緑谷引子はその時、驚愕の最中にいた。
「アイエエエ!?オールマイト!?オールマイトナンデ!?」
「あの……奥さん、どうか落ち着いて……」
場所は集合住宅の一室、緑谷家の玄関前。
インターホンのチャイムに応じてドアを開けたところ、巨漢がそこにいた。
テレビなどのメディアでもよく見るオールマイトであった。
「し、失礼しました……えっ、本物?」
「本人です」
引子の慌てようも仕方のないことであった。
テレビ越しにしか見ない有名人、それもヒーローだ。
もしやこのマンション内で犯罪でも起きたのかと勘繰ってしまう。
「ああいえ、今回お訪ねしたのはヒーローとしてではなく、一個人としてですね」
ヒーローとして活躍しているオールマイトは人前に出ることには慣れている。しかし、他所のお宅を訪ね挨拶する機会は滅多にないため、珍しく緊張していた。
が、それ以上に緊張しているのが引子である。
トップヒーローが個人的に会いに来る。
―――もしやこれはオールマイトを騙った詐欺なのでは?
そう考えてしまうのも当然であった。
「あの、勧誘なら間に合ってます」
「そういうのじゃないです!」
「えっじゃあ宗教?」
「そういうのでもないです!」
詐欺だとするならあまり会話を伸ばすべきではないだろうが、用件を聞かないことには判断できない。
ここは黙ってオールマイト(疑惑)の言葉を待つことにした。
「その……ご子息のことです」
「っ!!!」
引子は息を飲んだ。
引子にとってそれはタブーとも言ってもいい。
息子の生前は、個性を宿して産んでやれなかったことを後悔した。
息子の死後は、死ぬほど悩んでいたことを分かってやれなかったと後悔した。
5年の歳月を経てようやく落ち着いたその感情を、掘り返されるのはいい気分ではない。
それでも、癇癪を起こしてオールマイト(懐疑)を追い返すほど、情緒不安定ではなかった。
「何でしょうか。息子は5年前に……」
「お亡くなりになったんですよね。存じております」
「……だったら!!!何の用だって言うんですか!!?」
「……その。見ていただくほうが早いかなと」
オールマイトはその巨躯半歩ほどずらす。
すると後ろから、10歳ほどの少年が顔をだした。
その顔には見覚えがある。
毎日仏壇で見る顔だ。忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
そう、その姿は―――
「アイエエエ!?イズク!?イズクナンデ!!!!??」
引子は気絶した。
「その……死んだ息子が何故こうして、ここにいるんでしょうか」
引子が気を失ってしまいオールマイトと出久が大慌てしたり、無断で家の中に入るのはどうなんだろうと葛藤したり、5年前と変わらぬ内装に出久が感動したり、置いてある遺影にオールマイトが引きつった笑みを浮かべたり、目覚めた引子が警察に通報しようとしたりと色々な場面が通り過ぎたが、一先ず話し合いの席を設けることになり、リビングテーブルを挟んで3人は着席した。
息を落ち着かせた引子が会話を切り出し、告げる。
「息子は、5年前に確かに死にました」
当然の疑問であった。引子は出久の死体を確認していたし、当然のことながら火葬の場にも出席している。
それなのにこの場に息子、それも10歳当時から変わらぬ姿でそこにいることが信じられなかった。
「私もまだ半信半疑ではあるのですが……ご子息は死ぬ間際に個性を使用したようなのです」
「……!ありえません!だって息子は無個性で―――!」
「聞き及んでおります。当人の談でもその時の意識は朦朧としていてはっきりしないようではありますが、死を目前に発現した、と考えるのが妥当なのです」
「そんな……」
確かにそこにいるのは息子の姿だ。
だがまだ悪質な詐欺ではないかと、信じることができないでいた。
「ご子息だと信じられないのなら、どうか話をしてみて下さい。私もまだ、彼と知り合って1週間も経っておりません。彼が本当に『緑谷出久』であるかを証明する手段を持ち合わせていないのです」
「……わかりました」
オールマイトの言葉に頷き、引子はオールマイトの隣に座る少年に
向き直った。
「まず……出久の誕生日は?」
「7月15日」
「血液型は?」
「O型」
「好きな食べ物」
「カツ丼」
「私の個性は?」
「ものを引き寄せる」
「お父さんの個性は?」
「火を吹ける」
「あだ名」
「デク。クソナードなんて呼ばれてた。嫌だったけど」
「小さい時したヒーローごっこで、私が隠れたのは?」
「毛布の中。僕はオールマイトのファングッズを着てた」
「出久が書いていたノートのタイトル」
「将来の為のヒーロー分析。最後は確かNo.10かな」
「死ぬ前、最期に食べた朝ごはんは?」
「残り物のカレーだったよね。パンにつけて食べた」
引子の質問にすらすらと答える出久。
続けて質問を重ねようと引子は口を開くが、震えた唇から言葉が出ることはなかった。
「お母さん、ごめんね」
「―――!!!!!」
「いっぱい迷惑かけたよね。死んじゃって、ごめん」
「出久っ!!!!!」
引子は立ち上がり、出久に手を伸ばした。
その手を握りたい、帰ってきた息子の温もりを確かめたい―――
「……ごめんね。僕、幽霊になっちゃった」
その手は空振り、テーブルを叩くこととなった。
「……!!」
「お母さんの言うとおり、僕は確かに死んだよ。お母さんからは見えなかっただろうけど、僕は、僕の火葬を見ていた」
まだ自分の姿を他人に視認してもらえるようになる前の話だ。
出久は自分の死亡現場も見たし、自身の葬式にすら居た。姿こそ現すことが叶わなかったが、自身の死を実感していた。
悲しむ両親の姿も見ていた。
「どうして!どうしてその時に……!」
「死んだばっかりの頃は、まだ自分の力が上手く使いこなせなくって。はっきり姿を見せられるようになったのに1年もかかっちゃった」
「じゃあそれからすぐに来てくれれば……」
「こうしてお母さんの前に出るのは正しいことなのかって……ううん、違うな。単純に僕が怖かっただけだ。無個性であることをからかわれて、『来世では個性があるといいな』なんて言葉にまどわされて。まるで、僕を産んでくれたお母さんを否定してしまったような気がして」
「……っ!!!!馬鹿!!!!」
「ごめんね、お母さん」
出久は触れることのできないその手を、母の手に重ねる。
温度と実体のない手に引子は本当に息子が幽霊なんだと実感する。
―――幽霊になってでも、帰ってきてくれたんだと。
「おかえり、出久……!」
「っ!……ただいま、お母さん」
二人の泣き虫が、滝のように涙を流しながら再会を喜んだ。
しゃくり上げる声がなくなった頃、二人を静かに見守っていたオールマイトに向かい引子は声をかけた。
「どうして、オールマイトと出久が一緒に?」
「私は最近この街に来て、たまたま出久少年と出会ったのです。彼の素性を聞き、家族に会うべきだと説得しました」
「ありがとうございます……さすがヒーローですね」
「いえ、とんでもありません。私の意見を強いただけです」
それに、とオールマイトは言葉を続ける。
「彼の個性や過去を考えるのに、親を通さないというのは無理な話でしょう」
「……!そうです、出久にどうして個性が?」
「私どもの見解ですが……死に瀕した際に発現し、同時に発動したのではないか、と考えております」
オールマイトはこの数日で、友人知人らを交え、出久の"個性"と状況を議論した。
その一人は警官である塚内。オールマイトの旧知の友。
そして根津。翌年度からオールマイトが勤務する、雄英高校の校長。
根津からの推薦で招かれた相澤。『"個性"を消す』という"個性"は、出久の現状を推察するのに必要だとされた。
出久を含めた計5人で話し合い、試みた結果として、
「彼を、雄英で保護することに決まりました」
「……それは、拘束ということですか?」
「いえ、彼自身がヒーローを目指していたこと。彼の人格に問題がないことなどを鑑みて、将来的にヒーローとして活躍してほしい。そう考えた結果です」
「出久を入学させるってことですか……!?」
「そうなります」
そもそも、姿を消せるとは言え死人である出久が一人でここまで隠伏を続けられたのが異常なのだ。
通常の人間であれば食事や排泄、睡眠が必要なのに対し、出久は霊体ゆえにそれらを必要としない。力を使いすぎるとその後制限される、ある意味疲労に近い感覚こそあるが、人間のそれと比較して破格の存在であった。
とはいえ、こうしてオールマイトに露見した以上、それを放置するというのはオールマイトは許せなかった。
社会的地位とまでは言えなくとも、彼の存在をこのまま隠匿するのは好ましくないと考えた。
「彼の死亡届を撤回する形で、社会に戻ってもらうつもりです」
「でも、僕はあまりに特殊すぎる存在だ。突然社会に戻って、何が起きるか分からない。だから―――」
「雄英に、後ろ盾になってもらう……?」
「―――うん」
出久がこうして実家に帰ったのは、その報告をするためでもあった。
両親に何も告げずに日の目を浴びるというのは無理な話だったからだ。
ヒーローを目指す上で個性は必要になるし、実際に活躍するとなればどこかで顔がメディアに出ることもあるだろう。
そうすれば引子に限らず出久を知る誰かが気付いてしまうこともあるだろうし、予見できないリスクを負うくらいならと、話し合いから出した結論の一つであった。
「来年度からの話にはなりますが、彼にはヒーロー科の生徒として雄英に通ってもらう予定です」
「オールマイトも通ってたあの雄英に行けるんだ、母さん!」
出久の目は輝いていた。親としてその姿は嬉しい限りだが、今はそれよりも聞きたいことが多すぎた。
「でも、出久は10歳のままです。まだ小学生の勉学しか学んでいません」
「……それなのですが、どうやら出久少年は隠れて学校に通っていたようです」
「出久あなたどういうこと」
「誰にも姿が見えないからバレないかなって……」
「そういう悪知恵働かせるなら最初からウチに帰ってきなさい!」
「ごめんなさい!!!!」
これで実体があったら叩かれていたであろう勢いで叱られ、出久は萎縮しながら謝罪する。
「まあまあ奥さん」
「あっ……失礼しました」
「お気になさらず。親として当然の心持ちでしょう」
「ありがとうございます。……雄英に通うことは、嬉しく思います。息子の憧れの一つですから。でも、その後は……?」
高校3年間はまだいい。
だが出久は成長しない。5年経っても10歳当時のままの姿なのがいい証拠だ。
ならば、老いて死ぬこともない。
高校を卒業し、ヒーローになり、そして。"いつまでヒーローを続けるのか"。
「……そうですね。今のところ出久少年は端的に言って"ほぼ無敵"であると思います」
「誰も触ることができない……加えて"個性"を消す"個性"の人に試して貰ったけど、僕は消えなかった」
相澤―――抹消ヒーロー"イレイザーヘッド"の個性は『凝視している間、視た者の“個性”を抹消する』というものだ。対象は"発動型"と"変形型"に限り、"異形型"の個性は消せない。
出久に対して発動すればその存在から消えてしまうのでは、などと心配しつつも出久たっての希望で試したところ、出久が掻き消えることはなかった。加えて出久が何らかの能力を使用している間に相澤が"個性"を使うと、出久は飛行能力以外は使えなくなる、というのが判明した。
飛行能力以外が使えない―――すなわち可視化もできなくなるということは、相澤の"個性"も途切れてしまうということだった。
「おそらくは、出久少年が"個性"で作られた存在だからでしょう。相澤くんの"個性"では『"個性"で作られたもの』を消すことはできない、とのことでした」
「では"ほぼ無敵"というのは……?」
「塩がダメでした」
「塩」
「塩です」
幽霊に効きそうなもの、と5人で連想を重ね、順番に試していった。お経だとか聖水だとか、諸々を用意したが、結果として分かりやすいものは、『塩を撒かれると近づけなくなる』ということくらいであった。
とはいえ塩を身体に塗りたくったり、辺りに撒き散らす敵など考え付かないし、あまり弱点という弱点でもないかもしれない。
「少なくとも、今すぐ出久少年が消えていなくなる、ということは考えられませんでした」
「それは安心ですけど……私が言う"その後"の答えではないですよね?」
「その通りです。そのことで、どうしてもお願いしたい」
ここでオールマイトは椅子から立ち上がり、机の横で床に膝をつく。
「え……なっ、どうしたんですか!?」
体を引子に向けて正座し、額が地に付くまで伏せた。土下座だ。
「現・平和の象徴としてお願いします。
私は出久少年が、私の後継に相応しい、新たな平和の象徴になるべき人間だと考えております」
己と違い滅びぬ体。悪事に走ることのない正しい心。
何より、助けを求める人のところへ飛び出せるその行動力。
「私は、彼を導きたい。彼に、私の灯火を受け継いでもらいたい。
出久少年を、私の後継として育成したい……!
どうか、任せていただけないでしょうかっ……!」
平伏するオールマイトを見て、引子は真情を吐露する。
「……母としては心配で仕方ありません。
ですが、出久の夢はヒーローです。息子の志をないがしろにできることはできません。
まして、貴方に憧れる出久を邪魔することなんて、できるはずもない。
貴方が息子を正しく導いてくれると言うなら。任せても、いいでしょうか……?」
「……!!ありがとうございます!!!!」
「お母さん……ありがとう……!!」
「ですが!!」
「っ!?」
引子は感謝を述べる二人に対し、言葉を続けた。
「出久が貴方の言う平和の象徴になるのは止めません。ですが、永遠にそうあり続けるのは認めません。どういう姿であれ、どういう在り方であれ、出久は私の息子です。"ほぼ無敵"だからと胡坐をかくことは許しません。……出久がまた、灯火を誰かに引き継げるよう、ちゃんと導いて下さいね」
「重々、承知しました…!!!!!」
かくして、出久のヒーローへの道が繋がった。
このままだとタイトル詐欺だわ、どうすんべか