ある日、クリスが出した何気ない疑問。そしてその答えとは。

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マリアの出来ないこと

 「なぁ、マリアって出来ないことあるのか?」

 

 良く晴れた暑い夏の日のこと。

 いつものごとく『勉強見てやるから家来いよ』と誘われ、わたしと切ちゃんはクリス先輩の部屋に押しかけていた。 

 ソファーにだらしなく寝転んでお菓子を摘まみながら雑誌を読むクリス先輩は、どう控えめに見ても勉強を教える気があるようには見えない。なんであれで太らないのだろうか。胸に行っているのだろうか。

 

 「いきなりどうしたんデスか、唐突に」

 「いや、この前先輩が将棋で負けたって聞いてふと気になってさ」

 「マリアの、出来ないこと……」

 

 わたしはじっとクリス先輩の胸を見つつ答える。わたしにはフィーネが宿っていた。つまりわたしにもフィーネの血が流れている……。ならば将来的に可能性は『関係ないわよ』

 

 「!?」

 「ああ、出来ないこと……ってどうしたんだ、急に辺り見回して」

 「挙動不審デスよ、調。お腹でも冷やしたデスか?」

 「なんでもない、なんでもないの二人とも。大丈夫。わたしはフィーネの魂になんて負けない」

 「お、おう?どうしたんだ急にシリアスになって……」

 

 気を取り直したクリス先輩が話を続ける。

 

 「それでだ、マリアに出来ないことってのを付き合いの長いおまえらが知らないかと思ってな」

 「パッとは思い浮かばないデスが……知ってどうするデス?」

 「あんまり、人の出来ないことをつつくのもちょっと」

 「まーまー、話だけだって。実際にどうこうしたりはしねーよ。あたしも鬼じゃないしな」

 「まぁ、それくらいなら構わない、かな?」

 

 マリアの、出来ないこと……なんだろう?

 そういえば、考えた事も無かった。

 

 「猫舌とかデスか?」

 「そりゃ体質だな。出来ない事とかじゃねーだろ。というか猫舌なのか……」

 「えっと、スペースシャトルの運転、とか」

 

 多分、出来ない、と思う。多分。

 

 「完全な専門技能もナシだな。……ちなみに確認するけどよ、本当に出来ないのか?」

 「ごめんなさい、言ったわたしも確証が……」

 「正直、普通に出来ててもおかしくないデス」

 

 体質でもなく、専門技能でもないマリアの出来ないこと……。そんなもの、あるのだろうか?わたしの記憶の中では、大体のことは余裕を持って片づけているイメージがある。

 あの事件の時くらいだろうか、あそこまで弱気なマリアを見たのは。

 色々な場面を思い出していると、うんうん悩んでいたクリス先輩が思いついたように顔を上げる。

 

 「そうだ、素手での格闘技とかどうだ!オッサンには流石のマリアも勝てねぇだろ!」

 「その基準だと誰なら格闘技が出来るって扱いになるんですか……?」

 

 風鳴司令に勝てないと格闘技が出来ないという扱いなら、おそらく地球上で格闘技が出来る人間は存在しない。

 

 「あー、うん、あたしも言ってて思った。オッサンを基準にするのはアレだな、すまん」

 「というか、翼さんが言ってたデス。オートスコアラーに生身で延髄蹴り入れてたみたいデスよ」

 「えっ、なんだそれ聞いてねぇぞ!?」

 

愕然としているクリス先輩。

 

 「他は……料理とかか?」

 「普段のおさんどん担当はわたしだけど、マリアも出来る」

 「マリアは食材があれば一通りのものは作れた筈デス」

 

 うーん、と三人で考え込む。歌、ダンス、その辺りは独壇場。トマト……出来ないことってほどじゃ……。

 出てこない、分からない。

 

 「考えれば考えるほど、マリアはすごいデス……」

 「うん、マリアはすごい」

 

 わたしも、驚いていた。まさかここまで出来ないことが見つからないなんて。

 

 「つーかマリアは一体どこで習ったんだ? 明らかに施設で学べる内容じゃないだろ」

 「あ、それなら心当たりがあるデス! F.I.S.に居たころ、こんな場面を見たデスよ」

 

 切ちゃんが、昔の思い出を語り始める。

 

 『マリア、何故こんな簡単なことも出来ないのです』

 『無理よ、マム! 山中にナイフ一本で一ヶ月なんて! それは都市伝説よ!』

 『セレナを見なさい、きちんと出来ています。あの立派なツリーハウスをご覧なさい』

 『マリア姉さん、頑張って!姉さんなら出来るわ!』

 『セレナ……ええ、やってやるわッ!!』

 

 「おまえらんとこ、どんな訓練してんだ……?ん?というかなんか今おかしな単語が」

 「マム考案のカリキュラム。一応、読み書きそろばんも義務教育以上まで教えてくれてた」

 

 確か最初は、私達全員に合わせたまともなカリキュラムだったような気がする。ただあまりにもセレナとセレナについていくマリアが凄すぎて、いつの間にか二人だけ特別メニューになっていたのだ。

 

 「他にも、こんなトレーニングしてた」

 

 確かあれは、ネフィリムの起動実験のちょっと前だった。

 

 『マリア、何故こんな簡単なことも出来ないのです』

 『いくらなんでもこれは無理よ、マム! 生身で百人組手なんて! あれは漫画よ!』

 『セレナを見なさい、きちんと出来ています。あの動きです。激流に身をまかせ同化するのです』

 『マリア姉さん、頑張って! 姉さんなら出来るわ!』

 『セレナ……ええ、分かったわ……やってやるわよやって見せるわよッ!!』

 

 「……なぁ、あたしはナスターシャ教授ってもっとまともな人かと思ってたんだが」

 「多分、途中までマムはまともだった気がする」

 

 おそらくマムは、計り損ねたのだ。セレナの才と、マリアのガッツを。

 あれは無茶ぶりというより、マムも止め時が分からなくなっていたのかもしれない。

 

 「他にもデスね」

 「いや、もういい十分だ聞きたくない。そんな話はオッサンとあのバカだけでお腹いっぱいだ」

 

 こめかみを抑えるクリス先輩。確かに今になって考えてみれば、明らかにおかしい。10代前半の女の子にやらせるものではない。というかなんでセレナは出来たんだろう……?

 

 「ねぇ、切ちゃん」

 「分かってるデスよ、調」

 

 結局その後いくら考えてもアイディアが出てこなかったので、クリス先輩は諦めてソファーに戻っていった。わたしたちも遅くなったのでクリス先輩の家をお暇し、帰宅の途中だ。結局勉強は見てもらっていない。

 

 「マリアの出来ないこと、見つけてみよう」

 「デース!」

 

 マリアの出来ないことが分かれば、それをわたしたちがちょっとでも身に付けることで、マリアの助けになれるかもしれない。いつも迷惑をかけっぱなしなマリアに、恩返しがしたい。

 同じ気持ちであろう切ちゃんと顔を見合わせ、頷き合った。

 面と向かって出来ないことを聞くのも気が引けたので それからしばらくマリアの周りを気を付けて見ていたものの、特に何も見つけられないまま、日が経って行った。

 

 そんなわたしと切ちゃんに転機が訪れたのは、クリス先輩の家での会話から数週間ほど経ったある日のことだった。

 いつもの訓練後のシャワー中、響さんがマリアに頼み事をしていた。

 

 「風鳴司令の誕生日?」

 「はい、装者をモチーフにしたぬいぐるみを贈ろうと思ってるんです」

 「ぬいぐるみ……風鳴司令にねぇ……」

 「まぁ正直似合わないと思いますけど、やっぱりこんな仕事だしある程度私達を形にして贈りたいんです」

 「あなた……いえ、そうね。物として残ることは大切だもの」

 「未来やクリスちゃんにもお願いしてるんですけど、手が足りなくって。マリアさんにも少しだけ手伝って欲しくて……すみません」

 「……ええ、大丈夫よ、私に任せておきなさい。一週間後で良いのね?」

 「ありがとうございますマリアさんッ!」

 

 響さんからの頼みを、快諾するマリア。それを見ていると、とんとん、と小さく肩を叩かれた。

 

 「調、今までマリアが手芸してるとこ見たことあるデスか?」

 「ううん、お洋服の繕いくらいしか……」

 「もしかしてこれは」

 「うん、わたしたちの出番かも」

 

 しばらくして、服を着終わったマリアに近付いて聞いてみる。

 

 「マリア、マリア」

 「あら、調に切歌、どうしたの?」

 「マリアって手芸出来るデスか?」

 「え、ええ、それなりにはね。どうして?」

 「そっか、出来るデスか……」

 「なんであなたたちががっかりしてるの」

  

 マリア、手芸も出来たんだ……。

 

 「隙が……」

 「ないデース……」

 

 やっぱり、マリアはすごい。

 

 訓練の後、わたしと切ちゃんは街の本屋さんに来ていた。

 

 「マリアはああ言ってたけど、一応わたしも勉強しておきたい」

 「正直私は細かいこと苦手デスけど、マリアと調のためなら頑張るデース!」

 「流石に一週間後には間に合わないけど、次があれば。あと、わたしは普通に興味がある」

 

 メイドとしての幅も広がるに違いない。真のメイドはおさんどんに限らずあらゆることのエキスパートだって前に藤尭さんが熱く語っていた気がする。奥深いメイド道について思いを馳せていたら、切ちゃんに服をちょんちょんと引っ張られた。

 

 「調、あれマリアじゃないデスか?」

 「あれ、ほんとだ……本屋さんに何の用だろう」

 「まさか実は私たちと同じ目的デスか!」

 「流石に一週間で一からは無理じゃないかな……」

 

 声をかけようとしたが、微妙に様子がおかしい。何か周囲を警戒している風にも見える。

 

 「ちょっと様子がおかしい?」

 「何か怪しいデス!まさか、やっぱり……?」

 「つまり、これの出番」

 

 ポケットから潜入美人捜査官眼鏡を取り出し、切ちゃんと同時にかける。これで、見つかる心配はなくなった。

 そして、わたしたちはマリアの尾行を開始した。

 

 「確かマリアはこの辺にいた筈デス……調、これを!」

 「この隙間は、手芸の教本かな?ごっそりなくなってる……」

 「あっ、マリアがお店を出るデスよ!」

 「追おう、切ちゃん」

 

 「ユザ○ヤに入ってったデス」

 「手におっきな荷物下げてるみたい」

 「あっ、また移動するデス!」

 

 「スーパーに何の用なんだろう?」

 「あっ、あそこにマリアが居るデス!」

 「切ちゃん、しーっ」

 「デース!?」「え……あれ」

 「あ、あの量のコーヒーとエナドリは絶対身体に悪いデス」

 「マリア、大丈夫かな……」

 

 「ホテルに入っちゃったデス……」

 「ねぇ、切ちゃん。ここまでのマリアの行動って」

 「もしかしなくても、ほぼほぼ確定デス」

 「やっぱり、そうだよね」

 

 マリアが居る部屋を見上げると、明かりが点くのが見えた。手伝ってあげたいけど、生憎わたしも切ちゃんも簡単な繕い物くらいしかできない。第一、おそらくマリア本人が知られるのを嫌がるだろう。

 

 「行こう、切ちゃん」

 「で、でもでもデス」

 「次までに、何でも出来るマリアにわたしたちから何が出来るか考えておこうよ」

 

 たとえ人知れず努力することで一人で何でも出来るとしても、その努力をわたしたちには見せたがらなくても。それでもわたしたちは、マリアの助けになりたい。

 

 「うわーッ!マリアさん凄いッ!」

 「これは凄いな、マリアが作ったのか?」

 「気に入って貰えたようで、なによりね。これならプレゼントになるかしら?」

 

 果たして一週間後。

 マリアが持ってきたのは、各装者をモチーフにした小さなぬいぐるみだった。切ちゃんのXや響さんのイナズマ型の髪留めまで、細かく作りこんであるのが見て取れる。わたしも一応お裁縫くらいは出来るけれど、流石にこんな手芸品までは作れない。それを見て、切ちゃんが全てを確信した顔でこっちを向く。

 

 「調、私は……私はとうとう分かってしまったデス……」

 「うん、わたしも分かった。マリアの出来ないこと」

 

 そう、マリアは。

 

 「「手を抜くことが出来ない(デス)」」

 

 「ねぇ、切ちゃん。今度わたしたちでマリアをどこかに連れてってあげよう?ゆっくりできるところ」

 「流石は調デス、全く同じ結論に辿り着いていたとは……温泉とかどうデスか?」

 「賛成。司令や、クリス先輩にも相談しよう」

 

 そこまで決まったところで、マリアがこちらに呼びかけてきた。

 

 「調、切歌、あなたたちの分もあるからこっちに来て見てみなさい」

 

 わたしたちのマリアは、わたしたちの前では何でも出来る。

 でも手を抜くことだけは出来ないみたいだから、なんとかして休ませてあげたい。

 出来ないことを助け合うのが、家族だから。




一人称視点の練習のため、書きました。

補足を二つほど
・マリアさんは白鳥。
・響に悪気は一切ありません。なんか雰囲気で出来ると思ってたようです。

※渋に同内容を投稿しています。
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