。貴女に心配して貰えて嬉しかった」

 

 ホッとした顔をしてくれて、私もやっと落ち着けた。心の痛みも同時に消えていく。我ながら、驚くほど素早く穏やかさを取り戻せたのだ。

 自分の事とはいえ、まどかの表情に一喜一憂し過ぎている。でも、それが私だから、構う事はない。

 

 まどかの手が私の肩へ優しく触れる。伝わってくる温度だけで怪我が素早く治りそうだ。

 微笑む彼女に笑みを返すと、何時ぶりか分からないくらい久しぶりに気持ちが通った気がした。

 

 ひょっとしたら、まどかも同じ様に感じてくれたのだろうか。

 だとしたら、そう、嬉しい。

 認めるしかない。どれほど必死に取り繕って、どれほどの意志で封じ込めていたとしても、私は彼女と意志を同じくしたいと思っていた。心を通わせたいと願っていた。

 大切な大切な友達と、同じ気持ちでいたいと感じていたんだ。

 

「まどか」

「んー?」

「ありがとう」

 

 その一言だけでも、まどかは心から喜んでくれる。

 

「ふふ、どういたしまして」 

 

 彼女は本当に優しい表情で、私を寝かせて布団を被せた。

 

「ま、まどか?」

 

 ごく自然と、そして柔らかな手つきでベッドに押さえつけられる。いや、寝かされる。

 保健室のベッドに寝かされるのも久しぶりだ。昔ならともかく、今はもうお世話になる機会もなかった。まどかの手で布団までかけられた事も含めると、初の経験かもしれない。

 

「じゃ、しばらく寝てよっか」

「私はもう大丈夫だって言ってるのに……」

「だーめ、ちゃんと休もう? 体が休まらないと、傷だって治らないし」

 

 無理矢理に寝かされて、起きあがろうにも、さりげなく置かれたまどかの手に征される。

 イヤだとは思わない。

 

「ほむらちゃんがしっかり寝るまで見てるよ」

「え」

「だって、目を離したら無理しちゃいそうな気がして……」

 

 そうではない、そんな事はない。

 しかし、否定しきれない。実際のところ、まどかが離れたら隙を見て出るつもりだった。

 すっかり見破られてしまっている。そんな自分の情けなさと、彼女が傍に居てくれる事への喜び、二つの気持ちがごちゃごちゃに混ざって、まどかの顔をまともに見れない。

 

「……そんなにじっと見られたら、逆に休めないわ」

 

 布団を目深に被った後の言い訳に、まどかが楽しげな声を漏らしている。

 

「じゃあ、わたしはここに座ってぼんやりしてるから、ほむらちゃんも、ゆったりしようよ」

「ゆったり」

「そ、ゆったり」

 

 まどかと見つめ合い、言葉の意味を飲み込んだ。

 保健室のベッドだというのに、今だけはとても心地よい。私の身体はまどかの言葉へ勝手に従い、勝手に眠る姿勢へ入っていく。

 眠気がこみ上げてきた。今も視線は気になるけれど、込められた優しい雰囲気に身体と心を撫でられて、すっかり甘える気持ちになってしまう。

 

 こんな、ただ優しさにつけ込む様に甘えて良いのだろうか。

 自分の中の感情は首を振っている。しかし、彼女が浮かべる表情を見ていると、無碍にする方がよほど酷いと思えた。

 

「……たまには、良いかもね」

「うん。良いんだよ」

 

 やっぱり、まどかの言葉には逆らえない。

 布団を肩まで被り直し、溢れる眠気に身を任せる。

 ふと、耳をすませれば、自分の眠そうな息と、まどかの息が合っているのが分かる。

 

「おやすみ」

「ええ……おやすみ」

 

 和やかなその声に、私の心は深く深く癒された。

 ゆったりと、ふんわりと、導かれるままに私は目を閉じた。

 

 

 

 

 時計を見ると、もう結構な時間が経っていた。

 今日は久しぶりに寝心地が良くて、寝起きも気持ちがいい。どう考えても、まどかが傍に居てくれたからだ。

 

 先生はまだ戻ってきていない。いや、一度戻ってきて、また出たのだろう。何となく、部屋の雰囲気が変わっている。

 横目で見れば、そこにはもちろん、あの子が居る。

 

「まどか」

 

 声をかけても、反応がない。よく見てみると、彼女は座ったまま眠っていた。

 ずっと私を見ていてくれたみたいだ。釣られて眠くなってしまったんだろう。

 

「ふふ」

 

 改めて見ると、本当に良い寝顔。小さな寝息をたてて、とてものんびりした空気を漂わせている。

 しかし、椅子の上で寝ていたら体を壊すだろう。

 

 ゆっくり、出来る限り起こさない程度に彼女の身体を持ち上げて、そのままベッドに寝かせる。

 無意識のうちにか、まどかが私にしがみついた。

 頼られてる、とは思わない。その腕は私を抱き留める様に力強かったからだ。私の事で、よほど心配をかけさせてしまった。

 

「ありがとう」

 

 疲れて眠る彼女の頭を撫でた。知った手触りに思わず顔が緩む。

 その時「がしっ」と。まどかが私の腕を掴んだ。

 

「っ、ひゃぁ!?」

 

 不意を打たれて、強い痛みが再び走る。苦悶の声は口の中で抑えたけど、お陰で心が一瞬止まった。

 隙を逃さず、まどかの腕が私を引っ張った。ふりほどけない。むしろ、より強い力がこめられていく。ぎりぎりと、ぎりぎりと。

 痛みが増す中で、まどかはそのまま私に抱きついた。

 

 ああ、そういえば、まどかはぬいぐるみを思いっきり抱きしめて寝てたっけ。

 

 かつて一緒に寝た時の姿を思い出し、懐かしさが私を満たした。

 あの頃は私も、まどかと共にいられる幸せをよく理解していなかった。今だから分かる事もある。こうして彼女と共有した時間は、それだけで一生記憶に残しておきたい思い出になるのだと。

 

 痛みは、もう気にならない。

 しかし、目を覚ました時のまどかの反応だけは怖かった。

 泣かせたくないな。素直に、そう思った。

 

 




前にも鹿目さんに締め上げられる暁美さんを書いた気がします。
きっと私はそういうのが好きなんです

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