『ミニオン』   作:浜能来


原作:ロボ子さん
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ロボ子さんss第二弾

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『ミニオン』

「「「なにさー」」」

「もー……そんなに言ったって、しょうがないじゃん。もう、僕たちのご飯も少ないんだ」

 

 草木はなく。人もなく。そも、生物の気配がない。まさに、不毛。

 唯一の存在感を放つ太陽はけなげにも輝き続け、赤褐色をした砂原をフライパンに変えていた。ゆらり、陽炎が立つ。風が一つ通り過ぎて砂埃を起こせば、あるところでは鉄《くろがね》色が顔を出し、あるところでは埋もれていく。そこかしこに突き立つ鉄柱や、傾《かし》いだ格好の鉄鋼板は、人間文明の墓標としてそこにある。

 

「「「なーにーさー」」」

「……わかった、わかったよ。あげるからぁ」

 

 景色にそぐわぬ気の抜けた声は、その墓標のうちの一つ、斜めに砂に突き刺さった格好のパイプの中から響いていた。

 ちょうど入り口だけを覗かせたそのパイプはゆうに大人数人分の直径を誇り、中にはちょうど周りの砂地と同じくらいまで砂が詰まっている。太陽に背を向けているから、鉄さびの匂いさえ除いてしまえば、そこは日の光を避けるのにちょうど良い。

 

「うーん、何が残ってたっけな……」

 

 綿あめを溶かし込んだように、甘い声。

 座り込む人影は、ぼろきれを身体に巻き付けて。毛先だけが赤い亜麻色の髪の奥、ほんのり黄色く灯る瞳で、見えにくそうに眉根を寄せてポーチを漁る。その手に人間の柔らかさはなく、ナノスキン独特のしなやかな光沢。甲は黒く、掌は紅い。アンドロイドの手だった。

 そんな彼《・》女《・》を七機の端末機が取り囲む。本体と同じ頭髪、都市迷彩を施した衣服、三十センチに届くか届かないかという二足歩行。二頭身の彼女らは明らかにアンバランスで、ときおり転びそうになりながらも、ウサギか何かみたいに跳ねて食料《ねんりょう》を催促する。

 

「あっ、しまった」

「なにさー?」

「ごめんね、もうこれしかないや」

 

 彼女が取り出したのは、錠剤状の白い固形物。アンドロイドの生体部品が夏場の熱によって劣化するのを防ぐ効果があるのだが。

 端末機はそれを見ただけで露骨に顔をしかめる。一部の機体は嫌々と言った感じで本体の手からそれを受け取って、口に運ぶ。

 運んですぐ、「ぺっ」と吐き出してしまう。

 

「あーもう、もったいないなぁ」

 

 彼女は、砂地の上に吐き出されたものを一つ一つ拾い集めて、砂を払ってはしまっていく。隙を見てポーチを覗き込む端末機もいたが、しょんぼりとしてその場に座り込んでしまう。彼女は苦笑した。

 

「そろそろどこか街に寄るから、その時に、ね?」

 

 そう、彼女が微笑んだ途端、端末機たちが沸き立つ。彼女によじ登ったりして興奮を表す端末機たちを、よしよしと頭を撫でたりして好きにさせる。

 

「もう一週間だもんね……」

 

 一週間前に掴んだ情報をあてに、ずぅっと捜索している。直射日光下では容易に60℃を越すものだから、彼女はオーバーヒートを考慮してろくに動けていなかった。

 

 戦争によってできた無数の廃墟の一つ、いや、廃国の一つ。機械文明によって支えられていた先進国の数々は、戦争の被害で都市の機関部が停止するだけであっけなく崩壊した。強引に抑え続けてきた環境問題の数々は人力でなど対抗できず、内部崩壊によって終結した第四次世界大戦。

 以降、人類の生活圏は恐ろしく縮小したから。目的地としなければ、街になんて永遠に辿り着かないだろう。

 

「一旦、帰るしかないかなぁ」

 

 ――そう、彼女が漏らした時だった。

 

「「「ぴぃっ!」」」

「ぴぃっ!?」

 

 端末機の甲高い声と、驚いた本体の悲鳴。

 

「見つかったの!」

 

 頷き、くいくいと手を引く端末機に、彼女は頷きを返して立ち上がる。眼帯を模した黒い情報端末を装着すれば、目を覆う逆三角形の先端が起動を示して青く光る。

 

「やっと見つけた……!」

 

 その距離、千二百。彼女の瞳に映るのは、焼け焦げたように黒い人影。

 

 故障個体《ブラックアウト》だ。

 

 彼女は確信する。

 崩壊した都市から移住する際取り残され、目的を失い、そのまま熱にやられて何かしらの機能不全を起こした機体。人に奉仕することを忘れた彼らは、その体表に人のなじみやすい姿を映し出すことを止め、もとは人肌と見分けのつかなかった体表を本来の黒に戻してしまう。

 故に、ブラックアウト。

 

「行くよ!」

「「「さー!」」」

 

 身に纏ったボロ切れをはためかせ、疾駆する。端末機はその影に固まって追従していた。

 ピッという電子音。眼帯型の情報端末から彼女の視界に投影されたのはカウントダウン。

 

「夜なら良かったの、にっ!」

 

 活動限界、三分。

 大地を蹴る機械の脚は、さらに力強く。続く端末機たちが巻き上がる砂埃に咳き込む。

 

「七百、六百……」

 

 未だ、故障個体は気づかない。

 彼女は速度を落とさずに、ブラスターを取り出す。故障個体は決定的に故障しているから、自衛手段に過剰はない。

 古い映画のゾンビじみた、もつれた足取り。自動車もかくやという、猛追。

 

「五百……」

 

「四百……」

 

「三百--!」

 

 故障個体が振り向いた。

 咄嗟、彼女は身に纏っていたボロ切れを放る。

 

 続く、ブラスターの甲高い銃声。

 

 放ったのは故障個体。ボロ切れに視線を遮られながらも、正確に彼女のいた場所を撃ち抜いた。

 彼は銃を下ろす。そのブラスターは軍用アンドロイドに支給されるもので。余裕は必殺の確信を示していた。

 

「んっ……!」

 

 だからこそ、彼女の奇襲は予想外だった。

 急降下のかかと落としを、故障個体は飛び退って避ける。追う、ブラスターの三連射。彼は左右にステップを踏んで避ける。

 

 彼女は、ボロ切れで視界を奪った直後、踵のブースターでもって跳躍していたのだ。

 

 彼女は隙を与えない。肉迫を嫌った故障個体の、迎撃の一射。スライディングで躱す。

 

「ふっ--!」

 

 そして、踵のブースターを用いた高速の足払い。身を低めて独楽のように回る彼女は砂を巻き上げ、小規模な砂嵐。

 黄土色に染まる景色の中で、しかし故障個体は足払いを躱す。

 躱すが、故障個体のメンテナンスを久しく受けていない眼球は、明瞭な視界を写さず。

 

 条光。

 

 光の矢が彼のブラスターを撃ち抜き、小規模な爆発。砂埃の中で、青い光だけがそれを見る。

 

「行って!」

「「「さー!」」」

 

 高い声が通る。応じるは七つの声。

 故障個体がよろめいた。砂埃をかいくぐってやってくる小さな質量。彼がそれを、敵のアンドロイドの端末機だと認識した時には、腕に脚にと7機が彼に取り付いていた。

 

「Repurograming!」

 

 本体の発する音声コードに、端末機が呼応する。接触回線による、プログラムの強制的な上書き。

 もがく故障個体の抵抗が次第に弱まる。黒く染まっていた彼の身体が、人の色を取り戻していく。

 

 そして故障個体は、故障個体はでなくなった。

 

 ◇◆◇

 

 彼女たちは、故障個体を見つけるまで日差しを避けていたパイプの中に戻っていた。えっちらおっちらと七機がかりで故障個体を運んできた端末機たちは、まだ相対的に冷たい砂地をゴロゴロと転げている。

 本体はといえば、パイプの内壁に背を預けて座らせた元故障個体に念のため手錠をかけている。

 

「ねぇ、喋れる?」

「……」

 

 リプログラミングののち一度シャットダウンし、ついさっき再起動した彼は、軍用らしいはっきりとした動きで首を横に振った。彼女は大きく肩を落としてため息をつく。わざとらしい仕草でなく、本物の落胆。

 それでも彼女は自分で自分の頰を張り、気を取り直す。

 

「ボク、ロボ子っていうんだ。キミ、ボクのパパを知らない?」

「……」

 

 肩に追いた手から、彼女は接触回線で『パパ』のパーソナルデータを送る。メモリーを探るコンピュータの、目の奥で光るちらつきすら見逃さないとばかりに、彼女は目の前の彼の目を覗き込む。

 

 けれども彼は、首を横に振った。

 

「またダメかぁ……」

 

 今度こそ、彼女は地べたに座り込んだ。

 もちろん、故障個体であったところの彼がメモリーの検索に失敗していたり、メモリーが一部破損していて修復が必要だったり。その可能性はあるが、そのためには彼女が彼のメモリーにアクセスしなければない。彼女は、それが苦手だ。

 

「ほんと、どこにいるんだろう」

 

 彼女、ロボ子の製造者。故障個体の回収は労働力の確保や単純な資源として行われるものだが、彼女の目的は製造者の捜索だった。

 彼のいた都市が本格的な崩壊を迎えた時、彼女は別の都市へ派遣されていたから。以降ずっと、彼女は彼を探し続けている。

 

 膝を抱え込む彼女に、いつのまにか端末機がよじ登っていた。いつも本体がしているように、端末機は彼女の頭を撫でる。

 

「……ありがとね」

 

 彼女は背中から端末機をだき下ろして、目の前に持ってきくる。

 この端末機も、元来は一人で派遣される彼女が寂しくないようにと作られたものだった。もちろん、彼女の製造者によって。

 アンドロイドに涙などないのに、彼女はまるで人間のように目元を拭う。

 

「大丈夫、ボクは必ず、パパを見つけるからね」

「うん!」「うん!」「うん!」

 

 周りに集まっていた端末機の励ましに、彼女は微笑む。その笑顔は柔らかく、可愛らしく。それでいて皮肉にも、ガラス細工みたいな笑顔だった。


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