竜守ノ君   作:浜西幻想

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十五話 急転

 『竜』と釣りの一件から、翌日の朝。リュウモは、いつもよりすこし早くに目が覚めた。

 枕元に置いてあった〈龍王刀〉がほんのりと熱を帯びて、〈竜気〉を発していたせいだ。

 

「な、なんだ、どうしたんだ?」

 

 何事かと鞘から刀を抜いてみても、特になにかが変わった様子はなかった。

 時間が経つにつれ、すこしずつ刀が放つ〈竜気〉が強まっていく。

 

「これって……」

 

 ほんの二日前。これと同じ現象が起きた。

 旗を掲げていた人たちと、すれ違った時だ。〈龍王刀〉は同じ反応をした。

 彼らが、村に近づいて来ているのかもしれない。

 

(でも、この村になんの用だろう?)

 

 ジョウハが言う通り、ここは田舎だ。街道に多少近いとはいえ、わざわざ立ち寄るほどのものでもない。なんらかの目的が無ければ来る意味もないはずだ。

 

「魚でも食べに来たのかな」

 

 暢気なことを言いながら、リュウモは寝床から出た。十分な休息を得て、体の調子は万全になっていた。これならば、どんなことが起こっても身を守れると思った。

 

 

 少年がいる村から離れた場所で、ガジンは部隊を止めていた。

 部隊の使いとしてゼツを村の村長宅に向かわせ、彼以外は村から見えない位置に待機している。ガジンもまた例外ではない。

 

「さァて、大将。〈影〉を向かわせて、ちょいと経ちやしたが……どうしやす?」

「どうもこうもない。今は待ちだ。部隊を村に入れれば、少年に気づかれて逃げられるかもしれん。あまり、我々には好意的ではないだろうからな」

「ゼツが気づかれたって言っていやしたが、勘違いじゃあないですかねェ」

 

 冗談だろうとは、ガジンも思った。ゼツの技量は知っている。たとえ相手が誰であろうと易々と気配を辿られはしない。その彼が申し訳ないと言って、気づかれたと断言したのだ。

 

「相手はかの民だ。用心に越したことはあるまいよ」

 

 ガジンは慎重に事を進めた方がよいと判断していた。聞き取りによって得た情報を思い出す。

 ひとつ前の村で聴取を行い、眉をひそめるに足る結果が返ってきたことを。

 人々は小さな〈青眼〉の少年を囲み、捕らえようとした。しかし、逆に返り討ちに合い、そのまま少年は凄まじい早さで逃亡。西に向かって走り去った。

 手綱を握る手が、ぎゅっと音を立てる。そこまでする必要があったのか。腹立たしい。

 ――つまり、その時だったのだろう。私たちとすれ違ったのは。

 であるならば、〈八竜槍〉の一団にまったく遠慮せずに突っ切って行ったのもうなずけた。

 〈八竜槍〉の存在など、少年は欠片も知らなかったのだ。だから、なにも言わずに駆け抜けた。それに、止まっていればまた囲まれると考えていたのかもしれない。

 精神的に追い詰められていたというのもあるだろう。なにがあったのか知らないが、少年はひとりで、他に仲間は確認されていない。

 はぐれてしまったのか、それとも元々仲間などいないのか。

 どちらにせよ、あのように幼い少年がいきなり悪意を向けられ害されそうになれば、過剰に反応してしまうのは無理からぬことだ。彼を責める気は、ガジンにはなかった。

 

(見知らぬ相手に対しては、相当に神経質になっている可能性が高い。逃げられれば面倒なことになるのは違いない)

 

 なにせ、〈影〉の追跡を振り切るほどの身体能力を持つ驚くべき少年なのだから。

 藁を掴む思いで手に入れた解決への糸口だ。ここで失うのは痛手どころではない。

 ガジンは、馬上で目を瞑り、じっとして報告を待った。

 冷気を含んだ朝風が何度か頬を打った頃、待ちわびた〈影〉の者が駆けて来た。

 逸る気持ちを押さえつつ、馬から下り〈影〉に向かって走る。

 

「どうだ?」

「村長に話を通してまいりました。自分の家に連れて来させるので、足を運んで欲しいと」

「予定通りだな。私とクウロ、決めていた者以外は村の周囲に散れ。少年が逃げ出した際には追え。それと、旗は下げておけ」

 

 指示を出し、馬に跨ってガジンは〈影〉の男について行った。

 目立たぬよう人数を減らしたのは、少年に気取られないためだった。

 協力を仰ぎ、解決に向けて知識を教えてもらうのが目的だ。そのため、必要のない武力は最低限にしておくべきである。

 村に入る。まだ起きている人は少ない。

 皇都では、この時間帯はもう騒がしさが顔をのぞかせる。静かな朝が、ガジンに故郷を思い出させた。

 

「こちらです」

 

 〈影〉の男が、ひとつの家の前で止まった。ガジンは馬を下り、玄関口で恭しく首を垂れている老人に声をかけた。

 

「ご老人。なにもそのようなことをする必要はありませぬ。どうか、頭を上げてくださいませんか」

「は、は……! お話は伺いました。どうぞ、お入りください」

 

 同行した部下に外で待つよう伝えると、副官のクウロと共に、ガジンは家に入った。

 居間に通された。そこには先客がいた。三十過ぎ程度の、体格のよい男性だ。

 彼は村長と同じく、さっと頭を下げた。

 

「その者が、お話にあった少年。リュウモを保護した者にございます」

「ジョウハと言います。かの〈八竜槍〉様にお目に掛かることができ、光栄に存じます」

「〈八竜槍〉ガジン。こちらは私の副官、クウロ」

「どーも」

 

 全員が座る。ガジンは、解決しなければならない使命のため、口を開いた。

 

「早速、その少年、リュウモについてお聞かせ願いたい」

 

 先に、村長が問いに答えた。

「どうにも、その、気味が悪い子供で……」

 

 村長の様子は、厄介者を抱え込んだ、というよりは、心の奥底から怯えているように見えた。険悪の感情に結びつかせない程、強い恐れが彼の態度から垣間見える。

 

「気味が悪い? そいつはまた、どうして?」

 

 クウロが訝しげに聞いた。子供好きの彼からすると、村長の姿勢は気に食わないのだろう。その証拠に、声に険があった。

 

「歳の割には落ち着きすぎているのですよ。それに〈青眼〉でございます……。あの眼に映ると身が縮こまります。国じゃあ、あの色の瞳を持つ奴らは、〈禍ノ民〉と呼ばれていますし――正直、村が滅んだのも、自業自得じゃないかと」

 

「おい、村長! その言い方はないだろ! あの子は『竜』に一族を皆殺しにされたんだぞ!」

 

 がっと、勢いよくジョウハが、非難の声を村長に浴びせかける。彼は、国の重鎮の前であるにも関わらず、知ったことかと言わんばかりに村長に食って掛かった。

 いいぞ、もっと言ってやれと示さんばかりに、クウロの機嫌が良くなったのを、ガジンは感じ取った。一度、ため息をついて、言い争いに発展しそうな場を収めにかかる。

 

「待て、その子の家族は、『竜』に親を殺されたと? 詳しく聞かせてもらいたい」

 

 村人達の言い合いが始まる前に、ガジンは手で制して、騒ぎを止めた。それで、怒髪天を突く、力任せな荒っぽい空気は散って消えた。子供を思って怒声を上げた男も佇まいを正す。さしもの〈竜槍〉使いの前には、例え村長の言い方が気に食わなくても、礼儀を欠いてはならないと思い直ったようだ。

 ガジンは、その少年の話を聞くと、探していた人々――〈竜守ノ民〉であると確信する。

 

(天は、まだ我らを見放していなかった……!)

 

 よもや、子供ひとり探し出すのに、ここまで苦労するとは思いもしなかった。

 たった半日も経たないうちに、これだけの距離を移動されては、さすがの〈影〉も手間取ったのも無理はない。

 

「その少年に、会わせてもらないだろうか。皇国で騒がれている事件を解決するための鍵を、握っているかもしれないのだ」

 

「いえ、いえ、どうぞ、どうぞ。喜んで――ほら、ジョウハ。さっさと連れてこんか」

 

 さっき声を荒げていた男――ジョウハは、村長に言われても黙って動かなかった。

 

「あの子を、どうするおつもりで? まさか、〈青眼〉だからと皇都へ連行する気ですか」

 

 敵愾心を隠しもしない強い視線に、ガジンは苦笑する。『外様』の小さな氏族は、よそ者には冷たい。また、感心もする。どこから来たかもしれない件の少年は、ジョウハの信用を三日と経たずに勝ち取ったのだ。

 

「ジョウハ! 〈八竜槍〉様に、なんという無礼な」

 

 しわがれた老人が説教しようとするのを、ガジンは先ほどと同じように、手で制して止める。ジョウハの反応は、相手が〈八竜槍〉であっても疑うのが当然だ。

 天下の〈八竜槍〉が、皇都を遠く離れて伝説に取り残された一族を探しに来た、というだけでも眉唾ものである。

 しかも、国で起きている大問題を解決する術を、小さな少年が持っているという。普通に考えて、怪しすぎる。

 

「ジョウハ殿。私たちは、その少年に危害を加えにきたわけでも、捕らえにきたわけでもありませぬ。ただ、協力を頼みに来ただけなのです」

「…………」

「ともかく、その少年、リュウモと話しをさせていただきたい。それから」

 

 言葉が続くことはなかった。

 ピィィィ―― と、外敵の接近を知らせる警笛の音が、ガジンの口をつぐませたのだ。

 

「申し訳ありません。話はまた後ほど!」

 

 ガジンは、なにが起きているかわかっていない面々を置き去りにして、家から駆け出た。

 

「敵の位置は、数は!」

 

 外に待機していた槍士に向かって言ったが、彼はまだ敵が誰か理解しておらず、首を横に振った。

 もう一度警笛の音が聞こえると、顔を青白くしたイツキが、血相を変えて走って来た。

 瞳に、どうしてよいかわからない、迷いがありありと浮かんでいた。

 

 

 

「が、ガジン様……『竜』です――『竜』が襲ってきました!」

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